異世界幻想曲《ファンタジア》

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アルトレイラル(迷宮攻略篇)

舞い込む暗雲 3

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 この世界には、〝迷宮〟と呼ばれる場所が存在する。ゲームの用語で言えば『ダンジョン』大多数が想像する通り、中にはモンスターがはびこり、ボスモンスターが存在し宝を守っている。ボスを倒せば、その宝が手に入るというどこかで聞いたことのあるものだ。

 そんな超常現象を平然と認める空間が、この世界には存在する。そして厄介なことに、放っておくと『迷宮』は拡大を続ける。よって、中の〝核〟を早急に破壊しなければ厄災の元となるのだ。

「しかし、なぜそんな話を持ってきた。それは騎士団の仕事だろう?」

「無論、騎士団が出るつもりだ。お前たちも、騎士くらいは見たことがあるだろう?」

 ガルダの問いに、晴香は樹と同時に頷く。騎士とは、その名から想像する通り、王国を守るのが仕事の軍隊だ。過去に、樹と自分を助けてくれたあの金髪青年も騎士団の人間に当たる。

「あれに何人か欠番が出た。こっちで何かあったらしく、人員補充もせずそのまま挑むらしい」

「ずいぶんといい加減だな。あの騎士団がそんなことをするものか?」

「オレも最初は耳を疑った。だが、理由を聞いて納得よ。負傷したのが荷運びの連中だったそうだ。それもこっちで雇った」

 これも、ミレーナからの抗議で訊いたことの中に入っていた。
 騎士団は、戦う方面を担当する戦闘部隊(通称前衛)と、食料や機材を運ぶ後方支援隊に分かれている。しかしここは精鋭が集まるセルシオだ。今回は、こちらの地理に詳しい冒険者をこっちで雇ったらしい。

 それに加えて、今回は少し特殊な状況らしい。

 何でも、十分に腕の立つものを選んだのだが、何らかの形で彼らの内数人が負傷。だが、そもそも最初の段階ですでに若干の飽和状態だったらしく、むしろ数人減ったことで適性数に収まった。そして現在に至る、という流れらしい。

 つまり、人員の欠損の話をわざわざ持ってきたということは……。

「お前たち全員、この後が予想できただろう。俺の力で、何人かはねじ込める」

「「…………」」

「強制はしねぇ。どうせやらされるのは荷運びだとしても、普通ならいい経験になるって言うんだが……」

 ガルダが、言葉を切る。

「今回はちと、迷宮が異質らしいからな」

 〝異質〟その言葉の意味を、この場にいる全員が――少なくとも晴香自身は理解できなかった。

 ◇◆

 歩き慣れた木の床、ミレーナの自室に続く長い廊下を、微かにきしませながら晴香は歩く。手に持っているのは、とある魔術を発動する場合に用いる計算式。

 魔術は感覚的側面もかなりの割合を占めるが、行っているのは脳内での演算に過ぎない。それに、晴香は自身が持っている科学の知識を補助として埋め込んでいるのだ。実際は、この数式だってこれ単体では何の力もない。いわゆる、暗示に使う小道具のような位置づけだ。

 故に、これがなくても魔術は発動する。元々感覚的なものなのだ。究極的なことを言えば、自身が納得するならそれでいい。だが、それでは不十分なのだ。完全な感情任せは、感情の起伏によって魔術が暴走をすることを容認していることと同義だ。そんなことを、ミレーナは、何より晴香が許せるわけがない。

 だからこそ、数式を用いている。数式は字面以上の意味を持たない、逆に言えば、そこには感情の混ざる隙は一分もない。書かれていることだけが全てなのだから。感情を一切排除した道具が、計算式というものなのだから。

 今回のものは、計算ミスや数式の使用ミスはないはずだ。それに、いくつかアレンジも加えてある。論理には破綻がないことは確認済みだ。文系の自分にしては、だいぶいい出来だと思う。

