/// Tres

陽 yo-heave-ho

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■幕間

3.03.?? お暇

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 パールにて、ビアンカ達が出かけて行った翌日のこと。
「おい、起きろ」
「……ん」
「ん。じゃねぇ、起きろって」
「…んぅ…?っ"…」
「変な声出すな、おい……ジェラルド」
 …………沈黙。
 キースは盛大に溜息を吐き、思い切り眉を寄せ、
「起きろゴラぁッ!」
 怒鳴り掛け布を引っぺがす。また何とも言えぬ声が聞こえ、背けられた頭を殴った。
「手伝うつったのテメェだろ、深酒しやがって中毒者か…って寝るなッ、おきろ・立て!今日配達多いんだよッ、顔洗ってこいや木偶の坊ぉ!」
 最後にもう一度叩くとジェラルドは漸く目を開け…細い目をさらに細くし、不機嫌を顕にした。

 友と一緒に過ごすお暇二日目。
 ジェラルドは早々に生活習慣を崩し、本来の寝起きの悪さを発揮していた──


 半ば落ちるようにして梯子を降り、ドウェインの視線に気がつき頭を下げる。
「ぉはよ、ござぃま、」
「おそよう。ランチにゃあまだ早ぇぞ」
 嫌味で返してきた店主はニヤニヤと笑って、何やら髪を摘んでみせ、自身の寝癖のことだとわかり慌てて顔を洗いにいく。水場でもキアに揶揄われ、ジェラルドは朝(と言ってももうすっかり陽は昇ってるが)から顔を赤くしていた。
「あんたが飲ますからだクソジジィ」
「あぁ、呑める奴が三人も増えてな。お陰で夜が楽しい」
 後から降りてきたキースが睨んでもドウェインは終始笑顔である。
「またやったら中毒者って呼ぶからな!」
「あいつらと一緒にすんじゃねぇや」
 増えてんじゃねぇか!というツッコミは笑い声に消され、一生懸命煙草を巻くネロも吹き出し笑った。
 キースの下戸が相変わらずならジェラルドの酒好きも大概で、酔わないのをいいことに水のように呑み続ける彼は、認定中毒者スタンや悪酔いビアンカよりも質が悪いのだった。

 色違いのバンダナを巻いて戻ってきたジェラルドを捕まえ、カウンターに広げた紙を指し示す。
「お前はこっち、殆ど市場だからわかんだろ指揮官殿。居住区のほうは上から回れよ、時間かかるから。わかんねぇ所はこれ見ろ」
「…ちょっと待て、こんな、」
「俺のが多いんだかんなッ、怪我も治ってねぇのにッ」
 反論を遮られ睨まれる。
 紙は本日の配達リストと街の地図なのだが、その量は素人目からしても多く、ジェラルドも眉を寄せ睨み返した。泊まらせてもらうのだから手伝う、とは言ったが…友は問答無用で扱き使う気満々らしい。
 不満気なジェラルドを無視し、鞄に荷物や手紙を詰め込んでいくキース。今はしっかりと変装しカイルなのだが。ドウェインはというと、もっと沢山の荷物を店先に出し、借り物の荷馬車にそれらを積み込んでいて、この日から彼は南部の村々へ修理の仕事に行く予定だ。
「遠出する時は戸締りしろよ」
「はいよ」
「ネロのこともあんだ、さっさと済ませろ」
「わかってるって」
「一週間で戻るが、テメェまた、」
「大人しくしてる問題ねぇから!…いってらっしゃい」
 不機嫌な弟子は半ば追い出すようにドウェインを見送ると、いってきますとだけ告げ、さっさと配達に行ってしまった。
「…………」
「悪いけど、俺は今日、店番だから…」
 殆ど放置状態となったジェラルドが視線を送ると、不慣れなネロは気まずそうに目を逸らしてしまい、本当に困る。本当に、一人で配達に行けと?
「もうお困りかい?ジェラルド」
 声に振り返ればソファでにっこり笑うキアと目が合い、思わず溜息が出てしまった。


