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◆設定まとめ、など
Extra:香り
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時間、場所、ともに不明。
これは或る日、或る時の、細やかで穏やかなお話である──
「……お前それ、どうした」
「ん?」
市場から戻ったビアンカがカウンターを通り過ぎた瞬間、キースの鼻が初めてのものを感じ取り、大きくなった両目が首を傾げた彼女を捉える。
匂いと言われ、ビアンカははっとしポケットを探り、小瓶を出して見せた。リボンのような二色の彩りが目を引く、美しいものだ。
「香水だよ。市場で仲良くなった人が作ってくれた。いいでしょ!」
「……」
得意気な顔で言われ、ついムッとするキース。作ってもらったという香水は(千歩譲って)兎も角、仲良くなった奴とは一体誰なのか。そっちのが大いに気になってしまう。
ビアンカは彼の不機嫌なんてお構い無しで、カウンターまで戻ると煙草の葉で散らかったそこへ小瓶を置き、蓋を開けた。途端広がる香り。甘ったるさはなく女性的なものでもない、独特な芳香。
「なんか、薬味みてぇ」
「ゃ、薬味ってさぁ」
「じゃあ草」
「いやいや、えっと、セリが入ってるって」
「合ってんじゃねぇか」
「もう、言い方! 雰囲気無い!」
「知るかよ。それに、っ、なんだ? 柑橘?」
「レモンかも」
「なるほど、甘ったるくねぇし爽やか」
「けど落ち着いてて、海っぽい感じ」
「しつこくもね、っつか、やっぱ食い物みてぇだ」
「そうかなぁ⁇」
「っ~っ」
「ふふっ、すんごい嗅ぐじゃん」
「?ぁ、丁子か!」
「ビンゴ、アタリ!」
二人して顔を寄せ、感じたものを言葉で表していく。これほど一生懸命に鼻を使うというのも珍しく、食い気盛んな二人は食事の時より楽しんでいるようだった。
キースは最初怪訝顔だったくせにいつの間にか夢中で鼻を啜っていて、面白い光景にビアンカは笑いを堪える。小瓶に触れそうなぐらい鼻をくんくんさせている彼は犬、もとい猫のようだ。
「気に入った? 付けてみる?」
可愛い笑みを見、我に返る。
気づけば瑠璃の瞳が間近に迫っていて、思わず顔ごと身を離す。
「いらね」
素っ気ない返事にえー⁉︎と不満をもらすビアンカ。普段から香水(というか匂いを振り撒く女達)を毛嫌いしているキースにしては悪くない反応だと思ったが、やはりダメなのか。悪いことをしてしまったのではと悄気そうになる。
対してキースは一瞬の浮つきを誤魔化すように引き出しを漁り、煙草巻きを再開するが、
「だぁ、クソ」
適当に結っていた後ろ髪が解けてしまい、お決まりの悪態。
しかも彼は絡まった紐ごと髪を引っ張りだしたので、ビアンカは慌てて腕を捕まえた。
「ダメだよ、雑にしたら傷むぞ」
「こんなの平ぎ、っい"」
「やってあげるから、ね」
「んん」
乱暴な手を宥めつつ背後に回り、丁寧に紐を解いていく。キースは唸り声をもらしたが、少しばかり屈むとビアンカの両手に頭を委ねた。
──雲が流れ陽射しが射し込む。
そよ風が舞い、さきほどの香りが蘇る。
髪を梳く指先から移り伝わってくる香り。爽やかな植物のようで穏やかな海のようでもある。独特でも深く変わっていく様は、互いに相性がいい気もした。
名前のない香り……いつもなら好かない香水も、これは心地好い。嫌いじゃねぇ、かも。
「はい。出来た」
髪結いが得意なビアンカにかかればあっという間で、滑らかになった後ろ髪はいつもより高めの位置の仕上がりだ(しかも団子にしやがった!)。
また悪態づくかと思いきや、振り返ったキースはじっとビアンカを見つめていた。翠の瞳は何やら言いたげである。
「なぁ……もう少し、その、ぁー」
「……やっぱり気に入ったんだ」
ついニヤっとするが否定は無く。目を逸らしながら頷きを一つ。
この後ビアンカが小瓶をひと振りし、広がった香りにキースの表情が和らいだ。
暫くして。
「「おかえり」」
顔を覗かせたスタンとジェラルドは、二人の変化に揃って目を丸くした。
「おぉ? なーんかイイ匂い⁇」
「えへへ♪」
「……お前も付けてるのか?」
「嗅ぐなッ」
満開な笑顔と珍しいお団子頭が揺れる度、香る。
キース以上に鼻を近づけてくる二人にイライラと笑いが起こり、また広がっていく──
