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第1章 Departure for the Fantastic World

第3話 左遷と友人からの贈り物(2)

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 わたしの趣味は、部屋にこもって本を読むことだ。

 部屋の日当たりがいい窓のところに座って、本のページをまくるのが好きだ。そうやって午後を過ごすのが、わたしの休日の過ごし方だ。休みの前日には新しい本を見つけてきて、ページを夢中でめくってだいぶ夜更かしをすることもザラだ。

 この歳になってもわたしの本の趣味は割と子供っぽい。現実世界を舞台にしたものではなく、『オズの魔法使い』や『ケンジントン公園のピーター・パン』みたいな、剣と魔法の世界。それに、『海底二万マイル』や『地底旅行』もお気に入りだ。

 この本の趣味は、貴族社会に連れてこられた十二歳になってやっと文字を習い始めたころから変わっていない。多分、そのころのわたしがそういった子供向けの絵本やファンタジー小説を文字の読み書きの練習として使っていたからだと思う。

 だけどきっとそれだけじゃないんだと勝手に思っている。本を読んでいるときは自分の世界にこもっていられるから、小さいころからあこがれていた「まだ自分が行ったことのない場所に行く」ことを本の中では追体験できたからという側面もあったと思う。

 ともかく、わたしは軍に入ってからも、休みの日は本を探して読むことが趣味になってしまっていた。きっと今度は、堅っ苦しい軍での人間関係から逃げたいという願望がそうさせているに違いない。だって部屋にこもっている間は、素のわたしでいることができるから。物語の世界に没頭している間は、現実の嫌なことは全部忘れられる。もし一人暮らしをしていなかったら、きっとわたしの顔はすでに仮面みたいに固まっていただろう。 

 だけどもちろん、部屋にこもっているばっかりでもない。ちゃんと外出もする。食材や服を買い出しにもいくし、本を買うために古本市に行ったりもする。わたしは別に部屋にこもっていること自体が好きなわけではないんだ。

 昼過ぎに買い出しに行って、いつも決まったパブでランチを食べる。二時半から五時半まではパブが営業できないから、わたしが行くのは決まって一時半くらいだ。人が込み合っているから座れないこともたまにあるけれど、その込み具合だってわたしは好きだ。耳をすませば(マナー違反)、噂だったり耳寄りな情報が手に入ることだってある。その喧騒をBGMにして、買い物の予定を立てるのだ。

 だけど、今日は別だった。
 いつもなら気にしないこの込み具合も、今日ばかりはわたしにとっての試練みたいに感じてしまう。

「――――はぁ……」

 例のごとく、パブは込み合っていた。当然座るところなんてなくて、壁際の端に陣取ってランチを食べる。カンターとは遠く離れたこの場所は、混んでいる中でも比較的人口密度が低い。

 と、

「そんなに落ち込まないの。リーナったら」

「んー……」

 一緒にランチを食べていた親友が、ため息をついて呆れるようにそう言った。そして慰めるようにわたしの腕をつつく。

 さばさばとした口調で話すこの赤毛の女性はオリヴィアだ。このパブの店主の娘で、普段は裏で色々と作業を手伝っているのだが、非番な日はこうしてわたしのお昼ご飯に付き合ってくれたりする。

 彼女とは、知り合ってもう一年の付き合いだ。わたしよりも少しだけ年上で、こうして悩みや愚痴を茶化しながら聞いてくれる。このパブに来ているのは半分以上この親友目当てだ。

 わたしの身分を知っても物怖じしなかったし、対応も全く同じでいてくれた。わたしが詮索しないでといったことは律義に守ってくれて、それでいて踏み込むことは踏み込む。無神経というわけではなく線引きをきちっとしてくれている感じだ。

 彼女と一緒にいるとき、わたしは何も考えなくていい。オルブライトではなく、リーナとして動くことができる。それがとても楽で、そんな彼女との会話は心地いい。

 ぐでーと、壁沿いの突き出た部分にうつぶせになる。年頃の娘がするにはいささか……だいぶふさわしくないが、そんなことは知ったことではない。どうせここはパブなのだから、迷惑をかけないのなら別に何も言われない。それに、仕事以外であんな堅っ苦しい仮面なんかかぶりたくない。