 市場の一角にて。
「…あんた、もしかして基地の、」
「人違いです」
 娼館にて。
「うっそ!あなた、」「!指揮かん、」
「人違いです」
 配達で店や人を訪ねる度にかけられる声を、ジェラルドことジョーは尽く遮り顔を背けた。時には追いかけられもして、笑いを堪えるキアと共に早歩きでその場を立ち去る。
「ふふっ、バレたって大丈夫だろうに」
「いや、基地の奴らに知られたら…」
 何度めかの溜息混じりに返すとキアはさらに笑って、眉間の皺が深くなったのを自覚する。
 軍服など着ていないし偽名なんて使ってるし、髪はバンダナで隠してるし、髭も長いまま残してる(キースに散々雑だの言われてるが)のに。何故バレてしまうのか…不思議でならない。
 今度は港まで漁師を訪ねて行くと、桟橋で遊んでいた子供達に捕まり、
「今日はキースじゃないの?」
「…あいつは、別の…いや…」
 円な瞳にじっと見つめられ眉を寄せてしまう。子供達はガッカリしたのか、大柄な自身に怖がっているのか、そもそもあいつの名前がバレてて良いのか否か。余計気まずくなる。
 するとキアがしゃがみ一人の頭を撫でて、
「大丈夫、大きくて無愛想ってだけで怖くないさ。寧ろ可愛いよ」
「誰がだ?」
 思わず反応するが、子供達の顔が綻び視線も変わる。なんだか見覚えがあると思った時には遅く、
「…兄ちゃんってさ、軍兵の偉い奴だろ?」
「!いや、」
「悪い軍兵捕まえてたの見たぞ」
「父さん達が話してた。基地に強くていい人が来たって」
「ちょ、まて、」
「それ兄ちゃんだろ!なんで軍兵が配達してんだ??」
「待て、違うんだ…はなせ、」
「お兄ちゃんなんて言うの?」「おーい!強ぇ軍兵来たぞぉ!」「ねぇなんで!?」
「…ッ~…!」
 否定する間もなく取り囲まれ、服裾や手を引かれ、さらに子供が増え群がられる。
 顔を真っ赤にして固まる男はとても'氷の男'なんかには見えず、キアは声を上げて笑った。


 昼過ぎ。
「ただい……」
 時間はかかったものの、配達を終え戻って来たカイルは店の状況に言葉を失った。
「おかえりなさい!」
「キっ、じゃねぇな。待ってたぞカイル」
「元気になったって聞いてなぁ、いつもの巻いとくれ!」
「この兄ちゃんのも美味ぇんだけど、物足りなくてよ」
 暇なはずの雑貨屋は珍しく人が多く、全員が常連達で(何故かローズも混ざっている)、彼らはカイルが戻ったとわかるや顔を綻ばせた。その真ん中、カウンターではネロが困った様子でこちらを見ていて、つい笑ってしまう。大方ドウェインが出かけ際に言い振り回しこうなったのだろう。
「まいどどーも…ご贔屓に」
 引き出しを並べ手際よく煙草葉を計り、瞬く間に巻き仕上げていく。
 弟子特製の香りのいい煙草に常連達は満足し、いつもより多く買い込み去って行った。
「悪ぃ、あんま役に立ってないかも」
「んなことねぇ、助かってる。ありがと」
「また配達頼まれたの、行けそう?」
「OK、了解…一服したら…」
 嵐が去ったような店で散らかしたものを片付け、申し訳なさそうなネロにまた笑い、ローズが淹れてくれた冷茶を流し込む。身体はやっと調子を取り戻しはじめ、配達はサーシャの助け無しでもなんとか回り切れた。もう少し体力が戻ればいつもの屋根道も走って行けるだろう。
「飯どうする?腹減ったろ?」
「あぁ…減った」
「あたしが作ったげる!」
「ローズ、この間失敗してたじゃん」
「あれはヴァンのせいよ!」
 甘めの煙を吸い込み味わって、二人の声に耳を傾ける。吹き込んできた風が汗ばんだ身体を冷やし、まだ慣れない耳のカフが擽ったく感じた。
 なんだか違和感。というか、暢気だ。そういえばこんなのは久々だと気がつき、肩の力が抜けていく…

