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□陸篇 Catch Me If You Can.
1.09.3 探し人
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ノクシアを出て三日──
四人は隣国リンブルの関所へ辿り着く。バルハラとは異なり荷物改めは緩く、スチュアートから貰った通行証を見せ高めの通行料を払い、無事にリンブル領へ入ることが出来た。
「やっとだなぁ、なんとかなった」
「そうだな」
「帰りはどうする?」
「…あっちで騒いじまったし、暫くこっちで稼ぐ」
「だな…」
手綱番をしながら言葉を交わすスタンとカイル。スタンが荷台を振り返れば相変わらずの静けさで、エドもイザベラも干し肉で腹を満たしているがどちらも無言。どちらかというとエドが遮断している状態で、それはあの夜からずっと続いていた。
イザベラが視線に気がつき、顎で呼ばれ二人のもとへ近寄る。
「デニスって奴どこに居んだ?」
「知らないわ」
「あぁ?」
「リンブルで会うのは初めてなの、前は別のとこだったし」
「わかんねぇならどうすんの?」
「当てくらいあるわよ。街まで行って」
予想外の返答に二人共も顔を顰める。街まで行けと言われてもあまり土地勘がないわけで。
「大丈夫!鳥の看板の店を探して」
「鳥?」
「そう、ウミネコ商会。交易商よ」
「…ウミネコ…?」
なんか聞き覚えがある。カイルの眉間の皺が深くなるが、
「ここでいいよ…降ろして」
久々のエドの声に三人が一斉に振り返ると、彼はいつの間にか真後ろに立っていた。
「?ここでって…街までまだあるぞ」
「歩く」
「エド、」
「イザベラも、ここまでで大丈夫。ウミネコ商会だろ、一人で行く…ありがと」
思わず苦笑いするスタンとイザベラだったが、エドは暗い表情のままで、カイルはつい苛立ってしまう。彼はスタンが握っていた手綱を横取りすると勝手に馬を止めてしまった。
「おい、街までは一緒だろ」
「言う通り降ろしてやれよ、また騒がれても面倒だ」
構うことなく辛辣で返す。それでもエドは顔色一つ変えず荷物を纏め出した。イザベラが慌てて止めに行くが聞く耳持たずで困ってしまう。
「…おい、いいのかよマジで。このままお別れだぜ?」
「何が?意味わかんねぇ…あいつが降ろせっつったんじゃねぇか」
「そうだけど。お前が連れてくって言ったんだぞ、ロムに」
「……」
パールでのことを思い出す。確かに頼まれ約束した。虫の悪さが身体に溜まっていき、嫌な気分になっていく。
「本当ありがと…迷惑かけて、ごめん」
そうこうしてる間にエドが荷物を持って降りてしまい、街に向かって歩き出した。イザベラも荷台から飛び降り、
「あたしも一緒に行くわ、またね」
振り返り笑顔で言うと、エドに付いて行ってしまった。
呆気なく女子二人がいなくなってしまい、スタンは盛大な溜息を吐いた。
「あーあー!ったく」
「…あんたも一緒に行ったらどうだ」
「あ?」
「女と一緒のほうが楽しいんだろ、あんたは」
「……お前それ本気で言ってんの?」
突っかかってくるカイルに今度こそ苛立ちを覚え、横目で睨み返す。ここ最近の仲違いにまた発展させたいのかと思ったが、
「面倒かけてんのは、俺も同じだからな…このまま一緒にいたら、あんたも捕まるぞ」
「…またそういうこと言うか」
「…また?」
「あーはいはい!もういいですっ、乗せてください俺も街行きてぇから!」
