3 / 61
第1章 Departure for the Fantastic World
第3話 左遷と友人からの贈り物(2)
しおりを挟むわたしの趣味は、部屋にこもって本を読むことだ。
部屋の日当たりがいい窓のところに座って、本のページをまくるのが好きだ。そうやって午後を過ごすのが、わたしの休日の過ごし方だ。休みの前日には新しい本を見つけてきて、ページを夢中でめくってだいぶ夜更かしをすることもザラだ。
この歳になってもわたしの本の趣味は割と子供っぽい。現実世界を舞台にしたものではなく、『オズの魔法使い』や『ケンジントン公園のピーター・パン』みたいな、剣と魔法の世界。それに、『海底二万マイル』や『地底旅行』もお気に入りだ。
この本の趣味は、貴族社会に連れてこられた十二歳になってやっと文字を習い始めたころから変わっていない。多分、そのころのわたしがそういった子供向けの絵本やファンタジー小説を文字の読み書きの練習として使っていたからだと思う。
だけどきっとそれだけじゃないんだと勝手に思っている。本を読んでいるときは自分の世界にこもっていられるから、小さいころからあこがれていた「まだ自分が行ったことのない場所に行く」ことを本の中では追体験できたからという側面もあったと思う。
ともかく、わたしは軍に入ってからも、休みの日は本を探して読むことが趣味になってしまっていた。きっと今度は、堅っ苦しい軍での人間関係から逃げたいという願望がそうさせているに違いない。だって部屋にこもっている間は、素のわたしでいることができるから。物語の世界に没頭している間は、現実の嫌なことは全部忘れられる。もし一人暮らしをしていなかったら、きっとわたしの顔はすでに仮面みたいに固まっていただろう。
だけどもちろん、部屋にこもっているばっかりでもない。ちゃんと外出もする。食材や服を買い出しにもいくし、本を買うために古本市に行ったりもする。わたしは別に部屋にこもっていること自体が好きなわけではないんだ。
昼過ぎに買い出しに行って、いつも決まったパブでランチを食べる。二時半から五時半まではパブが営業できないから、わたしが行くのは決まって一時半くらいだ。人が込み合っているから座れないこともたまにあるけれど、その込み具合だってわたしは好きだ。耳をすませば(マナー違反)、噂だったり耳寄りな情報が手に入ることだってある。その喧騒をBGMにして、買い物の予定を立てるのだ。
だけど、今日は別だった。
いつもなら気にしないこの込み具合も、今日ばかりはわたしにとっての試練みたいに感じてしまう。
「――――はぁ……」
例のごとく、パブは込み合っていた。当然座るところなんてなくて、壁際の端に陣取ってランチを食べる。カンターとは遠く離れたこの場所は、混んでいる中でも比較的人口密度が低い。
と、
「そんなに落ち込まないの。リーナったら」
「んー……」
一緒にランチを食べていた親友が、ため息をついて呆れるようにそう言った。そして慰めるようにわたしの腕をつつく。
さばさばとした口調で話すこの赤毛の女性はオリヴィアだ。このパブの店主の娘で、普段は裏で色々と作業を手伝っているのだが、非番な日はこうしてわたしのお昼ご飯に付き合ってくれたりする。
彼女とは、知り合ってもう一年の付き合いだ。わたしよりも少しだけ年上で、こうして悩みや愚痴を茶化しながら聞いてくれる。このパブに来ているのは半分以上この親友目当てだ。
わたしの身分を知っても物怖じしなかったし、対応も全く同じでいてくれた。わたしが詮索しないでといったことは律義に守ってくれて、それでいて踏み込むことは踏み込む。無神経というわけではなく線引きをきちっとしてくれている感じだ。
彼女と一緒にいるとき、わたしは何も考えなくていい。オルブライトではなく、リーナとして動くことができる。それがとても楽で、そんな彼女との会話は心地いい。
ぐでーと、壁沿いの突き出た部分にうつぶせになる。年頃の娘がするにはいささか……だいぶふさわしくないが、そんなことは知ったことではない。どうせここはパブなのだから、迷惑をかけないのなら別に何も言われない。それに、仕事以外であんな堅っ苦しい仮面なんかかぶりたくない。
だが、オリヴィアは「ちょっと」と言って耳元でささやいてきた。
「ていうか、そんなに疲れてるならここじゃなくて別のところ行きなよ。せめてサルーン・バーの方にさ。あんた一応軍の幹部だし、それにお嬢様なんだし」
「いやよ、わたし養子だもん。こっちの方がわたしには合ってる」
「アンタがいいなら良いんだけどさ」と言って、それ以上オリヴィアがその提案をすることはなかった。
チラリと、横目でオリヴィアの方を見る。予想に反して、オリヴィアは特に何も気にするようなことはなさそうな表情で紅茶を飲んでいた。あまり考えずに発してしまった言葉だったから、気を悪くしてしまったんじゃないかとヒヤッとした反動で、ほっと胸をなでおろす。
紅茶を置いたオリヴィアと目が合った。わたしはどんな表情をしていたのだろうか。オリヴィアの顔に苦笑が浮かんだ。
「だからそんなに気にしないの。たかが人事異動でしょ?」
「でも、これ絶対左遷じゃない……」
そうは言っても……と、リーナは再びため息をつき紅茶を口に含む。肩掛けバッグに入っている自我なき指令書が、なぜか無性に憎らしい。
なぜ自分が選ばれたのか、その理由をはっきりと自覚してはいる。自分が軍にとってどれだけ扱い辛いのかということも理解している。
軍に入る以上、ある程度のことは覚悟していた。
