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アルトレイラル(迷宮攻略篇)
ヴィンセント・コボルバルド 2
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――討伐隊キャンプ地・迷宮地下五階『安全地帯』――
「斥候が、広間を見つけた」
リーダーの声が、空気をピンと引き絞る。
驚きはなかった。ここにいる全員が、いずれ来ることなのだと知っていたのだ。むしろ、早いくらいだという感想が、左右から小さく聞こえる。
「中にどんな魔獣がいるのかは、まだ解っていない。よって明日、第一次攻略作戦を開始する」
各団員に、担当が振り分けられる。前衛、後衛、補助支援――その数は少ない。なぜなら、次の戦いは相手の攻撃パターンと姿を見極めるためだからだ。本格的な討伐は、もう二・三回同じことをした後に行われる。
そうでもしなければ、最強と謳われる王国騎士団と王宮騎士団でさえ、死んでしまうから。強いからといって、己の力を過信することはない。臆病なほど慎重に、弱虫なくらい少しずつ、攻略を進めていくのだ。
師の重みを誰よりもよく知っている。それが、彼らの強さの一部。王国最強とまで言われている所以だ。
死んでしまえば、すべて終わりなのだ。
「――以上で、俺からの話は終わりだ。さて……」
話を終えたリーダーが、俺たちの方へと顔を向ける。その表情には、不服と、困惑、その二つが混じっているのがはっきりと分かった。
「説明してもらおうか、リンド。なぜ部外者をここに連れてきた」
「おう。元々そのつもりだ」
俺を連れてきた冒険者の彼――リンドは、そう言って立ち上がり、足元に置いていた麻袋をたき火の近くに放り投げる。そして、思いっきり紐を引き抜いた。
特殊な結ばれ方で包まれていた麻が、支えを失って布に戻る。中の物が、たき火の光の下にあらわとなる。それが何なのかを瞬時に理解した討伐隊に、どよめきが走る。
「これは……っ」
「そこのイツキが相手にしてた魔獣だ。見た限りじゃ、この場所には生息する種じゃないぜ?」
直ちに、数人が検分にかかる。そして、リンドの言葉を保証されるのに大して時間はかからなかった。
――間違いありません。砂漠種です。
――ここから、砂漠までの距離は?
――どれだけ急いだとしても、馬でひと月。魔獣がこの距離を移動するとは思えません。
魔獣は、凶悪だ。
通常の生物よりも強く、波の戦闘職では歯が立たないこともざらにある。それは、魔獣の核が、瘴気を吸い取って能力を底上げしているからなのだと言われている。瘴気に順応した身体だからこそ、迷宮区でも生きていける。
しかしそれ故に、環境の変化に弱い。瘴気のない場所では、瘴気が補充できない環境では、生きていくことができない。
そして、最寄りの砂漠からここまでは、いくつか完全に瘴気が途切れるところがある。その場所を走破するならば、己の核を消費して動くしかない。だがそうすると、途中で核が燃え尽きてしまう。
物理的に不可能なのだ。生きていながら、別の生息可能領域に飛ぶことは。どんな生き物でも、物理法則は超越できない。
そう、奇跡でも使わない限り。
――……古代魔法、の可能性はあるか……。
――そうなれば、迷宮攻略は遅れそうですね。
――これ以上放っておくと、まずいというのに……。
攻略会議は、重苦しい雰囲気に包まれていた。このまま放っておけば、迷宮は際限なく拡大を続ける。そうなった国の末路を、ここにいる皆がよく知っている。それでも、国力を大きく向上させる可能性のある古代魔法、その魅力は大きい。国が黙っていないだろう。
沈黙が下りる。このような場合、どう対策を取ればいいかなんて、この場にいる誰も知らない。
「…………ほれ、喋れよ、イツキ」
「この雰囲気でですか…………ッ⁉」
