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陽 yo-heave-ho

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□陸篇 Catch Me If You Can.

1.05.1 バルハラ一の港街へ

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 スタンは一人関所を通過し、馬車を走らせた。
 パールに着いたのは次の日の朝で、強い海風が吹いていたが、春は近いようで暖かさも感じられた。
「…お前だけか?」
 馴染みの店に顔を出すと怪訝顔をされ、苦笑いで返したスタンは今更ながら心配になる。
「あー、ちょっとしたトラブルだ…大丈夫。たぶん…」
 一人になってから思い出したこと。どちらかというと重要で、決め手になる物も自身の鞄の中に入っている。なんで気づかなかったかなぁ…
 兎に角ビアンカは厄介な存在であり、キースは面倒事に首を突っ込んだことになる。かく言う自身も完全に巻き込まれていて、二人が戻って来たらどうしたものか…スタンは今後を想像してうんざりし、溜息をもらすのだった。

 ──囮の討伐作戦から数日を経て。

 ジェラルドら捜索隊は南部の小さな街クィトまで来ていた。山の途中からまた二手に別れ探したのだが、賊二人は見つからず。怪我した兵の回収もありハリソンと数名が来た道を戻ったが、合図の煙弾は未だ確認されずだ。
 死者は出ていないが、取り逃がした。ミチェルブルクでの大規模な捜索も本来の目的は果たしてない。ジェラルドはクィト基地の兵がくれた暖かな葡萄酒を飲みながら、まずい状況であると冷静に(というかマイペースに)考えていた。
「デュレー隊長。ノクシア基地に来るように、と…'閣下'からです」
 隊員の一人が報せを持ってくる。内容的に怒られるのだろうとわかったが、自身宛でもないのに兵までも落ち込んでいて、ジェラルドは少し可笑しくなってしまう。
「わかった、ありがとう…一人で行くから、皆は先に戻ってくれ」
「あの、隊長…」
 心配で何か声をかけようとしているのか、しかし言葉は出てこず。南部は相当に'閣下'を恐れているらしい。想像以上の様子につい顔が綻ぶ。
「大丈夫だ。山道だが、通って来た所を地図と合わせておいてくれ、抜け道がないか調べたい。ハリソンと合流したら指示は彼から貰え。ライプニッツも連れてってほしい、休ませてやりたい。暴れるようなら輸送車を借りてくれ」
 矢継ぎ早な指示、よりも、一瞬のジェラルドの笑顔に隊員達は全員釘づけだった。本当に笑うんだ…ハリソンさんに報告しなきゃ。
 笑みはさっさと消え、今度は怪訝な表情になる。ちゃんと聞いていたのか不安になるジェラルドだったが、敬礼まで返されたので恐らく大丈夫だろう。
 イマイチまだこの隊の扱いに慣れないながらも身支度をし、クィトの隊に馬を借りに行く。それにしても…チラりと振り返り、基地から薄っすら見える山の頂きを眺める。
(…やっぱり、あそこか?)
 どこで見失ったのか。血を見つけた所で撒かれたか。道の痕跡も途中から近隣の村人の足跡と混ざり、わからなくなった。
 正直なところ<獣の盗賊>が現れなければ囮は上手くいっていた。何故が関わってるのか、今年一の謎と言っていい。自然と眉間の皺が深くなるが、
「隊長!」
 慌てた様子で隊員が呼び止める。新たな報せが来たようだった。

 報せの内容にハリソンは眉を寄せたが、すぐに笑い飛ばした。
「あり得ない、奴は山に居たんだ」
 ジェラルド達がクィトに着くよりも半日ほど前。
 夜も更け雨まで降ってきた中で、ハリソン達は無事にブランディン・ヒル基地へ辿り着く。小規模ながらもこの基地にも届いた情報に、ハリソンは首と手を横に振った。それは<獣の盗賊>が首都ルクスバルトに現れたというものだった。
「本当に<獣の盗賊>だったんですか?」
「見間違いなんかじゃない、あれは奴だ!例の銃も使ってた」
 駐在の兵が顔を顰めたが、ハリソンは自信たっぷりである。ここ数年追いかけて来た自身が間違えるはずがなく、見覚えのある容姿に武器。三本傷は無くとも、山で遭遇した賊は全てが合致していた。
「そっちが偽物だろ、最近増えてるんだ。三本傷だけなら誰でも付けられる」
 ルクスバルトに現れたという<獣の盗賊>の痕跡は、彼の特徴である三本傷だけだったらしい。さらに現れた日付けもおかしいのだ。