女であることから常に付きまとう基礎体力的なハンデ。それ以外にも、おまけのようなものとはいえ自分が上流階級であるということ。確かに軍としては実践に使いづらいとは思う。射撃訓練以外の仕事のメインが、ウォーレン大佐の秘書みたいなことなのもそのせいだと思っている。
でも、理解しているから納得できるわけでもない。感情をコントロールできるわけでもない。腹が立つことは腹が立つのだ。
「捜査をちゃんとしてるか見張るなんて、絶対いい顔されないじゃない」
「でも行くんでしょ?」
「行くわよ。早く見つけてあげたいじゃない」
「あはは、それでこそリーナね」
カラカラと、オリヴィアが明るく笑う。
見透かされているような気がして、なんだかおもしろくない。よっぽどしかめっ面をしていたんだろうか。突っ伏している頭をオリヴィアがやさしくなでてくれた。それだけで、気持ちが少しだけ落ち着く。
年上なのに、全く対等な目線で話してくれる。でもやっぱり言動はわたしよりも大人で、姉がいたらこんな感じなんだろうなといつも実感する。いままでは甘えることなんてできなかったから、この関係がとても居心地良い。
「いつ行くんだっけ?」
「三日後」
「ずいぶん急ね。でもまあ、内容がそれならむしろかなり温情的かも……じゃあ」
と、何か思い出したようにオリヴィアはカバンを開ける。その中に手を突っ込み、何か探すようにバッグの中をまさぐる。
出してきたのは、手のひらサイズの紙袋だ。
「ほい。手、出して」
「?」
お菓子か何かだろか、そう勝手に思って言われた通りに両手を出す。
だけど何かが出されるわけでもなく、それがそのままわたしの手に置かれた。
「これあげる」
「え? これなに?」
「開けてみて」
「うん……あっ、きれい!」
「骨董市で見つけたのよ。なんだか気になっちゃって、衝動買い」
紙袋から出てきたのは、ペンダントだった。
月と太陽をかたどった模様。羅針盤のような丸いプレートの真ん中に澄んだ青色の石が入っている。まるでそれが、ペンダントそのものを土星のように見せている。何の石なのかは分からないが、光にかざすと青以外にも赤、緑、橙、紫といろんな色が石の中で煌いている。
デザインは奇抜なものではない。言ってしまえば女物でもない。でも、わたしはこのペンダントに不思議な魅力を感じた。言葉では言い表せないけれど、不思議とこの石に吸い寄せられる気がする。
「本当にいいの?」
「もちろん。私からの餞別ってことで」
「ありがとう。わたし、頑張るわね」
「ええ。帰ってきたら、また寄ってちょうだいな」
言われなくてもそのつもりだ。
ここに来ているのは、あなたと話すためなのだから……とは、気がついていないのだろう。
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
凶幻獣戦域ラージャーラ
幾橋テツミ
ファンタジー
ラージャーラ…それは天響神エグメドなる絶対者が支配する異空間であり、現在は諸勢力が入り乱れる戦乱状態にあった。目下の最強陣営は「天響神の意思の執行者」を自認する『鏡の教聖』を名乗る仮面の魔人が率いる【神牙教軍】なる武装教団であるが、その覇権を覆すかのように、当のエグメドによって【絆獣聖団】なる反対勢力が準備された──しかもその主体となったのは啓示を受けた三次元人たちであったのだ!彼らのために用意された「武器」は、ラージャーラに生息する魔獣たちがより戦闘力を増強され、特殊な訓練を施された<操獣師>なる地上人と意志を通わせる能力を得た『絆獣』というモンスターの群れと、『錬装磁甲』という恐るべき破壊力を秘めた鎧を自在に装着できる超戦士<錬装者>たちである。彼らは<絆獣聖団>と名乗り、全世界に散在する約ニ百名の人々は居住するエリアによって支部を形成していた。
かくてラージャーラにおける神牙教軍と絆獣聖団の戦いは日々熾烈を極め、遂にある臨界点に到達しつつあったのである!
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜
白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。
舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。
王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。
「ヒナコのノートを汚したな!」
「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」
小説家になろう様でも投稿しています。
隻眼の覇者・伊達政宗転生~殺された歴史教師は伊達政宗に転生し、天下統一を志す~
髙橋朔也
ファンタジー
高校で歴史の教師をしていた俺は、同じ職場の教師によって殺されて死後に女神と出会う。転生の権利を与えられ、伊達政宗に逆行転生。伊達政宗による天下統一を実現させるため、父・輝宗からの信頼度を上げてまずは伊達家の家督を継ぐ!
戦国時代の医療にも目を向けて、身につけた薬学知識で生存率向上も目指し、果ては独眼竜と渾名される。
持ち前の歴史知識を使い、人を救い、信頼度を上げ、時には戦を勝利に導く。
推理と歴史が混ざっています。基本的な内容は史実に忠実です。一話が2000文字程度なので片手間に読めて、読みやすいと思います。これさえ読めば伊達政宗については大体理解出来ると思います。
※毎日投稿。
※歴史上に存在しない人物も登場しています。
小説家になろう、カクヨムでも本作を投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる