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アルトレイラル(迷宮攻略篇)
いつか見た記憶《もの》のカケラ 3
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冒険者たちが走り出す。きっかけがあったなら、騎士団に入っていてもおかしくないくらいの猛者たちが、地響きが鳴るかという勢いで戦場を馳駆する。その身体に有り余るエネルギーを爆発させ、暴力の塊となって魔獣を蹴散らし、ゴーレムを取り巻く騎士団の陣営へと乱入する。
ちょうどゴーレムが、逃げ遅れた騎士の一人に照準を合わせた。レオは反対側で取り巻きを相手にしている。他の団員が助けに行ってはいるが、おそらく間に合わない。魔導士たちが援護射撃をするが、ゴーレムの狙いが逸れることはない。
巨腕がうなりを上げる。レオがそれに気が付くが、驚いた顔をしてすぐに笑った。この笑みは、おそらく苦笑。まさか来てくれるとは思っていなかった者たちの加勢による、困惑と安心感から来た笑み。
拳が、空気を破って騎士との距離を縮める。
その距離、目算五メートル。もう無理だと思ったのか、はたまた反射か、若騎士がきつく目を瞑る。
衝撃、轟音。おおよそ、生きているものが浴びてはいけない一撃。
されど、それが若騎士を襲うことはなかった。
「………………へ?」
気まぐれに覚えた読唇術が正しく習得できていたなら、若騎士の発した言葉はこれであっているはずだ。涙と鼻水にまみれた顔で目の前の光景を理解できず、固まる。
ゴーレムの腕は、大きく右へそれた場所を叩いていた。衝突地点は大きく抉れ、クレーターができている。しかし、被害は何もない。
「……おいおい、固まりやがったぞ」
「情けない騎士だこと」
若騎士の前に立つのは、数人の冒険者たち。
大盾を構えた者がひとり、メイスのようなものを持ったのがひとり、大剣を持つ者、ハルバードを振り下ろした者がひとり、それぞれが呆れるような口調で、そう言っているのがかすかに聞こえた。
傍と気が付き全体に目を向けてみれば、すでに冒険者たちと攻略隊の混合陣形ができ始めていた。
一撃を受ける、捌く、そしてカウンターを放つ。
攻略隊が主となり、ゴーレムへと攻撃をかます。それを邪魔しないように、冒険者たちが取り巻きとゴーレムの攻撃を捌く。そこに身分差など関係ない。互いが互いの強さを信頼し、長所を殺さないという絶妙な連携がそこには生まれていた。
「よし! こっちも出るぞ!」
真後ろから声がする。視線を向ければ、回復に専念していた騎士たちが立ち上がっていた。その装備は大きく破損し、穴が開いている。中には壊れて投げ捨てた者もいるのだろう、即席陣地の中には、元が何かも解らない残骸が多数転がっている。
それでも、彼ら自身に傷はない。肉体は快調。オドは回復。装備を失ってなお、戦いには支障なし。そのことを確認し、回復を終えた騎士たちが戦場へと踊り出ていく。
そこから、形勢は完全にこちらへと傾いた。
ゴーレムが攻撃を仕掛ければ、冒険者が防ぎ、攻略隊が攻撃する。その作業だけが、淡々と繰り返される。奴の初動を見極めれば、猛者たちである彼らにはさして難しいことではないようだ。
気が付けば、ゴーレムの周りには魔獣がいなくなっていた。広間には、新たな魔獣が入ってこないのだ。広間の入り口には、到着した援軍がいる。ここへ応援に来たひとりによれば、中に入るのは辞めて、入り口と連絡通路を死守することにしたらしい。
突然、ひときわ大きな衝撃とともに、ゴーレムの右腕が落下した。
《――――――――ッ⁉》
ゴーレムが、言葉にならない騒音をまき散らす。感情を持たぬ人工物が上げた耳をつんざくそれは、もしかしたら悲鳴なのだろうか、それとも怒りだろうか。表情の変わらぬ巨体とその声色からは、判別することはできない。ただ、致命的な一撃であったことは容易に解った。
バランスを崩し、巨体が崩れ落ちる。倒れまいと膝をつくが、そうはさせまいと騎士団が足を切り崩す。魔法陣が壊れなかったためダメージはないが、その目論見通りゴーレムは体勢を立て直せず大きく揺れる。そしてわずかに前へと倒れ始めた。
その着地場所にいるのは、レオ・グラディウス。
前衛に出ていた騎士団たちが、冒険者を連れてその場から離れる。レオを指さす冒険者もいたが、近くの団員から何か聞くと拍子抜けしたようにその行為を止める。
