/// Tres

陽 yo-heave-ho

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□海篇 The Pirates and Secret Treasure.

2.08.5 溜りゆく闇

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 30日目──旗艦、ソロウの船室にて。
 夕暮れの日差しが部屋を照らす中、ソロウは不機嫌そうに怒鳴り声を上げていた。
「この役立たずが、何故白状させない!?それでも実の親子かッ」
 相手はオーウェンで、彼はうんざりとした様子で眉を寄せた。親子呼ばわりが嫌だったのか、彼も不機嫌を顕にしている。
「悪かったな…ってかさ、捕まえんのが俺らの仕事だろ。拷問は閣下達でやれよ」
「作戦は失敗しただろうッ、船も損害を受けた!貴様らのせいで、」
「あ"?」
 低い声で凄まれ思わず息を呑む。周りにいた軍兵達も慄き銃を握る手に力が籠る。
 ルミディウスに紹介され手を組んだものの、ソロウにとってオーウェンは脅威でしかなかった。協力者とはいえ所詮は海賊、立場は明らかに自身のが上だが…何を仕出かすかわからない目の前の札付き海賊が本当は恐ろしくて堪らず、こうして誰か一緒でなければ話も出来ないのだった。
「っ…と、ととッ兎に角!協力しろ!このままでは何もわからんまま斬首だッ」
「…温いな、火刑にしろよ」
 指差しまた怒鳴るソロウ。ビビっているのが丸わかりでオーウェンはニヤりと笑った。丸々肥えて滑稽な豚男。キースは禿げ狸と呼んでたが、確かにその通りだ。
「我が国の私掠船になるなら!今からしっかり働け!陸は近いッ、もうすぐ帰港だ!」
「…そうだな」
 私掠船と言われまた眉を寄せる。軍兵相手にぶつくさ言いはじめたソロウを眺めながら、頭を巡らせる。
(何が私掠船だ…ただの口約束になんの力がある?全部終わったら、どうせ俺らの首も取るくせに…)
 ソロウと手を組む上で交わした私掠船の話。それはバルハラ共和国からの正式なもので、一味の捕獲討伐の協力報酬であり、裏切りに賛同した者達の多くがこの話目当てだった──が、首謀者オーウェンは一切信じておらず。最初にこの話を持ち出したルミディウス自体、疑っていた。
(「オーウェン、これは運命だ。天が君を私に導いてくれた…素晴らしいよ」)
 ルミディウスと出会ったのは5年前。陸の酒場で偶然聞こえた話に勝手に加わり、今に至る。<大海賊ラッカム>と<王族の時計>、あの貴族上がりの軍人は会う度に語っていた。
(「君は父親への復讐、後にバルハラの私掠船船長として職務を得る。閣下と私は軍の強化、そして、失われし秘宝を手に入れる…悪くないだろう?お互いに利益のある話だ」)
 ソロウも入れて三人、この間初めて集い言われた言葉。誓約書代わりの羊皮紙を渡されたが、バルハラ側の署名はソロウだけ。その時から既に悟っていた。
(上手く利用したつもりなんだろうが…違う。俺がお前らを、利用してんだ…)
 兵が一人横をすり抜け出て行く。
 漸く怒りが収まったらしいソロウと目が合い、ほくそ笑む。目の前の狸もあの狐野郎も、使えるだけ使ってやればいいと、オーウェンは苛立つ自身に言い聞かせていた。

 お叱りは終いになり船室を後にすると、甲板で待ち構えていたジェラルドに睨まれる。相変わらず物騒な目に射抜かれ自然と頬が緩む。
「盗み聞き?趣味悪」
「…私掠船の話、間に受けてるのか?」
「っせぇなぁ、勝手に妄想してろよ…」
「まだ何か企んでんのか…簡単に食いつくほど、安くねぇだろテメェは」
「なにそれ、褒めてくれてんの?」
 互いに歩み寄り間近で睨み合い、殺気がぶつかる。最近になって知ったジェラルドの本性にオーウェンは笑みを深め、溜まっていく苛立ちをどうぶつけてやろうか考えるが…
 マストのほうから声が聞こえ、揃って振り返る。声の主は兵達と、彼らに引っ張られて来たキースだった。
「!なにを、」「待てよ」
 驚き駆け出そうとしたジェラルドを阻み、右腕を捕まえる。
「どうしたデュレー、あの盗人か?これから大事な尋問だろ」
 笑いながら言うと睨みが一段と強くなり、殺気も色濃くなった。振り解こうと暴れる腕に意地悪く力を込めてやる。
「…<虎の眼>はまだ治療中だ、このまま続ければ、」
「死ぬかもな、だから?いいだろくたばったって。手がかりなら親父もいる。喋んねぇのが悪いんだし、お前も散々苦労させられた'こそ泥'だ」
「…ッ…」
 ジェラルドの眉間の皺が深くなり、冷たいはずの黒い瞳が揺れ動く。彼は今にも牙を剥き出しそうなほど感情を顕にしていて、いつもの涼しげな顔がだだ崩れ…傑作だ!ストレス発散にちょうどいいや。
 叫び声が聞こえ兵達の笑い声も続く。どうやら鞭だけではなく鎖も使っているようで、もはや尋問でも拷問でもなく、ただの暴虐だった。
「いい声。あいつら楽しそうだな」
 敢えて視線を逸らせば舌打ちが聞こえ、捕まえた腕が力み震える。
「放せ」
「もう少しお喋りしようぜ」
「殺すぞ」
「どーぞ殺れるもんなら。そんなに気になんのか?」
 左腕が乱入してきて、しばし組み手のようにやり合う。ジェラルドが自ら右腕を捻りやっと振り解くが、
「あぁ、それとも、助ける理由があんのかな?お前ら意外と…仲良さそうだしなぁ?」
 背を向けた一瞬のうちにオーウェンが銃を抜き、今度は左腕を捉えた。
 銃口が指しているのは二の腕、ではない。シャツで隠している刺青だと解り、愉しそうに笑われもして、緒が切れたジェラルドは怒りのままに銃を掴み上げる。と、
「<昇り竜>!何してる!?」
 割って入ってきたハリソンが二人を引き離し、オーウェンに剣を向けた。彼は思わず舌打つが大人しく銃をしまい、
「デュレー、今度聞かせろよ。お前らの秘密♪ふははッ」
 汚い笑い声を上げながら、自身の船に戻って行った。