思わせぶりと投げやりな言葉。スタンは真意がわかったのか何故か不貞腐れで、カイルは意味のわからないまたに隠すことなく舌打ち返した。
程なくして荷馬車は走り出し、先に歩いていたエドとイザベラをさっさと追い越し行ってしまった。
「…ホントに良かったの?」
「……」
「まったく、あなたも頑固ね。海賊ってこんなだった?」
「…これ以上、迷惑かけたくなかった。ごめん」
「そんなの今更でしょ」
駆けて行く荷馬車を見送り、イザベラが溜息をもらす。エドは先ほどよりも沈んでいるようだった。
リンブル、東の街にて。
国の歴史は長く、或る大公からの治世は今も続いているが、バルハラや周辺国に比べると静かで田舎な所。それでも市場の近辺は人で賑わっていて、カイルとスタンは空いている一角に荷馬車を止めた。
店の支度をすべくスタンが荷物を出そうとするが、
「俺がやる、あんたは好きにしてろよ」
「おい…」
強引に荷物を奪い、一人で支度を進めるカイル。また嫌な空気になる。
スタンはわざとらしく舌打ちすると勝手にカイルの鞄を漁り、萎んでしまった袋から中身の金を掬い取った。乱暴に扱ったせいか、自身の鞄とカイルのが折り重なるようにごっちゃになる。
「じゃあ好きにさせてもらうわ」
「いっそ戻らなくていいぞ」
「それも好きにするからッ」
なんともちゃちな口論。お互い見向きもせずで、周りの露店の店主達に苦笑いされたが御構い無しである。
スタンはあからさまに不機嫌な様子でその場からいなくなってしまった。一人になり舌打ちをもらす。何故か出続ける苛々が己にも不快感を与え、モヤモヤが溜まっていく。
(「迷惑かけて、ごめん」)
エド…いや、ビアンカのことを思い出す。
また泣きそうな顔してやがった。スタンの言う通りあれが最後だ。思えば三ヵ月近く一緒にいて、騒動の連続で、少しは助けてもらった覚えもあって、それがあっけない終わり方。大海賊の'ラッカム一味'との関係もお終い、めでたしめでたし…
(…リンブルまで送った、それでいいだろ…なんなんだよ…)
ロムと約束した夜のこと、パールでのこと、ジェラルドのこと。色々思い出し、モヤモヤは広がるばかり。
鬱憤を晴らすように馬車の車輪を蹴っ飛ばす。近くで草を食んでいたサーシャが驚き嘶くものだから、キースは何度目かの舌打ちをした。
その頃。
エドとイザベラも遅れながら東の街に辿り着き、港沿いの店々を巡っていた。鳥の看板のウミネコ商会はもうすぐそこだ。
「……」
天気は快晴、風も心地よく春日和。なのにエドは浮かないままで、大好きな海が横手に広がっているのに気持ちも晴れずだった。
(「また騒がれても面倒だ」)
カイル…ではなく、キースのことを思い出す。
正直心がズキンとした。あんな風に言わなくてもいいのに…そう思ったが、彼ならそう言うだろうとも思った。ローザディ・ミホーレスから一緒にいて、色々と迷惑をかけて、助けてももらった。それももう終わり。もっとちゃんとお礼を伝えるべきだった。お礼だけじゃなく、抱いていたものも…
「エド!」
「!…なに?」
「何度も呼んでるのに、ボケっとしないで」
「ごめん」
イザベラの呼び声にはっとする。気がつくと足を止め波打ち際を眺めていた。早足で彼女のもとへ行けば目の前には鳥の象が彫り込まれた看板があった。
「ここ?」
「そう!ちょっと待ってて…」
笑顔のイザベラが店の中へ入っていく。エドも付いていこうとするが、躊躇ってしまう。
(デニスって人に会って、それで…どうするんだ?皆に連絡を取る?船を借りる??…どうしたらいい…?)
