22 / 124
アルトレイラル(修行篇)
異世界生活開始 1
しおりを挟む
寝起きがあまりよくない、そのことは自覚している。毎朝そうなのだ。他の人よりもエンジンがかかるのが遅く、どれだけ眠っても完全に目が覚めるまで三十分はかかる。ベッドの上で起き上がり、そのまま壁に寄りかかってぼーっと過ごす。血圧が低いのか何なのかは良く解らないが、この体質のせいで同年代の女の子よりも身支度に使える時間がかなり短い。無理やり確保するのなら、早く眠って早く起きるしかない。全く、損な体質だ。
いまもそうだ、彼方で黒電話の音が鳴り響き、晴香の意識がぼんやりと覚醒する。寝起き特有の力が入らない身体を酷使し、手探りで携帯を探す。音は身体よりも下方から聞こえるような気がするため、ベッドから腕をはみ出させ携帯を探る。
不意に、身体からシーツの感触が無くなり浮遊感に包まれ、
「痛っ」
ゴツンと、額が固いものにぶつかる。前半身が固くて冷たいものの存在を感じる。そこでようやく、自分がベッドから落ちたのだと晴香は理解する。耳元でアラームがけたたましく鳴り響き、その音がだんだんと大きくなっている。腕を向ければ、掌に小さくて硬い感触。目を開けてみれば、それはもちろん見慣れた晴香の端末だ。
アラームを解除するため、画面を起動させる。虹彩認証機能によりロックが外れ、《目覚ましアラーム》画面が呼び出される。寝ぼけ防止用パスワードを打ち込む。ようやくアラームが止まり、ホーム画面に切り替わる。
デジタル時計の指し示した時刻は、午前八時半。
…………。
………………?
…………………………………⁉
「…………ふぇ⁉」
珍しく、一気に思考が覚醒した。背中にかかった毛布をはねのけ、バネの様に立ち上がる。
寝坊どころの騒ぎではない。もう遅刻確定だ。この時間にある電車に乗って学校に行こうとすれば、かなりの賭けになる。東京ではないのだ、一本逃したら大変なことになる。
晴香が普段使っているアラームはシロフォンだ。黒電話のアラームは、そのアラームが解除されなかったときに鳴る最後通牒のようなものと考えていい。なぜなら、その時間から身支度を始めれば、丁度電車とバスをノンストップで乗り継ぐことができるからだ。かなりぎりぎりだが、二時限目にはどうにか間に合う。
朝食はどうしようか、いや食べている余裕なんかない。寝ぐせはどうしようか、電車とバスの時間を使えばなんとかいけるか? 化粧が禁止されていることがせめてもの救いか……。
などと、そんなことをコンマ数秒で判断しながら毛布を乱暴にひっつかみ、強引に畳んでベッドの上に放り投げる。そのまま勢いを殺さず制服のかかっているクローゼットに直行し――、
「……あっ」
クローゼットがない。というより、部屋そのものが晴香の見慣れた自室ではない。そのことを認識してようやく、いまの状況を飲み込むことができた。
なんてことはない、ここは日本じゃないのだ。まことに信じられないが、ここは日本ではないどこか別の国。そしてこの部屋は、晴香が弟子入りしたミレーナと、同居人ルナたちが住む家の一室。当然、こんなところにはバスも電車も学校もない。存在しない場所に行くことなどできない。
「――――ふうぅぅ……びっくりした」
なんだか拍子抜けし、身体の力が抜ける。動く気になれず、へなへなとベッドに座り込む。
端末を開いてみれば、普段かける《目覚ましアラーム》は解除してあった。そういえば、昨日寝る前に解除してしまっていたような記憶がある。だとすれば、同時解除設定となっていた黒電話アラームが解除されずに起動したのもうなずける。
ベッドから降り、窓を開けてみる。きれいに晴れ渡った青空が広がり、小鳥のさえずりが聞こえる。心地よい風が部屋に吹き込み、よどんだ空気を入れ替えていく。部屋の中が、草原の香りに満たされる。
――本当に、ここは異世界なんだ。
落ち込んでいるわけではない。悲観しているわけでもない。ただ単純に、感慨深く感じてしまったのだ。
「あ、そういえば」
いまから起きてしまったら、朝食その他はどうするのだろう。
一応、ミレーナにはゆっくりするようにというお達しを受けてはいる。受けてはいるのだが、それは寝坊してこいという意味に果たしてなるのだろうか。そして、この世界の人たちの活動開始時間はいつなのだろうか。答えなんて聞いてみなければ解らないが、寝坊してしまった後ろめたさからついそんなことを考えてしまう。