「後は任せる」その言葉とともに、俺は強引に前へと出された。当然、全ての双眼は俺へと向く。
さながら、蛇に睨まれた蛙。
――嘘だろ……ッ。
鼓動が早くなるのが感じる。口が乾く。落ち着こうにも、喉を湿らす唾さえない。こんな時に、この性格が仇になったか。
「――失礼。僕から、質問いいだろうか」
手を上げ立ち上がったのは、金髪の青年。他の者よりも幾分か軽装のレオだ。手を上げ、他から見えないようにウインクをした。
――僕が誘導する。質問にだけ答えて。
……とでも言いたいのだろう。心が、少し軽くなる。本当に、なぜ彼はここまで優しいのか。
「こいつの戦い方を教えてほしい」
「武器は、曲刀。戦い方は、キタギ剣術に近かった」
「砂漠の剣術だね。ここに生息しているなら、学習するほど見ることはまずないはずだ」
「申し訳ないが、どこから出てきたのかは俺にも……」
「いや、気に病むことはないよ。今出てきたものだけで十分だ」
言葉を切り、俺に着席を促す。言葉に甘えた俺から目線を外し、それを今度はリーダーに向ける。
「隊長」
「解っている。こいつはおそらく、砂漠にて育ったものに違いない」
「だとすれば、自然的なのか、あるいは人為的に……」
「後者だと、ちょっとばかし厄介になりますなぁ、隊長」
もしも人為的ならば、厄介どころの話ではないはずだ。王国がやっている実験であるならば、騎士団にも何かしらの情報は降りてきているはずだ。おまけに、魔獣の売買は犯罪である。
わざわざ魔獣を捕獲して、命がけでこの地まで運ぶ。それが意味することは解らない。だが、確実にいいことではないのは明らかだ。もしかしたら、あの組織が……。
「いま考えても、結論が出ることはない。首都と連絡を取れ。斥候の者は、任務を予定通りこなせ」
自然のものか、人為的か。もしそうならば、誰が何のために――そんなことは何一つわからない。
空気も、雰囲気も先行きも、何もかもが悪い。そんな暗雲漂う状態で、会議は幕を閉じた。
「斥候が、広間を見つけた」
リーダーの声が、空気をピンと引き絞る。
驚きはなかった。ここにいる全員が、いずれ来ることなのだと知っていたのだ。むしろ、早いくらいだという感想が、左右から小さく聞こえる。
「中にどんな魔獣がいるのかは、まだ解っていない。よって明日、第一次攻略作戦を開始する」
各団員に、担当が振り分けられる。前衛、後衛、補助支援――その数は少ない。なぜなら、次の戦いは相手の攻撃パターンと姿を見極めるためだからだ。本格的な討伐は、もう二・三回同じことをした後に行われる。
そうでもしなければ、最強と謳われる王国騎士団と王宮騎士団でさえ、死んでしまうから。強いからといって、己の力を過信することはない。臆病なほど慎重に、弱虫なくらい少しずつ、攻略を進めていくのだ。
師の重みを誰よりもよく知っている。それが、彼らの強さの一部。王国最強とまで言われている所以だ。
死んでしまえば、すべて終わりなのだ。
「――以上で、俺からの話は終わりだ。さて……」
話を終えたリーダーが、俺たちの方へと顔を向ける。その表情には、不服と、困惑、その二つが混じっているのがはっきりと分かった。
「説明してもらおうか、リンド。なぜ部外者をここに連れてきた」
「おう。元々そのつもりだ」
俺を連れてきた冒険者の彼――リンドは、そう言って立ち上がり、足元に置いていた麻袋をたき火の近くに放り投げる。そして、思いっきり紐を引き抜いた。
特殊な結ばれ方で包まれていた麻が、支えを失って布に戻る。中の物が、たき火の光の下にあらわとなる。それが何なのかを瞬時に理解した討伐隊に、どよめきが走る。
「これは……っ」
「そこのイツキが相手にしてた魔獣だ。見た限りじゃ、この場所には生息する種じゃないぜ?」
直ちに、数人が検分にかかる。そして、リンドの言葉を保証されるのに大して時間はかからなかった。
――間違いありません。砂漠種です。
――ここから、砂漠までの距離は?
――どれだけ急いだとしても、馬でひと月。魔獣がこの距離を移動するとは思えません。
魔獣は、凶悪だ。
通常の生物よりも強く、波の戦闘職では歯が立たないこともざらにある。それは、魔獣の核が、瘴気を吸い取って能力を底上げしているからなのだと言われている。瘴気に順応した身体だからこそ、迷宮区でも生きていける。
しかしそれ故に、環境の変化に弱い。瘴気のない場所では、瘴気が補充できない環境では、生きていくことができない。
そして、最寄りの砂漠からここまでは、いくつか完全に瘴気が途切れるところがある。その場所を走破するならば、己の核を消費して動くしかない。だがそうすると、途中で核が燃え尽きてしまう。
物理的に不可能なのだ。生きていながら、別の生息可能領域に飛ぶことは。どんな生き物でも、物理法則は超越できない。
そう、奇跡でも使わない限り。
――……古代魔法、の可能性はあるか……。
――そうなれば、迷宮攻略は遅れそうですね。
――これ以上放っておくと、まずいというのに……。
攻略会議は、重苦しい雰囲気に包まれていた。このまま放っておけば、迷宮は際限なく拡大を続ける。そうなった国の末路を、ここにいる皆がよく知っている。それでも、国力を大きく向上させる可能性のある古代魔法、その魅力は大きい。国が黙っていないだろう。
沈黙が下りる。このような場合、どう対策を取ればいいかなんて、この場にいる誰も知らない。
「…………ほれ、喋れよ、イツキ」
「この雰囲気でですか…………ッ⁉」
「後は任せる」その言葉とともに、俺は強引に前へと出された。当然、全ての双眼は俺へと向く。
さながら、蛇に睨まれた蛙。
――嘘だろ……ッ。
鼓動が早くなるのが感じる。口が乾く。落ち着こうにも、喉を湿らす唾さえない。こんな時に、この性格が仇になったか。
「――失礼。僕から、質問いいだろうか」
手を上げ立ち上がったのは、金髪の青年。他の者よりも幾分か軽装のレオだ。手を上げ、他から見えないようにウインクをした。
――僕が誘導する。質問にだけ答えて。
……とでも言いたいのだろう。心が、少し軽くなる。本当に、なぜ彼はここまで優しいのか。
「こいつの戦い方を教えてほしい」
「武器は、曲刀。戦い方は、キタギ剣術に近かった」
「砂漠の剣術だね。ここに生息しているなら、学習するほど見ることはまずないはずだ」
「申し訳ないが、どこから出てきたのかは俺にも……」
「いや、気に病むことはないよ。今出てきたものだけで十分だ」
言葉を切り、俺に着席を促す。言葉に甘えた俺から目線を外し、それを今度はリーダーに向ける。
「隊長」
「解っている。こいつはおそらく、砂漠にて育ったものに違いない」
「だとすれば、自然的なのか、あるいは人為的に……」
「後者だと、ちょっとばかし厄介になりますなぁ、隊長」
もしも人為的ならば、厄介どころの話ではないはずだ。王国がやっている実験であるならば、騎士団にも何かしらの情報は降りてきているはずだ。おまけに、魔獣の売買は犯罪である。
わざわざ魔獣を捕獲して、命がけでこの地まで運ぶ。それが意味することは解らない。だが、確実にいいことではないのは明らかだ。もしかしたら、あの組織が……。
「いま考えても、結論が出ることはない。首都と連絡を取れ。斥候の者は、任務を予定通りこなせ」
自然のものか、人為的か。もしそうならば、誰が何のために――そんなことは何一つわからない。
空気も、雰囲気も先行きも、何もかもが悪い。そんな暗雲漂う状態で、会議は幕を閉じた。
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