(「クズのクソチビ」)
(「ドチビのくせに」)
(「出しゃばんな、お節介野郎…」)
(「俺がデカイのは認めてやる…お前のチビは?いつになったら伸びるんだ?」)
(「欠食チビ」)

 蘇った記憶、というか悪口の数々。
 あいつとは出会ってからずっと、何かにつけて喧嘩を売り買いしていた。それが楽しみの一つになったのは、もう少し後だった。
「5人分、材料ある?」
「買い出し行ったほうがいいかなぁ…カイル、ちょっと店見ててくれるか?」
「……ん」
「カイル??」
「…あいつ、遅ぇな」
 生返事と呟きに思わず顔を見合わす二人。カイルはじっと扉の外を見つめ、あいつを探しているようだった。
「キアさんも付いてってくれたんだけど」
「んん…」
「心配なら行きなさいよ」
「…べ、つに、心配なんか、」
「耳赤いぞ」
「!?っ…ウソつけ」
 咄嗟に耳を押さえ振り返ると、二人は間近まで迫っていて、
「すっかり元気になって、よかった」
 ローズが言いにっこりと笑う。カイルはつい眉を寄せるが、
「やっぱりまた揉めるんじゃないかって、正直心配してた…けど本当、大丈夫そうだな。今のお前は会った頃と同じいい奴だ」
 ネロも微笑み言って指を差し…気づくと咥えたままの煙草が髭を燃やしそうなくらい短くなっていて、慌てて落とし踏み消す。
「喧嘩したとか仲直りしたとか、よくわかんないけど。キース、前より笑ってる気がする」
「それな」
「不本意だけど、あの軍兵以外も影響してるんだろうし」
「?そうだな」
「…っ…」
 好き勝手言われ言葉が頭の中で反響する。友の話で何故こうなるのか、本当に耳が赤くなった気がした。思った以上に心配させてて申し訳なくなるが、そんな真っ直ぐ言わなくてもと小っ恥ずかしくなる……俺がいい奴なわけねぇし、つーか笑ってねぇし!
「今はあれだ、友達思いのおせっカイル」
「あはは!それいい!」
「やめろよッ、バカ!わけわかんね…だれが、トモ…っっ…!」
 必死に言い返そうとするが余計恥ずかしくなり、誤魔化そうと棚やカウンターを漁るが、二人共見透かし追いかけてきて顔を覗かれる。
 カイルがまた声を荒げると、雑貨屋は楽し気な笑い声に包まれた。


 その頃ジョーとキアは、坂道や階段を上がり高台の居住区を回っていた。しかし途中からキアの咳が酷くなり、ジョーは足を止めてしまった彼女を階段に座らせ、背中を摩ってやった。
「先に戻ってろ、後は一人でやれる」
「…いいの、大丈夫…お日様の下に、いたほうが…調子がいいんだ」
 そう言われても心配は拭えず、呼吸はまだ苦しそうで顔を覗く。興味は無くとも美人だと思う彼女の顔は、明るい外でも血色が悪そうに見え、遠い記憶と重なった。
「重いんじゃないのか?…俺の母も似たような病いで、そのせいで死んだ」
「そうだね…同じ病気かも」
「!なら、」
「大丈夫さ。本当に……長くないんだよ」
 ハッキリと答え笑ってみせるキア。ジョーは驚いたような狼狽えた様子で、ちょっと可笑しくなってしまう。
「どうして、って顔してる」
「…ネロ達を手伝ったのも聞いた」
「これでもお節介でね」
「なんで、そこまでして…あいつと何か……?」
 眉を寄せたジョーの肩を支えに立ち上がり、数段降りて振り返る。雲の合間から光が差しキアを照らして…その姿にはっとした。
キースあのことは色々あってね。やっと会えたから、ちょっとでも助けたくて…出来るだけ、一緒にいたいんだ」
 そう言って口元に指を当て笑う彼女は、別の記憶と重なり確信に変わっていく──