いつしか、レオとゴーレムの周りには誰もいなくなった。大きく距離を取り、タンクがゴーレムを中心として円状の陣形を組んで盾を構える。それはまるで、
巻き添えを喰らわないようにしているかに見えた。
「……精霊たち、僕に力を貸しておくれ」
よくとおる美声が、騒音の中で鼓膜を別にゆすぶる。例えるなら、脳内に直接といったところだろうか。
次第に、レオを抜き放った大剣が歪んでいく。
いや、そう見えただけだ。正確に言えば、剣は曲がっていない。周りの空気がおかしいのだ。
屈折――おそらく今起こっている現象はそれだろう。剣の周りの大気密度が外とかけ離れすぎて、熱が生まれ屈折が起こっている。大剣は腰あたりまで持ち上げられ、濃密な空気をまとった切っ先は、レオへと倒れ行くゴーレムをまっすぐにとらえている。この距離なら、まず外れることはない。
レオの口が動く。
呟かれたのは、短い単語だった。
――貫け。
空気が弾けた。
限界まで押しつぶされていた高密度の空気の塊は、指向性をもって本来の大きさへと膨張を開始する。球面上に広がるはずの大気が、ごく狭い直進という通路を疾走する。膨張可能区域を何十分の一へと狭められた空気爆弾の威力は、想像に難くない。その結末を、重い灰色の世界で見届ける。
衝撃波が生まれた。それは、硬い鉱石の身体を目視不可能な速度で揺さぶり、その身体へいとも簡単に亀裂を入れる。核がある身体の中心に、回復不可能なダメージを与える。
瞬くほど短い、無音の空間。
世界に色が戻った時、ゴーレムは四方へと身体を散らしていた。
「「「………………」」」
冒険者全員が、唖然とした顔でレオを見つめる。俺もどういうことなのか全く理解できず、月を放った体勢で固まるレオの顔を置見つめる。
たっぷり数十秒後、身体を動かし俺たちの方を向いたレオが、口を開く。
「助力感謝するよ。おかげで、この技を使うための時間稼ぎができた」
疲労をにじませながらも、その顔にはまだ余裕がある。装備にも目立った損傷はないし、本人の身体にも傷ひとつない。たった今、マラソンをして帰ってきたと言われても信じてしまうほどの見た目だ。
その姿を見て俺が思ったことは、おそらくすべての冒険者に共通していただろう。
つまりは――、
俺たち、いらなかったんじゃね?
「……なんだよ、俺たちいらなかったじゃねぇか」
不満げなリンドの声に、大きく頷いた。
ちょうどゴーレムが、逃げ遅れた騎士の一人に照準を合わせた。レオは反対側で取り巻きを相手にしている。他の団員が助けに行ってはいるが、おそらく間に合わない。魔導士たちが援護射撃をするが、ゴーレムの狙いが逸れることはない。
巨腕がうなりを上げる。レオがそれに気が付くが、驚いた顔をしてすぐに笑った。この笑みは、おそらく苦笑。まさか来てくれるとは思っていなかった者たちの加勢による、困惑と安心感から来た笑み。
拳が、空気を破って騎士との距離を縮める。
その距離、目算五メートル。もう無理だと思ったのか、はたまた反射か、若騎士がきつく目を瞑る。
衝撃、轟音。おおよそ、生きているものが浴びてはいけない一撃。
されど、それが若騎士を襲うことはなかった。
「………………へ?」
気まぐれに覚えた読唇術が正しく習得できていたなら、若騎士の発した言葉はこれであっているはずだ。涙と鼻水にまみれた顔で目の前の光景を理解できず、固まる。
ゴーレムの腕は、大きく右へそれた場所を叩いていた。衝突地点は大きく抉れ、クレーターができている。しかし、被害は何もない。
「……おいおい、固まりやがったぞ」
「情けない騎士だこと」
若騎士の前に立つのは、数人の冒険者たち。
大盾を構えた者がひとり、メイスのようなものを持ったのがひとり、大剣を持つ者、ハルバードを振り下ろした者がひとり、それぞれが呆れるような口調で、そう言っているのがかすかに聞こえた。
傍と気が付き全体に目を向けてみれば、すでに冒険者たちと攻略隊の混合陣形ができ始めていた。
一撃を受ける、捌く、そしてカウンターを放つ。
攻略隊が主となり、ゴーレムへと攻撃をかます。それを邪魔しないように、冒険者たちが取り巻きとゴーレムの攻撃を捌く。そこに身分差など関係ない。互いが互いの強さを信頼し、長所を殺さないという絶妙な連携がそこには生まれていた。
「よし! こっちも出るぞ!」