「……うん?」
と、そんなことを考えていた晴香の嗅覚が、
「甘い、匂い?」
かすかに漂う甘味の香りを知覚した。
いまもそうだ、彼方で黒電話の音が鳴り響き、晴香の意識がぼんやりと覚醒する。寝起き特有の力が入らない身体を酷使し、手探りで携帯を探す。音は身体よりも下方から聞こえるような気がするため、ベッドから腕をはみ出させ携帯を探る。
不意に、身体からシーツの感触が無くなり浮遊感に包まれ、
「痛っ」
ゴツンと、額が固いものにぶつかる。前半身が固くて冷たいものの存在を感じる。そこでようやく、自分がベッドから落ちたのだと晴香は理解する。耳元でアラームがけたたましく鳴り響き、その音がだんだんと大きくなっている。腕を向ければ、掌に小さくて硬い感触。目を開けてみれば、それはもちろん見慣れた晴香の端末だ。
アラームを解除するため、画面を起動させる。虹彩認証機能によりロックが外れ、《目覚ましアラーム》画面が呼び出される。寝ぼけ防止用パスワードを打ち込む。ようやくアラームが止まり、ホーム画面に切り替わる。
デジタル時計の指し示した時刻は、午前八時半。
…………。
………………?
…………………………………⁉
「…………ふぇ⁉」
珍しく、一気に思考が覚醒した。背中にかかった毛布をはねのけ、バネの様に立ち上がる。
寝坊どころの騒ぎではない。もう遅刻確定だ。この時間にある電車に乗って学校に行こうとすれば、かなりの賭けになる。東京ではないのだ、一本逃したら大変なことになる。
晴香が普段使っているアラームはシロフォンだ。黒電話のアラームは、そのアラームが解除されなかったときに鳴る最後通牒のようなものと考えていい。なぜなら、その時間から身支度を始めれば、丁度電車とバスをノンストップで乗り継ぐことができるからだ。かなりぎりぎりだが、二時限目にはどうにか間に合う。
朝食はどうしようか、いや食べている余裕なんかない。寝ぐせはどうしようか、電車とバスの時間を使えばなんとかいけるか? 化粧が禁止されていることがせめてもの救いか……。
などと、そんなことをコンマ数秒で判断しながら毛布を乱暴にひっつかみ、強引に畳んでベッドの上に放り投げる。そのまま勢いを殺さず制服のかかっているクローゼットに直行し――、
「……あっ」
クローゼットがない。というより、部屋そのものが晴香の見慣れた自室ではない。そのことを認識してようやく、いまの状況を飲み込むことができた。
なんてことはない、ここは日本じゃないのだ。まことに信じられないが、ここは日本ではないどこか別の国。そしてこの部屋は、晴香が弟子入りしたミレーナと、同居人ルナたちが住む家の一室。当然、こんなところにはバスも電車も学校もない。存在しない場所に行くことなどできない。
「――――ふうぅぅ……びっくりした」
なんだか拍子抜けし、身体の力が抜ける。動く気になれず、へなへなとベッドに座り込む。
端末を開いてみれば、普段かける《目覚ましアラーム》は解除してあった。そういえば、昨日寝る前に解除してしまっていたような記憶がある。だとすれば、同時解除設定となっていた黒電話アラームが解除されずに起動したのもうなずける。
ベッドから降り、窓を開けてみる。きれいに晴れ渡った青空が広がり、小鳥のさえずりが聞こえる。心地よい風が部屋に吹き込み、よどんだ空気を入れ替えていく。部屋の中が、草原の香りに満たされる。
――本当に、ここは異世界なんだ。
落ち込んでいるわけではない。悲観しているわけでもない。ただ単純に、感慨深く感じてしまったのだ。
「あ、そういえば」
いまから起きてしまったら、朝食その他はどうするのだろう。
一応、ミレーナにはゆっくりするようにというお達しを受けてはいる。受けてはいるのだが、それは寝坊してこいという意味に果たしてなるのだろうか。そして、この世界の人たちの活動開始時間はいつなのだろうか。答えなんて聞いてみなければ解らないが、寝坊してしまった後ろめたさからついそんなことを考えてしまう。
「……うん?」
と、そんなことを考えていた晴香の嗅覚が、
「甘い、匂い?」
かすかに漂う甘味の香りを知覚した。
0