この香りに名前を付けるならば。
<翠と瑠璃>がピッタリだろう。
*****
推し香り記念話。
詳細はTwitterにて。
これは或る日、或る時の、細やかで穏やかなお話である──
「……お前それ、どうした」
「ん?」
市場から戻ったビアンカがカウンターを通り過ぎた瞬間、キースの鼻が初めてのものを感じ取り、大きくなった両目が首を傾げた彼女を捉える。
匂いと言われ、ビアンカははっとしポケットを探り、小瓶を出して見せた。リボンのような二色の彩りが目を引く、美しいものだ。
「香水だよ。市場で仲良くなった人が作ってくれた。いいでしょ!」
「……」
得意気な顔で言われ、ついムッとするキース。作ってもらったという香水は(千歩譲って)兎も角、仲良くなった奴とは一体誰なのか。そっちのが大いに気になってしまう。
ビアンカは彼の不機嫌なんてお構い無しで、カウンターまで戻ると煙草の葉で散らかったそこへ小瓶を置き、蓋を開けた。途端広がる香り。甘ったるさはなく女性的なものでもない、独特な芳香。
「なんか、薬味みてぇ」
「ゃ、薬味ってさぁ」
「じゃあ草」
「いやいや、えっと、セリが入ってるって」
「合ってんじゃねぇか」
「もう、言い方! 雰囲気無い!」
「知るかよ。それに、っ、なんだ? 柑橘?」
「レモンかも」
「なるほど、甘ったるくねぇし爽やか」
「けど落ち着いてて、海っぽい感じ」
「しつこくもね、っつか、やっぱ食い物みてぇだ」
「そうかなぁ⁇」
「っ~っ」
「ふふっ、すんごい嗅ぐじゃん」
「?ぁ、丁子か!」
「ビンゴ、アタリ!」
二人して顔を寄せ、感じたものを言葉で表していく。これほど一生懸命に鼻を使うというのも珍しく、食い気盛んな二人は食事の時より楽しんでいるようだった。
キースは最初怪訝顔だったくせにいつの間にか夢中で鼻を啜っていて、面白い光景にビアンカは笑いを堪える。小瓶に触れそうなぐらい鼻をくんくんさせている彼は犬、もとい猫のようだ。
「気に入った? 付けてみる?」
可愛い笑みを見、我に返る。
気づけば瑠璃の瞳が間近に迫っていて、思わず顔ごと身を離す。
「いらね」
素っ気ない返事にえー⁉︎と不満をもらすビアンカ。普段から香水(というか匂いを振り撒く女達)を毛嫌いしているキースにしては悪くない反応だと思ったが、やはりダメなのか。悪いことをしてしまったのではと悄気そうになる。
対してキースは一瞬の浮つきを誤魔化すように引き出しを漁り、煙草巻きを再開するが、
「だぁ、クソ」
適当に結っていた後ろ髪が解けてしまい、お決まりの悪態。
しかも彼は絡まった紐ごと髪を引っ張りだしたので、ビアンカは慌てて腕を捕まえた。
「ダメだよ、雑にしたら傷むぞ」
「こんなの平ぎ、っい"」
「やってあげるから、ね」
「んん」
乱暴な手を宥めつつ背後に回り、丁寧に紐を解いていく。キースは唸り声をもらしたが、少しばかり屈むとビアンカの両手に頭を委ねた。
──雲が流れ陽射しが射し込む。
そよ風が舞い、さきほどの香りが蘇る。
髪を梳く指先から移り伝わってくる香り。爽やかな植物のようで穏やかな海のようでもある。独特でも深く変わっていく様は、互いに相性がいい気もした。
名前のない香り……いつもなら好かない香水も、これは心地好い。嫌いじゃねぇ、かも。
「はい。出来た」
髪結いが得意なビアンカにかかればあっという間で、滑らかになった後ろ髪はいつもより高めの位置の仕上がりだ(しかも団子にしやがった!)。
また悪態づくかと思いきや、振り返ったキースはじっとビアンカを見つめていた。翠の瞳は何やら言いたげである。
「なぁ……もう少し、その、ぁー」
「……やっぱり気に入ったんだ」
ついニヤっとするが否定は無く。目を逸らしながら頷きを一つ。
この後ビアンカが小瓶をひと振りし、広がった香りにキースの表情が和らいだ。
暫くして。
「「おかえり」」
顔を覗かせたスタンとジェラルドは、二人の変化に揃って目を丸くした。
「おぉ? なーんかイイ匂い⁇」
「えへへ♪」
「……お前も付けてるのか?」
「嗅ぐなッ」
満開な笑顔と珍しいお団子頭が揺れる度、香る。
キース以上に鼻を近づけてくる二人にイライラと笑いが起こり、また広がっていく──
この香りに名前を付けるならば。
<翠と瑠璃>がピッタリだろう。
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