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■幕間
2.03.2.5 同じ穴の…
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キース達がラッカム一味のアジトに着いた頃…バルハラ、パールにて。
怪我が治りすっかり元気になったサーシャは、イザベラに連れられパールに戻っていた。そして特にやる事もなく(仕事もない)暇なイザベラは、またパールでのんびりしていた…パールの、ドウェインの雑貨屋で。
「…また来たのか」
「いいじゃない、暇そうだし」
「娼館じゃねぇぞここは」
「だーかーら、あたしは荷運びが仕事なんだってば」
「どうだかな」
店に入って来たイザベラを見て、ドウェインはあからさまに嫌そうな顔をした。彼女はお構いなしにカウンター席へ座り、煙草の山から勝手に一本取り火を点けてしまう。毎度来る度ファッションの一部のように煙草を燻らす彼女。代金は今のところ払ってはいるが、もう一週間も続けて来ていて…ドウェインは飽き飽きしていた。
イザベラがサーシャを連れて来た時、大まかながら事情は聞いたものの、素性がハッキリしない彼女は怪しさたっぷりで、仕入先(本当は商売敵に近いが)であるハヤブサの知り合いという言い分も疑っていた──
しかし、疑っているのはイザベラも同じで…
一月程前この街を脱出した際、どういうわけかキースとビアンカを上手く逃した老人。ハヤブサからは'パールの番人'としか聞いておらず、連日暇そうにしている彼の謎は深まるばかりだった。
不意に開けっ放しの扉が叩かれ、二人組の軍兵が現れる。互いに観察し合っていた二人が揃って目を向けると、一人がカウンターに近寄って来て、
「雑貨屋ってのは此処か?」
「…だったらなんだ」
店内を見回しながら問われドウェインは一瞬眉を寄せる。地代取りではなさそうだが、面倒な予感がした。
軍兵は嫌がられている空気がわからぬのか、布で包まれた物を出して見せ、
「鍛冶屋に聞いて来たんだ、銃の修理はこっちのが上手いって」
「煙草も売ってるのか。幾らだ?」
もう一人の軍兵もカウンターを覗き、籠の中の煙草を物欲しそうに眺めた。
事情がわかり溜息を吐くドウェイン。パールの軍御用達の鍛冶屋が偶にやるこれ。雑貨屋で銃の修理が出来ると知られて以来、難しそうな仕事は勝手に話し回してくるのだ。
ドウェインは流し目で様子を窺うイザベラの横をすり抜け、前に出て、
「悪いがうちは軍兵お断りでね。他所へ行ってくれ」
身長差で見上げる形になったが、毅然とした態度で言ってのける。煙草を物色していた兵が眉を寄せ口を挟もうとするが、目の前の兵が宥め、
「…金はちゃんと払う。四挺もあって、困ってるんだ」
そう言うと頭まで下げられ、一瞬驚く。これまで見たことも聞いたこともない態度だったが…ドウェインは何やら察し、ほくそ笑んだ。
「この街はお断りが多くて、他所なんか行けねぇよ。ノクシアまで行けってのか?」
結局もう一人が口を挟み、ずっと聞いていたイザベラはつい苛立ってしまう。
「ちょっと。断られるのはあんた達が、」
「止せ」
振り返り声を上げた彼女を止め、ドウェインは手を出した。
「仕方ねぇからやってやる。一挺銅貨10枚。弟子が不在でな、時間かかるぞ」
「!本当か、ありがとう!」
ドウェインの返答に兵は顔を綻ばせ包みを渡した。解き中を見てみれば確かに小銃が四挺。大きな破損も無さそうでドウェイン一人でなんとかなりそうだった。
「急ぎじゃないんだが、5日くらいで出来るか?基地まで配達も頼みたい」
「あぁ…そんなにはかからねぇ、届けてもやる」
「値は大丈夫だが、腕がいいのに銅貨10枚?」
「それでも高ぇって言う奴はいる。運賃もキッチリ付けとくさ」
さっそく銃を観察しながらイザベラを指差す。目当ては彼女の席の近くにある帳面のようで、イザベラは兵に渡してやる。ドウェインはもう一人と煙草の話をしはじめるのだが…
「!」
煙草の包みを請け負ったイザベラの目がある一瞬を捉える。帳面に名前や所属を書く兵。の、ズボンのポケット。瞬きにも満たない間で何かが動き、消えた。
帳面を書き終え、もう一人も煙草を買えて、軍兵二人はすっかり満足気だ。
「本当に助かる、じゃあよろしく」
軽く手を振り出て行く軍兵を見送る。
扉からこっそり覗き、本当に去ったとわかると、イザベラは振り返り微笑んだ。
「…優しいわりに、いい手だこと」
