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陽 yo-heave-ho

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□陸篇 Catch Me If You Can.

1.08.1 名前

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 バルハラ南部、海辺の小さな村にて。
 四人は馬車を停めて休憩中だった。パールを出てから数日が経つ。小雨が降る中スタンとイザベラが荷台から降りていく。残り二人は中に籠もったまま。
「それじゃ、留守番お願いね」
「…ぅん」
「気のねぇ返事」
 イザベラの優しい声に諭されもう一度頷く。エドはいつもより男前だったが、膨れっ面が幼さを顕にしてしまう。二人は苦笑いしながら顔を見合わせ、しかしそれ以上構わずに行ってしまった。
 これまでずっと沈黙していたキースがチラりと見遣り、鼻で笑う。しっかりと聞こえたエドは睨み返したが、お互い何も言わず。エドに加えキースも変装をしていて、普段とは違う地味な色のバンダナを、普段以上に深く巻き髪を隠し、口元には剃る前よりも長くてふっさりとした髭を付け、目下の傷は最近何度目かの化粧で隠している…そんな彼は今、すこぶる不機嫌だった。


 ──時は戻り…パールを出て間もなくのこと。

 海沿いに道を進みながらイザベラは鳩を飛ばし、提案があると口を開いた。
「この際だから、隠し事は無しにしない?お互いに」
 にっこり笑う彼女の言葉に眉を顰めたのはやはりキースで、それでもスタンに諭され、提案通りに打ち明け話をすることになった。
「言い出しっぺから話せよ」
「いいわ、私から。荷運びをやってるの、手伝いだけど。デニスのことは仕事絡みで知ってるのよ」
「…で?」
「で?」
「他にも隠してんだろ」
「…あぁ、ロムと知り合ったのは昔のことよ。お互い若かったわね、それもまぁ仕事絡みで」
 言い終わらぬ内にダン!と荷馬車に衝撃が走る。それは荷物の木箱で、キースが蹴っ飛ばしたからである。彼はまた警戒心が膨らんだのかイザベラを強く睨みつけた。
「そうじゃねぇ、朝会った奴だ…スパイだの言いやがって、どういうことだ?」
 思わず黙り込むイザベラ。手綱を握るスタンとビアンカも心配になり肩越しに見守る。
「隠し事無しだったよな?言えよ。お前ら何なんだ」
「……あれは、趣味よ」
「…はぁ!?」
「趣味、というか仕事の一つ。パールで商売してると制服着た人達の邪魔が多いの。動き掴みたくって、あいつに働いてもらってる」
「趣味だぁ?どんな言い訳だよ?!ウソ吐くな、んなの信じられっかッ」
「だってホントのことだもの」
「だからしんじ、」
「はいっ、私は終わり!ちゃんと話したわ!次はあなた」
 やや間があったものの堂々と言ってのけ、イザベラはビシッと指を差した。なんだか強行突破な気がしないでもない…キースもつい押し負けてしまうが、視線は逸らさず睨んだまま口を開き、
「…修理士だ、パールで働いてる。あと、流れで色々回ってる」
「まだあるでしょ」
「……盗人も、やってる。知ってたんだろ、どっかの誰かがバラしてんだから」
 舌打ちしジロりとスタンを睨むが、彼からは違うだの言ってねぇだのすぐさま反論が返ってきた。
「ふぅん…他にもありそうな気がするんだけど?」
「テメェもな!」
 また沈黙。
 キースの睨みに込められた、疑心を通り越した殺気。イザベラもこの時ばかりは笑みを消し、彼の睨みに負けじと見つめ返すが、
「…まぁ…お互い話したことだし。いいんじゃない?」
「……」
「じゃ、次はそっち」
 まだ睨んでくるキースを無視して、今度は手綱番の二人に目を向ける。目当てはスタンではなく、バッチリと目が合ったビアンカだ。
「……もしかして、あたし?」
「そう」
「あたしは別に、隠し事なんてないぞ?」
「そう?」
「だってあたしのこと知ってるじゃん。ロムのことも…ぇ…ちょ、み、見たって何もない!」
 じーっと見つめてくるイザベラに対し、ビアンカは隠すことも無いので困ってしまう。唐突にキースが荷物を漁り、外套を引っ掴むとビアンカに歩み寄り彼女の頭へ被せた。また不意なことに驚くビアンカ。
「わ、ぇ、なに??」
「お前そのままでいるな、下手でいいからさっさと変装しろ」
「意味わかんないッ」
「お前も軍に狙われてんだよ!」
 抵抗するビアンカに何度も外套を被せるキース。彼の言葉にビアンカだけでなく二人も目を丸くする。
「どういうこった?」
「知らねぇ、こいつは。でもって、だと」
「なにそれ…」
「手紙を見た。たぶん、ロムが持ってたのと、違うのがもう一枚。どっちもお前のことが書いてあって…持ってこれなかったけど」
「誰が書いたもの?」
「わかんねぇ、が……」
 キースが出かかった言葉を飲み込む。ジェラルドに没収されてしまったあの手紙。内容からして裏切り者と、そしてロムに仕事を頼んだ──恐らくラッカムだろう。
 細かく伝えておいたほうがいいのだが、ビアンカの顔色が変わったのもわかり、それ以上言えなくなってしまう。大事な手がかりを没収されて不甲斐ない気持ちもあった。
「んな大事な物をよぉ、なんで持ってこねぇかなぁ?」
「…色々あったんだ、黙ってろ酔っ払い!」
 案の定なスタンの皮肉。カチンときたキースはつい舌打ちして言い返す。スタンも引き下がるつもりはないようで珍しく睨み返した。どうやら相棒であるキースから暴露疑惑をかけられ不機嫌のようだった。
「はいはい、わかった。ビアンカのままだとダメってことね」
 睨み合う二人の間にイザベラが割り込む。手を叩きビアンカの顔を覗くとにっこり笑ってみせて、
「あなた会った時、ちょーっとおかしな感じだったわ?あれが変装なの??」
「……いや、あの時は、」
「それと、あんたも」
「…は?」
 吃るビアンカから視線を逸らし、今度はキースに微笑みかける。いつの間にかあんた呼び、勢いというか圧を感じる笑み…目が笑ってねぇ。
 笑顔を変えず絶やさずなイザベラに、キースもビアンカも押し負けてしまった。