「一週間前ねぇ…」
 パールの酒場の一つで、スタンはのんびり寛いでいた。
 日も暮れて間もないというのに、酒瓶片手に仲良しの娼婦達と情報交換。ツケの利くこの店で飯と酒と女にもあり付け、至福のひと時である。
「軍の高官のお屋敷よ」
「何が盗られたかはわかんないんだって」
「あら、蓄えてたもの全部盗られたって聞いたわ」
「とにかくっ、いつもの傷があったらしいの!」
「会ってみたいわぁ、噂の義賊!結構カッコいいって、」
「三本傷なら真似する奴もいるだろうさ」
 目を輝かせる娼婦達に対し、現実的なスタンの一言は顰蹙ものだった。可愛らしい声のブーイングに遭いつつ頭を巡らせる。
 一週間前はブランディン・ヒルにいた頃だ。相棒が魔法使いでもねぇ限り偽物だろう。だが度々現れる偽物は何者なのか、キースに罪を着せているのか…ぼんやりと考えていると、
「俺も偽物だと思うぜ。奴は5日くらい前に山でやり合ったらしいからな」
 スタン達の席に男が一人割り込んでくる。娼婦達が眉を寄せる中スタンは驚き破顔して、腕を振り上げた。
「セフィ!久しぶりだなぁ!」
「相変わらず呑んだくれてるな、スタン。行商紛いなことしてるんだって?」
「ちょっとした旅行だよ、一っ所に居てもネタは集まんねぇ」
「ははっ、確かに」
 セフィと呼ばれた男──セフェリノは、スタンへハイタッチし応え向かいの席に座り、勝手に酒瓶に手を伸ばした。
 快活そうに見えて異様な雰囲気の彼。娼婦達がスタンに視線を送る。彼女らの直感は正しいようで、彼の手が追い払うように振られた。そそくさと逃げて行く娼婦達をセフェリノは目で追ったが、今度は彼女達が残していった料理にグサリとフォークを突き刺し、勝手に食べはじめた。
「元気そうで何よりだ、噂は聞いてるぜ。お前は'エース'だって」
「俺がすげぇってより、周りが鈍臭いんだよ」
「なるほど」
「あんたを探してたんだ。ネタを買いたい」
「まいどあり。何がご所望で?」
「<獣の盗賊>または<三本傷の義賊>」
「お前もか…」
 終始笑顔で会話するスタンだったが、彼の狙いがわかり内心冷や汗が出る。また厄介なのが出てきやがった。
「残念。奴のことはネタ無し、ミステリアスだ…さっきの話じゃお前のが知ってそうだぞ?」
「なんだ、山の奇襲知らなかったのか?」
「教えてくれたら全部タダにしてやる」
 テーブルの酒や料理を指し示すスタンにセフェリノはにっと笑って見せた。片頬から首に入った刺青を撫でるようにして頬杖を付き、真っ直ぐにスタンを見つめる。
「5日前、ルクスバルト山脈の東路。ノクシアへ向かってた軍の馬車が奇襲に遭った。襲った奴は<獣の盗賊>、何が狙いだったかはわからねぇが、見事に逃げ切ったらしい」
「ほう…で、お前はそれ、どこから聞いたの?」
「それは企業秘密さ。お互い様だろ」
「はは…そうね」
 ぶっ刺した肉を頬張り、また笑顔になるセフェリノ。幼い感じのする男だがキースよりも年上で、彼の本性を知るスタンは悟られぬように警戒していた。
 セフェリノ・アバーク…彼はここ数年で一気に名を馳せた賞金稼ぎだ。
「逃げ切ってくれたお陰で、奴の額が上がった」
「えっ、マジか?」
「おい、大丈夫かよ酔っ払い!…って言っても、こいつは今日パールに届いたんだ」
 セフェリノはもぐもぐしながら席を立ち、持ち歩いている手配書をひらりと出した。スタンがぱっと手を伸ばすとすんなり捕まえさせてやる。今日更新になった手配書とはいえ、これは情報屋としては確認不足、凡ミスにまた嫌な汗が滲む。
 手配書は以前と変わらず人相不明な状態。だが"焦げ茶色の髪"と"六連回転式銃"シックスリボルバーの手がかりが増えていた。
(髪バレちまったなぁ、銃のことまで公開か…にしても…)
 眺め見ながらガシガシと髪を掻き、耳朶を摘み弄る。それはくれてやると言ってセフェリノは店を出て行くが、彼はスタンの様子を面白そうに観察しているようだった。
 <獣の盗賊>の指名手配。その大きな変更点は、賞金額が銀貨30枚から大きく変わり、金貨3枚に。但し生け捕りに限る。どこぞの大海賊や犯罪者じゃあるまいし。殺生数少ない盗人に対してこれは…異常な額だ。
(面倒ごとが増えやがる…遅ぇしよぉ…)
 酒場を出て梯子先を探す道中、微かに見えるルクスバルト山脈を眺め見る。セフィの情報が正しいなら、キースもビアンカも無事だろう。なら何故まだ戻らない?考えないようにしていた不安が増し、スタンは眉を寄せてぼやいた。
「……遭難ってやつ、か?」