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説
〜彼女を可愛く育成計画〜
古波蔵くう
恋愛
烈(いさお)はオンラインゲームで日常の息抜きを楽しんでいた。ある日、ゲーム内でカリスマ的存在の魔法少女『イチゴ』と出会い、二人は仲良くなり現実で会う約束をする。初対面の日、烈は一心(いちご)の家を訪れ、緊張と期待が入り混じる。現実の一心は自信がなく、コンプレックスを抱えていたが、烈は一心を可愛くする計画を提案し、一心も同意する。
一心の過去の回想では、いじめや自信喪失の経験が描かれ、ゲームが彼の救いとなった背景が明かされる。烈との出会いは一心にとって大きな意味を持つものだった。烈は一心の健康管理をサポートし、ダイエットや運動を通じて一心は少しずつ変わっていく。初めて努力の成果を感じた一心は自信を持ち始める。
加子(かこ)の助けを借りて美容ケアを始めた一心は、さらに自信を深め、烈との絆も強まる。礼男(れお)のファッションアドバイスでおしゃれな服を試し、新しい自分に驚きと喜びを感じる一心。周囲の反応も変わり、自信を深めていく。
初めての二人きりの外出で、一心はデートを通じてさらに自信をつけ、二人の関係は一層深まる。しかし、雪崩子(なでこ)が嫉妬し妨害を試みる場面も描かれる。最終的に、烈は一心に自分の気持ちを伝え、一心もそれに応え、二人は正式に付き合い始める。未来への希望と幸せが描かれるエンディングとなる。
超越者となったおっさんはマイペースに異世界を散策する
神尾優
ファンタジー
山田博(やまだひろし)42歳、独身は年齢制限十代の筈の勇者召喚に何故か選出され、そこで神様曰く大当たりのチートスキル【超越者】を引き当てる。他の勇者を大きく上回る力を手に入れた山田博は勇者の使命そっちのけで異世界の散策を始める。
他の作品の合間にノープランで書いている作品なのでストックが無くなった後は不規則投稿となります。1話の文字数はプロローグを除いて1000文字程です。
黄金蒐覇のグリード 〜力と財貨を欲しても、理性と対価は忘れずに〜
黒城白爵
ファンタジー
とある異世界を救い、元の世界へと帰還した玄鐘理音は、その後の人生を平凡に送った末に病でこの世を去った。
死後、不可思議な空間にいた謎の神性存在から、異世界を救った報酬として全盛期の肉体と変質したかつての力である〈強欲〉を受け取り、以前とは別の異世界にて第二の人生をはじめる。
自由気儘に人を救い、スキルやアイテムを集め、敵を滅する日々は、リオンの空虚だった心を満たしていく。
黄金と力を蒐集し目指すは世界最高ランクの冒険者。
使命も宿命も無き救世の勇者は、今日も欲望と理性を秤にかけて我が道を往く。
※ 更新予定日は【月曜日】と【金曜日】です。
※第301話から更新時間を朝5時からに変更します。
【完結】神様と呼ばれた医師の異世界転生物語 ~胸を張って彼女と再会するために自分磨きの旅へ!~
川原源明
ファンタジー
秋津直人、85歳。
50年前に彼女の進藤茜を亡くして以来ずっと独身を貫いてきた。彼の傍らには彼女がなくなった日に出会った白い小さな子犬?の、ちび助がいた。
嘗ては、救命救急センターや外科で医師として活動し、多くの命を救って来た直人、人々に神様と呼ばれるようになっていたが、定年を迎えると同時に山を買いプライベートキャンプ場をつくり余生はほとんどここで過ごしていた。
彼女がなくなって50年目の命日の夜ちび助とキャンプを楽しんでいると意識が遠のき、気づけば辺りが真っ白な空間にいた。
白い空間では、創造神を名乗るネアという女性と、今までずっとそばに居たちび助が人の子の姿で土下座していた。ちび助の不注意で茜君が命を落とし、謝罪の意味を込めて、創造神ネアの創る世界に、茜君がすでに転移していることを教えてくれた。そして自分もその世界に転生させてもらえることになった。
胸を張って彼女と再会できるようにと、彼女が降り立つより30年前に転生するように創造神ネアに願った。
そして転生した直人は、新しい家庭でナットという名前を与えられ、ネア様と、阿修羅様から貰った加護と学生時代からやっていた格闘技や、仕事にしていた医術、そして趣味の物作りやサバイバル技術を活かし冒険者兼医師として旅にでるのであった。
まずは最強の称号を得よう!