今更ながら今後のことで悩む。ロムのことを思い出し、セディのことも思い出す。裏切り者…無意識に顔が強張り足が固まる。どうしたらいいのか、一人では何をどうすべきかわからないと気づいてしまう。この先の道は真っ暗だ。
「えぇ!?どういうこと?」
店からイザベラの声が聞こえ、またはっとする。何事かと思い覗くと、振り向いた彼女の言葉にまた驚くことになった。
夕刻。カイルは相変わらず一人で店番をしていた。
名前以外は以前同様の商いで、修理の仕事も請け負い銅貨を稼いでいく。通貨は同じなのだがバルハラより安値なのでもっと稼ぎたい。当面はリンブルで稼ぎ食い繋いで、しっかり稼いだ頃には<虎の眼の盗賊>のことも熱りが冷めてるかも。などと考えていると、
「…ただいま」
「……」
しれっとスタンが戻ってくる。カイルは嫌そうな顔で出迎え、スタンも期待していないのか素知らぬふうで、勝手に買った酒瓶を荷台に入れていく。近寄らずともわかる酒の匂いにカイルが苦言を吐こうとした時、
「やっと会えたな、スタン!」
笑い混じりの声が聞こえ揃って顔を上げる。
店の前に現れた男に二人共驚くが、スタンは驚き以上の反応で、
「?あんた、なんで…」
立っていたのはノクシアでカイルが銃の修理をした男──首に刺青があり、今はそれが頬まで顕になっている…
「よぉ、カイル。これありがとな!」
満面の笑みのセフェリノ・アバークは先日の銃を掲げてみせ、そして銃口を向けてきた。
「ッ!」「!?」
わけがわからず固まったままのカイルの首根っこをスタンが思い切り引っ張り、それまで彼がいた場所に銃弾が降り注ぐ。
突然の銃声に市場は悲鳴や騒めきに包まれ、同時に複数の男達が駆け寄って来る。全員の手には剣や銃。漸く理解したカイルはスタンと共に慌てて荷馬車の裏に走り、セフェリノの銃弾が二人を追いかけた。
「賞金稼ぎか?!」「んでセフィが!?」
声が重なる二人。思わず顔を見合わせるが、言ってる場合じゃない。
セフェリノが弾込めをしている間、今度は男達が追いかけてくるが、カイルは咄嗟にしゃがみ地面の砂を掴んで、姿を現した男目掛けそれを投げつけた。砂をモロに食らった男は怯み後退し、もう片側から現れた男へは自ら体当たりし地面にキスさせる。砂を食らった男はスタンが数発殴り伸して、キースも手近にあった材木で叩きのめす。まずは二人…だがそれだけで済まないのは明白だった。
カイルが外から幌を捲り自身の鞄を引っ掴む。セフェリノがまた引き鉄を引いたが、頭のギリギリを掠った程度で済んだ。
「行け!!」
わらわらと出てくる賞金稼ぎ達に応戦しながらスタンが怒鳴る。言われるまでもなくサーシャに飛び乗ったカイルは、その場から逃げ去った。
「クソ、ッ…待てコラ!」
彼を追うべく賞金稼ぎ達も行ってしまう。スタンには見向きもせずで、捕まえ損ね怒鳴る彼にセフェリノの笑い声が届く。
「邪魔すんなよ情報屋」
「セフィ!テメェ!!」
「あんた、嘘とか隠し事ヘタだよなぁ」
「あぁ!?」
「パールで会った時からおかしいって思ってたんだ。耳朶弄る癖、直したほうがいいぜ」
自慢気に言い自身の耳を弄ってみせるセフェリノ。スタンは言葉を失ってしまう。パールで再会した時から疑われていたのだ、何か隠していると。ノクシアでカイルに近づいたのは勘で(ほぼ偶然なのだが)、確証となったのは四人でノクシアを出たのを見て…スタンと一緒だとわかったからだった。
「<三本傷の義賊>と組む情報屋…チクっていい?賞金アップしねぇかなぁ」
「…上等じゃねぇか、だがなッ、そういうことは捕まえてから言え!」
余裕ぶるセフェリノに殴りかかる。だが彼はひらりと躱しその場から駆けて行ってしまう。
スタンも追うべく急ぎ荷馬車を出そうとするが、荷台に残っていた鞄を目にしまた焦る。騒ぎを聞きつけリンブルの衛兵が市場に集まり始めるが、
「スタン!?」
「ちょっとあんたッ、今度はなにごと?!」
衛兵達よりも先にスタンを見つけたのは、ビアンカとイザベラだった。
リンブルの街中をサーシャが駆け抜けて行く。国境を越えてまで騒ぐのはマズいの一言で、キースは邪魔くさい付け髭を毟り取りバンダナを目深く被り直し、サーシャに掛けていた外套を羽織った。
さらに鞄を漁りパール以降ご無沙汰だった回転式銃や飛び道具を探す…が、
「…おい、マジで…マジかよ!?」
鞄から出てきたのは紙端の束やペンや、眼鏡。それはスタンの持ち物であり、彼の鞄だった。思わず苛立ちが募るが、背後からの銃声と真横の家屋に当たった銃弾で現実に引き戻される。振り返れば賞金稼ぎ達が馬で追って来ていた。
「クソが…!」
唸りサーシャの腹を蹴る。速度を上げ駆けるサーシャに街人達が慌てふためくが、賞金稼ぎ達も馬を急きたて我が物顔で駆け抜けた。
(どうする!?何もねぇ、いやナイフはある…あとはッ…!)
