『魔法使いと植物図鑑― The Mage and Magic arts Tree book ―』

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第1章 Departure for the Fantastic World

第36話 It is dark at the foot of a lighthouse(1)

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 子供たちは、すぐに見つかった。

 魔術の贄ように使われる生き物たち――彼らがいる場所に、子供たちの入った檻もあった。人数も、性別も、年齢も、背格好も、ボードに書いてあった情報と一致する。この子たちだ。ここ以外には何もなかったのだから、もう他に子供たちはいないのだろう。だけど、どの子たちもやせていて顔色が悪い。多分、何日も食べ物をもらっていないんだ。

 ハルが教えてくれたことだが、贄に使うときはできるだけ弱らせてから使うらしい。容姿なんかは魔術に全く関係ないし、必要なら食べさせればいいだけだからだ。つまりこの子たちも、さっきのユニコーンと同じ贄用なのだ。このままいけば、子供たちの末路は決まっている。早く助けなければ・・・・・・。

「ちょっとどいて」

 ハルが檻に近づく。手には手帳のような紙の束を持っている。その中から一枚選び、ビリリと破り取る。そして檻の扉の前に立ち、錠の部分にそれを張り付ける。

 すると、

「!」

 張り付けた紙が燃え上がった。
 油でもかけているように、ものすごい勢いで火が上がる。しかしそれもほんの数秒で、ひと呼吸後には跡形もなかったかのように火は消えていた。檻にも焦げ付いたような跡はない。

 あったのは、赤く発光する複雑怪奇な模様だった。
 いつの間にか、ハルの手には手帳の代わりに三十センチくらいの短い棒――それが杖らしい――が握られていた。それを模様の場所に近づけて、こつんと叩く。

 一回、二回。

 瞬間、

 パキン!

 鋭い音を立てて、錠の部分が破砕した。バラバラと部品が床に散らばり、ギギギと錆びた音で鳴きながら扉が開いた。

「それじゃ、見張りよろしく」

「えっ? い、いまのは?」

「劣化させる効果を組んだ魔法陣。魔法でも一応できるんだけど、ここはマナが薄いから」

 魔法は、決して摩訶不思議な技術なんかじゃない――あの薬屋で、ガードナー氏に言われた言葉だ。
 魔法とは、言ってみれば『事象を組み合わせたり再現したりする』ことらしい。例えば火を出す魔法は、「高温、効果範囲設定」というふたつの事象を合わせたものだ。それと同じで、物を浮かす魔法も、雷を起こす魔法も、わたしたちが知っている事象と、マナというものがあることで起こる現象を組み合わせている。

 ここで大切なのが、それをするにもエネルギーがいるということだ。魔法は自然法則を一時的に捻じ曲げたような状態を引き起こすので、要求されるエネルギーもケタ違いらしい。蒸気機関を動かすには石炭が必要なように、魔法を使うにもエネルギーがいる。それを担っているのが、〝マナ〟と呼ばれるものだ。

 マナは魔法行使における燃料だ。この世界ではガソリンに近い存在らしく、水蒸気のように気化して空気中に存在したり、液状化して果実の中にため込まれていたりする。魔法を使う時にそれがあるほど使いやすく、キラキラ光って見えるのだとか。多分、わたしの部屋が光っていたのはマナが豊富にあったことが理由なのだろう。そしてここはマナの濃度が薄い。使えないわけではないけれど、細かい制御がしにくいらしい。

 ぺちぺちと、ハルが子供たちの頬を叩く音が後ろから聞こえる。続いて、「んん・・・・・・」と女の子がうめいたのが解った。

「その子たちはどう?」

「軽い栄養失調だろうけど、死にはしないよ。いま眠ってるのもたぶん薬のせいだし。だけど・・・・・・」

 言葉を切って、振り向くようにハルが促してきた。
 振り返る。すると、ハルは一人の女の子の首を指さしていた。
 肩までかかる髪、まくられて露わになった首にはめられていたのは――、

 金属の枷だった。
 重たそうな枷がはめられていた。

 見た目度外視で、拘束性だけを重視した金属の枷。見た目殺しじゃない証拠に、子供たちの首には青あざが付いていた。そしてそれは、残りの子供たち全員にもはめられている。首から鎖が伸びていて、先は鉄格子に固定されている。よく見ると、服で隠されている部分から叩かれたような跡が覗かせていた。

「―――――ッッツ!」

 例えようのない怒りが湧き上がってくる。この子たちが大切に扱われなかったことは明白だ。魔術師にとってこの子たちはただの実験材料……直接そう言われているようだった。沸々と、胃の中で何かが沸騰しているような錯覚にとらわれる。お腹の奥が熱い。今すぐ外に吐き出したい。

 これは誰に向かった怒りなのだろう。こんな仕打ちをした人間にだろうか。それとも、ここまで何もできなかったわたし自身にだろうか。
 気が付くと、両こぶしを固く握り締めていた。

「わたしが扉をつないでくるから、その子たちの枷を外してくれる?」

「あ、ちょっと待った」

「――――っ?」

 すぐにこの場所を離れようと脳が反射的に命令を下す。どこかハルのいない場所でこの気持ちを落ち着かせたかったから。離れたかったのは、きっとハルに呆れられたくはなかったから。