 ハリソンは思わず息を吐き辺りを窺い、幸い誰にも見られていないとわかると深い溜息をもらした。傍らではジェラルドが積荷に凭れかかり、頭を押さえ俯いていて…心配になり顔を覗くと逃げるように去って行き、
「なぁ!まだ何か…隠してるのか?」
「……あ?」
「いや、あいつの…<虎の眼>を見てて、そう感じた」
「…聞きゃいいだろ、本人に」
 足は止めても振り返らず、まだ収まっていない怒りのままに告げられ、ハリソンは口を閉ざしてしまう。ジェラルドもそれ以上何も言わず行ってしまった。
 いつもとは違う彼の様子に不安が募る。オーウェンとのいざこざもだが、段々とマズいことになっている気がした。
(あんな表に出して、感情殺しはどうした?いつもみたく無表情でいろよ…)
 協力すると誓った。が、今のジェラルドを見ていると気持ちが揺らぐ。出来る限り旧友を守りたいと言った彼は、墓穴を掘ろうとしている。これまで抑えられていた内面は不安定で危なっかしく、見てられない──
 兎に角今は予定外の尋問をどうにかすべく、ハリソンはマストへ向かった。


 ──30日目の終わり、31日目。ジェラルドの寝床にて。
 一人きりの狭い寝床に横になり、揺れる灯りをぼんやりと眺める。翌朝も早くから仕事で休みたいはずなのに、眠れず。時折吹き抜けていく潮風が扉代わりの布を揺らした。
 夜当番の兵達の足音が聞こえる度ハリソンが来たのではと期待したが、今日のあれでは来ないだろうとも思い溜息をもらす。
(バカだ、熱くなって…くたばれ…ハリソンにも、ちゃんと謝れ…クソ野郎)
 何度目かの己への怨言を思い浮かべ、苛立ちに変えていく。胸に溜まった黒い感情は暴れたりせず、只管溜まっていくだけ。いつものようにコントロール出来ている、問題ない。今日がおかしかっただけ。明日からまた、やれる。
 蝋燭の火が消えかけ、そのまま消してしまおうとするが、近くにあった物に目を奪われ手を止める。ジェラルドは起き上がると新しい蝋燭に火を点け、傍らに置いてあったキースの持ち物を手に取った。
 幾つもある革袋を探り、目当てのものを見つけ咥える。没収してもう一月も経つせいか煙草は湿気っていて、それでも懐かしい香りがして顔が綻ぶ。
「…!ケホ!げほッ、ぅ…」
 火を点け吸った途端咽せてしまう。香りも味も懐かしいが未だに慣れない。正直美味くもない。こんな毒のような煙をはよく吸ってるもんだと思い、つい苦笑いする。
 さらに手を伸ばし他の物を引き寄せる。包んでいた布が捲れ、何かの破片らしきものが転がり落ちたが…意識はキースの手帖に夢中で、その表情は辛そうに歪んでいたのだが、本人は気づいていなかった。
(こんなに、ボロボロにして…書き足してる?…<炎庭>に…<ロレンス家の櫃>、ミチェルブルクのか。あいつが見つけて、もっと詳しく書いたってことか…)
 所々擦り傷が付いた革の手帖。中身の紙もボロになりはじめていて、それでも何度も読んだり書き込んだ痕跡を見つけ心が解れていく。一番擦り切れている頁は、やはり<王族の時計>だった。
 裏切り者の女海賊(オーウェンとデキてるようだ)が言ってた通り、あいつは地図のことで何かを掴んだ。恐らくだが、ラッカムと同じく<王族の時計>に関わる秘密。口を閉ざしているのは<時計>のことだからか、それとも──
(…これまで、壊して)
 布に包まったままのもう一つを取り出す。それはキースの六連回転式銃シックスリボルバーの亡骸で、先日の戦いで壊れた銃は回収だけされ、他の持ち物と一緒にジェラルドが預かっていた。床に転がった破片を拾い、パズルのように並べてみる。完全に割れ所々砕けてしまった銃把。元あった印も番号も、とっくに擦り切れていて、わからない。
(どれくらい直した?癖まで真似してたな。相変わらず器用な奴…でも、……)
 綻んだ表情がまた曇っていく。<虎の眼の盗賊>がこの銃を持つことはもう無いのだと思った途端、胸が騒つき思わず目を伏せる。
 短くなった煙草を床に落とし踏み消す。焦げ跡が付いた床板の、下、そのさらに先…彼は今どうしているか考え、無意識に眉が寄る。
(これでいい、黙ってるあいつが悪い。でなきゃ共倒れ…あいつを踏み台にして?違う、あいつが、悪いんだ…盗みなんか…)
 こうなることは解っていた。捜索隊に加わったのは偶然だし、艦船隊の一員としてあいつと巡り会ったのも偶然。南部に来ても関わるつもりはなかった、あいつもそうだろう。それでも、俺達はまた会ってしまった…だから…兎に角、自身で捕まえることだけを考え助けたりもした。その先に未来が無いことも、解っていたのに…
「…あの時おれが…」
 引き止めていれば。
 記憶が蘇り、頭の中に風景が広がる。降っていないはずの雨音が聴こえた気がした。
(「何も変わんねぇんだよ!!全部ッ、お前のせいで死んだのも!!この、……」)
「……ッ」
 それまで大人しかったはずの黒い感情が揺れはじめ、波立っていく。
(「…殺してくれ」)
(「…できねぇ」)
 抑えようとしても利かず、コントロールできない。真っ黒な闇が大きな波のように畝り、呑み込まれそうになる。
(なんで、止めなかった?あんなこと言って…怖かったのか?ッ、ふざけんな…お前が、止めてれば…!)
 自身が引き止めていれば、キースは盗賊になんてならなかった。そうしたら今も変わっていた。こんな、そこらの罪人と同じような扱いを受けて、死にかけて……