内心めちゃくちゃ焦っている。キースは頭を働かせ所持品を思い出していた。持っているのは服の裏に隠し持っているナイフが数本、煙草と燐寸。他は無い。スタンの鞄にも目ぼしいものは無く、煙幕弾も飛び道具も銃も火薬の一つも…無い…
マジでヤベぇ。焦りがサーシャに伝わったのか嫌そうに嘶かれてしまい、また腹を蹴り強引に走らせた。
真っ直ぐな坂道に入り背後からの銃撃が増す。狙われやすい状況だったが少し先に止められた荷馬車を見て思いつき、そこ目掛け手綱を向ける。また考えが伝わったのかサーシャも臆することなく荷馬車へ突進し、持ち主であろう商人が姿を現わすが、突っ込んでくる馬に気がつき慌てて逃げたの同時、サーシャが荷台に跳び込みさらに地面に跳んだ。積荷の果物がふっ飛び、車輪が壊れ勢いよく流れ落ちる。坂道を転がっていく果物は賞金稼ぎ達の馬を驚かし足止めとなった。この隙に撒こうと一瞬安堵するキースだったが、
「ッ!ぁ"…」
別の方角からの銃撃が右腕を捉える。どこから狙われたのかと見回せば、屋根の一つに立つセフェリノと目が合った。会った時と同様のクソッタレな笑顔である。
慌てて道を曲がり死角に入るが、今度は男が複数人待ち構えていて、馬には乗っていなくとも賞金稼ぎだと理解してしまう。
「何人いんだよクソッ!!」
乱暴に手綱を引き急停止、からの方向転換で別の道を進む。このまま街にいるのはまずい…キースはまた唸りながら街の外へ向かった。
その頃、街の別区画では…
「いました、賞金稼ぎが見つけたようです」
「…行くぞ」
人通りの少ない道で馬に跨る集団。何やら声を潜め話すと、彼らもまた馬を走らせて行った。
向かう先は<虎の眼の盗賊>と賞金稼ぎの騒ぎの渦中…
四人は隣国リンブルの関所へ辿り着く。バルハラとは異なり荷物改めは緩く、スチュアートから貰った通行証を見せ高めの通行料を払い、無事にリンブル領へ入ることが出来た。
「やっとだなぁ、なんとかなった」
「そうだな」
「帰りはどうする?」
「…あっちで騒いじまったし、暫くこっちで稼ぐ」
「だな…」
手綱番をしながら言葉を交わすスタンとカイル。スタンが荷台を振り返れば相変わらずの静けさで、エドもイザベラも干し肉で腹を満たしているがどちらも無言。どちらかというとエドが遮断している状態で、それはあの夜からずっと続いていた。
イザベラが視線に気がつき、顎で呼ばれ二人のもとへ近寄る。
「デニスって奴どこに居んだ?」
「知らないわ」
「あぁ?」
「リンブルで会うのは初めてなの、前は別のとこだったし」
「わかんねぇならどうすんの?」
「当てくらいあるわよ。街まで行って」
予想外の返答に二人共も顔を顰める。街まで行けと言われてもあまり土地勘がないわけで。
「大丈夫!鳥の看板の店を探して」
「鳥?」
「そう、ウミネコ商会。交易商よ」
「…ウミネコ…?」
なんか聞き覚えがある。カイルの眉間の皺が深くなるが、
「ここでいいよ…降ろして」
久々のエドの声に三人が一斉に振り返ると、彼はいつの間にか真後ろに立っていた。
「?ここでって…街までまだあるぞ」
「歩く」
「エド、」
「イザベラも、ここまでで大丈夫。ウミネコ商会だろ、一人で行く…ありがと」
思わず苦笑いするスタンとイザベラだったが、エドは暗い表情のままで、カイルはつい苛立ってしまう。彼はスタンが握っていた手綱を横取りすると勝手に馬を止めてしまった。
「おい、街までは一緒だろ」
「言う通り降ろしてやれよ、また騒がれても面倒だ」
構うことなく辛辣で返す。それでもエドは顔色一つ変えず荷物を纏め出した。イザベラが慌てて止めに行くが聞く耳持たずで困ってしまう。
「…おい、いいのかよマジで。このままお別れだぜ?」
「何が?意味わかんねぇ…あいつが降ろせっつったんじゃねぇか」
「そうだけど。お前が連れてくって言ったんだぞ、ロムに」
「……」
パールでのことを思い出す。確かに頼まれ約束した。虫の悪さが身体に溜まっていき、嫌な気分になっていく。
「本当ありがと…迷惑かけて、ごめん」
そうこうしてる間にエドが荷物を持って降りてしまい、街に向かって歩き出した。イザベラも荷台から飛び降り、
「あたしも一緒に行くわ、またね」
