異世界幻想曲《ファンタジア》

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アルトレイラル(修行篇)

異世界生活開始3

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「見知らぬ土地からやってきた、文化も言葉も異なる君たちのような人間は、分類上『迷い人』と呼ばれる。昨日調べてみたのだが、君たちの他にも過去には迷い人が存在した」

 椅子に座った俺たちに、同じく向かいに座るミレーナが一冊の本を広げ、とある見開きを指さす。そこには何人かの人間が、様々な格好をして描かれていた。字は読めないが、その恰好は白衣のようなものを着ていたり、魔法を放っていたり、何か大きな道具を使っていたり、と様々。彼らが、迷い人ということなのだろうか。

「保護された迷い人は、ほとんどが何らかの才能に恵まれていた。『物理学』『医学』『工学』そして『魔法』。どれもその時代の人間たちには思いつかないほど発展的なもので、文化を、技術を、飛躍的に進化させてきた」
「……迷い人は過去に何人も来てる。そして、それは周期的……?」
「鋭いな、イツキ」

 樹の呟きに、ミレーナは大きく頷く。言われてみれば、絵の横に書かれた時系列のようなものは一定間隔で文字が連なっている。ミレーナの捕捉によれば、誤差は数年ほどしかないという。
 しかし、晴香たちが現れたのはその期間外。つまり、来るべくしてきたわけではない、完全なイレギュラー。
 つまり――、

「迷い人は……また、来る?」
「その可能性が高い」

 ミレーナが、晴香の言葉を肯定した。それはすなわち、いくつかの可能性を認める言葉でもある。
 もう一度、世界を隔てる壁に穴が開くということ。この世界と別の世界が、つながるということ。上手くいけば、元の世界に帰ることができるかもしれないということ。そのすべての可能性が存在することを認める言葉だ。今まで一番大きな朗報だ。
 興奮しないことなど誰ができるのだろう。
 帰れるかもしれない、日本に。もう一度、元の生活に戻れるかもしれない。それを言われて、どう落ち着けなどと言えるだろう。現に、晴香の心臓はうるさいほどに鼓動を鳴らす。思わず笑みが漏れる。

「君たちが変えるチャンスが一番高いのは、いま言ったように次の迷い人が来る時だ。その時に動けませんでしたでは話にならない――言いたいことは解るな?」

 晴香も樹も、無言でうなずく。そのことは、一番解っているつもりだからだ。
 今のままではダメだ、戦えなければダメなのだということを。
 戦えなければ死んでしまう、それだけじゃない。せっかく舞い降りたチャンスを取りこぼしてしまう危険があるのだ。不測の事態が起こったら、強行突破しなくちゃいけない場面が出てしまったら、今のままでは確実に失敗する、死んでしまう。そうなっては、帰還どころの騒ぎじゃなくなる。
 どのみち、強くならなくちゃいけなかったのだ。
 樹のためだけではない。他ならぬ、自分のためにも。そのためならば、なんだってやってやる。絶対にギブアップなどしてやるものか。

「……さあ、覚悟はできているだろう。それじゃあ」


「修行開始と行こうか」

 ◆◇   ◆◇   ◆◇

「まずは、魔法というものが何なのか、から教えよう」

 師となったミレーナの家に居候することが決まって二日目。朝食をとり、その他するべきことを終えた後、晴香はミレーナに連れられすぐ近くの草原へと足を運んでいた。しばらく歩いたところでミレーナが止まり、こちらを向く。
「君たちの世界についてはよく知らないから、解りにくいかもしれんが……」と前置きして、ミレーナはこの世界、そして魔法について話し始める。
 文献によれば、この世界はどうやら大きな大陸が五つ組み合わさってできており、ここは、《アルトレイラル》という国に属する領地らしい。種族は晴香らのような人種が大半を占めるが、ドワーフやエルフ、ルナのような獣人に至るまで多種多様な種族が存在している。ミレーナの話から推測するに、技術水準は中世ヨーロッパよりもいくらか現代寄りというレベルで、銃や航空機といった飛び道具、最新電子機器の類は存在しない。かなりアンバランスな文明の発達だ。
 その代わりに大きく発達しているのが、《魔法》正確には《魔術》と呼ばれる技術である。

「ハルカの言っている《魔法》というのも、厳密に言えば間違いじゃない」

 そう言ってミレーナは目をつぶり、胸の前で空気を包み込むように両手を合わせる。

「私たちの身体には魔粒子と呼ばれるものが流れている。それが変質することで『力』が発生し、それを上手く制御したものが魔法や魔術だと考えればいい。そして《魔法》は、体内のそれを直接変化さる技。詠唱の必要はないし、『力』の変換効率も魔術とは桁違いだ」

 合わせた両手の中に、小さな光の玉が生まれる。生まれた光球は、風に揺られて絶えず形を変えながら、発光を続ける。

「きれい……」

 目を閉じるミレーナの表情、そして雰囲気も相まって、魔法を行使するその姿はまるで有名な画伯の絵から抜け出してきたかのように美しかった。
 晴香の言葉に片目を開けて微笑み、ミレーナは言葉を続ける。

「……だがその分、大きなデメリットも存在する」

 瞬間、
 手の中の光球は一瞬だけ光を強める。そうかと思えば、次の瞬間には激しい音と共に爆散した。脳を直接揺さぶるような光の嵐に、思わず数歩後ろに下がる。次に見たとき、光の玉は跡形もなくその形を失っていた。

