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十四話目 小さな嘘
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いつの間にかイルディスの背に庇われていたララファは、咄嗟に叫んだ。逞しく荒々しい男の拳は、イルディスの青白い頬にめり込むかと思われた。
が、そうはならなかった。
ぐる、ん!
振り上げた拳はイルディスの腕に柔らかに受け止められる。そのまま、交差した腕を握って起点にし、くるりと円を描いて体が反転した。
ドサッ!
魔法のような体捌きに絡め取られ、キャァ!と上がる悲鳴と共に人垣を割って倒れ込んだのは金髪の男の方だった。
「…………巫女殿はご存知ないであろうが、太陽神殿の正神官たるもの、護身の心得くらいはあるものだ」
「……っ!」
暁色の瞳を丸くするララファの前に、相変わらず死神めいた陰鬱な表情でイルディスは立っていた。
「ぁ゛ッ!?こいつ!何しやがる!」
「オイオイ!お前、こんな痩せぎすのオッサン相手に何やってンだ!」
「てめッ、イイ度胸じゃねぇか!オレらとやり合おうってのか!?」
金髪が地面と熱い接吻を交わすのを見て、周囲にいた仲間達がいきり立つ。
見れば、助神官だというさっきの金髪の他に三人。どいつもこいつもツンツンした頭とチャラチャラした派手な格好の、粋がった若造だ。無駄に幅を利かせた態度と歩き方で周囲を無意味に威圧している。
若い。暑苦しい。そして血の気が多い!今更話し合っても到底分かり合えなさそうだ、とイルディスは悟った。
拳を握り襲い掛かる男達は、しかし、てんでバラバラに向かって来る。粗暴な言動と風貌の割には、どうにも喧嘩慣れしているとは言い難い。
ゆるり、と身を翻せばそのままの勢いで露店に突っ込んで、ジャスミンの花束を台無しにする、一人目。
隙だらけの拳を屈んで避けつつ、スッと足を出せば蹴躓いて転び、店先の酒壺をひっくり返す、二人目。
突き出した拳を掴んで円運動と共にひょい、と投げ捨てれば、串焼きの看板を押し倒してへし折る、三人目。
だがそこまで来て、息が上がり体が鉛のように重くなる。イルディスは日頃の運動不足を後悔した。流石に少しくらいは体を鍛えるべきなのか?昔はこのくらいなんでもなかった筈なのに。それともまさか。これも抗えぬ寄る年波のせいだとは思いたくない。
きちんと撫で付けていた前髪と共に、額に垂れ落ちて来る汗を袖口で拭った。その時だった。
いつの間に起き上がっていたのか。最初に無様に転がされていた助神官の男の拳が、イルディスの横っ面を捉えた。
バキッ……!
顎から頬にかけて、重い衝撃が走る。脳が揺さぶられ視界が白黒に明滅する。グラグラと強い目眩がした。尚も、拳を叩き込もうと迫る男に。
「イルディスさま、あぶないっっ!!!」
ララファは振りかぶり、手にした何かを力一杯男に投げつけた。
ガツ゛ッ!!!
青銅の亀が空を舞う。
さっきの亀の文鎮だ。文鎮を額の真ん中に受けた金髪の男は、グゥゥッ!と呻き声を上げながら蹲った。
あれは痛い!というか、いつの間に買っていたのか!?思わぬことにイルディスは開いた口が塞がらなかった。
「大神官さまはご存じないやも知りませんけれど、『妻にもらうならトバルチェリの女を、用心棒にするならアダリアの女を』という言葉がありますのよ!」
それは褒め言葉ではないのでは?とイルディスは思ったが、まるで意趣返しのようにララファは堂々と胸を張って言った。
その隙に、哀れと言えば哀れな助神官の男と仲間達は、騒ぎに駆け付けた衛兵に取り押さえられた。
※※※
「イルディスさま!お怪我は!?嗚呼、血が!なんてこと……」
殴られた拍子に口の中が切れたのか、確かに血の味がする。ララファの差し出したハンカチで口元を拭えば、赤い血の色に染まる。
「……う、む……この程度……大したことではない。心配ない」
正直、まだ頭はガンガンと割れそうに痛むし口の中は痺れて感覚がなかったが、イルディスは強がりを口にする。せめて、この娘の前でだけは大神官に相応しい男でありたい、と思った。
ララファは、ほぅ、と吐息を零す。
「イルディスさま……」
「…………ん、む……?」
じっと、赤銅色の瞳と銀の瞳が見つめ合う。それから、ふふり、と悪戯めいた笑みを浮かべてララファは言った。
「……これで、子どもの頃と合わせて……貸しふたつ、ですわね?」
「ぐっ、ぅ、それは…………」
イルディスは心底苦々しげに呻いた。
ついさっき、ララファの前で格好を付けて「子どもが溺れていたのを助けた」と言ったが、それは嘘だ。
なぜなら、イルディスは泳げない。
昔、手に負えないヤンチャなクソガキ──ララファに助けられたのは、イルディスの方だった。
が、そうはならなかった。
ぐる、ん!