振り返り笑顔で言うと、エドに付いて行ってしまった。
呆気なく女子二人がいなくなってしまい、スタンは盛大な溜息を吐いた。
「あーあー!ったく」
「…あんたも一緒に行ったらどうだ」
「あ?」
「女と一緒のほうが楽しいんだろ、あんたは」
「……お前それ本気で言ってんの?」
突っかかってくるカイルに今度こそ苛立ちを覚え、横目で睨み返す。ここ最近の仲違いにまた発展させたいのかと思ったが、
「面倒かけてんのは、俺も同じだからな…このまま一緒にいたら、あんたも捕まるぞ」
「…またそういうこと言うか」
「…また?」
「あーはいはい!もういいですっ、乗せてください俺も街行きてぇから!」
思わせぶりと投げやりな言葉。スタンは真意がわかったのか何故か不貞腐れで、カイルは意味のわからないまたに隠すことなく舌打ち返した。
程なくして荷馬車は走り出し、先に歩いていたエドとイザベラをさっさと追い越し行ってしまった。
「…ホントに良かったの?」
「……」
「まったく、あなたも頑固ね。海賊ってこんなだった?」
「…これ以上、迷惑かけたくなかった。ごめん」
「そんなの今更でしょ」
駆けて行く荷馬車を見送り、イザベラが溜息をもらす。エドは先ほどよりも沈んでいるようだった。
リンブル、東の街にて。
国の歴史は長く、或る大公からの治世は今も続いているが、バルハラや周辺国に比べると静かで田舎な所。それでも市場の近辺は人で賑わっていて、カイルとスタンは空いている一角に荷馬車を止めた。
店の支度をすべくスタンが荷物を出そうとするが、
「俺がやる、あんたは好きにしてろよ」
「おい…」
強引に荷物を奪い、一人で支度を進めるカイル。また嫌な空気になる。
スタンはわざとらしく舌打ちすると勝手にカイルの鞄を漁り、萎んでしまった袋から中身の金を掬い取った。乱暴に扱ったせいか、自身の鞄とカイルのが折り重なるようにごっちゃになる。
「じゃあ好きにさせてもらうわ」
「いっそ戻らなくていいぞ」
「それも好きにするからッ」
なんともちゃちな口論。お互い見向きもせずで、周りの露店の店主達に苦笑いされたが御構い無しである。
スタンはあからさまに不機嫌な様子でその場からいなくなってしまった。一人になり舌打ちをもらす。何故か出続ける苛々が己にも不快感を与え、モヤモヤが溜まっていく。
(「迷惑かけて、ごめん」)
エド…いや、ビアンカのことを思い出す。
また泣きそうな顔してやがった。スタンの言う通りあれが最後だ。思えば三ヵ月近く一緒にいて、騒動の連続で、少しは助けてもらった覚えもあって、それがあっけない終わり方。大海賊の'ラッカム一味'との関係もお終い、めでたしめでたし…
(…リンブルまで送った、それでいいだろ…なんなんだよ…)
ロムと約束した夜のこと、パールでのこと、ジェラルドのこと。色々思い出し、モヤモヤは広がるばかり。
鬱憤を晴らすように馬車の車輪を蹴っ飛ばす。近くで草を食んでいたサーシャが驚き嘶くものだから、キースは何度目かの舌打ちをした。
その頃。
エドとイザベラも遅れながら東の街に辿り着き、港沿いの店々を巡っていた。鳥の看板のウミネコ商会はもうすぐそこだ。
「……」
天気は快晴、風も心地よく春日和。なのにエドは浮かないままで、大好きな海が横手に広がっているのに気持ちも晴れずだった。
(「また騒がれても面倒だ」)
カイル…ではなく、キースのことを思い出す。
正直心がズキンとした。あんな風に言わなくてもいいのに…そう思ったが、彼ならそう言うだろうとも思った。ローザディ・ミホーレスから一緒にいて、色々と迷惑をかけて、助けてももらった。それももう終わり。もっとちゃんとお礼を伝えるべきだった。お礼だけじゃなく、抱いていたものも…
「エド!」
「!…なに?」
「何度も呼んでるのに、ボケっとしないで」
「ごめん」
イザベラの呼び声にはっとする。気がつくと足を止め波打ち際を眺めていた。早足で彼女のもとへ行けば目の前には鳥の象が彫り込まれた看板があった。
「ここ?」
「そう!ちょっと待ってて…」
笑顔のイザベラが店の中へ入っていく。エドも付いていこうとするが、躊躇ってしまう。
(デニスって人に会って、それで…どうするんだ?皆に連絡を取る?船を借りる??…どうしたらいい…?)
