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□反逆と復讐篇 No pain No gain.
3.08.5 反逆者
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時間を戻して──本部基地、救護室にて。
「よ"か"!よ"!お"ぇ"」
「ブラ、ウン?…なんで、」
「でゅ"べっ"!テ"ュレぇ"ざん"!じんぱぃて"、」
「いッ!痛…はなせ、こら…!」
意識を取り戻したジェラルドは、駆けつけて早々看病に徹してくれたスチュアートとことブラウンに揉みくちゃにされていた。
図書館の事件から約二日、当然だが全身重傷でまだ予断を許さず、そんな身体をギュウギュウに抱き締められるのは苦痛でしかなかった。
「も"ぉ"おおぉ!ん"でこ"な、こんな無茶す"るでつ"か!」
「…いろいろ、あって、」
「あ"ぁた、ごんななって"!'け"んせぇ'のく''ぜに、相当っすょハ"か"あ"!!マ"ジ死んだがと"…ッ"ぅーーっ」
「そこで、拭くな…」
漸く離れたかと思えばブラウンの顔は涙と鼻水(涎まで垂れ流してる)でぐちゃぐちゃで、ズベズベとボロ泣きしシーツで鼻までかむものだから正直汚く、というかドン引きである。
なんとか泣き止ませ此処に居る理由を問うと、ブラウンは顔を赤くし心配で追って来たと白状した。ジェラルドに呼び出されたと嘘を吐き休暇を捥ぎ取り(今度こそ口添えしろと念を押された)、それでファンダルに着いた途端図書館の事件だったようで、余計寿命が縮まったとも言われ気まずくなる。
「あいつ…キース、は…何か、知らないか?」
「…図書館や周辺で見つかった遺体に、キースさんらしい人はいなかったっす…あんたが生きてんだから、きっと大丈夫っすよ」
気がかりを口にすればブラウンが姉と慕う女(イザベラと言ったか、姉というのもどうも違う気がする…)も一緒に来ており、キースを探してくれているらしい。
自身も大丈夫だと思いたいのだが、友の酷い怪我を思い出し眉を寄せてしまう。生きていたとしてもあんな左腕が無事で済むとは思えず、最高額の賞金首であることも心配になるが、
「あの、ぐちゃぐちゃで見つかった女って……そう、すよね?ホント何したんすか、こんなボロボロで。死んでねぇほうが、おかしいや…」
燭台の灯りを増やしながらブラウンがボソボソと呟く。薄暗い中でも彼の青い瞳が揺れているのがわかった。決してご機嫌取りなんかではなく、心から心配してくれているのだろう。
「……厄介事、がな。一つ、終わった」
「…そうなんす?」
「まだ、残ってるが…心配かけて、悪かった」
「…っす」
「ありがとう、ブラウン」
真っ直ぐに見つめ返し告げるとブラウンは顔を背けた。赤くなった横顔は年相応にあどけなく、思わず腕を伸ばし柔らかな青髪を撫でてやる。照れ隠しに手から逃げる彼の表情はキースのようでもあった。
不意にノックも無しに扉が開き、軍兵が数人入って来る。何事かと怪訝に思い眉を寄せると、
「軍医さん呼んで来ます…『大人しくして』それに、司書隊の隊長さんも」
「?」
「図書館滅茶苦茶で、閉架書庫まで侵入されて、思ってる以上にヤベっす…『上手いこと』じゃ『誤魔化して』!」
すぐさまブラウンが立ち上がり、ジェラルドにしかわからぬ角度で大凡を伝え、バタバタと出て行く。
兵達は警備隊のようで、二言三言ジェラルドに具合を聞くと図書館の事情を話すよう言い……どういうことか理解したジェラルドは、熱っぽい頭をフル回転させた。
(助けておいて、賊扱い、か…)
事は思っている以上にヤバくて深刻。確かに。見つかったのは自身と女の死骸。たとえバケモノだったと言っても手放しで信じるなんてことは、誰も彼も、俺だってしない。
介抱されながらも嫌疑をかけられたジェラルドは、思いついた話を騙り出した。
現在、マティシュにて。
秋晴れの昼下がり、人が多くなった物置きは静まり返っていた。時折怪我の具合を診てもらっているキースが呻くくらいで、空気は重たいまま。何処からか戻って来たカミーリャがイザベラとスタンを呼び、外へ出ても声を潜めエルドレッドの行き先を告げた。
「やっぱり止められなかった…なんか、ルクスバルトの騒ぎもあいつらが原因みたい。沖に船待たせてて、戻るって」
「あいつの船じゃねぇけどな」
「引き止めたところで殺生沙汰になりそう…」
カミーリャの溜息につられ、二人も息を吐き頭を巡らせた。
エルドレッドはキアの亡骸を連れ去ってしまった。憎悪を顕に恋人を離さなかった彼はまるで人攫いのようで誰にも止められず、愛船を盗られたリンでさえ気後れしてしまっていた。
全てを思い出したキースはずっと塞ぎ込んでいて、グレースの治療も要らないと言い出したのでビアンカが捕まえどうにかしたものの、現状は彼の左腕同様に芳しくない…早いとこスチュアートと連絡を取り、何とかジェラルドと合流すべきだとスタンは考えていた。
「…?」
そんな彼の目が路地に現れた影を捉える。影は軍服を着ていて、つい身構えてしまうが様子がおかしかった。
イザベラとカミーリャも気がつき眉を寄せる。軍兵は怪我をしているのかボロボロで、服には所々血の染みが出来ていて……帽子の隙間から見えた顔にイザベラがはっとする。
「!スチュアート!?あんたどうしたの!?!」
「…ぁ"…姐さん…ごめ、なさ…ぅうぅ…!」
名前を呼ばれたスチュアートは一瞬ビクりとしたが、駆け寄ってきたイザベラに抱き留められると声を上げて泣き出し、その場に座り込んでしまった。
子供のように泣き噦る彼の声を聞きつけ、物置き部屋にいた者達も様子を見に来る。リンに支えられ現れたキースを目にすると、スチュアートはさらに取り乱し、それでも彼の足に縋り付いた。
「き、キースざッ!テ"ュレ、さんがぁ!」
友の名前にキースの表情が険しくなる。何か良からぬ事が起きたのは明白だった。
「何があった?!おい…!」
しゃがみ込みスチュアートに迫る。
キースの鋭い目と皆の視線が怖い。でも、どうしても伝えなくてはならない…今まで生きてきた中で、一番の後悔がスチュアートを責め立てていた。
「デュ、デュレさん…っ"……シ"……死ん"、じゃた"ぁ"ぁ…!!」
三日前──ジェラルドが目を覚ました翌日のこと。
重傷で絶対安静だというのに、ジェラルドは図書館の事件の取り調べを受けていた。といっても軍医の後ろ盾で救護室で休みながらとなった分まだマシで、ハッキリとした事情さえわかればお咎めも無いだろうと、もう一人の後ろ盾となってくれた司書隊の隊長が言っていた。
'氷の男'のくせに、本部にも味方がいるのは流石と言ったところか。後は本人がボロを出さ、いやいや上手くやれば大丈夫と、ジェラルドの付き添いを許されなかったブラウンは少しばかり安心していた。
(司書隊の人達、味方するってヤル気になってたし…ホント顔に似合わず人徳あるよなぁ…)
普段恐い上司は綺麗な顔にデカデカと傷を拵えたものだから、これからは性格とピッタリな凶悪顔になるだろう。なんてことをぼんやり思い、あの面で睨まれるとか最悪だなぁとも思う。
保護されたライプニッツの世話も終わり、ブラウンは司書隊の執務室へ向かった。荒れてしまった図書館の片付けや後始末、ジェラルドのことでも忙しなくなっていたので、取り調べが終わるまで少しくらい手伝えればと考えてのことだったが…待っていたのは野次馬と化した軍兵達と怒声だった。
「ちょ、ちょっとあの、これどういう…?」
火元は間違いなく司書隊の執務室で、何事かわからず兵達に尋ねるが、彼らもまた急な事態に首を傾げるだけだった。そんな中部屋から聞こえてくる声が荒々しくなり、警備隊の兵達が司書隊の隊長を引っ張り出て来た。
隊の若い者達が止めろなどと声を上げ、揉め出した彼らを野次馬達が止めに入る。一体全体どういうことか?何が起こってるのか?わけがわからない……
連れて行かれる隊長を追いかけようとした時、ブラウンの肩を誰かが捕まえた。
同刻、救護室では。
「棚も壁も書物も、穴だらけに煤だらけ。戦争でも始める気か?」
「違います…弾や火薬は、旅の途中でしたので多く持ってました。護身用です」
「閉架書庫では何を?」
「わかりません…入ったのは私ではなく、奴です」
「それで、図書館に侵入する者を見つけたところまではいいとして…君一人で追いかけたというのは、結果を見るに誤りだったと思うのだが?」
「はい、軽率でした…申し訳ありません」
厳しい表情の高官に対し、ジェラルドは冷静に答え続けていた。重傷でも無表情を貫く彼に高官は眉間の皺を深め、嫌味たらしく溜息を吐くのだがそれも意味を成さず。
「謝罪だけで済むと思うなよ」
「何が護身用だ、野蛮な'剣聖'め」
「大体からして、侵入者がファンダルでの奇怪死の犯人だと何故判る?」
「それも女だったそうだな。狂者といえど、あのような仕打ちを!」
「皆まで言うな、屍を思い出してしまう…まったく恐ろしい!」
ご丁寧に三人もやって来た本部の高官達が口々に言い、苛立った様子で葉巻を吸ったり睨みを利かせながら耳打ちする。
(…簡単に終わりはしない、か…)
取り調べがあると聞いた時点で覚悟はしていたもののやはり面倒な事になり、ジェラルドは無表情の裏で頭を巡らせ冷静を保とうとしていた。
図書館の事件の言い訳はファンダルで起こった奇怪死事件と繋げ(事実クラウディアの仕業なのだし問題は無い)、館に侵入した犯人を一人で追いかけた、ということにしている。何度同じことを尋ねられようと答えはブレず、矛盾が起きぬよう即座に言葉を選び話を合わせ続ける。ブラウンだけでなく司書隊の皆も図書館通いが多い自身を擁護してくれたと聞いた。正直ありがたい。お陰様で本当に上手くやれているが…
「……」
昨夜の警備隊とは違い、現れた高官達の顔ぶれに嫌な予感がした。三人共本部の高官であり名家の出身。記憶を辿ればライザー将軍や最高統括長とは不仲である者達だ。
(ただの偶然か、俺が元北だからか。どっちにしろ解せねぇ…クソッタレが)
感情を消した目に少しばかり不快感を忍ばせる。見栄えだけは一丁前なお飾り、'道楽軍兵の集い'、反吐が出る。大方ライザーの秘蔵っ子とか言われていた自身を陥れ、当て付けにでもする気なのだ。あの傲岸不遜サボり魔はそんなんじゃ顔色一つ変えねぇってのに。
また同じ質問が始まり眠気を振り払う。適当に相槌しながら奥の窓を見遣ると、天気のいい演習場では兵達の稽古が行われていた。実戦に近いそれは白熱しているようで、きっと合同演習が近いからだろう。これまでなら自身も鍛練に励んでいた時期、どの道こんな身体じゃ…ふと扉がノックされ、高官の一人が開けてやると、
「あぁ!やっと飼い主様がいらっしゃった!」
「…ッ!?!」
入って来た人物に高官達は破顔し、笑いが続く。
驚き目を見開いたジェラルドを一瞥し、その者もにっこりと笑った。
「いや皆さん、お手を煩わせて申し訳ない」
「本当ですよ。早駆けの報せが来た時は肝が冷えた!」
「こんな無理難題を頼んで、すみません」
「またまたぁ」
「いつもに比べれば造作も無い!」
言葉とは裏腹に愉しげなルミディウスに高官達も冗談で返す。扉を開けた高官がさらに数人部屋へ入れる。それは賊として捕らえたはずの騎士団と、イーヴォスに捕まり青褪めたブラウンだった。
ジェラルドは失念していた、高官の一人が本部の警備部を指揮する准将だということを。そして今になって解る……彼らもまた、ルミディウスに寄生されているのだと。
「どうぞ、後は僕が引き受けます…うちの犬がご迷惑をお掛けしました」
嫌な予感、的中。
遥々此処までやって来たルミディウスの笑顔に、ジェラルドの背筋は凍りついた。
「本部のやつらッ、ル"ミ"ディウスと!繋がって!司書へぃの、隊長さん、も"…反逆罪でつ"かま"って…!」
驚き固まったままのキースへ話し続けるスチュアート。涙を溢し嗚咽混じりに必死に語る彼を前に、皆も言葉を失っていた。
「ち、地図のごと、キースさんどの"、ことも…せ"ふ"バレてて"!テ"ゅ"、デュレーさ…ずっと我慢して!なのに…っお"れ、俺が…ヒト"シ"チ、な"っ"ち"ゃ"!ッ俺の、せぇ"な"んす!!」
懺悔するスチュアートの表情が酷くなっていく。
ジェラルドを追いかけて来たルミディウス。寄生する高官達を使い、騎士団を容易く解放し司書隊の隊長を処刑にまでした彼が、その後ジェラルドに何をしたのかは聞かずとも想像出来てしまい──それでもキースは続きを促した。
「白状しろ、図書館で何をしてた?<虎の眼>も一緒だったんだろう?」
「ッ"う"!!」
「俺の気狂い獣を上手く殺ったようだが、詰めが甘かったな」
「く…ぁ"があッ!」
高官達が去った後、救護室は牢獄と化した。
ベッドから引き摺り下ろされたジェラルドを騎士団が押さえ付け、開いてしまった傷をイーヴォスが意地悪く弄り嬲る。涼しい顔で問うルミディウスの傍らでは、椅子に縛り付けられ猿轡までされたスチュアートが拘束を解こうと必死に暴れていた。
強い一撃が鳩尾に入り、ジェラルドの顔が一層歪み血を吐いてしまう。それでもイーヴォスは手を緩めず既に血塗れの顔を殴り続けた。大切な姫を殺されたと知った老騎士の怒りは激しく、拷問は単なる暴行へと変わっていく。
「殺すなよイーヴォス、お喋りが出来なくなる」
苦笑いするルミディウスの声が聞こえ、ジェラルドも怒りが込み上げる。口を噤み顎が軋むほど歯を食い縛り、捕まった手を振り払い中指を立ててみせるが、
「ふふふふ!素晴らしい豹変ぶりだ。やはり海賊の子、さすがだよジェラルド・ピアース」
ルミディウスは愉快爽快とばかりに笑い、隠していた名前まで告げられ余計苛立つ。バレてしまったって変わらない、絶対に喋らない、こんな…ふざけんな畜生ッ!
「もう少し遊んでやりたいが…これ以上、俺の時間を奪わないでくれ」
「!?あ"…っ、ゃ!ッ」
時計を確かめたルミディウスが近寄り何やら合図する。
強引に口を開けさせられ、目の前のイーヴォスが小瓶を取り出し、中身の液体を飲まさせられる。口の中いっぱいに血とは別の味が広がり身体中熱くなる。変な臭い…毒?いやこれは、くすり…?!
「ッッ~~…、ぶハ!!ぇ"っ…ゲホゴホ!」
必死に頭を振り力強い手から逃れ、飲み込みそうになったものを吐き出す。血反吐とともに謎の薬が床に散り、イーヴォスが思わず舌打ちまたジェラルドの身体を殴った。
「ふん、気づいたか。もっとお利口さんになれるというのに…」
ルミディウスも眉を寄せたが表情は変わらず。足元で苦しみ呻くジェラルドの姿はこの男を愉しませるだけで、まるでリンチや陵辱。征服者の一興そのものだった。
「ッ…も、やめろよ!!クソやろッデュレーさん放せッ!この寄生虫!!」
猿轡が解けブラウンが怒鳴る。嫌な呼び名にピクりと反応したルミディウスが振り返り、ジェラルドの顔色が変わる。
「悪いお口だなぁ…目障りな'青毛'の分際で…」
「な、なんだよ!テメェなんッ、が?!」
「ブラウンッ!」
笑顔を歪ませたルミディウスがゆっくりと近づき、身構えたブラウンの髪を捕まえ首を鷲掴む。
やっと声を上げたジェラルドにイーヴォスの拳が止まり、騎士団も頬を持ち上げた。
「これならどうだ?取り引きしようか、デュレー。これだけは見逃してやるから」
「…ッ…」
目もくれず言うルミディウス。見逃すだと?そんなの嘘に決まってる。でも…
嗜虐の対象が変わってしまいジェラルドの心は揺れていた。それはブラウンにも伝わったようで、彼は何度もダメだ!と掠れ声で訴えた。
「デュレ"、さ…!ぁ"…だめ、」
「ほら早くしないと、息が止まるよりも先に首の骨が折れる」
「ダぁ、め"!だ…ま"け…っ…」
「ふははっ、見てみろ顔まで青くなってきた。気色の悪い非人め」
絞めつけは強くなる一方でブラウンは段々と大人しくなり、ルミディウスの言う通り真っ赤になった顔色が青黒くなっていく。短い間で悪態づきながらも助力し、慕ってくれた。珍しくライプニッツも懐いた、第二のハリソン。運命まで彼と同じ目に遭わせる気か?こんなこと…前にもあった。あんなふうに苦しめられていたのは自分で、葛藤していたのは…
(「話すからッ、全部話す!!仲間なんだ殺さねぇでッ!頼む!!やめろッ、やめろぉ!!」)
テオディアへの潜入任務。
最後の最後、俺がヘマしてキースも一緒に捕まって。あの時は、逆だった。
(「このお人好しッ」)
(「…あ?」)
(「なんで置いてかなかった!?隊のことまでバラして、どういうつもりだ!」)
…いいや、違う。
(「……できるわけ、ねぇだろ」)
そうだ…出来ない。
あの時お前がどんな気持ちだったか、今なら解る。
キース…俺は…
「やめろ!!!」
ブラウンの意識が飛びかけた時、ジェラルドの叫びが響いた。
「……あぁデュレー、いいぞ。くくくっ!とても好い顔だ♡」
振り返ったルミディウスの表情は、それまでで一番酷いものだった。
愉悦、クラウディアのような嗤笑、ゲス野郎にピッタリな悪人ヅラ…
(…すまない…)
「さぁ語れ。全てを」
「待て待て、ってことは…」
「……」
ジェラルドが明かしてしまった内容を聞いてスタンが声をもらし、ビアンカは震える自身の身体を押さえた。
暴露されたのは地図と<ジュアンの羅針盤>のことと、それを持って逃げたキースのこと。さらにキースの正体と二人の復讐。語られたのはそれだけ、それだけだ。ビアンカの秘密だけは隠し通したのだと知り、否応無しに負い目を感じてしまう。何も知らず聴かされたスチュアートが隠しているなんてことはなく、それが全てだった。
そしてそんなことが起こったのは三日も前で、スチュアートは本当に命拾いし、ただの除隊処分で済んだ。此処まで辿り着いた彼が尾行されるなんてこともなく、ルミディウスと騎士団はさっさとルクスバルトへ行ってしまったと……全て、何もかも、信じられなかった。
「俺ッ、お"れのぜい"で!ごめ"、こ"め"ン"なさ"…あ"ぁ…!ぅ"う"っああぁぁ…!!」
「…違う…お前の、せいじゃ…」
キースは泣き噦るスチュアートを抱き締めてやった。まるで6年前の己と同じ、鏡を見ているようだったから。
「やめッ、やあ!!はな"ぜぇ!そのヒト"は違ぇ"ッ!やめろ"よ"ぉお!!」
司書隊の隊長を連れて行った警備隊が、今度はジェラルドを縛り引っ張り起こす。
ルミディウスは言葉を違えなかった。全ての秘密を白状させた彼は、泣き喚くブラウンには手出しせず、されるがままのジェラルドを眺めていた。
「…ま、…だ」
「んん?」
目の前に来たジェラルドが足を止め声をもらす。乱暴に引っ張ろうとする兵を止め耳を傾ける。
「おれを…コロシたって、終わんね…まだだ。俺達を…第8を、舐める"な"…!」
無気力になったはずの黒い瞳が一瞬光を取り戻し、鋭く睨まれる。'凍りの男'らしい恐い顔。それだけじゃない、下賤な海賊の子にしてお間抜けアドルフの間抜け駒。
「…………うん。それで、言いたいことは終わりだな」
所詮負け犬の遠吠え。
一つ頷いてやり、笑い返す。
「あぁいけない。申し渡しがまだだった、こういうことはキッチリとやらねば」
「相変わらずしっかりされておられる!」
「だから統括長に就けるのだ。流石、流石」
「おぉ、やはり決まりましたか!」
「いやいや、任命式はまだですから」
「ご謙遜を!」「わははははっ!」
先ほどの高官達が戻って来て笑い声が上がる。気づけば救護室の前は人集りが出来ていて、早々に処刑された司書隊隊長に続く反逆者を見物していた。
「ねぇ、本当に……彼死んだの?」
意を決してイザベラが問う。姐御の言葉にもスチュアートは頷くだけ。
この二日間、彼ことブラウンは本部で騒ぎ続け高官に食ってかかっていた。苛立った兵達に殴られ蹴られ、何度追い出されようとも、結果が覆るわけはなく。
一欠片の可能性も、無い。
「…………」
スチュアートを抱いていた右腕がずり落ちる──キースの瞳は光を失い、心は絶望の淵にあった。
…失敗、した…しくじった…
俺の、目の前に、いるのに……届かない
「ジェラド・デュレー。盗賊への荷担、図書館での殺人と破壊行為、お前が侵した罪は全て私並び我が国軍への反逆罪である」
クソアマを、殺ったのに…あとは…こ いつ だけ な の に
「それとお前の出自。まぁ、これはもういい。野蛮な母親はとっくに死んだそうだな。再会を許して進ぜよう、泣いて喜べ」
くや しい く そ さ い あ く
ご め ん な さ い
「では、即刻。死刑に処せ♪」
ルミディウスは飛び切りの笑顔と敬礼の後、ひらひらと手を振った。
ブラウンの悲痛な叫びを背に、ジェラドは刑場まで引き摺られて行き…………
暫くするとけたたましい銃声が聞こえ、それ切りとなった──
「よ"か"!よ"!お"ぇ"」
「ブラ、ウン?…なんで、」
「でゅ"べっ"!テ"ュレぇ"ざん"!じんぱぃて"、」
「いッ!痛…はなせ、こら…!」
意識を取り戻したジェラルドは、駆けつけて早々看病に徹してくれたスチュアートとことブラウンに揉みくちゃにされていた。
図書館の事件から約二日、当然だが全身重傷でまだ予断を許さず、そんな身体をギュウギュウに抱き締められるのは苦痛でしかなかった。
「も"ぉ"おおぉ!ん"でこ"な、こんな無茶す"るでつ"か!」
「…いろいろ、あって、」
「あ"ぁた、ごんななって"!'け"んせぇ'のく''ぜに、相当っすょハ"か"あ"!!マ"ジ死んだがと"…ッ"ぅーーっ」
「そこで、拭くな…」
漸く離れたかと思えばブラウンの顔は涙と鼻水(涎まで垂れ流してる)でぐちゃぐちゃで、ズベズベとボロ泣きしシーツで鼻までかむものだから正直汚く、というかドン引きである。
なんとか泣き止ませ此処に居る理由を問うと、ブラウンは顔を赤くし心配で追って来たと白状した。ジェラルドに呼び出されたと嘘を吐き休暇を捥ぎ取り(今度こそ口添えしろと念を押された)、それでファンダルに着いた途端図書館の事件だったようで、余計寿命が縮まったとも言われ気まずくなる。
「あいつ…キース、は…何か、知らないか?」
「…図書館や周辺で見つかった遺体に、キースさんらしい人はいなかったっす…あんたが生きてんだから、きっと大丈夫っすよ」
気がかりを口にすればブラウンが姉と慕う女(イザベラと言ったか、姉というのもどうも違う気がする…)も一緒に来ており、キースを探してくれているらしい。
自身も大丈夫だと思いたいのだが、友の酷い怪我を思い出し眉を寄せてしまう。生きていたとしてもあんな左腕が無事で済むとは思えず、最高額の賞金首であることも心配になるが、
「あの、ぐちゃぐちゃで見つかった女って……そう、すよね?ホント何したんすか、こんなボロボロで。死んでねぇほうが、おかしいや…」
燭台の灯りを増やしながらブラウンがボソボソと呟く。薄暗い中でも彼の青い瞳が揺れているのがわかった。決してご機嫌取りなんかではなく、心から心配してくれているのだろう。
「……厄介事、がな。一つ、終わった」
「…そうなんす?」
「まだ、残ってるが…心配かけて、悪かった」
「…っす」
「ありがとう、ブラウン」
真っ直ぐに見つめ返し告げるとブラウンは顔を背けた。赤くなった横顔は年相応にあどけなく、思わず腕を伸ばし柔らかな青髪を撫でてやる。照れ隠しに手から逃げる彼の表情はキースのようでもあった。
不意にノックも無しに扉が開き、軍兵が数人入って来る。何事かと怪訝に思い眉を寄せると、
「軍医さん呼んで来ます…『大人しくして』それに、司書隊の隊長さんも」
「?」
「図書館滅茶苦茶で、閉架書庫まで侵入されて、思ってる以上にヤベっす…『上手いこと』じゃ『誤魔化して』!」
すぐさまブラウンが立ち上がり、ジェラルドにしかわからぬ角度で大凡を伝え、バタバタと出て行く。
兵達は警備隊のようで、二言三言ジェラルドに具合を聞くと図書館の事情を話すよう言い……どういうことか理解したジェラルドは、熱っぽい頭をフル回転させた。
(助けておいて、賊扱い、か…)
事は思っている以上にヤバくて深刻。確かに。見つかったのは自身と女の死骸。たとえバケモノだったと言っても手放しで信じるなんてことは、誰も彼も、俺だってしない。
介抱されながらも嫌疑をかけられたジェラルドは、思いついた話を騙り出した。
現在、マティシュにて。
秋晴れの昼下がり、人が多くなった物置きは静まり返っていた。時折怪我の具合を診てもらっているキースが呻くくらいで、空気は重たいまま。何処からか戻って来たカミーリャがイザベラとスタンを呼び、外へ出ても声を潜めエルドレッドの行き先を告げた。
「やっぱり止められなかった…なんか、ルクスバルトの騒ぎもあいつらが原因みたい。沖に船待たせてて、戻るって」
「あいつの船じゃねぇけどな」
「引き止めたところで殺生沙汰になりそう…」
カミーリャの溜息につられ、二人も息を吐き頭を巡らせた。
エルドレッドはキアの亡骸を連れ去ってしまった。憎悪を顕に恋人を離さなかった彼はまるで人攫いのようで誰にも止められず、愛船を盗られたリンでさえ気後れしてしまっていた。
全てを思い出したキースはずっと塞ぎ込んでいて、グレースの治療も要らないと言い出したのでビアンカが捕まえどうにかしたものの、現状は彼の左腕同様に芳しくない…早いとこスチュアートと連絡を取り、何とかジェラルドと合流すべきだとスタンは考えていた。
「…?」
そんな彼の目が路地に現れた影を捉える。影は軍服を着ていて、つい身構えてしまうが様子がおかしかった。
イザベラとカミーリャも気がつき眉を寄せる。軍兵は怪我をしているのかボロボロで、服には所々血の染みが出来ていて……帽子の隙間から見えた顔にイザベラがはっとする。
「!スチュアート!?あんたどうしたの!?!」
「…ぁ"…姐さん…ごめ、なさ…ぅうぅ…!」
名前を呼ばれたスチュアートは一瞬ビクりとしたが、駆け寄ってきたイザベラに抱き留められると声を上げて泣き出し、その場に座り込んでしまった。
子供のように泣き噦る彼の声を聞きつけ、物置き部屋にいた者達も様子を見に来る。リンに支えられ現れたキースを目にすると、スチュアートはさらに取り乱し、それでも彼の足に縋り付いた。
「き、キースざッ!テ"ュレ、さんがぁ!」
友の名前にキースの表情が険しくなる。何か良からぬ事が起きたのは明白だった。
「何があった?!おい…!」
しゃがみ込みスチュアートに迫る。
キースの鋭い目と皆の視線が怖い。でも、どうしても伝えなくてはならない…今まで生きてきた中で、一番の後悔がスチュアートを責め立てていた。
「デュ、デュレさん…っ"……シ"……死ん"、じゃた"ぁ"ぁ…!!」
三日前──ジェラルドが目を覚ました翌日のこと。
重傷で絶対安静だというのに、ジェラルドは図書館の事件の取り調べを受けていた。といっても軍医の後ろ盾で救護室で休みながらとなった分まだマシで、ハッキリとした事情さえわかればお咎めも無いだろうと、もう一人の後ろ盾となってくれた司書隊の隊長が言っていた。
'氷の男'のくせに、本部にも味方がいるのは流石と言ったところか。後は本人がボロを出さ、いやいや上手くやれば大丈夫と、ジェラルドの付き添いを許されなかったブラウンは少しばかり安心していた。
(司書隊の人達、味方するってヤル気になってたし…ホント顔に似合わず人徳あるよなぁ…)
普段恐い上司は綺麗な顔にデカデカと傷を拵えたものだから、これからは性格とピッタリな凶悪顔になるだろう。なんてことをぼんやり思い、あの面で睨まれるとか最悪だなぁとも思う。
保護されたライプニッツの世話も終わり、ブラウンは司書隊の執務室へ向かった。荒れてしまった図書館の片付けや後始末、ジェラルドのことでも忙しなくなっていたので、取り調べが終わるまで少しくらい手伝えればと考えてのことだったが…待っていたのは野次馬と化した軍兵達と怒声だった。
「ちょ、ちょっとあの、これどういう…?」
火元は間違いなく司書隊の執務室で、何事かわからず兵達に尋ねるが、彼らもまた急な事態に首を傾げるだけだった。そんな中部屋から聞こえてくる声が荒々しくなり、警備隊の兵達が司書隊の隊長を引っ張り出て来た。
隊の若い者達が止めろなどと声を上げ、揉め出した彼らを野次馬達が止めに入る。一体全体どういうことか?何が起こってるのか?わけがわからない……
連れて行かれる隊長を追いかけようとした時、ブラウンの肩を誰かが捕まえた。
同刻、救護室では。
「棚も壁も書物も、穴だらけに煤だらけ。戦争でも始める気か?」
「違います…弾や火薬は、旅の途中でしたので多く持ってました。護身用です」
「閉架書庫では何を?」
「わかりません…入ったのは私ではなく、奴です」
「それで、図書館に侵入する者を見つけたところまではいいとして…君一人で追いかけたというのは、結果を見るに誤りだったと思うのだが?」
「はい、軽率でした…申し訳ありません」
厳しい表情の高官に対し、ジェラルドは冷静に答え続けていた。重傷でも無表情を貫く彼に高官は眉間の皺を深め、嫌味たらしく溜息を吐くのだがそれも意味を成さず。
「謝罪だけで済むと思うなよ」
「何が護身用だ、野蛮な'剣聖'め」
「大体からして、侵入者がファンダルでの奇怪死の犯人だと何故判る?」
「それも女だったそうだな。狂者といえど、あのような仕打ちを!」
「皆まで言うな、屍を思い出してしまう…まったく恐ろしい!」
ご丁寧に三人もやって来た本部の高官達が口々に言い、苛立った様子で葉巻を吸ったり睨みを利かせながら耳打ちする。
(…簡単に終わりはしない、か…)
取り調べがあると聞いた時点で覚悟はしていたもののやはり面倒な事になり、ジェラルドは無表情の裏で頭を巡らせ冷静を保とうとしていた。
図書館の事件の言い訳はファンダルで起こった奇怪死事件と繋げ(事実クラウディアの仕業なのだし問題は無い)、館に侵入した犯人を一人で追いかけた、ということにしている。何度同じことを尋ねられようと答えはブレず、矛盾が起きぬよう即座に言葉を選び話を合わせ続ける。ブラウンだけでなく司書隊の皆も図書館通いが多い自身を擁護してくれたと聞いた。正直ありがたい。お陰様で本当に上手くやれているが…
「……」
昨夜の警備隊とは違い、現れた高官達の顔ぶれに嫌な予感がした。三人共本部の高官であり名家の出身。記憶を辿ればライザー将軍や最高統括長とは不仲である者達だ。
(ただの偶然か、俺が元北だからか。どっちにしろ解せねぇ…クソッタレが)
感情を消した目に少しばかり不快感を忍ばせる。見栄えだけは一丁前なお飾り、'道楽軍兵の集い'、反吐が出る。大方ライザーの秘蔵っ子とか言われていた自身を陥れ、当て付けにでもする気なのだ。あの傲岸不遜サボり魔はそんなんじゃ顔色一つ変えねぇってのに。
また同じ質問が始まり眠気を振り払う。適当に相槌しながら奥の窓を見遣ると、天気のいい演習場では兵達の稽古が行われていた。実戦に近いそれは白熱しているようで、きっと合同演習が近いからだろう。これまでなら自身も鍛練に励んでいた時期、どの道こんな身体じゃ…ふと扉がノックされ、高官の一人が開けてやると、
「あぁ!やっと飼い主様がいらっしゃった!」
「…ッ!?!」
入って来た人物に高官達は破顔し、笑いが続く。
驚き目を見開いたジェラルドを一瞥し、その者もにっこりと笑った。
「いや皆さん、お手を煩わせて申し訳ない」
「本当ですよ。早駆けの報せが来た時は肝が冷えた!」
「こんな無理難題を頼んで、すみません」
「またまたぁ」
「いつもに比べれば造作も無い!」
言葉とは裏腹に愉しげなルミディウスに高官達も冗談で返す。扉を開けた高官がさらに数人部屋へ入れる。それは賊として捕らえたはずの騎士団と、イーヴォスに捕まり青褪めたブラウンだった。
ジェラルドは失念していた、高官の一人が本部の警備部を指揮する准将だということを。そして今になって解る……彼らもまた、ルミディウスに寄生されているのだと。
「どうぞ、後は僕が引き受けます…うちの犬がご迷惑をお掛けしました」
嫌な予感、的中。
遥々此処までやって来たルミディウスの笑顔に、ジェラルドの背筋は凍りついた。
「本部のやつらッ、ル"ミ"ディウスと!繋がって!司書へぃの、隊長さん、も"…反逆罪でつ"かま"って…!」
驚き固まったままのキースへ話し続けるスチュアート。涙を溢し嗚咽混じりに必死に語る彼を前に、皆も言葉を失っていた。
「ち、地図のごと、キースさんどの"、ことも…せ"ふ"バレてて"!テ"ゅ"、デュレーさ…ずっと我慢して!なのに…っお"れ、俺が…ヒト"シ"チ、な"っ"ち"ゃ"!ッ俺の、せぇ"な"んす!!」
懺悔するスチュアートの表情が酷くなっていく。
ジェラルドを追いかけて来たルミディウス。寄生する高官達を使い、騎士団を容易く解放し司書隊の隊長を処刑にまでした彼が、その後ジェラルドに何をしたのかは聞かずとも想像出来てしまい──それでもキースは続きを促した。
「白状しろ、図書館で何をしてた?<虎の眼>も一緒だったんだろう?」
「ッ"う"!!」
「俺の気狂い獣を上手く殺ったようだが、詰めが甘かったな」
「く…ぁ"があッ!」
高官達が去った後、救護室は牢獄と化した。
ベッドから引き摺り下ろされたジェラルドを騎士団が押さえ付け、開いてしまった傷をイーヴォスが意地悪く弄り嬲る。涼しい顔で問うルミディウスの傍らでは、椅子に縛り付けられ猿轡までされたスチュアートが拘束を解こうと必死に暴れていた。
強い一撃が鳩尾に入り、ジェラルドの顔が一層歪み血を吐いてしまう。それでもイーヴォスは手を緩めず既に血塗れの顔を殴り続けた。大切な姫を殺されたと知った老騎士の怒りは激しく、拷問は単なる暴行へと変わっていく。
「殺すなよイーヴォス、お喋りが出来なくなる」
苦笑いするルミディウスの声が聞こえ、ジェラルドも怒りが込み上げる。口を噤み顎が軋むほど歯を食い縛り、捕まった手を振り払い中指を立ててみせるが、
「ふふふふ!素晴らしい豹変ぶりだ。やはり海賊の子、さすがだよジェラルド・ピアース」
ルミディウスは愉快爽快とばかりに笑い、隠していた名前まで告げられ余計苛立つ。バレてしまったって変わらない、絶対に喋らない、こんな…ふざけんな畜生ッ!
「もう少し遊んでやりたいが…これ以上、俺の時間を奪わないでくれ」
「!?あ"…っ、ゃ!ッ」
時計を確かめたルミディウスが近寄り何やら合図する。
強引に口を開けさせられ、目の前のイーヴォスが小瓶を取り出し、中身の液体を飲まさせられる。口の中いっぱいに血とは別の味が広がり身体中熱くなる。変な臭い…毒?いやこれは、くすり…?!