 四方で行方や安否が気遣われている中…いつぞやの山中にて──

 キースとビアンカは真っ暗な山の真っ只中を歩いていた。獣道とも言えない雪の中を、二人は黙ったまま数時間以上歩いている。
 お互い気づいていたが何も言わない、口に出さない。が……これは遭難だ。
「…ごめん…ちょっと、待って」
 ビアンカが足を止め呟き程度に声をかける。先を歩いていたキースも足を止めた。止まったら余計寒ぃ…昨日だったか雨に遭い、身体は濡れたまま。春近しといえどここはまだ雪解け前の山で、寒い以外の感想は無い(ちなみにこの山が雪を被るのも稀だった)。
 二人共外套以外まともな防寒具はなく、ランプのオイルも尽きてしまった。さらに雨のせいで雪が凍り歩きづらい(二人共何度か滑り転んでいる)。キースはビアンカに歩み寄るが、いつもの嫌味や辛辣な言葉はなく、
「…これ着ろ」
「え、でも、」
「いい…迷ったの、俺のせいだし…」
 羽織っていた外套をビアンカに渡し、キースは近くの岩場に腰掛けてしまった。外套も濡れたままだが無いよりマシだ。さっきからカチカチ歯ぁ鳴らしやがって、盗人より海賊のほうが寒がりだろうよ…
 此処まで来る間にちゃんとした道へ出れもしたのだが、ジェラルドや捜索隊が戻って来る恐れがあり、方角だけ確かめ道無き道を進んだ。それがいけなかったのだ。
 素直なキースにビアンカも自責の念に駆られ、また泣き出しそうな顔になった。
「全部、あたしのせいだ…ごめんなさい」
「それマジやめろ、泣き虫」
「まだ泣いてない」
「まだもクソもねぇ…やめろ…」
 隣に腰掛け半泣き状態なビアンカ。二人して小刻みに震え、寒さに耐えている。食糧は日暮れ前に分けあったのが最後で、水も無い。座ったのが良くなかったのか、身体の震えが大きくなる。
 目の前がぼんやりする…いよいよヤベぇな…我ながら上手く撒いたと思ったが、これはダサい。先に行かせたサーシャが気を利かせて戻ってくるなんて、ことは……つい期待してしまうが、今回ばかりは無理だろう。
 ビアンカは渡された外套を広げ、二人で包まれるように背中へ掛けるが、キースの身体が反対の方向へ傾いてしまう。疲れと眠気が容赦なく襲ってきていた。
「キース…寝たらヤバいよ、ねぇ…」
 こんな状況は初体験だが、事の重大さは海賊でもわかる。今寝たら最期、永遠に起きない…何度も肩を揺すられ必死に瞼を持ち上げるキースだったが、ふと揺れが止み、
「なんだろ…あれ」
 ビアンカの目が何かを捉えた。
 待っててと言うなり彼女は何処かへ行ってしまい、キースは目で追ったが重たい瞼に阻まれ視界が暗くなった。
 とうとう寝転んでしまい、意識が沈んでいく。
(んな、とこで……戻る…だろ…パール…)
 目を閉じてしまったキースの耳に、ビアンカの声は届かなかった。
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