「――制御が、恐ろしく難しい。適正者を除けば、実践レベルで使える者の数は極端に少ない。魔法は感覚の側面が非常に重要視される。訓練をしていなければ、大抵は今のようになる」

 ちなみに、ミレーナはその適正者という部類の人間であるらしい。

「……この力を誰でも使えるように汎用化させたものが、さっきも言った魔術だ」

 そう言うと、ミレーナの手は腰へと伸びる。
 この場所で、一つだけ異彩を放つ道具にミレーナの手が伸びる――
 杖だ。
 見るからに高そうな杖が、最高の匠によって削り上げられた一品ものかと錯覚するほどの魔法具が、ミレーナの手の中に収まっている。本能が悟った、あれは、今まで晴香がカリバー・ロンドで使ってきたものとは一線を画すものなのだと。
 ごくりと、つばを飲み込む。
 何に使うものなのか、そんなことはもう解りきっているようなものだ。
 ミレーナが杖を右手に構え、前方の岩へと向ける。そして、目を細める。
 その途端、
 ミレーナのまとう雰囲気が激変する。先ほどまでとは違う、ちりちりと焼けつくようなプレッシャーが放たれ、思わず息をのむ。

「灼熱の鉾よ……」

 杖の少し先に、「ポウッ」と小さな火球が姿を現す。詠唱が進むにつれ小さなそれは大きさを増し、ついには一メートルほどの鉾となって炎をまとう。若草が、大気が、空間が焦げ付く。耐えきれないとでも言うように、キチキチという嫌な音がどこかから耳に入る。

「豪炎をまとい、障害すべてを貫け」

 ゴウッ! 
 凶暴な音と熱が放射された。杖から放たれた炎の槍は、少し離れた岩に向かって真っすぐに飛翔する。遮るものは焼き焦がし、ひたすらに直進することを命じられた魔術は中術に己の役割を果たす。そして、
 着弾、轟音。
 それなりの大きさがあった岩を、跡形もなく吹き飛ばした。

「…………」

 そのあまりの威力に、言葉を失う。覚悟していたはずなのに、目の前で起きた非科学的な現象に脳が追い付かない。

「正しく使えば、自分を、大切なものを守ることが出来る力、それが魔術。そして、悪用すれば多くの人を傷つけてしまう狂気の技術」 

 ただただ、恐ろしかった。
 魔法が使えれば便利だとか、一度は使ってみたいだとか、そんな軽い思いは粉みじんにされてしまった。これは、そんな生易しいものじゃない。そんなことを思えるような代物じゃない。
 殺傷手段だ。どんなに言葉で飾ろうとも、それの事実抜きでは語れない。誰かを守るためだろうと、何かをしようとして使おうと。一歩間違えば命が吹き飛び、消えない外傷が残る。これは、そんな技術なのだ。

「怖いか?」

 こちらを振り向いたミレーナは、試すように晴香を見つめる。

「昨日、君たちに適性検査をしてもらったな? 君は、魔法行使に対し類まれなる才能を持っていた。君は、その気になればなんだってできるだろう。いまの魔術などたやすい。それよりももっと危険な魔術だって使える」

 ああ、なるほど。ようやく解った。
 樹が別行動な理由が、晴香だけを、わざわざミレーナが相手している理由が。つまりは、そういうことなのだろう。
 魔術に類前なる才能を持っていることが判ったから、その気になれば、いくらでも暴走だってできるだろうから、直接問いたかったのだ。
 お前はこの力を、使う恐怖に勝てるのかと。

「どうする? いまならまだ辞められるが」

 その目に内在している感情は、よく読み取れない。
 何かを待っているようにも、試しているようにも、からかっているようにさえも思えてしまう不思議な瞳。見る者には、何の情報も与えようとはしない能面のような瞳。見ているこっちが引き込まれてしまうような、虚無をたたえた瞳。
 やめるといったところで、ミレーナはおそらく責めはしないだろう。
 むしろ、晴香の選択を後押しし、別の手段を全力で模索してくれるようにも感じる。会ってしばらくも経っていないが、なぜか晴香にはそう感じた。
 ――止めてしまえ、殺人を犯す危険な力なんて……。
 どこからが、そんな声が聞こえたようなする。もしかしたら、これは晴香の深層心理なのだろうか。ポツンと聞こえたその声は、晴香の決意に黒いシミを作る。
 だが――、
 晴香は短く息を吐く。小さなシミが広がらないよう、思考を停止する。
 もう、決めたのだ。心に誓ったのだ。
 決して、足手まといにはならないと。今度は、わたしが樹を支える番なのだと。
 いまのままじゃダメなのだ。それでは樹に、頼ってはもらえない。頼ってくれなどと、偉そうには言えない。
 端から、選択肢などないのだ。
 殺傷手段だからなんだ。危険だからどうした。そんなこと、全てのものにも言えるじゃないか。魔術は、それが見やすいだけなのだ。制御できれば、どうってことはない。いや、できればではない。して見せる。
 表情を引き締め、ミレーナの顔を正面からとらえる。そして、小さく、だがしっかりと分かるように頷く。ミレーナの表情が、少し嬉しそうにゆがむ。
 覚悟など最初から決まっている。

「よろしくお願いします。先生!」

 この日、《魔術師・雨宮 晴香》がこの世界に誕生した。
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