そう言われたドウェインは素知らぬふうだったが、イザベラは確かに見たのだ…あの一瞬、老人の手がスリを働いたのを。
ドウェインはカウンターに布を広げ、四挺の銃を丁寧に扱い並べていく。皺が多い指の合間から銅貨が三枚転がり落ち、煙草の籠に当たり止まった。ポケットの中にはまだ入っていたようだが、パールの軍兵達は最近になって行儀が良くなり、今日もそれを垣間見ることが出来た。だからこれで勘弁してやる。
「お前さんこそ…顔以外は随分、年季が入ってんじゃねぇか」
席に戻ったイザベラへ視線を送る。ドウェインの目は彼女の顔、ではなく、袖を捲り露わになった二の腕を捉えていて、そこには美人な彼女には似つかわしくない傷が幾つもあった。
イザベラも視線に気がつき袖を下ろしてしまう。普段は恥ずかしくて隠しているのだが、夏場は暑さに負けて捲ってしまいがちで、誤魔化すようにまた煙草を手に取る。
「まぁいいじゃない。誰だって突かれたくないことの一つや二つ、あるでしょ」
「そりゃそうだ」
咥え煙草で言えばドウェインはくすりと笑い、それ以上詮索してこず。彼も煙草に火を点け銃の修理を始めた。
不意に思い出し頭を巡らせる。ハヤブサが言っていた'パールの番人'…ともう一つ、他で聞いた噂話。
南部でパールだけが軍に反旗を翻し、それでも北部のような内乱に至らない理由。それは一昔前に南部を荒らしに荒らした大盗賊──知る者は頑なに義賊と呼ぶ、その盗人がパールを陰で見守り、時には働いているからだと。
イザベラの勘が働く。こういう時自身の勘は冴えているのだ(所謂女の勘以上だと思う)。なんとなくだが親近感を感じなくもない、同じ穴の何ちゃらと言うし。そう思いながら、彼女はカウンター越しに顔を寄せ、まじまじとドウェインを観察した。
「前言撤回。ドウェインさん…もしかして、思ってた以上にすごい人?なーんか同類の気配がするのよねぇ?」
……沈黙、無視といったところか。でも残念、これでも持久力はあるんだから。
負けじと見つめ続けているとギロっと目が動き、弟子と似た鋭い睨みが返ってきて、
「勘繰る暇があったら働け…露店通りの豆屋、代済みだ。荷運びなんだろ」
ドウェインはそう言って、カウンター下から重そうな木箱を持ち上げ、ドスン!とイザベラの前に置いた。
直後、イザベラは不平不満をもらすのだが、二人のこうしたやり取りはさらに数日続くこととなる。
怪我が治りすっかり元気になったサーシャは、イザベラに連れられパールに戻っていた。そして特にやる事もなく(仕事もない)暇なイザベラは、またパールでのんびりしていた…パールの、ドウェインの雑貨屋で。
「…また来たのか」
「いいじゃない、暇そうだし」
「娼館じゃねぇぞここは」
「だーかーら、あたしは荷運びが仕事なんだってば」
「どうだかな」
店に入って来たイザベラを見て、ドウェインはあからさまに嫌そうな顔をした。彼女はお構いなしにカウンター席へ座り、煙草の山から勝手に一本取り火を点けてしまう。毎度来る度ファッションの一部のように煙草を燻らす彼女。代金は今のところ払ってはいるが、もう一週間も続けて来ていて…ドウェインは飽き飽きしていた。
イザベラがサーシャを連れて来た時、大まかながら事情は聞いたものの、素性がハッキリしない彼女は怪しさたっぷりで、仕入先(本当は商売敵に近いが)であるハヤブサの知り合いという言い分も疑っていた──
しかし、疑っているのはイザベラも同じで…
一月程前この街を脱出した際、どういうわけかキースとビアンカを上手く逃した老人。ハヤブサからは'パールの番人'としか聞いておらず、連日暇そうにしている彼の謎は深まるばかりだった。
不意に開けっ放しの扉が叩かれ、二人組の軍兵が現れる。互いに観察し合っていた二人が揃って目を向けると、一人がカウンターに近寄って来て、
「雑貨屋ってのは此処か?」
「…だったらなんだ」
店内を見回しながら問われドウェインは一瞬眉を寄せる。地代取りではなさそうだが、面倒な予感がした。
軍兵は嫌がられている空気がわからぬのか、布で包まれた物を出して見せ、
「鍛冶屋に聞いて来たんだ、銃の修理はこっちのが上手いって」
「煙草も売ってるのか。幾らだ?」
もう一人の軍兵もカウンターを覗き、籠の中の煙草を物欲しそうに眺めた。
事情がわかり溜息を吐くドウェイン。パールの軍御用達の鍛冶屋が偶にやるこれ。雑貨屋で銃の修理が出来ると知られて以来、難しそうな仕事は勝手に話し回してくるのだ。