 だが、オリヴィアは「ちょっと」と言って耳元でささやいてきた。

「ていうか、そんなに疲れてるならここじゃなくて別のところ行きなよ。せめてサルーン・バーの方にさ。あんた一応軍の幹部だし、それにお嬢様なんだし」

「いやよ、わたし養子だもん。こっちの方がわたしには合ってる」

「アンタがいいなら良いんだけどさ」と言って、それ以上オリヴィアがその提案をすることはなかった。

 チラリと、横目でオリヴィアの方を見る。予想に反して、オリヴィアは特に何も気にするようなことはなさそうな表情で紅茶を飲んでいた。あまり考えずに発してしまった言葉だったから、気を悪くしてしまったんじゃないかとヒヤッとした反動で、ほっと胸をなでおろす。

 紅茶を置いたオリヴィアと目が合った。わたしはどんな表情をしていたのだろうか。オリヴィアの顔に苦笑が浮かんだ。

「だからそんなに気にしないの。たかが人事異動でしょ?」

「でも、これ絶対左遷じゃない……」

 そうは言っても……と、リーナは再びため息をつき紅茶を口に含む。肩掛けバッグに入っている自我なき指令書が、なぜか無性に憎らしい。

 なぜ自分が選ばれたのか、その理由をはっきりと自覚してはいる。自分が軍にとってどれだけ扱い辛いのかということも理解している。

 軍に入る以上、ある程度のことは覚悟していた。
 女であることから常に付きまとう基礎体力的なハンデ。それ以外にも、おまけのようなものとはいえ自分が上流階級であるということ。確かに軍としては実践に使いづらいとは思う。射撃訓練以外の仕事のメインが、ウォーレン大佐の秘書みたいなことなのもそのせいだと思っている。

 でも、理解しているから納得できるわけでもない。感情をコントロールできるわけでもない。腹が立つことは腹が立つのだ。

「捜査をちゃんとしてるか見張るなんて、絶対いい顔されないじゃない」

「でも行くんでしょ?」

「行くわよ。早く見つけてあげたいじゃない」

「あはは、それでこそリーナね」

 カラカラと、オリヴィアが明るく笑う。
 見透かされているような気がして、なんだかおもしろくない。よっぽどしかめっ面をしていたんだろうか。突っ伏している頭をオリヴィアがやさしくなでてくれた。それだけで、気持ちが少しだけ落ち着く。

 年上なのに、全く対等な目線で話してくれる。でもやっぱり言動はわたしよりも大人で、姉がいたらこんな感じなんだろうなといつも実感する。いままでは甘えることなんてできなかったから、この関係がとても居心地良い。

「いつ行くんだっけ?」

「三日後」

「ずいぶん急ね。でもまあ、内容がそれならむしろかなり温情的かも……じゃあ」

 と、何か思い出したようにオリヴィアはカバンを開ける。その中に手を突っ込み、何か探すようにバッグの中をまさぐる。

 出してきたのは、手のひらサイズの紙袋だ。

「ほい。手、出して」

「?」

 お菓子か何かだろか、そう勝手に思って言われた通りに両手を出す。
 だけど何かが出されるわけでもなく、それがそのままわたしの手に置かれた。

「これあげる」

「え? これなに?」

「開けてみて」

「うん……あっ、きれい!」

「骨董市で見つけたのよ。なんだか気になっちゃって、衝動買い」

 紙袋から出てきたのは、ペンダントだった。
 月と太陽をかたどった模様。羅針盤のような丸いプレートの真ん中に澄んだ青色の石が入っている。まるでそれが、ペンダントそのものを土星のように見せている。何の石なのかは分からないが、光にかざすと青以外にも赤、緑、橙、紫といろんな色が石の中で煌いている。

 デザインは奇抜なものではない。言ってしまえば女物でもない。でも、わたしはこのペンダントに不思議な魅力を感じた。言葉では言い表せないけれど、不思議とこの石に吸い寄せられる気がする。

「本当にいいの?」

「もちろん。私からの餞別ってことで」

「ありがとう。わたし、頑張るわね」

「ええ。帰ってきたら、また寄ってちょうだいな」

 言われなくてもそのつもりだ。
 ここに来ているのは、あなたと話すためなのだから……とは、気がついていないのだろう。
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