地球では神様と呼ばれた医師の異世界転生物語
※元ヤンナース異世界生活 ヒロイン茜ちゃんの彼氏編
※医療現場の恋物語 馴れ初め編
不死の大日本帝國軍人よ、異世界にて一層奮励努力せよ
焼飯学生
ファンタジー
1945年。フィリピンにて、大日本帝国軍人八雲 勇一は、連合軍との絶望的な戦いに挑み、力尽きた。
そんな勇一を気に入った異世界の創造神ライラーは、勇一助け自身の世界に転移させることに。
だが、軍人として華々しく命を散らし、先に行ってしまった戦友達と会いたかった勇一は、その提案をきっぱりと断った。
勇一に自身の提案を断られたことに腹が立ったライラーは、勇一に不死の呪いをかけた後、そのまま強制的に異世界へ飛ばしてしまった。
異世界に強制転移させられてしまった勇一は、元の世界に戻るべく、異世界にて一層奮励努力する。
異世界に来たようですが何も分かりません ~【買い物履歴】スキルでぼちぼち生活しています~
ぱつきんすきー
ファンタジー
突然「神」により異世界転移させられたワタシ
以前の記憶と知識をなくし、右も左も分からないワタシ
唯一の武器【買い物履歴】スキルを利用して異世界でぼちぼち生活
かつてオッサンだった少女による、異世界生活のおはなし
ダンジョンを操れたので、異世界の芸能総監督になり、異世界美女と逆転人生を楽しみます
ムービーマスター
ファンタジー
人生!イイことなしの僕こと武藤真一(39)は、親戚工場で働く万年平社員。伯父さん社長にイイように使われる社畜の冴えない独身オッサンです。そんな40歳真近かで工場住込みの僕が、ひょんなことから倉庫で【ダンジョン】を発見。早速入ったら、なんと異世界に繋がっていて・・・
更に驚いたのは【ダンジョン】や異世界は、選ばれし者しか見えない、入れないから当然、親戚工場の社長から社員・パートの皆も全く気付きません。どうやらこの【ダンジョン】!僕専用らしいと後々判明することに。
異世界では芸能ギルドのシャーロン姫や異世界歌手シャルルと出会い、現世では【ダンジョン】に選ばれし女優の卵の西田佳代、芸能事務所片岡社長、前田カメラマンから世界的IT動画配信企業CEOハルスティング、その他との巡り遭いで、人生は正に大逆転!夢だった芸能プロデューサーを異世界で叶え、異世界芸能育成まで任されることに・・・
異世界からの報奨金は日本円にして5千万円?しかも月々貰えるんですか?
長年、親戚社長から虐げられてきた工場勤務よりも、異世界から必要とされ多額の報奨金まで頂ける世界!どっちを取るかは明白です。
異世界にこっちの歌を紹介し、異世界で育成した逸材アイドルをネットムービーズ(映像ストリーミング配信)で世界配信!現世エンタメ界もコレに刺激され、エンタメ下剋上が展開しますが、気にせず僕は好きなことをして人生楽しみます。
異世界へ五人の落ち人~聖女候補とされてしまいます~
かずきりり
ファンタジー
望んで異世界へと来たわけではない。
望んで召喚などしたわけでもない。
ただ、落ちただけ。
異世界から落ちて来た落ち人。
それは人知を超えた神力を体内に宿し、神からの「贈り人」とされる。
望まれていないけれど、偶々手に入る力を国は欲する。
だからこそ、より強い力を持つ者に聖女という称号を渡すわけだけれど……
中に男が混じっている!?
帰りたいと、それだけを望む者も居る。
護衛騎士という名の監視もつけられて……
でも、私はもう大切な人は作らない。
どうせ、無くしてしまうのだから。
異世界に落ちた五人。
五人が五人共、色々な思わくもあり……
だけれど、私はただ流れに流され……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる