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□反逆と復讐篇 No pain No gain.
3.06.4 ダブル・チェイス(1)
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日暮れ…暗くなったの森の中。聞こえるのは虫の音や夜鳥の声で、そこに人間の呻き声が混ざり、また静かになる。
微かなランプの光だけを頼りに腹に食い込んだ鏃を引き抜かれ、ジェラルドは唇ごと歯を食い縛り痛みを堪えた。また血が溢れ肌が赤く染まっていく。キースは手早く傷を縫ってやるが、
「…ダメだ、止まんねぇ…!」
血は滲み続け、残り少ない薬を全て塗り、他にもないか探していると、
「止せ…それじゃ、む"りだ…」
ジェラルドの手が阻み止められる。キースも思わず舌打ちせめてもと包帯を巻いてやった。
簡単な手当てでは埒が明かず、このまま出血し続ければマズい。もし内臓が傷ついているなら最悪なことに…しかし無闇に動ける状況でもなく、焦りとともに先ほどの光景が蘇る。
「「……」」
お互い黙っていても考えてることは同じ。襲われてからずっと、敢えて聞かず話さず。口火を切ったのはキースだった。
「あいつら、何者だ?お前…何か知ってんだよな?」
鋭い睨みが向けられジェラルドは視線を逸らしてしまう。身体を蝕む痛みが先ほどまでの恐怖も引き連れ、また手が震え出す。それでもゆっくり息を吐き心を落ち着かせ、知り得ることを語った──
砦襲撃を経て、ジェラルドは密かにルミディウスのことを調べた。正確には彼だけでなく、付き従うイーヴォス達のことも。
イーヴォス達について判ったのは、彼らは正規兵ではないということだ。ルミディウスの力で制服を得、彼の部下のように振る舞い基地を出入りする。軍の内部で事情を知る者はごく僅かで、漸く得たこの情報はブラウンの元上官が、仕切りに周囲を気にし声を顰め教えてくれた。背後が'寄生虫'であることから指摘など誰も出来るはずがなく、長年黙認されているということも…
そうしてパールでイーヴォス達と接触し、厄介にも目を付けられたと解り、必要以上にキースを巻き込みたくなく口を噤んでいたのだ。
さらに、もう一つ知った彼らの呼称。
それは数日前に届いた手紙で確かなものとなった。
『Kへ 無事ならよかった。泣き虫はそっちだろ、バーーカ! 無茶はするな B』
『拝啓、愛しの相棒 あと木偶の坊様 まいどありがとうございます。御所望のネタです ……』
ご丁寧に二枚届いた手紙。ビアンカからのは兎も角、スタンから届いた内容。別行動になっても情報屋の敏腕っぷりは相変わらず。手紙にはびっしりとルミディウスの黒い噂や秘密、さらにはイーヴォス達騎士団のことが記されていた。
騎士団──それがイーヴォス達の呼称であり正体。意味のわからんそれにキースは最初首を傾げたが、ジェラルドは腑に落ちていたようで、
「皇国時代のミチェルブルク…話したろ、ラウエンシュタインだ。騎士団総長、そして分家…あいつらは、気狂いでも'姫'なんて呼んで、古臭ぇ'騎士'を続けてる…それが、経緯はわからないが、今はルミディウスの元に…言うなら用心棒だ」
己で導き出した答えを全て話し、チラりと様子を窺う。案の定だがキースは苛立ち、というかそれ以上に不機嫌そうだった。
手紙が届くまでハッキリしていなかったことや、回転式銃のことは知らなかったとも伝えるが、友の怒りは変わらず。彼の怒りは別のことに向いていた。
「…狙われてんのも、気づいてたのか?」
「……それは、」
「なんで黙ってた?隠してたのか?なぁ」
「うるせぇ…話そうと、した。それに…俺だからいい、」
「ざけんな!おいッ、お前だからってなんだ!?一人でどうにか出来るとでも思ったか!?ルミディウスに目ぇ付けられたのは俺の、」
「誰がテメェのせいだッ、自惚れんなチビ…!」
胸倉を掴み合い苛立ち任せに怒鳴る。ジェラルドは傷が痛むのかすぐに顔を歪めてしまい、キースも放してやるが、
「ファンダル…一人で行け」
思いもよらぬ台詞に言葉を失う。
「9…俺が狙いなら、いいだろ。9だ。お前は<羅針盤>探しに、」
「馬鹿言ってんじゃねぇ!置いてけってか?!…あいつら、もしかしたら'水色の眼'の奴かもしれねぇのに!」
「もし、そうなら…俺が殺る。好都ご、……ぶッ殺す…!」
ジェラルドは聞き入れようとせずふらつきながら何処かへ行こうとする。彼はまた心此処にあらずで、鋭いはずの瞳は真昼の霧のように曇って見え…ナニかにトリ憑かレてイルようで…
「あの、お"んな…クラうディぁ…!ぜってぇ、コロす!殺して、やるッ、殺シて…っ…」
「おい…このバカ!」
結局足が縺れ、茂みに倒れ動けなくなってしまう。慌ててキースが起こしてやると身体は火のように熱く、それでもジェラルドは動こうとし、止むを得ず乱暴に口を塞ぎ首を絞め上げる。
彼は暫く踠き抵抗してきたが、辛そうに目を瞑ると大人しくなり、そのまま意識を失った。
(…この大馬鹿木偶の坊!どうしたら…囮とかッ、ざけんなッ!置いてくなんてあり得ねぇ、けど、また迂回する?この怪我じゃ時間かけらんね…クウェントン、ミチェルブルク…引き返したって厳しいし…あいつらも!なにが騎士団だふざけやがってッ…!)
混乱した頭が煩わしい。募る焦燥と怒りを抑え強く目を瞑る。焦ってはダメだ、冷静に、友のように。そいつが今倒れて、俺が何とかしないと!なんとか、落ち着け…
ぐったりと眠るジェラルドの傍ら、キースは手帖を取り出しペンを走らせた。感情任せの書き殴りが段々と落ち着き整っていく。インクが切れて筆跡だけになろうと、同じ単語を繰り返し、繰り返し。
(「とりあえず落ち着け、大丈夫、な?落ち着け落ち着け、冷静に…見せかけだけじゃなく、腹の底から。いいな…」)
また蘇るヘリオットの言葉。腹の底、頭冷やせ、心も落ち着けろ。
(落ち着け…落ち着いて…考えろ……狙いはこいつ…俺は、いいってか…クソっ…落ち着け、落ち着け落ち着け。考えて…死ぬ気で、考えんだ…)
「……!」
不意に音が聞こえ顔を上げる。見えたのは希望というか、閃きというべきか。再びの妙案だった。
息苦しさで意識が戻り、咳き込みながら目を動かす。
どのくらい眠っていたのか、肌で感じる空気からまだ夜だとわかったが目蓋は重く持ち上げられず、手探りで辺りを窺い湿った地面に爪を立てる。何やら聞こえた鳴き声は覚えのあるもので、それが愛馬だと気がつき、ぼやけていた視界がハッキリしていく。
「…キー、ス…??」
目を覚ましたジェラルドの目の前で、キースは嫌がり嘶くライプニッツから荷物を引き摺り下ろしていた。近くにはサーシャの姿もあり、二頭は(というか利口なサーシャのお陰で)主人達の匂いでも辿って来たのか無事なようだった。
「ぉぃ…チビ、言ったろ。さっさと行け」
なんとか立ち上がり歩み寄るが、友は無視しているようで物盗りのように荷物を漁っている。よく見るとそれは自身の荷物で、こいつは一体何をしているのか…
わけがわからずもう一度名前を呼ぶと、キースは返事の代わりに無謀な案を言い出し、ジェラルドの顔色が変わった。
「馬鹿にもほどが…無茶だ!」
「その無茶で上手くいったろ」
「パールのは、助けてもらって…おい…キース!放せ、止めろ!」
止めさせようと怒鳴るジェラルドを捕まえ、大人しく待っているサーシャの鞍に頭を押し付け、さらに両手を手綱で縛ってしまう。
騒ぐジェラルド、と、愛馬ライプニッツ。ライプニッツもこれから何が起こるのか解り、すっかり怯えてしまっていた。
「このお人好しッ、お節介野郎!!」
「あぁどうも…付き合ってやるから、付き合えよテメェも…」
何をどう言おうと今度はキースが聞かずで。彼は暴れ出したライプニッツの手綱を掴み、拳に力を込め、
「おい……おいッ、クソニッツ!」
同じ頃、関所では。
「なんだよ…今日は厳しいな?」
「…此処が襲撃に遭った。四人、死んでな…お前達は何処から、」
「クウェントン、向こうの兵隊さんらと会ったぜ。裏取ってくれてもいいけど」
通常の倍以上の軍兵の多さにセフェリノ達賞金稼ぎは顔を顰め、荷物改めだけでなく身体中調べられ苛立っていた。
彼ら以外にも行商や近隣の村人達まで足止めになり、緊迫した空気に声を潜め合う。殺された兵達は無惨な姿だったようで、小耳に挟んだ賞金稼ぎ達も眉を寄せたが、セフェリノだけは違い、
「なぁあ?まだ?」
「問題無くとも、朝までは通行止めだ」
「じゃあこれなら?」
「……直にクウェントンから応援が来る、それで確認するから。もう少し待て」
詰め寄り銀貨をチラつかせた彼に、軍兵は躊躇いながらも遠回しな通行許可を出し、こっそりと手を出した。セフェリノも苦笑いしながら渡してやるが…
「早ぇとこしてくれねぇかなぁ…疼いてしょうがねぇ…!」
何やら勘づいた彼は柵に凭れかかると焦ったそうに脚を揺すり、既に弾込めしてある回転式銃を弄びはじめた。
──早朝、関所とファンダルの中間地点。
紫の空に陽の光が射し、目覚めて間もない森にも爽やかな風が吹き込む。風に揺れる茂みの中でゆっくりと動く影。二匹の獲物を探す騎士団の同胞達は、馬の嘶きと蹄の音を耳にし息を潜めた。
遠くから向かってくる二頭の馬と騎乗者二人。どちらも外套で顔や姿を隠しているが、見覚えのある漆黒の馬ライプニッツで'野良犬'と<虎の眼の盗賊>だとわかり、全員弓を構え狙いを定める…が、
「ッ、小癪な!」
もう一頭の栗毛馬、サーシャが前に飛び出しキースが煙玉を投げつける。
黒煙に巻かれた同胞達の矢は尽く外れ、二頭は別々の方角へ駆け抜けて行った。
「!どういうことだ…」
「ぃ・たァ♡ジェらルど!」
森の近く、街道沿いの岩場で待ち伏せしていたイーヴォスは、現れたのがライプニッツ一頭のみで眉を顰めた。傍らにいたクラウディアが走り、横切るジェラルド目掛け刃を振るう。しかし彼の剣のほうが早く打ち払われ逃走を許してしまう。
遅れて合図である煙弾が上がり、その奥、木立伝いの迂回路へサーシャが駆けて行くのも見えイーヴォスはさらに混乱した。
「は・早ク!!行こォっ♪」
「'姫'、お待ちを、」
「イーヴォス殿ッ、奴ら別れたようです!」
「如何しますか!?」
追いついた同胞達とクラウディアが揃って声を上げる。現状は想定外、二人揃って逃げ回る姿を想像していたせいで躊躇してしまうが、
「一匹ずつ…'野良犬'から、仕留める!」
彼の言葉が終わらぬ内にクラウディアが馬に飛び付き、同胞が捕まえ同乗させてやる。イーヴォスも急ぎ騎乗し、既に小さくなったライプニッツの後を追った。
首都や北部へと続く街道。全速力で駆けるライプニッツとジェラルド、そして彼を追う騎士団。
緩やかな坂が終わると見通しの良い真っ直ぐな道になり、人影や他の馬の気配は無く、段々と距離が縮んでいき別れ道に差し掛かる。
「先回りしろ!」
イーヴォスが指示を出し、同胞の一人が速度を上げもう一方の道へ入った。別れても丘の上と下で横並びになり、追いついた同胞が上方から弓を放つ。矢がジェラルドの外套を掠めライプニッツが嫌そうに頸を振るが、
「!!ぐあ"…」
ジェラルドが左腕を伸ばし銃を放ち、たった一発の銃弾が同胞の喉元を捉え、落馬した彼はそれ切りとなってしまった。
「!?ぐ、」
「イーヴォス殿!」
「構うな、問題無い…!」
驚いてる間に今度はイーヴォスの肩が撃ち抜かれ、同胞達が矢を放ち応戦する。銃撃は止み矢も届かず、また距離が開いてしまった。
(なんだ今のは…?何か…おかしい、妙だ…!)
熱を帯び血が溢れる肩を押さえながら先を行くジェラルドを殺気を籠めて睨む。睨むのだが…段々と違和感が大きくなっていく。それぞれ一発、正確な狙撃。'野良犬'が銃に長けているとは思えず、外套で姿を隠していることも引っかかり、距離を縮めるべく馬の腹を蹴る。と、
「おい…バカ…っ」
段々とライプニッツの走り方がおかしくなり、苛立ったような声も聞こえてくる。
愛馬はまた頸や腰を振り、主人を振り落とそうとしているようで──不意に横風が吹き、外套が捲れフードが外れた。
「ヤベッ…!」
見えたのは黒髪ではなく、色染めが落ちた赤茶色。慌ててフードを被り直す横顔はキースだった。
「!囮か、小賢しい賊め…!!」
事態が解り思わず舌打つイーヴォス。怪我などお構い無しに矢を数本放つが、キースは暴れるライプニッツをなんとか走らせ、ジェラルドから借りた剣でそれらを打ち払った。
…昨夜、狙いがジェラルドだとわかったキースは、幸運にも戻って来た二頭を見てこの入れ替りを思いついた。昔からの暴れ馬であるライプニッツに乗れるのかかなり不安ではあったが、騎士団はライプニッツに乗る自身をジェラルドだと誤認し、上手いこと食い付いてくれた……結局バレてしまったが。
「ジェ"?!じぇラ"ぁドッ、ァア!?」
ジェラルドではないとわかった途端クラウディアが喚き、騎士団は先を行くキースを無視し馬を止めた。別方向へ逃げたもう一頭が'野良犬'、騙されはしたが目の前の<虎の眼>を先に仕留めるか、イーヴォスはまた迷うが……空気の僅かな変化に彼とクラウディアの五感が働く。
「…もど・ル」
「はい、先ほどの別れ道から行きましょう」
「しかし、ここまで来て……」
同胞が反論しかけ、彼も気がつく。後方、此方へと近づいて来る気配。それは彼らにとっては好都合であった。
「クソが、バレたじゃねぇか…なぁライプに、っぃ"…テメ!この・クソ・ニッツッ!」
一方のキースは不機嫌マックスになったライプニッツと闘っていた。
引き返してしまった騎士団を追うべく自身らも戻りたいのだが、それどころか乗ってるのさえ危うく何度も振り落とされかける。ライプニッツの気難しさは入れ替わりの決行直前までジェラルドが煩く言ってたのだが、それ以上である。きっと昨夜ぶん殴って無理に言うこと聞かせたのもよくない。絶対…
「お"ぃ…わっ、ば!?…頼むから!悪かった、から!大人しくしろぉ!!」
聞いた話だが野生の雄牛狩りはこんな感じらしく、いやいやッ、そんな場合じゃねぇ!
借りたジェラルドの革手袋を掴み、なんとかして顔に近づけてやると、主人の匂いがわかったのかライプニッツは少し落ち着いたようだった。
「あいつが!お前の主人が危ねぇんだ!早く助けに…ッ……」
やっとのことで方向転換出来、嫌々と振られる頸を前に向けさせ、キースも前を向き──見えたものに血の気が引く。
「どうした<虎の眼>、大変そうだなぁ」
「その馬、指揮官殿のだよなぁ」
「なんでお前が乗ってんだろうなぁ」
距離にしてどれくらいか。ヤードなら30…40はあってほしい。
「調教、手伝ってやろうか?カイル」
「…まにあってる…」
手が勝手に動き、手綱を何度も引っ張ってしまう。
大きな道を塞ぐように横一列に並んだセフェリノ達賞金稼ぎ。彼らは下卑た笑いをもらし、嘶き仰け反ったライプニッツへ銃を構えた。
「走れ行けッ!!」「待てよ、おいッ!」
銃声と銃弾が空気を揺らし、取り乱したライプニッツは再び方向転換し勢いよく駆け出した。
先ほどよりも速い走りにキースは驚きながらも、新たに始まった追いかけっこをどうするか必死に頭を働かせていた。
微かなランプの光だけを頼りに腹に食い込んだ鏃を引き抜かれ、ジェラルドは唇ごと歯を食い縛り痛みを堪えた。また血が溢れ肌が赤く染まっていく。キースは手早く傷を縫ってやるが、
「…ダメだ、止まんねぇ…!」
血は滲み続け、残り少ない薬を全て塗り、他にもないか探していると、
「止せ…それじゃ、む"りだ…」
ジェラルドの手が阻み止められる。キースも思わず舌打ちせめてもと包帯を巻いてやった。
簡単な手当てでは埒が明かず、このまま出血し続ければマズい。もし内臓が傷ついているなら最悪なことに…しかし無闇に動ける状況でもなく、焦りとともに先ほどの光景が蘇る。
「「……」」
お互い黙っていても考えてることは同じ。襲われてからずっと、敢えて聞かず話さず。口火を切ったのはキースだった。
「あいつら、何者だ?お前…何か知ってんだよな?」
鋭い睨みが向けられジェラルドは視線を逸らしてしまう。身体を蝕む痛みが先ほどまでの恐怖も引き連れ、また手が震え出す。それでもゆっくり息を吐き心を落ち着かせ、知り得ることを語った──
砦襲撃を経て、ジェラルドは密かにルミディウスのことを調べた。正確には彼だけでなく、付き従うイーヴォス達のことも。
イーヴォス達について判ったのは、彼らは正規兵ではないということだ。ルミディウスの力で制服を得、彼の部下のように振る舞い基地を出入りする。軍の内部で事情を知る者はごく僅かで、漸く得たこの情報はブラウンの元上官が、仕切りに周囲を気にし声を顰め教えてくれた。背後が'寄生虫'であることから指摘など誰も出来るはずがなく、長年黙認されているということも…
そうしてパールでイーヴォス達と接触し、厄介にも目を付けられたと解り、必要以上にキースを巻き込みたくなく口を噤んでいたのだ。
さらに、もう一つ知った彼らの呼称。
それは数日前に届いた手紙で確かなものとなった。
『Kへ 無事ならよかった。泣き虫はそっちだろ、バーーカ! 無茶はするな B』
『拝啓、愛しの相棒 あと木偶の坊様 まいどありがとうございます。御所望のネタです ……』
ご丁寧に二枚届いた手紙。ビアンカからのは兎も角、スタンから届いた内容。別行動になっても情報屋の敏腕っぷりは相変わらず。手紙にはびっしりとルミディウスの黒い噂や秘密、さらにはイーヴォス達騎士団のことが記されていた。
騎士団──それがイーヴォス達の呼称であり正体。意味のわからんそれにキースは最初首を傾げたが、ジェラルドは腑に落ちていたようで、
「皇国時代のミチェルブルク…話したろ、ラウエンシュタインだ。騎士団総長、そして分家…あいつらは、気狂いでも'姫'なんて呼んで、古臭ぇ'騎士'を続けてる…それが、経緯はわからないが、今はルミディウスの元に…言うなら用心棒だ」
己で導き出した答えを全て話し、チラりと様子を窺う。案の定だがキースは苛立ち、というかそれ以上に不機嫌そうだった。
手紙が届くまでハッキリしていなかったことや、回転式銃のことは知らなかったとも伝えるが、友の怒りは変わらず。彼の怒りは別のことに向いていた。
「…狙われてんのも、気づいてたのか?」
「……それは、」
「なんで黙ってた?隠してたのか?なぁ」
「うるせぇ…話そうと、した。それに…俺だからいい、」
「ざけんな!おいッ、お前だからってなんだ!?一人でどうにか出来るとでも思ったか!?ルミディウスに目ぇ付けられたのは俺の、」
「誰がテメェのせいだッ、自惚れんなチビ…!」
胸倉を掴み合い苛立ち任せに怒鳴る。ジェラルドは傷が痛むのかすぐに顔を歪めてしまい、キースも放してやるが、
「ファンダル…一人で行け」
思いもよらぬ台詞に言葉を失う。
「9…俺が狙いなら、いいだろ。9だ。お前は<羅針盤>探しに、」
「馬鹿言ってんじゃねぇ!置いてけってか?!…あいつら、もしかしたら'水色の眼'の奴かもしれねぇのに!」
「もし、そうなら…俺が殺る。好都ご、……ぶッ殺す…!」
ジェラルドは聞き入れようとせずふらつきながら何処かへ行こうとする。彼はまた心此処にあらずで、鋭いはずの瞳は真昼の霧のように曇って見え…ナニかにトリ憑かレてイルようで…
「あの、お"んな…クラうディぁ…!ぜってぇ、コロす!殺して、やるッ、殺シて…っ…」
「おい…このバカ!」
結局足が縺れ、茂みに倒れ動けなくなってしまう。慌ててキースが起こしてやると身体は火のように熱く、それでもジェラルドは動こうとし、止むを得ず乱暴に口を塞ぎ首を絞め上げる。
彼は暫く踠き抵抗してきたが、辛そうに目を瞑ると大人しくなり、そのまま意識を失った。
(…この大馬鹿木偶の坊!どうしたら…囮とかッ、ざけんなッ!置いてくなんてあり得ねぇ、けど、また迂回する?この怪我じゃ時間かけらんね…クウェントン、ミチェルブルク…引き返したって厳しいし…あいつらも!なにが騎士団だふざけやがってッ…!)
混乱した頭が煩わしい。募る焦燥と怒りを抑え強く目を瞑る。焦ってはダメだ、冷静に、友のように。そいつが今倒れて、俺が何とかしないと!なんとか、落ち着け…
ぐったりと眠るジェラルドの傍ら、キースは手帖を取り出しペンを走らせた。感情任せの書き殴りが段々と落ち着き整っていく。インクが切れて筆跡だけになろうと、同じ単語を繰り返し、繰り返し。
(「とりあえず落ち着け、大丈夫、な?落ち着け落ち着け、冷静に…見せかけだけじゃなく、腹の底から。いいな…」)
また蘇るヘリオットの言葉。腹の底、頭冷やせ、心も落ち着けろ。
(落ち着け…落ち着いて…考えろ……狙いはこいつ…俺は、いいってか…クソっ…落ち着け、落ち着け落ち着け。考えて…死ぬ気で、考えんだ…)
「……!」
不意に音が聞こえ顔を上げる。見えたのは希望というか、閃きというべきか。再びの妙案だった。
息苦しさで意識が戻り、咳き込みながら目を動かす。
どのくらい眠っていたのか、肌で感じる空気からまだ夜だとわかったが目蓋は重く持ち上げられず、手探りで辺りを窺い湿った地面に爪を立てる。何やら聞こえた鳴き声は覚えのあるもので、それが愛馬だと気がつき、ぼやけていた視界がハッキリしていく。
「…キー、ス…??」
目を覚ましたジェラルドの目の前で、キースは嫌がり嘶くライプニッツから荷物を引き摺り下ろしていた。近くにはサーシャの姿もあり、二頭は(というか利口なサーシャのお陰で)主人達の匂いでも辿って来たのか無事なようだった。
「ぉぃ…チビ、言ったろ。さっさと行け」
なんとか立ち上がり歩み寄るが、友は無視しているようで物盗りのように荷物を漁っている。よく見るとそれは自身の荷物で、こいつは一体何をしているのか…
わけがわからずもう一度名前を呼ぶと、キースは返事の代わりに無謀な案を言い出し、ジェラルドの顔色が変わった。
「馬鹿にもほどが…無茶だ!」
「その無茶で上手くいったろ」
「パールのは、助けてもらって…おい…キース!放せ、止めろ!」
止めさせようと怒鳴るジェラルドを捕まえ、大人しく待っているサーシャの鞍に頭を押し付け、さらに両手を手綱で縛ってしまう。
騒ぐジェラルド、と、愛馬ライプニッツ。ライプニッツもこれから何が起こるのか解り、すっかり怯えてしまっていた。
「このお人好しッ、お節介野郎!!」
「あぁどうも…付き合ってやるから、付き合えよテメェも…」
何をどう言おうと今度はキースが聞かずで。彼は暴れ出したライプニッツの手綱を掴み、拳に力を込め、
「おい……おいッ、クソニッツ!」
同じ頃、関所では。
「なんだよ…今日は厳しいな?」
「…此処が襲撃に遭った。四人、死んでな…お前達は何処から、」
「クウェントン、向こうの兵隊さんらと会ったぜ。裏取ってくれてもいいけど」
通常の倍以上の軍兵の多さにセフェリノ達賞金稼ぎは顔を顰め、荷物改めだけでなく身体中調べられ苛立っていた。
彼ら以外にも行商や近隣の村人達まで足止めになり、緊迫した空気に声を潜め合う。殺された兵達は無惨な姿だったようで、小耳に挟んだ賞金稼ぎ達も眉を寄せたが、セフェリノだけは違い、
「なぁあ?まだ?」
「問題無くとも、朝までは通行止めだ」
「じゃあこれなら?」
「……直にクウェントンから応援が来る、それで確認するから。もう少し待て」
詰め寄り銀貨をチラつかせた彼に、軍兵は躊躇いながらも遠回しな通行許可を出し、こっそりと手を出した。セフェリノも苦笑いしながら渡してやるが…
「早ぇとこしてくれねぇかなぁ…疼いてしょうがねぇ…!」
何やら勘づいた彼は柵に凭れかかると焦ったそうに脚を揺すり、既に弾込めしてある回転式銃を弄びはじめた。
──早朝、関所とファンダルの中間地点。
紫の空に陽の光が射し、目覚めて間もない森にも爽やかな風が吹き込む。風に揺れる茂みの中でゆっくりと動く影。二匹の獲物を探す騎士団の同胞達は、馬の嘶きと蹄の音を耳にし息を潜めた。
遠くから向かってくる二頭の馬と騎乗者二人。どちらも外套で顔や姿を隠しているが、見覚えのある漆黒の馬ライプニッツで'野良犬'と<虎の眼の盗賊>だとわかり、全員弓を構え狙いを定める…が、
「ッ、小癪な!」
もう一頭の栗毛馬、サーシャが前に飛び出しキースが煙玉を投げつける。
黒煙に巻かれた同胞達の矢は尽く外れ、二頭は別々の方角へ駆け抜けて行った。
「!どういうことだ…」
「ぃ・たァ♡ジェらルど!」
森の近く、街道沿いの岩場で待ち伏せしていたイーヴォスは、現れたのがライプニッツ一頭のみで眉を顰めた。傍らにいたクラウディアが走り、横切るジェラルド目掛け刃を振るう。しかし彼の剣のほうが早く打ち払われ逃走を許してしまう。
遅れて合図である煙弾が上がり、その奥、木立伝いの迂回路へサーシャが駆けて行くのも見えイーヴォスはさらに混乱した。
「は・早ク!!行こォっ♪」
「'姫'、お待ちを、」
「イーヴォス殿ッ、奴ら別れたようです!」
「如何しますか!?」
追いついた同胞達とクラウディアが揃って声を上げる。現状は想定外、二人揃って逃げ回る姿を想像していたせいで躊躇してしまうが、
「一匹ずつ…'野良犬'から、仕留める!」
彼の言葉が終わらぬ内にクラウディアが馬に飛び付き、同胞が捕まえ同乗させてやる。イーヴォスも急ぎ騎乗し、既に小さくなったライプニッツの後を追った。
首都や北部へと続く街道。全速力で駆けるライプニッツとジェラルド、そして彼を追う騎士団。
緩やかな坂が終わると見通しの良い真っ直ぐな道になり、人影や他の馬の気配は無く、段々と距離が縮んでいき別れ道に差し掛かる。
「先回りしろ!」
イーヴォスが指示を出し、同胞の一人が速度を上げもう一方の道へ入った。別れても丘の上と下で横並びになり、追いついた同胞が上方から弓を放つ。矢がジェラルドの外套を掠めライプニッツが嫌そうに頸を振るが、
「!!ぐあ"…」
ジェラルドが左腕を伸ばし銃を放ち、たった一発の銃弾が同胞の喉元を捉え、落馬した彼はそれ切りとなってしまった。
「!?ぐ、」
「イーヴォス殿!」
「構うな、問題無い…!」
驚いてる間に今度はイーヴォスの肩が撃ち抜かれ、同胞達が矢を放ち応戦する。銃撃は止み矢も届かず、また距離が開いてしまった。
(なんだ今のは…?何か…おかしい、妙だ…!)
熱を帯び血が溢れる肩を押さえながら先を行くジェラルドを殺気を籠めて睨む。睨むのだが…段々と違和感が大きくなっていく。それぞれ一発、正確な狙撃。'野良犬'が銃に長けているとは思えず、外套で姿を隠していることも引っかかり、距離を縮めるべく馬の腹を蹴る。と、
「おい…バカ…っ」
段々とライプニッツの走り方がおかしくなり、苛立ったような声も聞こえてくる。
愛馬はまた頸や腰を振り、主人を振り落とそうとしているようで──不意に横風が吹き、外套が捲れフードが外れた。
「ヤベッ…!」
見えたのは黒髪ではなく、色染めが落ちた赤茶色。慌ててフードを被り直す横顔はキースだった。
「!囮か、小賢しい賊め…!!」
事態が解り思わず舌打つイーヴォス。怪我などお構い無しに矢を数本放つが、キースは暴れるライプニッツをなんとか走らせ、ジェラルドから借りた剣でそれらを打ち払った。
…昨夜、狙いがジェラルドだとわかったキースは、幸運にも戻って来た二頭を見てこの入れ替りを思いついた。昔からの暴れ馬であるライプニッツに乗れるのかかなり不安ではあったが、騎士団はライプニッツに乗る自身をジェラルドだと誤認し、上手いこと食い付いてくれた……結局バレてしまったが。
「ジェ"?!じぇラ"ぁドッ、ァア!?」
ジェラルドではないとわかった途端クラウディアが喚き、騎士団は先を行くキースを無視し馬を止めた。別方向へ逃げたもう一頭が'野良犬'、騙されはしたが目の前の<虎の眼>を先に仕留めるか、イーヴォスはまた迷うが……空気の僅かな変化に彼とクラウディアの五感が働く。
「…もど・ル」
「はい、先ほどの別れ道から行きましょう」
「しかし、ここまで来て……」
同胞が反論しかけ、彼も気がつく。後方、此方へと近づいて来る気配。それは彼らにとっては好都合であった。
「クソが、バレたじゃねぇか…なぁライプに、っぃ"…テメ!この・クソ・ニッツッ!」
一方のキースは不機嫌マックスになったライプニッツと闘っていた。
引き返してしまった騎士団を追うべく自身らも戻りたいのだが、それどころか乗ってるのさえ危うく何度も振り落とされかける。ライプニッツの気難しさは入れ替わりの決行直前までジェラルドが煩く言ってたのだが、それ以上である。きっと昨夜ぶん殴って無理に言うこと聞かせたのもよくない。絶対…
「お"ぃ…わっ、ば!?…頼むから!悪かった、から!大人しくしろぉ!!」
聞いた話だが野生の雄牛狩りはこんな感じらしく、いやいやッ、そんな場合じゃねぇ!
借りたジェラルドの革手袋を掴み、なんとかして顔に近づけてやると、主人の匂いがわかったのかライプニッツは少し落ち着いたようだった。
「あいつが!お前の主人が危ねぇんだ!早く助けに…ッ……」
やっとのことで方向転換出来、嫌々と振られる頸を前に向けさせ、キースも前を向き──見えたものに血の気が引く。
「どうした<虎の眼>、大変そうだなぁ」
「その馬、指揮官殿のだよなぁ」
「なんでお前が乗ってんだろうなぁ」
距離にしてどれくらいか。ヤードなら30…40はあってほしい。
「調教、手伝ってやろうか?カイル」
「…まにあってる…」
手が勝手に動き、手綱を何度も引っ張ってしまう。
大きな道を塞ぐように横一列に並んだセフェリノ達賞金稼ぎ。彼らは下卑た笑いをもらし、嘶き仰け反ったライプニッツへ銃を構えた。
「走れ行けッ!!」「待てよ、おいッ!」
銃声と銃弾が空気を揺らし、取り乱したライプニッツは再び方向転換し勢いよく駆け出した。
先ほどよりも速い走りにキースは驚きながらも、新たに始まった追いかけっこをどうするか必死に頭を働かせていた。
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