振り上げた拳はイルディスの腕に柔らかに受け止められる。そのまま、交差した腕を握って起点にし、くるりと円を描いて体が反転した。
ドサッ!
魔法のような体捌きに絡め取られ、キャァ!と上がる悲鳴と共に人垣を割って倒れ込んだのは金髪の男の方だった。
「…………巫女殿はご存知ないであろうが、太陽神殿の正神官たるもの、護身の心得くらいはあるものだ」
「……っ!」
暁色の瞳を丸くするララファの前に、相変わらず死神めいた陰鬱な表情でイルディスは立っていた。
「ぁ゛ッ!?こいつ!何しやがる!」
「オイオイ!お前、こんな痩せぎすのオッサン相手に何やってンだ!」
「てめッ、イイ度胸じゃねぇか!オレらとやり合おうってのか!?」
金髪が地面と熱い接吻を交わすのを見て、周囲にいた仲間達がいきり立つ。
見れば、助神官だというさっきの金髪の他に三人。どいつもこいつもツンツンした頭とチャラチャラした派手な格好の、粋がった若造だ。無駄に幅を利かせた態度と歩き方で周囲を無意味に威圧している。
若い。暑苦しい。そして血の気が多い!今更話し合っても到底分かり合えなさそうだ、とイルディスは悟った。
拳を握り襲い掛かる男達は、しかし、てんでバラバラに向かって来る。粗暴な言動と風貌の割には、どうにも喧嘩慣れしているとは言い難い。
ゆるり、と身を翻せばそのままの勢いで露店に突っ込んで、ジャスミンの花束を台無しにする、一人目。
隙だらけの拳を屈んで避けつつ、スッと足を出せば蹴躓いて転び、店先の酒壺をひっくり返す、二人目。
突き出した拳を掴んで円運動と共にひょい、と投げ捨てれば、串焼きの看板を押し倒してへし折る、三人目。
だがそこまで来て、息が上がり体が鉛のように重くなる。イルディスは日頃の運動不足を後悔した。流石に少しくらいは体を鍛えるべきなのか?昔はこのくらいなんでもなかった筈なのに。それともまさか。これも抗えぬ寄る年波のせいだとは思いたくない。
きちんと撫で付けていた前髪と共に、額に垂れ落ちて来る汗を袖口で拭った。その時だった。
いつの間に起き上がっていたのか。最初に無様に転がされていた助神官の男の拳が、イルディスの横っ面を捉えた。
バキッ……!
顎から頬にかけて、重い衝撃が走る。脳が揺さぶられ視界が白黒に明滅する。グラグラと強い目眩がした。尚も、拳を叩き込もうと迫る男に。
「イルディスさま、あぶないっっ!!!」
ララファは振りかぶり、手にした何かを力一杯男に投げつけた。
ガツ゛ッ!!!
青銅の亀が空を舞う。
さっきの亀の文鎮だ。文鎮を額の真ん中に受けた金髪の男は、グゥゥッ!と呻き声を上げながら蹲った。
あれは痛い!というか、いつの間に買っていたのか!?思わぬことにイルディスは開いた口が塞がらなかった。
「大神官さまはご存じないやも知りませんけれど、『妻にもらうならトバルチェリの女を、用心棒にするならアダリアの女を』という言葉がありますのよ!」
それは褒め言葉ではないのでは?とイルディスは思ったが、まるで意趣返しのようにララファは堂々と胸を張って言った。
その隙に、哀れと言えば哀れな助神官の男と仲間達は、騒ぎに駆け付けた衛兵に取り押さえられた。
※※※
「イルディスさま!お怪我は!?嗚呼、血が!なんてこと……」
殴られた拍子に口の中が切れたのか、確かに血の味がする。ララファの差し出したハンカチで口元を拭えば、赤い血の色に染まる。
「……う、む……この程度……大したことではない。心配ない」
正直、まだ頭はガンガンと割れそうに痛むし口の中は痺れて感覚がなかったが、イルディスは強がりを口にする。せめて、この娘の前でだけは大神官に相応しい男でありたい、と思った。
ララファは、ほぅ、と吐息を零す。
「イルディスさま……」
「…………ん、む……?」
じっと、赤銅色の瞳と銀の瞳が見つめ合う。それから、ふふり、と悪戯めいた笑みを浮かべてララファは言った。
「……これで、子どもの頃と合わせて……貸しふたつ、ですわね?」
「ぐっ、ぅ、それは…………」
イルディスは心底苦々しげに呻いた。
ついさっき、ララファの前で格好を付けて「子どもが溺れていたのを助けた」と言ったが、それは嘘だ。
なぜなら、イルディスは泳げない。
昔、手に負えないヤンチャなクソガキ──ララファに助けられたのは、イルディスの方だった。
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