(「お前、それ!寝癖やばっ」)
(「…黙れチビ」)
(「壁に頭ぶつけるわ寝坊するわ、木偶の坊は大変ですねぇ」)
(「いい加減にしろ、この、」)
(「おは…っぶふ!」)(「…イメチェンか?」)
(「あはははは!マジ鏡見ろって!」)

 こんなタイミングで、何故この場面なのか。
 それでも言い合った後のあいつは、晴れた空のように笑っていた。子供っぽく無邪気さが残るいい表情で。
「内緒だよ、黙ってておくれ」
「……」
 誰に、何を、と追及したくとも言葉に出来ず、ただ見惚れてしまう。似ているのは髪色だけじゃない。顔立ちも無邪気な笑顔も、二人はそっくりだった。

 不意に風が吹き、配達前の手紙が飛びそうになり慌てて鞄ごと押さえる。強いわけでもない悪戯な風は雲を流し、眼下の街が明るくなった。
「んん…いいねぇ、気持ちいい風だ」
 ポカポカした日差しを浴び、キアも調子を取り戻し、また風が吹く。
「…!…」
 人気の無い階段は風の音に包まれ、微かに人の声や音楽が耳に届き、街も海も太陽を浴び輝いていて……美しい。
 いつもの街のいつもの景色の筈なのに。肌で感じ目に映る全てが心地良く、新しい世界に踏み入ったような、心が洗われたような不思議な感覚になる。
「あたしのことはいいから…感想、聞かせておくれ」
 いつの間にかキアが隣にいて、けれど視線はまた目の前に戻し、ゆっくりと息を吐く。
「…こんなふうに、見たことなかった」
「綺麗かい?」
「あぁ、とても…こっちに来てから、ずっとバタバタしてた気がする。正直街のことなんか…」
 言い淀みまた思い出す。それはハリソンと過ごした日々。
(「いい所ですよ、此処は。この格好で出歩くと身構えられちゃうんですが…それでも守りたいと思える街です」)
 雪山の一件からパールに戻り、仕事の合間に聞いた話。ハリソンだけでなく捜索隊も他の兵達も、本当はパールを愛している者が多いと感じた。
 なのに…自身は頷くだけで耳を傾けず、何も見ていなかった。
「いい所だな、此処は。綺麗だけじゃない、街の人も…ドウェインさんやあなたのように、優しい人が多い。なのに馬鹿な軍兵やつらが偉そうに振る舞って…俺も、自分のことしか考えてなくて…本当にバカな話だ」
「おやおや、熱いねぇ?」
「…軍人だから」
 景色を見つめる眼差しが真剣なものに変わり、真っ直ぐな言葉に心が擽ったくなる。指揮官だからと言わないのも彼の良い所。自身のことしか考えていないと言うが、正しさを貫こうとするジェラルドの働きぶりは、着実に影響しはじめているのに。
「謙虚過ぎもよくないよ」
「?」
「気の持ちようさ。あんたの心が穏やかだから、世界も違って見える。抱えてることや辛いことがあっても、穏やかで在ればいい。今のあんたは…ちゃんと前を向いてる」
 キアが微笑んでみせると、ジョーは一瞬目を丸くし、そして顔を綻ばせた。
「そうだな…」
 珍しく笑った彼の背をポンと叩いてやる。
「さっさと終わらせよう、お腹空いちゃったよ」
「…ああ、欠食チビがいるしな」
「おやぁ」
「全部食われるぞ」
「おやまぁ、そりゃあいけないねぇ♪」
 気持ちのいい風が吹く中、二人は配達を再開した。
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