 ほっと息をつく。ひとまずやらなければならないことを終え、心に余裕ができる。

 余裕ができると、晴香の思考は決まってあの話へと向けられる。

 ――神谷くん、どうするんだろう。

 いつしか、晴香の思考は遥か彼方――、
 あの時へと、さかのぼっていた。

 ◇◆

『異質、か……どんなところがだ?』

 異質、その言葉の意味を、ミレーナはガルダに問うた。それを受け、どこまで話していいものかと迷う素振りを見せたものの、結局ガルダはすべて話したのだった。

 迷宮には、瘴気と呼ばれる毒素が充満している。それは呼吸によって体内へと入り、臓器を侵食していく有害な物らしい。

 ガルダの話によると、その毒素が異様に薄いらしい。なにも装備をつけなくても平気なほどに。

 そして、魔獣の種類。
 迷宮には、地上から入り込んだ魔獣が住み着くことが多々ある。なぜなら、迷宮が吸い取っているのは魔獣の生命エネルギーなのだ。それによって、迷宮は拡大を続ける。迷宮が住む場所を提供し、魔獣が核の守護を担う。まさに、持ちつもたれずといった関係だ。その魔獣が、本来ならばあり得ない種類なのだという。

 地域によって、魔獣の種類は異なる。それは、現地で魔獣を調達するという迷宮の特性上故だ。それにもかかわらず、今回の迷宮に生息する魔獣の種類が、どう考えてもこの地域にいるものではなかった。雪国にしか存在しない種族までもがエンカウントしたのだ。

 故に、異質。何が起こるのか解らないという意味でだ。

 ミレーナの反応は、後ろ向きだった。まだ、晴香たちには早いんじゃないかと、そうハッキリ告げて。

 だが、

「行かせてください」

 横から聞こえた言葉の意味を、神谷 樹の思考を理解するのに少し戸惑った。
 たったいま、まだ早いと告げられたばかりなのに。誰が見ても、行かない方が吉であることは明白なのに。それでも、樹は行くと言ったのだ。

『行く。一人でも』

 春香の問いかけにそう答えた。理由を聞いても、まだ言えないと口をつぐむ。ミレーナまでもが諭しても、樹が譲ることはなかった。

『…………ひとまず、お前さんの意見は解った。あとはまぁ、ミレーナと相談してくれ。期限は、三日後だ』

 ◇◆

 あのとき、樹が何を思っていたのかは解らない。昔からそのあたりのことを話さないことはよくあった。そしてそれは、決まって樹にも確証がない時ばかり。つまり今回も、明確が理由がないということだろうか。

 だとしたら、なにが樹をそこまでさせているのだろう。

 そんなことを考えているうちに、扉の前へたどり着く。少し前から気が付いていたが、どうやら少しだけ扉が開いているようだ。開いた扉の隙間から、部屋の光が漏れ出している。


 ――それを言ったら、この世界の言葉を話してる時点で不自然なんですけどね。


 ノックしようと手を伸ばすと、そんな声が聞こえた。声は、聞き覚えがありすぎるもの。どうやら、樹が先に来ていたようだ。それならばと、少し身体が後退する。
 本来ならば、時を改めてもう一度来るのが常識だろう。ましてや、聞き耳を立てることなど褒められた行為じゃない。

 それでも、

 解っているはずなのに、いけないことだと自覚しているはずなのに、動くことができなかった。罪悪感を抱きながらも、聞き耳を立てずにはいられなかった。

 ――さっきから思っていたが、君は何が気になっているんだ? これだけ忠告しても譲らないとは、それほどのものがあるのか?
 ――……はい。どうしても、向こうの世界に戻る手掛かりが欲しいんです。そのためには、自分で行くのが一番早い。
 ――ハルカには、言っていないだろう?



 ――いっても仕方ないでしょ。


 ドクンと、心臓がひときわ強く跳ねたのが解った。本人にしたらあまり大したことのない気持ちなのかもしれない。それでも、春香にとっては十分にショックなことだった。

 言っても仕方がない。それはつまり、端から晴香には期待していないということ。それを聞かせたところで、何の得もないということ。

 考えずには、いられなかった。

 自分は、雨宮晴香という存在は、樹にとっていったい何だったのかと。

 これまでの態度は、頼むと言ってくれた言葉は、

 全部嘘だったのかと。

「………………ッ」

 自分が今どんな気持ちなのか、よく解らなかった。
 悲しいのか、怒っているのか。色んな感情がごちゃ混ぜになっていて、判別がつかない。唯一解っていたことは、自分が、唇を血が出るかと思ったほどに噛みしめているということだった。

 ――それより、訊きたいことがあるんです。
 ――……何かな。

 そして、

 ――俺たちの、寿・命・についてです。




 樹があのとき言った言葉は、いまでも思い出す。
 壊れたスピーカーのように、いまでも時々木霊している。
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