今更ながら今後のことで悩む。ロムのことを思い出し、セディのことも思い出す。裏切り者…無意識に顔が強張り足が固まる。どうしたらいいのか、一人では何をどうすべきかわからないと気づいてしまう。この先の道は真っ暗だ。
「えぇ!?どういうこと?」
店からイザベラの声が聞こえ、またはっとする。何事かと思い覗くと、振り向いた彼女の言葉にまた驚くことになった。
夕刻。カイルは相変わらず一人で店番をしていた。
名前以外は以前同様の商いで、修理の仕事も請け負い銅貨を稼いでいく。通貨は同じなのだがバルハラより安値なのでもっと稼ぎたい。当面はリンブルで稼ぎ食い繋いで、しっかり稼いだ頃には<虎の眼の盗賊>のことも熱りが冷めてるかも。などと考えていると、
「…ただいま」
「……」
しれっとスタンが戻ってくる。カイルは嫌そうな顔で出迎え、スタンも期待していないのか素知らぬふうで、勝手に買った酒瓶を荷台に入れていく。近寄らずともわかる酒の匂いにカイルが苦言を吐こうとした時、
「やっと会えたな、スタン!」
笑い混じりの声が聞こえ揃って顔を上げる。
店の前に現れた男に二人共驚くが、スタンは驚き以上の反応で、
「?あんた、なんで…」
立っていたのはノクシアでカイルが銃の修理をした男──首に刺青があり、今はそれが頬まで顕になっている…
「よぉ、カイル。これありがとな!」
満面の笑みのセフェリノ・アバークは先日の銃を掲げてみせ、そして銃口を向けてきた。
「ッ!」「!?」
わけがわからず固まったままのカイルの首根っこをスタンが思い切り引っ張り、それまで彼がいた場所に銃弾が降り注ぐ。
突然の銃声に市場は悲鳴や騒めきに包まれ、同時に複数の男達が駆け寄って来る。全員の手には剣や銃。漸く理解したカイルはスタンと共に慌てて荷馬車の裏に走り、セフェリノの銃弾が二人を追いかけた。
「賞金稼ぎか?!」「んでセフィが!?」
声が重なる二人。思わず顔を見合わせるが、言ってる場合じゃない。
セフェリノが弾込めをしている間、今度は男達が追いかけてくるが、カイルは咄嗟にしゃがみ地面の砂を掴んで、姿を現した男目掛けそれを投げつけた。砂をモロに食らった男は怯み後退し、もう片側から現れた男へは自ら体当たりし地面にキスさせる。砂を食らった男はスタンが数発殴り伸して、キースも手近にあった材木で叩きのめす。まずは二人…だがそれだけで済まないのは明白だった。
カイルが外から幌を捲り自身の鞄を引っ掴む。セフェリノがまた引き鉄を引いたが、頭のギリギリを掠った程度で済んだ。
「行け!!」
わらわらと出てくる賞金稼ぎ達に応戦しながらスタンが怒鳴る。言われるまでもなくサーシャに飛び乗ったカイルは、その場から逃げ去った。
「クソ、ッ…待てコラ!」
彼を追うべく賞金稼ぎ達も行ってしまう。スタンには見向きもせずで、捕まえ損ね怒鳴る彼にセフェリノの笑い声が届く。
「邪魔すんなよ情報屋」
「セフィ!テメェ!!」
「あんた、嘘とか隠し事ヘタだよなぁ」
「あぁ!?」
「パールで会った時からおかしいって思ってたんだ。耳朶弄る癖、直したほうがいいぜ」
自慢気に言い自身の耳を弄ってみせるセフェリノ。スタンは言葉を失ってしまう。パールで再会した時から疑われていたのだ、何か隠していると。ノクシアでカイルに近づいたのは勘で(ほぼ偶然なのだが)、確証となったのは四人でノクシアを出たのを見て…スタンと一緒だとわかったからだった。
