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アルトレイラル(迷宮攻略篇)
四方魔法陣 3
しおりを挟む「全員離れろ!」
咆哮が、容赦なく鼓膜を殴りつけた。
縮みこんでいた両足が、解放され一気に跳ね上がる。強烈な加速度で砲弾と化した巨体は、煙の壁を二つに引きちぎり、まるで目標があるかのように跳躍した。
下方から、迎撃魔法が炸裂する。風が巨体を取り巻きバランスを崩させ、土魔法が散弾のように足へとめり込む。水が凍りと化し、無防備な腹部へと突き刺さる。それでも、一度走り出したものは止まらない。血を流し、瘴気をまき散らしながらも、十数メートルの跳躍を成し遂げ同時に次の目標を品定めしている。わずかに口が開き、よだれがこぼれた。
視線の先には壁。
そこにいるのは、魔法陣を編む魔法士たち。
「狙いは魔法士!」
「させるか‼」
そんな声が耳に届く――直後、着地した巨体の頭に何かが直撃した。右の顎に打ち込まれたのは、ひと二人分ほどの大剣。しっかりと骨に突き刺さり、直進する巨体に左方向の力が加わった。着地直後の不安定な巨体は、バランスを崩し左前へと頭から倒れ込む。
「うっしゃあ‼」
少し離れた位置にいる巨漢が、ガッツポーズをしていた。彼は確かアノスという騎士。貴族出身ではなく、平民で真っ当に入隊試験を受け合格枠をつかみ取った実力者。
「そのまま引き付けて! 四番、援護! 魔法士はアノスさんだけが常に見えるよう攻撃!」
『おうよ!』という野太く頼もしい声が帰ってくる。同時に陣形が変化し、アノスを守るように組み替えられる。それ以外の騎士は離脱し、必要最小限の人数を残し治療のため陣地へと退避する。
直後、再び煙幕が炸裂する。ヴィンセント・コボルバルドの視界を徐々に縮めていき、明いているのは右斜め前――つまりアノスのいる方向だ。
「よし来いッ、犬っころ!」
ギョロリと、血走った目玉がアノスを捉える。そして数秒後、明らかに怒気のこもったうなり声が耳に届く。『この距離』『あの態度』とどめに『あの体格』まるでそれらを瞬時に分析し、自らの顎に突き刺さる鉄の塊が誰の仕業なのかを理解したように感じた。
のそりと起き上がり、身体をアノスと対面するように向け直す。右前足で地面を掻く。突進しようとしている、そのことは明白だ。
一瞬のこう着。その後、
《ガァァァアッ!》
巨体が溶けるように前へと動き出した。
先ほどとは明らかに動きが違う。さっきの突進は、広範囲を巻き込む全体攻撃。対してこれは、特定の個体を狙いその命を刈り取らんとする……いわば必殺の一撃。大気を引き裂くのではなく、その隙間を縫うように進む。身をギリギリまで落とし、得物への攻撃を外さぬよう繊細に制御された、洒落にならないほどに凶悪な攻撃。
ぐばっ! と、ヴィンセント・コボルバルドの口が開いた。肉を切裂き骨をへし折る、剣のように巨大な歯がのぞく。顎に剣が突き刺さっていようともその動きに支障はない。掠るだけでも重症となる唾液を滴らせ、ひと一人など丸呑みできる地獄への門がアノスの身体をすっぽりと囲む。
バクン!
「――――⁉」
鼻息荒く、周囲に唾液をまき散らし、乱暴にアノスをかみ砕いた。
光沢のある金属片アノスンセント・コボルバルドの口周りを舞う。独特のフォルム、部品の形、間違いなくアノスがつけている鎧の一部だ。ゾクリと背筋が凍る。いやな汗が吹き出す。惹きつけろとは言ったが、自分を犠牲にしろと入っていないじゃないか。
しかし、それをまとう肝心の本体がそこにはいなかった。
瞬間、
「ハハハハハッ、うらぁぁぁあッ‼」
噛み合わせられた巨大な口が不自然な勢いで上を向いた。
鎧かみ砕いた口、その真下から上へと突き上げる両手を用いた完璧な掌底打ち。それを行ったのは、噛みちぎられたと思っていたアノス。どうやったのかは知らないが、鎧を変わり身の術として使い。自分は下へと滑りこんでいたのだ。
傷つけることすら困難な硬質の岩盤が、衝撃波でも受けたかのようにひび割れ、それは蜘蛛の巣のように広がる。それと同等の衝撃アノスンセント・コボルバルドを襲い、妙なうめき声とともにたたらを踏む。
大きくよろめき、数歩後ろに下がる。どうやら顎の骨と一緒に皮膚もやられたようで、舌の裏側――オトガイ下部――には大きな穴が開き、そこからおびただしい量の瘴気が漏れ出す。肉にめり込んでいた手甲の破片が、バラバラと落下してくる。
「イツキぃ、これで問題はないかぁ!」
「十分です! 魔法陣に向かって走って!」
「よし来た!」
すぐさま、アノスは後ろを振り向き魔法陣へと走り出す。その速さは決して早いとは言えない。ともすれば、ヴィンセント・コボルバルドが全力を出せば追い付いてしまうのではと感じてしまうほど。しかし今は、その速度が奴の思考を上手く誘導する。
《オオォォォォォ――――オオッ‼》
刀を持つ手アノスリビリと痺れるのが解った。耳に取り付けた通信機から、それを投げ捨てたくなるほどのジャミングが鼓膜に突き刺さった。耐えきれずに耳を押さえる。次に見たのは、魔法陣へと走るアノスに向かって突撃する怪物の姿だ。
身体中から瘴気が吹き出している。治りかけだった傷口が、さっきの衝撃波で裂けてしまったのだ。死を滴らせ、身体中に輝線を走らせたその体からはもう余裕など見当たらない。目は血走り、口からは血を吐き出し、顎に刺さった大剣が地面を削っていく。
疾走する、地面に亀裂を入れ乱暴に空気を押しのける。そこにまともな思考など見られない。奴の目に映っているのは、自分のこんな目に合わせた憎き捕食対象だけだ。許すまい、許すまい――そんな風に聞こえる怒号を発しながら、アノスとの空間を一気に詰める。十秒もかからず、その距離は十メートルを切る。ちょうどそのとき、アノスが走るのを止め奴の方向を向く。
薄ぼんやりと発光する『簡易魔法陣』の真上で。
「はめられた」ヴィンセント・コボルバルドがそう言いたげな表情を浮かべた時には、全てが手遅れだった。
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