異世界幻想曲《ファンタジア》

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アルトレイラル(修行篇)

ハプニングと、突然の再会 5

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 メインストリートの出店屋台は、本当に多種多様だ。日本では見られないような骨董品に、皮がはがれた生の肉、魔法陣を刻み込んだアクセサリーと、いくら見ていても飽きることはない。横では雨宮が瞳を輝かせ、しきりに出店を観察している。そういう俺も、自分で自覚してしまうほど、だいぶ興奮していた。しかし、俺はどこか冷静にいまの状況に感心していた。
 こうして雨宮の隣を歩くことにだいぶ慣れてしまったなあと、感心に加えて少し驚いてもいる。

「あ、あっちにもアクセサリー屋さん!」
「それはいいけど、道、このままでいいのか?」
「大丈夫。あと三本先を右だから。迷子になるようなヘマはしないって」

 そう言って、はしゃいだ様子を隠す素振りもなく、雨宮が少し先に見えたアクセサリー屋へと早足で進みだす。その後ろを、俺も早足になり追従する。あの楽しそうな表情に、少しだけ口角が上がる。
 いま思えば、久しぶりに二人っきりで並んで歩いた相手は、雨宮だったかもしれない。それまでも、母さんや父さん、それから葵、それぞれと二人で歩いたことはあったが、あれからそんな機会はなくなった。雨宮に誘われるまで、自分から距離を縮めることなんてなかったからだ。
 面倒くさいからとかそういう理由じゃない。ただ怖いという、何とも腰抜けな理由だ。ガキのくせに変な悟りを開き、それをいまでも引きずっている。そんな俺が、よく雨宮とお近づきになれたものだ。
 それは、一緒にいても反射的な拒絶反応がなかったからだろうか。
 理由も解らないし、そもそも自分でもどんな部分が拒絶反応を引き起こしているのかいまだに言葉にすることはできないが、雨宮にはそれがなかった。それよりもむしろ、初めて会ったようには感じないほどの安心感を感じた。そうだ、親しくなるというよりも、もうすでに構築されていたいつかの関係に戻った……そんな気持ちになっていたんだと思う。
 初めてであったはずなのに、なぜだかあの関係が壊れることの方が怖かったような気さえする。

「ねえねえ、これなんかどうかな?」

 そんな俺の回想は、雨宮の声で遮られた。雨宮の手には銀色のブレスレットが握られており、二対でひとつなのか、そのリングには同じものが通され鎖のようになっていた。

「雨宮って、けっこうシンプルなのが好きだよな」
「好きって言うか、わたしにはあんまりはっちゃけた物は似合わないって自覚してるだけだけどね。それに、傷ついちゃったらもったいないし」

 確かに、雨宮はもともとシンプルなデザインをしたアクセサリーをつけていた。派手系ストラップの類も買わないわけではないのだが、着けているのを見たことはほとんどない。それも、着けているのはほとんどが銀色の系統だ。他の女子が色々試していた中、雨宮だけが我を貫いていたためどうなのかとは思っていたが、後から聞くに、落ち着いた雰囲気が女子からも支持されており男子からはそこも魅力の一つとなっていたらしい。その部分は、俺も大いに賛同だった。

「で、どう思う?」
「いいんじゃないか? 丈夫そうだし、雨宮の雰囲気にも合う気がする」
「……そっか。じゃあ、神谷くんの感性を信じて、これを買うことにします」
「ちょっと待て、似合わなくても責任取らないからな!」

 ぎょっとし、止めようとするが時すでに遅く、俺たちの会話が終わるのを待っていてくれた老婆に向かって、雨宮がもうすでに話しかけていた。俺の意見を聞いてから、決断までのその間わずか五秒。

「すみません。この腕輪が欲しいんですけど、ひとつもらえますか?」
「そいつは、その二つで一組さね。バラ売りはしとらんよ」

 そう言った見た目八十近い老婆が、カカカと笑う。キラリと、雨宮が持っているものと同じものが老婆の左手首にも収まっていた。

「料金は腕輪ひとつ分さ。豪奢な装飾はありゃせんが、丈夫で、あんたらにゃよく似あう。お前さんの旦那の見込み通りだ」

「「旦那⁉」」

 いきなり言われたその言葉に、俺たちの声が重なった。

「おや? もしかすると違ったかい?」
「ちっ、ちち違います‼ わたしたちはそういう関係じゃなくてっ、えーと、あのー、そのーっ」
「付き合いが長い相棒です! 男女の関係じゃないです!」
「ありゃ、そりゃ失礼」