ドウェインは流し目で様子を窺うイザベラの横をすり抜け、前に出て、
「悪いがうちは軍兵お断りでね。他所へ行ってくれ」
身長差で見上げる形になったが、毅然とした態度で言ってのける。煙草を物色していた兵が眉を寄せ口を挟もうとするが、目の前の兵が宥め、
「…金はちゃんと払う。四挺もあって、困ってるんだ」
そう言うと頭まで下げられ、一瞬驚く。これまで見たことも聞いたこともない態度だったが…ドウェインは何やら察し、ほくそ笑んだ。
「この街はお断りが多くて、他所なんか行けねぇよ。ノクシアまで行けってのか?」
結局もう一人が口を挟み、ずっと聞いていたイザベラはつい苛立ってしまう。
「ちょっと。断られるのはあんた達が、」
「止せ」
振り返り声を上げた彼女を止め、ドウェインは手を出した。
「仕方ねぇからやってやる。一挺銅貨10枚。弟子が不在でな、時間かかるぞ」
「!本当か、ありがとう!」
ドウェインの返答に兵は顔を綻ばせ包みを渡した。解き中を見てみれば確かに小銃が四挺。大きな破損も無さそうでドウェイン一人でなんとかなりそうだった。
「急ぎじゃないんだが、5日くらいで出来るか?基地まで配達も頼みたい」
「あぁ…そんなにはかからねぇ、届けてもやる」
「値は大丈夫だが、腕がいいのに銅貨10枚?」
「それでも高ぇって言う奴はいる。運賃もキッチリ付けとくさ」
さっそく銃を観察しながらイザベラを指差す。目当ては彼女の席の近くにある帳面のようで、イザベラは兵に渡してやる。ドウェインはもう一人と煙草の話をしはじめるのだが…
「!」
煙草の包みを請け負ったイザベラの目がある一瞬を捉える。帳面に名前や所属を書く兵。の、ズボンのポケット。瞬きにも満たない間で何かが動き、消えた。
帳面を書き終え、もう一人も煙草を買えて、軍兵二人はすっかり満足気だ。
「本当に助かる、じゃあよろしく」
軽く手を振り出て行く軍兵を見送る。
扉からこっそり覗き、本当に去ったとわかると、イザベラは振り返り微笑んだ。
「…優しいわりに、いい手だこと」
そう言われたドウェインは素知らぬふうだったが、イザベラは確かに見たのだ…あの一瞬、老人の手がスリを働いたのを。
ドウェインはカウンターに布を広げ、四挺の銃を丁寧に扱い並べていく。皺が多い指の合間から銅貨が三枚転がり落ち、煙草の籠に当たり止まった。ポケットの中にはまだ入っていたようだが、パールの軍兵達は最近になって行儀が良くなり、今日もそれを垣間見ることが出来た。だからこれで勘弁してやる。
「お前さんこそ…顔以外は随分、年季が入ってんじゃねぇか」
席に戻ったイザベラへ視線を送る。ドウェインの目は彼女の顔、ではなく、袖を捲り露わになった二の腕を捉えていて、そこには美人な彼女には似つかわしくない傷が幾つもあった。
イザベラも視線に気がつき袖を下ろしてしまう。普段は恥ずかしくて隠しているのだが、夏場は暑さに負けて捲ってしまいがちで、誤魔化すようにまた煙草を手に取る。
「まぁいいじゃない。誰だって突かれたくないことの一つや二つ、あるでしょ」
「そりゃそうだ」
咥え煙草で言えばドウェインはくすりと笑い、それ以上詮索してこず。彼も煙草に火を点け銃の修理を始めた。
不意に思い出し頭を巡らせる。ハヤブサが言っていた'パールの番人'…ともう一つ、他で聞いた噂話。
南部でパールだけが軍に反旗を翻し、それでも北部のような内乱に至らない理由。それは一昔前に南部を荒らしに荒らした大盗賊──知る者は頑なに義賊と呼ぶ、その盗人がパールを陰で見守り、時には働いているからだと。
イザベラの勘が働く。こういう時自身の勘は冴えているのだ(所謂女の勘以上だと思う)。なんとなくだが親近感を感じなくもない、同じ穴の何ちゃらと言うし。そう思いながら、彼女はカウンター越しに顔を寄せ、まじまじとドウェインを観察した。
「前言撤回。ドウェインさん…もしかして、思ってた以上にすごい人?なーんか同類の気配がするのよねぇ?」
……沈黙、無視といったところか。でも残念、これでも持久力はあるんだから。
負けじと見つめ続けているとギロっと目が動き、弟子と似た鋭い睨みが返ってきて、
「勘繰る暇があったら働け…露店通りの豆屋、代済みだ。荷運びなんだろ」
ドウェインはそう言って、カウンター下から重そうな木箱を持ち上げ、ドスン!とイザベラの前に置いた。
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