 そしてこの後、ルールも作られた。内容は四つ。
 ・ルールその1  変装は解かないこと
 ・ルールその2  隠し事はしないこと
 ・ルールその3  全員で助け合うこと
 ・ルールその4  その3に則り、金は全員で共有とする

 1から3はイザベラ作で、4はスタンが口を挟み付け加えたもの。
 キースが露骨に嫌な顔をしたが、案内人であるイザベラのパワースマイルがまた発動、問題の二人は荷台の奥へ追いやられ、しっかりと変装させられた。
 それからというものキースの不機嫌は継続している。ビアンカも、エドの姿であっても荷馬車から離れるのは許してもらえず、スタンもキースと口を利くことなく、始まったばかりの四人の旅路は言わずもがな、(結構)空気の悪い状態だった。


 小粒の雨が幌を打ち続ける。荷台に残された二人は会話もなく、時間だけが過ぎていく。
 キースは隅っこに陣取り、何やら地図を眺めていた。エドはランプ越しに彼を眺めるだけ。気にはなっても話しかければきっと嫌味つらみが返ってくるのだろう。だが、
「…お前と会ってから、散々だ」
「…え?」
 声が聞こえた。先に口を開いたキースは手元の地図を見つめたまま、いつもの彼にしては弱めの声で続けた。
「今までずっと、バレねぇようにやってたんだ。これからもそのはずだった、なのに…ソロウの屋敷でお前が邪魔してきてよ…髪色バレて、ハリソンにもバッチリ会っちまって」
「……」
「なんで引き受けてんだろうなぁ、俺は。お前みてぇな泣き虫、見捨てて断わりゃよかったのに。アホらし…」
「…誰も頼んでない」
「そうだな、頼まれてねぇ…お前からは」
「なに、急に」
「……お人好しな俺に、イラついてんだよ。俺だってな、やることあるから盗人やってんだ。クソ…」
 最後は吐き捨てるように呟き、眉間の皺が増えた。集中力が切れたのか地図を畳みしまい、煙草を取り出す。
 聞かされたのはただの愚痴。エド(というかビアンカ)への嫌味もあったのだろうが、イライラ発散方法なのかも。反論する気にはなれず、だが引っかかった言葉にはどうしても返したくなり、
「お人好し、じゃ…ないだろ」
 ゆっくりと煙を吐くキースに言葉をぶつける。漸く合う視線。また睨まれるかと思いきや、キースの瞳は揺らいでいるように見えた。エドが続きを伝えようとした時、馬車に向かってくる足音が聞こえた。
「マズいことになった…いや、こっからマズくなる、だな」
「どうしたの??」
 足音の主はスタンで、彼は二人を見るなり焦った様子で告げた。何事かわからずエドが近づけば、遅れて戻ったイザベラが傘代わりの外套を放り渡し荷台に上がる。その表情は明らかに不機嫌そうで、
「あんたの名前、バレたわよ」
 思いがけない台詞にキースも顔を上げ、言葉とともに掲げられた紙に目を見張る。横にいたエドもそれを見て驚く。紙の正体は手配書だ。
「新しい副指揮官がバラしたんだろうな」
「エフライム、って言うんだ?なんか、呼び方も変わった?」
「そもそも、パール基地の副指揮官と知り合いだなんて、初耳なんだけどッ」
「……」
 スタンとイザベラは揃って眉を寄せキースに視線を送った。当の本人も不機嫌に拍車がかかったようで、手配書を引っ手繰り内容に目を走らせた。ジェラルドと知り合いなのを話したであろうスタンを睨むが、先日のような弁解が返ってくることもなく。まだ途中見だったエドが紙を覗くが、
「あんた、これからは名前変えないと」
「あぁ…?」