 あいつを賊にしたのは、俺だ──

 煙や潮とは違う鉄臭さが鼻につく。気がつけば両掌が真っ赤に染まり、銃にまで血が滴っていた。思わず息を吐けば全身の震えにも気がつき、動揺する。今日の自身はおかしい。
 銃を包んでいた布で乱雑に血を拭い、握り締めてしまったことで食い込んだ銃把の破片を取り除く。棘に似たチクリとした痛みが、酷く痛いものに感じられた。
(「熱くなるなよ、ジェラルド。お前は賢いんだから。俺なんかが暴走した時はちゃーんと止めてくれ」)
 また蘇った記憶に騒めきが激しくなる。記憶の中で笑う人物に会いたくて、縋り付きたくて、そして逃げたかった。
(教えてください、わからないッ…あなたみたく出来ない…どうしたらいい?どうすればよかった?…このままじゃ、キースが…!)
 手帖や銃が音を立てて床に落ち、弾倉が外れ乾いた音とともに回った。
 ジェラルドは頭を抱え蹲り、闇を抑えるべく必死に心を落ち着かせた。


 その頃。
 また救護室送りとなったキースは熱に魘されていた。今日受けた暴行の傷は然程酷くはなく、しかし開いてしまった背中の傷が膿みはじめ、熱まで出しこれだ。
 船医が休めるように介抱を変わったハリソンは、眠るキースを観察しながら頭を巡らせていた。考えているのはジェラルドのことで、夕方以降謝るタイミングを逃してしまいどうしようかと悩んでいた。
「?どうした…」
 何やら声が聞こえ振り返ると、キースが譫言を呟いていて、上手く聞き取れず耳を寄せる。彼の声は結局掠れていてわからず、止めろという単語だけが聞き取れた。
 甲板から鐘の音が聴こえ、小さな窓から外を確かめる。真っ暗な海でもわかる島影、灯台の小さな灯り。また一つ諸島を過ぎて行く。天候にも恵まれたから陸はもうすぐ…もう、終わるのだ。
(…念願、叶った。結果捕まえたんだ。皆もきっと喜ぶ)
 これまでのことを思い出し、また振り返り見る。ずっと追いかけて来た盗賊が今目の前にいる。何度も傷つき熱を出し苦しんで、辛い日々を過ごして。このまま口を割らなければ、こいつはどうなるのか。尋問を諦めて即斬首?高額首になったから、元首の所へ連れて行ってからだが。それとも'閣下'がまた暴挙に出るか?
(「聞きゃいいだろ、本人に」)
 ジェラルドの言葉を思い出しつい苦笑いしてしまう。久々に睨まれた…彼も辛そうだった。
「もっと知りたい、お前達のことを…何を隠してる…?」
 手を伸ばし額を冷やしていた布を変えてやる。
 足を突っ込んだ以上このままには出来ない。最後まで手伝いたいし、とことん詮索させろとも思う。ジェラルドの目的、そして恐らく、目の前の彼の目的も同じで、それはまだ果たせていないのだから。
 呟きが聞こえたのかそうでないのか、キースは一瞬眉を寄せ吐息をもらした。
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