真後ろから声がする。視線を向ければ、回復に専念していた騎士たちが立ち上がっていた。その装備は大きく破損し、穴が開いている。中には壊れて投げ捨てた者もいるのだろう、即席陣地の中には、元が何かも解らない残骸が多数転がっている。
それでも、彼ら自身に傷はない。肉体は快調。オドは回復。装備を失ってなお、戦いには支障なし。そのことを確認し、回復を終えた騎士たちが戦場へと踊り出ていく。
そこから、形勢は完全にこちらへと傾いた。
ゴーレムが攻撃を仕掛ければ、冒険者が防ぎ、攻略隊が攻撃する。その作業だけが、淡々と繰り返される。奴の初動を見極めれば、猛者たちである彼らにはさして難しいことではないようだ。
気が付けば、ゴーレムの周りには魔獣がいなくなっていた。広間には、新たな魔獣が入ってこないのだ。広間の入り口には、到着した援軍がいる。ここへ応援に来たひとりによれば、中に入るのは辞めて、入り口と連絡通路を死守することにしたらしい。
突然、ひときわ大きな衝撃とともに、ゴーレムの右腕が落下した。
《――――――――ッ⁉》
ゴーレムが、言葉にならない騒音をまき散らす。感情を持たぬ人工物が上げた耳をつんざくそれは、もしかしたら悲鳴なのだろうか、それとも怒りだろうか。表情の変わらぬ巨体とその声色からは、判別することはできない。ただ、致命的な一撃であったことは容易に解った。
バランスを崩し、巨体が崩れ落ちる。倒れまいと膝をつくが、そうはさせまいと騎士団が足を切り崩す。魔法陣が壊れなかったためダメージはないが、その目論見通りゴーレムは体勢を立て直せず大きく揺れる。そしてわずかに前へと倒れ始めた。
その着地場所にいるのは、レオ・グラディウス。
前衛に出ていた騎士団たちが、冒険者を連れてその場から離れる。レオを指さす冒険者もいたが、近くの団員から何か聞くと拍子抜けしたようにその行為を止める。
いつしか、レオとゴーレムの周りには誰もいなくなった。大きく距離を取り、タンクがゴーレムを中心として円状の陣形を組んで盾を構える。それはまるで、
巻き添えを喰らわないようにしているかに見えた。
「……精霊たち、僕に力を貸しておくれ」
よくとおる美声が、騒音の中で鼓膜を別にゆすぶる。例えるなら、脳内に直接といったところだろうか。
次第に、レオを抜き放った大剣が歪んでいく。
いや、そう見えただけだ。正確に言えば、剣は曲がっていない。周りの空気がおかしいのだ。
屈折――おそらく今起こっている現象はそれだろう。剣の周りの大気密度が外とかけ離れすぎて、熱が生まれ屈折が起こっている。大剣は腰あたりまで持ち上げられ、濃密な空気をまとった切っ先は、レオへと倒れ行くゴーレムをまっすぐにとらえている。この距離なら、まず外れることはない。
レオの口が動く。
呟かれたのは、短い単語だった。
――貫け。
空気が弾けた。
限界まで押しつぶされていた高密度の空気の塊は、指向性をもって本来の大きさへと膨張を開始する。球面上に広がるはずの大気が、ごく狭い直進という通路を疾走する。膨張可能区域を何十分の一へと狭められた空気爆弾の威力は、想像に難くない。その結末を、重い灰色の世界で見届ける。
衝撃波が生まれた。それは、硬い鉱石の身体を目視不可能な速度で揺さぶり、その身体へいとも簡単に亀裂を入れる。核がある身体の中心に、回復不可能なダメージを与える。
瞬くほど短い、無音の空間。
世界に色が戻った時、ゴーレムは四方へと身体を散らしていた。
「「「………………」」」
冒険者全員が、唖然とした顔でレオを見つめる。俺もどういうことなのか全く理解できず、月を放った体勢で固まるレオの顔を置見つめる。
たっぷり数十秒後、身体を動かし俺たちの方を向いたレオが、口を開く。
「助力感謝するよ。おかげで、この技を使うための時間稼ぎができた」
疲労をにじませながらも、その顔にはまだ余裕がある。装備にも目立った損傷はないし、本人の身体にも傷ひとつない。たった今、マラソンをして帰ってきたと言われても信じてしまうほどの見た目だ。
その姿を見て俺が思ったことは、おそらくすべての冒険者に共通していただろう。
つまりは――、
俺たち、いらなかったんじゃね?
「……なんだよ、俺たちいらなかったじゃねぇか」
不満げなリンドの声に、大きく頷いた。
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