「当然でしょう、髪色と名前がバレてんのよ。おまけに背丈まで。その辺歩いただけで怪しまれるわ」
「んな、大げさ、」
「大袈裟じゃねぇ」
 イザベラの言葉に反論するがスタンが割って入る。いつものように酒の匂いがする彼は、いつもより低めの声と顔で真剣なのだとわかった。真剣というより怒っている。
「お前さぁ、流れの仕事でそこら中出歩いてるよな?だからそこら中に名前が知られてんの。髪だってモロバレ、行商仲間に軍兵呼ばれでもしてみろ、終わりだ。巻き込まれる身にもなれ」
 捲し立てのド正論。最後の言葉が強調されたことでキースは余計に苛立ち、
「…黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって」
「ホントのこと言ってんだよ」
「行商だろうと何だろうと、今まで名前しか名乗ってねぇ」
「赤っぽい茶髪のキースってだけで相当だぞ」
「アホみてぇな変装やら偽名のが怪しいだろ」
「じゃあ堂々といつものお前で店開くか?速攻捕まるわ」
「バレんなら、あんたみてぇなお喋り野郎のせいだ!」
「まだ疑ってんのか!?」
「現にバラしてんだろテメェがッ」
「二人共やめて!」
 エスカレートする口喧嘩が掴み合いになり、慌ててエドが止める。声が元に戻ってビアンカになってしまうが、二人はお構い無しの一触即発ムード。イザベラもスタンの肩を掴み、彼がフンッと顔を逸らし漸く空気が変わった。
 段々と雨が強くなる。キースが煽るように舌打つがスタンは無視を決め込み、村で買い足した食糧を荷台に上げていく。
「いい?名前は変えなくちゃダメ。危なくなるのは、あんただけじゃない…」
 イザベラが真剣な表情で諭し視線を動かす。それがエドに向けられたとわかり、キースはまた舌打ちをもらした。
「…店はやるぞ。関所通って国境も越えんだ、金がねぇ」
 呟き程度に返し、上げられた荷物を運ぶ。乱雑なキースとは目も合わせず、今度はスタンが煽り、
「髪の染め粉も買わねぇとなぁ?」
「あんたの白髪用だろ、クソが」
「そうやって甘ちゃんでいりゃいいさ。取っ捕まっても助けてやんね!」
「店開けてる時は消えろよ、あんたでバレる」
 互いに舌打ちしたり唾を吐いたり。二人にしては珍しい喧嘩にエドは溜息をもらした。イザベラも呆れた様子で眺めていたが、荷物から何やら取り出して、
「あなたはこれ」
「…俺は、大丈夫だよ」
「ホントに?すっごく不安。他にもあるのよ、使って」
 目を細めるイザベラに対し、エドは苦笑いするしかなかった。渡されたのは帽子で、安心させるべく笑顔を取り繕い被ってみせる。
 そういえば山の時、捜索隊の面々にエドで会ったなと思い出すのだが、今言うとさらに空気が悪くなる気がして、胸に閉まっておくことにした。

 それから間もなく荷馬車は村を出て、荷台の中ではルールその5が作られた。カイルの名前を間違えないこと。カイルとはキースの偽名で、この名前が決まった時、キースの不機嫌は最高潮に達した。


 ──更新された手配書。
 それは数日前、パール基地から発信されバルハラ中に配られたものだ(統括を介さず一基地の決定で発令されるのは異例である)。額は金貨5枚に上がり、情報が追加。街人も賞金稼ぎも沸き立ち噂した。
 指名手配の彼の名は、キース・エフライム。そして賊としての名前も変わり、皆が彼の呼び名を改めることとなった。
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