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第1章 Departure for the Fantastic World

第7話 Evil acts have their retribution.(1)

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 森には、妖精たちが棲んでいます。
 私たちの目には見えないけれど、どこの森にも妖精が飛び回っています。

 彼女たちがいるから、森はきれいでいられます。きれいな水が湧き出します。私たちが生きていけるのです。

 だから、妖精さんたちに感謝をしましょう。約束をしましょう。

 不思議なものを見た時は、お辞儀をしてあまり見ないようにしましょう。彼らは恥ずかしがり屋です。それに、彼らのお家にも入らないようにしましょう。
 妖精さんのお家は、霧の中にあります。なので、霧の出るところで遊ぶのは止めましょう。お家の近くで遊んでいると、お休みしている妖精さんたちが起きてしまいます。

 妖精さんとの約束。
 私たちの大事な約束。

 約束を守ってくれるなら、彼女たちはきっとみんなを助けてくれます。

       イーストツリーの民話『妖精さんとの約束 第二節』より


          ◆◇   ◆◇   ◆◇

 小さなころから、わたしには不思議な声が聞こえていた。

 それは風のようで、はっきり言葉として聞いたことは一度もない。しかし、それが何かしらの意味を持った言語なのだろうということだけはなぜか本能的に理解できていた。

 毎日、毎日、何かに困ったときや何か良くないことが起こる前、階段を上るとき、裏通りの角に差し掛かったとき、それは高確率で聞こえてきた。そのおかげだろうか、イーストエンドという治安最悪の場所で生きてきたにも関わらず、いままでそれなりに健康な状態で過ごせた。争いごとにもめったに巻き込まれず、時には金になる拾い物をすることもあった。

 それは、時間に関係なく起こった。道を歩いているときに聞こえることもあれば、仕事をしているときに聞こえることもあった。夜、寝ているときでさえ。
 夢の中でさえ。


 クス……クスクス。
 ふふ、ふふふふ。
 おきて……、おきて。
 みて、みて、きれい。


「……ん、ふぅ……?」

 何かに呼ばれている気がする。
 そう意識したとたん、重かった瞼が一気に軽くなっていくのが解った。頭がさえる。寝起き特有のふわふわした感覚が急速に遠ざかる。

 布団を押しのけ、上半身を起こす。差し込む月光の中で、時計は午後二時を刻んでいた。ベッドに入ったのが確か十一時半ほどだったはず……いくら何でも目が覚めるには早すぎる。

 それにわたしは、元々寝起きの良い方ではない。起床してからみんなと同じ覚醒状態になるまで、平均で二十分はかかるのだ。

 それでも、たまになぜか瞬時に目がさえてしまうことがあった。決まってその時は何かが起こっていた。
 故に、

 ——……まただ。

 それがいつもの〝声〟の所為なのだと気が付くのにも、さして時間はかからなかった。

「何が、言いたいんだろう……」

 幼いころから聞こえている声。長い間聞き続けた経験から推測するに、どうやら、話しかけてくる何者かには意図があるようだ。
 例えば、先に在る水溜りや喧嘩の回避。目の届かない場所に落ちている硬貨の場所を教えること。風呂場で聞こえたら、外で子供たちが喧嘩をしていないか――など様々だ。

 それに、決してむやみやたらに聞こえるわけではないようだった。事実、聞こえた時には必ず何かしらのことが起こっている。つまり今も、話しかけてくる誰かはわたしに何かを伝えようとしているのだ。

「…………」

 ぐるりと部屋を見渡す。聞こえた声を信じ、どこかにあるはずの違和感を探す。

 しかし異常は見当たらなかった。まだ寝起きでぼやけている瞼を固く閉じてもう一度開く。
 それを、一回、二回、三回。
 すると、

「…………!」

 その異変は、すぐに見つかった。
 コート掛けにかかっているのは、明日すぐ着られるようにとハンガーに吊るした軍服の上着。

 その胸ポケットの口から不自然な光が漏れている・・・・・・・・・・・

 ベッドから降り、軍服の前に立つ。ハンガーを手に取って、そのまま軍服を逆さにする。
 コトリっ、という音を立てて、中から覚えのある物が床に落下した。

 ペンダントだ。
 先日、こっちに来る前の露店で買ったアクセサリー。それが光っている。月光を反射しているとかそう言った生易しいものではない。

 明らかに、ペンダントにはめ込まれた石そのものが発光している。しかも光の指し方がまた妙だ。

 本来なら、光は全方向を均等に照らすはずだ。だというのに、このペンダントの石からは一本の光線がまっすぐに伸びている。光線の長さは、だいたいわたしの手の平の長さと同じくらい。

 恐る恐る触ってみる。光ってはいるが、ランプや電球のようにペンダントそのものが熱くなっているとかそういったわけでもないらしい。光を発している石は、石特有のひんやり冷たくてしっとり吸いついて来るような感触だ。