 だけど、わたしが離れるよりも先にハルがわたしの手首を掴んで引き留める。

「この枷・・・・・・普通じゃない。魔法具だ」

「魔法具?」

「ほら、ここ」

 服の端に唾を付けて、ハルが首にはまっている枷の一部を擦る。泥と錆びが部分的に取れて、その下から幾何学模様が姿を現した。
 注視すると、それは枷全体に刻まれていた。単なる偶然で付いた模様とは違うことは明白だった。まるで、その模様までが枷の一部とでも言わんばかりだ。

 ハルが女の子の頬についた泥もついでにこすり取る。そして、子供たちにはめられた首の枷をなぞる。

「簡単に言うと、魔法陣が彫ってある道具のこと。こいつと一緒。この枷も魔法陣が彫ってあるから、下手にいじれない」

 ハルが見せたのは、さっき使った魔法陣の描かれた紙だ。転写紙というらしく、なにか形のあるものになら転写紙に描かれた魔法陣を転写できるらしい。それと同じということは、この枷も何か魔法的な力を持っているのだろうか。

「もしかして・・・・・・、爆発したりだとか?」

「似たようなのはあるよ。あとは、首輪が絞まったり、とげが生えてきたり」

 もともと、この首輪はハルの世界の罪人に使うらしい。
 わたしたちとは違い、ハルの世界では魔法を使える者がいる。大抵は杖や他の道具を補助具にして使うみたいだけれど、道具がなくても魔法を使えるという人は一定数いるとのこと。彼らに通常の枷は意味がない。その時に効果的なのがこの枷なのだとか。

 この魔法具は、魔法使いが魔法を行使しようとしたとき、魔法行使のために活性化させたマナを動力にして動く。つまり、魔法を使えなくするのではなく使うと装着者が傷つくようにできているのだ。だからこそ、外部からの不正解錠もしにくいという。下手にいじれば助けたいはずの装着者が死んでしまうからだ。

 でも、それだと・・・・・・。

「じゃあ、この子たちは・・・・・・」

「いや、時間さえあればなんとかできるよ。使ってる魔法陣の構造が判れば解除できるから。いまここでするのは危ないってだけで」

「そう。ならよかった」

 ハルの返答に、ほっと息をなでおろす。少し冷静になれたことで。止まっていた思考が動き出した。やるべきこと、ありうる可能性、それらを頭の中で羅列し優先度を振っていく。

「だとしたら・・・・・・繋がってる元の方を壊すしかなさそうね」

「だな」

 意見が一致する。
 この枷は鎖にまでは魔法陣が刻まれていない。だから、鎖の根元ごと切れば一応この場所からはこの子たちを逃がすことができる。

「わたしは何をすればいいの?」

「とりあえずこいつを鎖の根元に貼って。俺は魔法が干渉しないように細工するから」

「了解」

 ハルから転写紙をもらい、子供たちにつながっている鎖の根元に巻き付けていく。巻き付けて青い部分を破り取ると、転写紙は紫の煙を上げて鎖に焦げ付く。燃えカスが床に落ちると、鎖には鈍い赤色を湛える魔法陣がしっかりと刻まれていた。

 緊張するのは最初だけだった。一回成功した後は無心にこの作業をこなしていく。いや、無心というのは言い過ぎかもしれない。ずっと、ずっと、目の前の子供たちのことを考えていた。

 同情の気持ちがあったんだろうか。それとも、昔の自分に重ねてしまったからだろうか。きっとどっちもだろう――男の子の髪を手で梳きながらそんなことを考える。

 弱いものは搾取されるしかない。奪い奪われるか、そんなギリギリのことを考えるしかない。毎日が生きるか死ぬかだ。最悪の未来はいつも川岸に寝転がっていた。ああなってはお終いなんだと言い聞かせ、今日を生きていた。
 失敗した時の未来を想像しておびえ、警官に取り押さえられる大人たちを横目に見ながら。そして今は、過去に侵した罪の手枷をはめて……。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
 ・・・・・・・・・・・、
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 手枷・・・・・・? 

「・・・・・・ねえ、おかしいと思わない?」

「ん、なにが?」

 唐突に、違和感の正体に気が付いた。

「枷よ。この子たちがつけてる」

 そう言いながら、わたしはハルが処理をしている枷を指さす。
 気が付いてしまったら、見過ごせなかった。何か大切なことを見落としている――そんな気がしてならない。でもわたしには分からないから、ハルに答えを求めている。

 だって、

「だってそうでしょ? さっきのあの子ですら普通の枷だったのよ。なのにどうして、この子たちにはそんな特別な枷を付けられたの?」

 ピタリと、時が止まった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 ハルの手は止まっている。何かを考えるように、口が動く。
 その事実が、わたしの考えたことが杞憂なんかじゃないということを何よりも証明していた。

 気が付いてみれば簡単な話なのだ。そもそもの話、この子たちにユニコーン以上の価値があるのかと問われればノーのはずだ。なのに、魔法使いでもないこの子たちには高価なはずの特殊な枷を使って、ユニコーンには状態の悪いただの枷。

 まるで、わたしたちみたいな人間が来ることを想定していたような・・・・・・。

「――まさかっ」

「ヤバい・・・・・・っ!」

 思い立ったのと、ハルが声を上げたのは同時だった。
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