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アルトレイラル(迷宮攻略篇)
オレの勝ちだ 6
しおりを挟む何が起こったのか、すぐに解らなかった。
光に巻き込まれ、さっきとは違う感覚があった。そして気が付いたら、
あいつが、悲鳴を上げていた。
「…………は?」
思わずそんな声が零れる。
普通に考えれば、あれは四方魔法陣。あいつには悲鳴を上げるような何かはなかったはず。それなのに、どうして奴はいきなり奇声を上げあんなに苦しそうな様子なのだろうか。それに、さっきの妙な感覚。あれはいったい――、
突然、
「……! イツキ、そのまま行け‼ 理由は後で話す」
真横から、ミレーナの檄が飛ぶ。その直後、俺の身体は風によって持ち上げられ、そのまま前へと放り出された。着地点から足を前に踏み出す。言われた通り、黒刀を構え奴に向かって疾走する。
すぐに、通信機からミレーナの声が届いた。
『簡単に言うぞ。ヤツの魔法は失敗した。放出したのは、大量のマナだ。ヤツは今、そのダメージを受けている』
体からは、おびただしい量の瘴気が吹き出している。しかし、すぐにふさがるはずの傷がふさがっていない。
『使っていた瘴気は全てマナへと変わった。もう瘴気の補充はできない。それから今この空間は、そのマナと瘴気が混ざった特殊な状態になっている』
そうか、さっきの感覚はマナが補充された時の感覚だったのだ。いままで当たり前にマナが存在する環境にいたから気が付かなかった。ということは、ミレーナの魔法が……。
『多少時間はかかるが魔法が使える。だが、大火力はここでじゃ危険だ。私が動きを止める。それまで、削り続けろ』
「――了解!」
同時に、カタナスキルが左足の腱を切断した。カタナスキル・単発・《草薙》。高密度に込められたオドが組織に干渉し、その繋がりを断つ。
ヴィンセント・コボルバルドの絶叫が、脳を揺さぶる。左前脚が崩れ落ち、体勢が後ろに傾く。それでも、なおも俺を殺そうと強引に再生を繰り返す。それに構うことなく、次々と体に傷を刻んでいく。
何故だろう。ヤツの攻撃パターンが手に取るように解る。次にどんな動きが来るのか、百発百中でそれが当たる。たとえ、それが絶対に見えない死角からの攻撃でも同様だ。
頭が状況を理解するよりも、脳が信号を出すよりも速く、気が付けば身体が動いてる。まるで、オレの意思なんか端からなかったかのように。そのことが余計に気味悪い。
次は死角から横なぎの攻撃。跳んで避ければ真上からかみ砕かれる。避けるならすれ違うように。攻撃を当てるならその間に――――っ。
身体が勝手に動く。オレの身体じゃないように。次に来る攻撃が、予測線となって目に映る。次は右。その次は左。もう一度左。これを避ければ一気に核まで直線が空く。そうだ。ここでもう一撃――、
「――――⁉」
ガクンッ!
と、身体の力が一気に抜けた。踏ん張りが急に利かなくなり、足がもつれて倒れ込む。目の前に、巨腕が映り込む。〝避けなくては!〟そのことは解っているのに身体が動かない。
――時間切れ⁉
ゆっくりとした灰色の世界で、その理由がすぐに思い浮かぶ。いや、まだ時間には少しだけ余裕があったはず。だが、そんな苦情を言ったところで身体が言うことを聞くはずもない。行くりと、腕がオレへと近づいてくる。オレを叩き潰さんと、その巨腕を唸らせる。
……笑う彼女の姿が、一瞬だけ浮かんだ。
動け!
そうだ。まだ死ぬつもりなんか微塵もない。
動けっ!
やっとここまで来たんだ。死んでたまるか、こんなところで消えてたまるか。
動け――ッッ‼
「どっせぇぇぇええええいッッ‼」
ヴィンセント・コボルバルドの腕が、上に跳ね上げられた。
その腕に刺さっているのは、斬馬刀にも似た巨大な両手剣。響いた蛮声は、その剣の持ち主。
「離れるぞ!」
ガシッと、首根っこをつかまれる。そのままわきに抱えられ、アノスが大きく飛び退く。
瞬間、
巨大な石柱が地面から隆起、ヴィンセント・コボルバルドを貫いた。
動きが、完全に止まった。
「止めはくれてやる! 跳べ、イツキ‼」
つかんだ手でそのまま、前へと投げ出される。意味も理由も不明瞭な指示。だがその直後、身体は思いっきり両足を縮ませ、
真っすぐヴィンセント・コボルバルドへと跳躍した。
真下から、暴風が吹き荒れる。ミレーナの魔法だと解ったとき、オレは怪物の遥か上にいた。ヤツの背中が真下に見える。そして、ヤツの身体は完全に固定されていて身動きが取れない。
――あぁなるほど、そういうことか。
〝レンギク〟をサヤに収める。ありったけのオドを込める。コイグチから青い光の粒が漏れ、大気へと広がっていく。リィン、リィンと、鈴のように澄んだ音色がわずかな振動と一緒に耳に届く。
「打ちなさい」
「よしきたぁぁぁあ!」
やけに独特な男の声、続く野太く荒々しい声。次の瞬間――、
ドンッ‼
ぐもった打撃音が轟いた。人力じゃ考えられないほどの衝撃が、ヤツの身体を抜けてオレまで届く。身体中が、まるで直接拳を受けたかのように痺れ、息が詰まる。
ボコンッ‼
突然、ヤツの背中が一気に膨れ上がる。空気を無理やり吹き込んだかのような暴力的ふくらみは、見る間に限界へと達した。皮膚が裂ける瞬間が、灰色に映る。爆散する瞬間が、当然のごとく訪れる。
《アアアアァァァァァアアッッ⁉》
衝撃波が伝わり、肉が大きく変形する。背中の肉がはじけ飛び、むき出しの核があらわになる。
オレの役割は、そういうことだ。
空中で、足を縮める。もちろんそこに地面はない。だが、それすらもお構いなしに一気に蹴りだす。両足に、確かな感触があった。地面を踏みしめているような硬い感触。落下の速さが、明らかに人為的なものへと変わる。自由落下なんてものじゃない。まるで、身体を下に向けて投げおろされる感覚。
瞬きするたびに、地面は異常なほど近づいていく。ヴィンセント・コボルバルドの背中が、コンマ数秒の後に視界いっぱいに広がる。『核』が、すぐ目の前に迫る。
「おおおおぉぉぉおお――――ッ‼」
カタナスキル・単発・《居合・雷刃》
握る右腕――硬いものを両断した確かな感覚。
クラリ、視界が傾く。身体から、一気に力が抜けていく。目の前が暗く、意識がどこかに引きずり込まれる。もう、どこも動かせない。
目の前で砕け散る、赤黒い大きな塊。
よう。ざまぁみろ。
今度は――、
オレの勝ちだ。
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