 言われてみれば、俺たちの距離間は友達というには少し近い気もする。いやだが、他の連中にはもっと近しく見えるような態度をとる者たちもいたわけで、それを考えると近くもないような気がする。しかし、この老婆にそうみられたということはもうそういう風に周りからは見られていると考えた方がいいのか、どうなのだろう……………。
 必死に否定する俺たちをしり目に、老婆が楽しそうに笑う。だがそのあと、少し申し訳なさそうな表情を浮かべ口を開いた。

「だけど済まんねぇ、お二人。そういうことならこいつは売っちゃやれない」
「もしかして、結婚指輪みたいなもの……だったりしますか?」
「その通り。これは誓いの腕輪さね」

 雨宮からブレスレットを受け取り、懐かしそうに目を細めて老婆が語りだす。

「大昔、私らの故郷での風習さ。結婚をしたとき、夫婦が互いにこれをつける。たとえ死んで時が経とうとも、またお互いが巡り合うという誓いを込めてね」

 雨宮の視線が、俺の視線が、老婆の左手首に向く。正確には、その手首をくるりと囲っている銀色の金属腕輪に。老婆がなぜそれをつけているのか、いまようやく理解した。そして、その相手が今どうなっているのかもぼんやりと。

「? …………ああ、こいつのことかい」

 俺たちの視線の先にあるのが、自身のブレスレットだと気が付き老婆が笑う。

「想像の通りさ。私の旦那はもうここにはいない」
「そう、なんですか……」
「私がお嬢ちゃん程ん時に結婚したのさ。あの人は細工師でね、こんな腕輪なんかを作ってた。あの人が作って、私が店で売って。気まぐれにここでも店を開いて。あの人の金属細工は、それはそれは良く売れたもんさ」

 話を聞いていただけでも解る。旦那さんがどんなに素敵な人だったのか。二人がどれほど愛し合っていたのか。死別し、旦那の姿が無くなって、しかしそれでも愛し続ける。どうしようもないほど切なく、胸が苦しくなる。

「素敵な、旦那さんだったんですね」
「誰もがうらやむほど、私たちは愛し合っていたさね。もちろん、私は今もね」
「いいなあ………………本当にうらやましい」
「お嬢ちゃんも、すぐにいい人が見つかるさね」
「いたとしても、振り向いてくれるのかな。わたしに」
「それは、お嬢ちゃんとそいつ次第だね。じゃあ、私は心配ないに賭けとこうか」

 そうしてくださいと、雨宮が笑う。雨宮が老婆から視線を外すその一瞬だけ、老婆の目が俺を見ていたような気がした。

「お嬢ちゃんに似合う落ち着いたものなら、この首飾りはどうだい? 私たちの故郷で伝わるまじないの陣を編み込んである。ほれ、小僧さん。真ん中の石の色を選んでやりな」
「は、はい。えーっと……」

 結局、俺が選んだ色はサファイヤ色の鉱石がはめ込まれたもの。老婆によると、その石には危険予知のまじないが編み込まれているのだとか。そして、腕輪を売ってあげられないことへのお詫びとして、金額を半分にしてくれた(雨宮はもちろん断ったが、結局押し切られてしまった)。案の定、雨宮は迷うわけでもなく俺が選んだものを即決した。信用してくれるのは気恥ずかしいよりもうれしさが勝るが、もし似合っていなかったらどうするつもりだったのだろう。信頼が重い。

「武具店を探すなら、看板の小さい店を探すといい。大きいのは観光用だからね。ぼったくられるよ」
「ありがとうございます。おばあさん」
「まいど。さあ、閉まらんうちに行った行った」

 丁寧に礼を言い、雨宮が人ごみの中へと歩き出す。俺もそれに続こうと足を踏み出す。
 その時、

「…………?」

 ついて行こうとした俺の手を、老婆がつかんだ。
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