「ッッ~~…、ぶハ!!ぇ"っ…ゲホゴホ!」
必死に頭を振り力強い手から逃れ、飲み込みそうになったものを吐き出す。血反吐とともに謎の薬が床に散り、イーヴォスが思わず舌打ちまたジェラルドの身体を殴った。
「ふん、気づいたか。もっとお利口さんになれるというのに…」
ルミディウスも眉を寄せたが表情は変わらず。足元で苦しみ呻くジェラルドの姿はこの男を愉しませるだけで、まるでリンチや陵辱。征服者の一興そのものだった。
「ッ…も、やめろよ!!クソやろッデュレーさん放せッ!この寄生虫!!」
猿轡が解けブラウンが怒鳴る。嫌な呼び名にピクりと反応したルミディウスが振り返り、ジェラルドの顔色が変わる。
「悪いお口だなぁ…目障りな'青毛'の分際で…」
「な、なんだよ!テメェなんッ、が?!」
「ブラウンッ!」
笑顔を歪ませたルミディウスがゆっくりと近づき、身構えたブラウンの髪を捕まえ首を鷲掴む。
やっと声を上げたジェラルドにイーヴォスの拳が止まり、騎士団も頬を持ち上げた。
「これならどうだ?取り引きしようか、デュレー。これだけは見逃してやるから」
「…ッ…」
目もくれず言うルミディウス。見逃すだと?そんなの嘘に決まってる。でも…
嗜虐の対象が変わってしまいジェラルドの心は揺れていた。それはブラウンにも伝わったようで、彼は何度もダメだ!と掠れ声で訴えた。
「デュレ"、さ…!ぁ"…だめ、」
「ほら早くしないと、息が止まるよりも先に首の骨が折れる」
「ダぁ、め"!だ…ま"け…っ…」
「ふははっ、見てみろ顔まで青くなってきた。気色の悪い非人め」
絞めつけは強くなる一方でブラウンは段々と大人しくなり、ルミディウスの言う通り真っ赤になった顔色が青黒くなっていく。短い間で悪態づきながらも助力し、慕ってくれた。珍しくライプニッツも懐いた、第二のハリソン。運命まで彼と同じ目に遭わせる気か?こんなこと…前にもあった。あんなふうに苦しめられていたのは自分で、葛藤していたのは…
(「話すからッ、全部話す!!仲間なんだ殺さねぇでッ!頼む!!やめろッ、やめろぉ!!」)
テオディアへの潜入任務。
最後の最後、俺がヘマしてキースも一緒に捕まって。あの時は、逆だった。
(「このお人好しッ」)
(「…あ?」)
(「なんで置いてかなかった!?隊のことまでバラして、どういうつもりだ!」)
…いいや、違う。
(「……できるわけ、ねぇだろ」)
そうだ…出来ない。
あの時お前がどんな気持ちだったか、今なら解る。
キース…俺は…
「やめろ!!!」
ブラウンの意識が飛びかけた時、ジェラルドの叫びが響いた。
「……あぁデュレー、いいぞ。くくくっ!とても好い顔だ♡」
振り返ったルミディウスの表情は、それまでで一番酷いものだった。
愉悦、クラウディアのような嗤笑、ゲス野郎にピッタリな悪人ヅラ…
(…すまない…)
「さぁ語れ。全てを」
「待て待て、ってことは…」
「……」
ジェラルドが明かしてしまった内容を聞いてスタンが声をもらし、ビアンカは震える自身の身体を押さえた。
暴露されたのは地図と<ジュアンの羅針盤>のことと、それを持って逃げたキースのこと。さらにキースの正体と二人の復讐。語られたのはそれだけ、それだけだ。ビアンカの秘密だけは隠し通したのだと知り、否応無しに負い目を感じてしまう。何も知らず聴かされたスチュアートが隠しているなんてことはなく、それが全てだった。
そしてそんなことが起こったのは三日も前で、スチュアートは本当に命拾いし、ただの除隊処分で済んだ。此処まで辿り着いた彼が尾行されるなんてこともなく、ルミディウスと騎士団はさっさとルクスバルトへ行ってしまったと……全て、何もかも、信じられなかった。
「俺ッ、お"れのぜい"で!ごめ"、こ"め"ン"なさ"…あ"ぁ…!ぅ"う"っああぁぁ…!!」
「…違う…お前の、せいじゃ…」
キースは泣き噦るスチュアートを抱き締めてやった。まるで6年前の己と同じ、鏡を見ているようだったから。
「やめッ、やあ!!はな"ぜぇ!そのヒト"は違ぇ"ッ!やめろ"よ"ぉお!!」
司書隊の隊長を連れて行った警備隊が、今度はジェラルドを縛り引っ張り起こす。
ルミディウスは言葉を違えなかった。全ての秘密を白状させた彼は、泣き喚くブラウンには手出しせず、されるがままのジェラルドを眺めていた。
「…ま、…だ」
「んん?」
目の前に来たジェラルドが足を止め声をもらす。乱暴に引っ張ろうとする兵を止め耳を傾ける。
「おれを…コロシたって、終わんね…まだだ。俺達を…第8を、舐める"な"…!」
無気力になったはずの黒い瞳が一瞬光を取り戻し、鋭く睨まれる。'凍りの男'らしい恐い顔。それだけじゃない、下賤な海賊の子にしてお間抜けアドルフの間抜け駒。
「…………うん。それで、言いたいことは終わりだな」
所詮負け犬の遠吠え。
一つ頷いてやり、笑い返す。
「あぁいけない。申し渡しがまだだった、こういうことはキッチリとやらねば」
「相変わらずしっかりされておられる!」
「だから統括長に就けるのだ。流石、流石」
「おぉ、やはり決まりましたか!」
「いやいや、任命式はまだですから」
「ご謙遜を!」「わははははっ!」
先ほどの高官達が戻って来て笑い声が上がる。気づけば救護室の前は人集りが出来ていて、早々に処刑された司書隊隊長に続く反逆者を見物していた。
「ねぇ、本当に……彼死んだの?」
意を決してイザベラが問う。姐御の言葉にもスチュアートは頷くだけ。
この二日間、彼ことブラウンは本部で騒ぎ続け高官に食ってかかっていた。苛立った兵達に殴られ蹴られ、何度追い出されようとも、結果が覆るわけはなく。
一欠片の可能性も、無い。
「…………」
スチュアートを抱いていた右腕がずり落ちる──キースの瞳は光を失い、心は絶望の淵にあった。
…失敗、した…しくじった…
俺の、目の前に、いるのに……届かない
「ジェラド・デュレー。盗賊への荷担、図書館での殺人と破壊行為、お前が侵した罪は全て私並び我が国軍への反逆罪である」
クソアマを、殺ったのに…あとは…こ いつ だけ な の に
「それとお前の出自。まぁ、これはもういい。野蛮な母親はとっくに死んだそうだな。再会を許して進ぜよう、泣いて喜べ」
くや しい く そ さ い あ く
ご め ん な さ い
「では、即刻。死刑に処せ♪」
ルミディウスは飛び切りの笑顔と敬礼の後、ひらひらと手を振った。
ブラウンの悲痛な叫びを背に、ジェラドは刑場まで引き摺られて行き…………
暫くするとけたたましい銃声が聞こえ、それ切りとなった──
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