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第1章 Departure for the Fantastic World

第31話 〝ラビットハウス〟(3)

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 結論から言うと、その場所はすぐ近くだった。正直に言うと、さっきみたいに濃い霧の中をまた数分歩かなくてはいけないのかと心配になっていたけれど、その心配はなさそうだった。

 着いた場所は、世界樹から徒歩一分も離れていない場所だ。柔らかめの草が生い茂り、地面が見えない。小動物たちが巣を作るにはきっと格好の場所だ。それに、少し甘い匂いが漂っている。

「で、俺たちに見せたいものって何なんだ?」

 ハルの問いかけに、骨の妖精がクルっと振り返った。そして目の前を草を指さす。そのまま、草の中に埋もれていくように中に入って行った。

「わたしが行くわ」

「ひとりで大丈夫なのか?」

「ええ。ここに来てから何もできてないし、せめてこれくらいは、ね?」

 肩をすくめるハルにウインクを返し、生い茂る草の中に踏み込んだ。
 草の背丈は意外と高い。腰まである柔らかい草は、地面がどうなっているのかを完璧に隠している。これは、一歩先に穴やぬかるみがあっても目視で判断できない。ブーツで地面を擦るように、ズルズルとすり足にして進む。

 唐突に、少し開けた場所に出た。

「あっ!」

 思わず声を出す。別に、足を取られたわけでも穴が開いていたわけでもない。

 そこに、ひとりの子供が横たわっていたからだ。

 少し離れていても分かる、上等な召し物に靴。そして丸っこい身体つき。だけどそれらは泥で汚れ、頬は少しこけている。

「この子……!」

 駆け寄る。横向けになった顔を確認する。
 軍からもらった写真はここにはない。だけどそれは必要ない。顔ははっきりと覚えている。

 この子の名前は、ルシアン。
 行方不明になり、わたしたちが探していた子供だ。

「どうしてこんなところに……」

「あー、どうりで見つからないわけだ。こいつらが隠してたんだな」

 わたしの声を聞きつけて、駆け付けてくれたハルが溜息を吐きながらそう呟いた。

「こいつら?」

「そう。こいつら」

 親指で何もないところを指す。
 すると、


 ――お礼。おレい。
 ――ふふふ、かくれんぼ。


 聞こえていた声が、一気に指向性を持ったのが分かった。
 ハルの射した先――そこで空気が渦巻き、ふたりの小さな女の子が姿を現した。

 ひとりは緑の髪に紅葉のようなはっぱを服にして着込んだ女の子。もうひとりは、金の髪に緑の服を着こんだ女の子。どちらにも蟲のような羽があって、小刻みに揺れている。

 言われなくても分かった。彼女たちが妖精で、わたしにずっと話しかけていたのも彼女たちだったんだ。

「シルフ族の妖精だよ。いたずら好きだけど害はない」

 それを証明するみたいに、ハルの髪をいじりながらもくるくると回る。


 ――泣いてタ、泣イてた。
 ――ケガしテた。
 ――かわいい、かわいい。
 ――だかラ、助ケた。
 ――でモ、食べタら、寝チゃった。


 横たわったルシアンに視線を戻す。鼻の前と首筋に手を付ける。ルシアンの傍には腐った梨のような果物が転がっている。鼻につくほど甘いにおいがする。彼女たちが言っているのはきっとこれだろう。

「その子は?」

「うん。大丈夫みたい。少し栄養失調気味かもしれないけど、呼吸は安定してるわ」

「そっか、良かった。眠ったのは多分こいつの所為だな」

 わたしの予想を肯定するように、ハルが腐った梨を持ち上げる。

「ハイダネって果実だ。ものすごく栄養価が高くて、休眠に入る動物たちがよく食べてる。だけど実には催眠作用があるから、……この子にはそれが効きすぎたんだな」

 クスクスと、眠っているルシアンの傍に降り立った妖精二人が笑っている。でもそれは、悪意のある笑みではなかった。どちらかといえば、安心しているような笑い方だ。

 そうか。この子がいままでこの森で生きていられたのは……。

「ありがとう。あなたたちが助けてくれたのね」

 肯定するように、彼女たちはわたしの周りをまわる。


 ――その子、イイ子。
 ――わたしタち見テも、つかまエない。


 きっと、怖いもの見たさであの森に近づいたんだろう。それで迷子になって、この場所に迷い込んでしまったんだ。
 だとしたら、もしかしたらほかの子も……

「ねえ、他にも子供たちが来なかった? ほら、男の子がふたりと女の子がひとり」

 その声に、「見た、見た」と妖精の二人は答える。
 だけどその後に、

 ――でも、他のコ、
 
 聞き捨てならないことを口にした。

「連れていかれた? 他の妖精たちに? それとも、人間に?」

《人間、人間》と彼女たちが口々に話す。彼女たちも怖かったんだろうか。口調がとても早口だ。


 ――うでニ、絵ガあっタ。
 ――ウサギの絵、うさぎの絵。
 ――ぴょんぴょん。


「ウサギの絵?」

「…………もしかして」

 はっと、ハルがこっちを見る。何か思い当たる節があるように、懐を探って、一枚の紙を取り出す。

「それって、これのこと?」

 それ! それ! と、差し出した紙を見て口々に妖精たちが騒いだ。

「うっわ。ややこしいことになった……」

 うへぇ、としかめっ面をし、ハルが大きなため息を吐く。

「どこにいるのか分かったの?」

「うん、まぁ一応は。問題はその場所なんだよ」

「この印がある場所よね。これ……何のエンブレムなの?」

「『ラビットハウス』、非合法な代物を捌く闇オークション会場だ」

 そこに描かれていたのは、庭のウサギと弓矢の絵――ラビットハウスという非合法なオークション会場のエンブレムだった。

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