「<三本傷の義賊>と組む情報屋…チクっていい?賞金アップしねぇかなぁ」
「…上等じゃねぇか、だがなッ、そういうことは捕まえてから言え!」
余裕ぶるセフェリノに殴りかかる。だが彼はひらりと躱しその場から駆けて行ってしまう。
スタンも追うべく急ぎ荷馬車を出そうとするが、荷台に残っていた鞄を目にしまた焦る。騒ぎを聞きつけリンブルの衛兵が市場に集まり始めるが、
「スタン!?」
「ちょっとあんたッ、今度はなにごと?!」
衛兵達よりも先にスタンを見つけたのは、ビアンカとイザベラだった。
リンブルの街中をサーシャが駆け抜けて行く。国境を越えてまで騒ぐのはマズいの一言で、キースは邪魔くさい付け髭を毟り取りバンダナを目深く被り直し、サーシャに掛けていた外套を羽織った。
さらに鞄を漁りパール以降ご無沙汰だった回転式銃や飛び道具を探す…が、
「…おい、マジで…マジかよ!?」
鞄から出てきたのは紙端の束やペンや、眼鏡。それはスタンの持ち物であり、彼の鞄だった。思わず苛立ちが募るが、背後からの銃声と真横の家屋に当たった銃弾で現実に引き戻される。振り返れば賞金稼ぎ達が馬で追って来ていた。
「クソが…!」
唸りサーシャの腹を蹴る。速度を上げ駆けるサーシャに街人達が慌てふためくが、賞金稼ぎ達も馬を急きたて我が物顔で駆け抜けた。
(どうする!?何もねぇ、いやナイフはある…あとはッ…!)
内心めちゃくちゃ焦っている。キースは頭を働かせ所持品を思い出していた。持っているのは服の裏に隠し持っているナイフが数本、煙草と燐寸。他は無い。スタンの鞄にも目ぼしいものは無く、煙幕弾も飛び道具も銃も火薬の一つも…無い…
マジでヤベぇ。焦りがサーシャに伝わったのか嫌そうに嘶かれてしまい、また腹を蹴り強引に走らせた。
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「ッ!ぁ"…」
別の方角からの銃撃が右腕を捉える。どこから狙われたのかと見回せば、屋根の一つに立つセフェリノと目が合った。会った時と同様のクソッタレな笑顔である。
慌てて道を曲がり死角に入るが、今度は男が複数人待ち構えていて、馬には乗っていなくとも賞金稼ぎだと理解してしまう。
「何人いんだよクソッ!!」
乱暴に手綱を引き急停止、からの方向転換で別の道を進む。このまま街にいるのはまずい…キースはまた唸りながら街の外へ向かった。
その頃、街の別区画では…
「いました、賞金稼ぎが見つけたようです」
「…行くぞ」
人通りの少ない道で馬に跨る集団。何やら声を潜め話すと、彼らもまた馬を走らせて行った。
向かう先は<虎の眼の盗賊>と賞金稼ぎの騒ぎの渦中…
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17才になった皇女サーシャは、国のしきたりに従い、6人の騎士たちを従えて、遥か彼方の霊峰へと旅立ちます。
長い道中、姫を警護する騎士たちの体力を回復する方法は、ズバリ、キスとH!
途中、魔物に襲われたり、姫の寵愛を競い合う騎士たちの様々な恋の駆け引きもあったりと、お姫様の旅はなかなか困難なのです?!
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