「……何、どういうこと?」

 いくら考えても、どうして光っているのか全く理解できない。
ひとまず手に取り、胸の位置で床と水平に持って上下左右に揺らしてみる。しかし光の線は消えない。それどころか、まるで方位磁針のように部屋のとある場所を絶えず指し示していた。

 指し示している場所は壁だ。向こう側には廊下をはさんで使っていない部屋がある。
 もしかして、そこに何かあるのだろうか……。

「何を指してるんだろう」

 皆目見当がつかない。おおよそ信じられないような現象を前に動揺しているのか、と嫌に冷静な思考回路で思考する。しかし今はそんなことを考えていても仕方がない。頭を振ることで雑念を払い、光が指しているドアのノブをゆっくりと回した。

           ◇◆

 端的に言うと、光が指しているのは部屋ではなかった。
 ペンダントから一直線に伸びる光は、部屋になど興味が無いかのように直進し、ドアの正面にある壁にはめ込まれている窓の方を指し示している。つまり、光は「わたしが眠っていた部屋」→「廊下」→「向かいの部屋」を貫くように直進し、そのさらに先——外を指していることになる。

 指しているのは、イーストツリーの方向だ。その方角にあるものといえば……。

「あっ」

 あった。ひとつだけ、思い当たるものが。

 もしかしてと、客間の中に入りドアを閉める。廊下からさしていたわずかな光が途切れ、部屋の中は窓からさす月光のみに照らされる。段違いに暗くなった部屋ではペンダントの光がより明るく見える。

 暗い。だが歩けないほどではない。つまずくことなく、月光が射し込んでくる窓へと歩み寄る。ペンダントの光は相変わらず窓のはまっている壁を指しているが、もし、考えていることが正しいのなら……。

 ガタン、ギギギと、少しきしむ音を立てたが窓は問題なく開いた。
 夜の冷えた風が部屋の中に入り込む。しかし別に夜風を浴びたかったわけではない。落ちてしまうギリギリまで窓から身を乗り出す。そして、ペンダントを握った手を目いっぱい外へと突き出す。

「——……やっぱりそうだ」

 輝線は、まっすぐ丘の向こうを指していた。それだけで、自分が立てていた仮説がほぼほぼ立証されたことを悟った。

 この方角に線を伸ばすと、必ずその直線上にかかる場所がある。今までさんざん怪しいと睨んでいたが、結局時間が経つまで探すことができない場所。ここまで条件が揃ったら、行かずにはいられなかった。

 部屋に戻り、急いで軍服に着替える。ホルスターからウェブリー・リボルバーを抜き出し、もしものために弾薬を入れる。あと必要なのはライトだ。それを借りるために部屋から飛び出すと、

「お、お嬢様。このような時間にどうなされたのです?」

 ちょうど、見回りをしていた使用人と鉢合わせた。

「あ、えーと、これのことでちょっと、」

 光るペンダントを見せる。
 品定めをするような顔で、しげしげとペンダントを眺める。

「ほぉ、何とも可愛らしいペンダントで。同じようなものを落としましたかな? でしたら、明るくなってからの方が探しやすいと思いますが……」

「……………………」

 息が詰まった。何を言っているのか一瞬理解できなかった。
 だってそれは、わたしが思っていた返答とは全く見当はずれのものだったから。

 確かに、彼の言葉はもっともだ。こんな夜中にペンダントを探すよりも、朝になってから探した方がいいに決まっている。そこは別に間違っているとも思えない。驚いてしまった原因は、もっと根本的なことだ。発言内容以前の問題だ。

 なぜ、今この状況でその話をしたのか。

 絶えず発光しているアクセサリーなんてあるはずがない。それがこのペンダントの一番の特徴にもかかわらず、彼は全くそのことに触れてはいない。それどころか、光を直視しても目を細めるようなこともしていない。 まるで——光が見えていないかのように。

 いや、多分見えていないんだろう。見えていたなら、「明るくなってから」なんてことを言うはずもない。だって光るアクセサリーなのだ。どう考えても夜に探す方が見つかりやすいに決まっている。
 つまり、

 ——わたしにだけ……?

 彼にはこの光が見えていない。この光は、わたしだけに見えているんだ。

 眠っていた時に聞こえた不思議な声。
 わたしにしか見えない光。
 その光は一直線に、ある方角を指し続けている。わたしの記憶が確かなら、方角の先にあるのは一番怪しいと思っている場所。明日朝一で行ってみようとしていた場所だ。

 それをいま、光が指し示している。

 ……行く場所は決まった。

「実は、お願いがあるの」

「はい。何でございましょう」

「馬を借して頂戴。あと懐中電灯も。今すぐ」

「は、はい!?」

「お願い! 急いで」

 突然の無理な頼み。唖然とする使用人を急かすために放置して部屋へと走る。あまり悠長なことも言ってはいられないのだ。この光がいつまで生きているか分からないから。

 根拠なんてない。ついでに言えば何もない可能性の方が高いに決まっている。
 だけど矛盾するように、なぜかこれだけは確信できた。長年の経験が言っているのだ。

 多分この光の先には、今を打開するためのヒントがあると。
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