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安全な森の泉で赤目を鷹は降ろした。赤目の体は穴だらけだ。骨や内臓が見えている。
赤目は静かに目を開けると、目の前に見慣れた白い狼の顔が見えた。
「何故、俺を助けた?」
赤目の言葉に鷹は首をかしげた。
「今なら俺を食えるぞ」
赤目は血だまりのなかで寝ている。
鷹はなんとなく顔を赤目の顔に寄せた。
「お前は変な犬だ、鷹」
赤目は手を伸ばして狼の背中に触れた。鷹の背中に複数の矢が刺さっていた。鷹の流れ出す血が赤目を包んでいく。
「鷹、お前の血は温かいな」
これが妖怪の血だ。赤目はゆっくり目を閉じる。赤目の体が勝手に妖怪の血を吸収していく。
「俺の血を飲め」
白い犬にそっくりな狼は体を丸めたまま動かなかった。
「死ぬぞ」
「いいよ。だって少しでも赤目の血を飲んだら赤目の肉食べたくなっちゃうもん」
鷹にとって、赤目は強い憧れの存在だ。
物悲しげに見つめてくる狼の瞳に、赤目の遠い過去がよみがえりそうになる。
鷹の眼差し、この目を見たことがある。
「馬鹿な犬だな。今矢を抜いてやる」
一気に狼の背中に突き刺さった矢を引き抜くと、鷹は甲高いうめき声をあげた。犬の目に涙が浮かんでいるのに、赤目は笑った。
「さて、この辺りには俺は鬼と知られている。早く離れなければまずいな」
「動けないよ」
「動け、死ぬぞ」
「赤目の、いじわる」
白い狼は甲高い鳴き声をあげて顔を自分の前足に埋めた。
赤目の傍に手のひらくらいの大きさの子鬼が寄ってきて、赤目の肉を食らい始めた。赤目の代わりに鷹が威嚇して子鬼を追い払った。すると突然おかしなことに鷹は金縛りにあい、動けなくなった。
人の気配はまったくしなかったはずが、いつのまにか目の前に老人が立っていた。農民が着ている木の皮の服で、生きているのが不思議なほど生気を感じない老人だった。
「お主ら珍しいの。狼なんぞ五十年ぶりに見る」
すぐさま赤目は刀を抜いて、その老人に向けた。
「お前は誰だ?」
「人に化けた狐じゃ。大野と申す。赤い目のなぜお主は子鬼に食われておる。実体などない子鬼が肉を食らうなどあり得ぬことだが」
「黙れ。俺に食われたくなければ去れ」
人と老人を食うのは赤目の趣味ではない。
「ふむ?おかしな男じゃ。妖怪が妖怪をくうつもりか?ま、これも何かの縁じゃ。何か困りごとでもあったらわしを呼べばいい。妖怪の子供よ」
そういうと、老人の姿狐の姿にかわり、狐が走り去っていった。
目を閉じると、赤目は規則正しい寝息をたてはじめた。赤目はやはり疲労困憊だったらしい。鷹もほっとして、赤目の横で目を閉じた。
赤目は目を閉じるとあの男が思い浮かぶ。深い眠りの中で意識が沈み、遠い昔のことを考えていた。
目の見えない男。名前は鷹里。赤目が殺そうとした男。でも赤目は殺さなかった鷹里。いや、殺せなかったのか・・・。
村人や両親は赤い目をした赤目を恐ろしがった。いつしか赤目は自らが、人ではなく化け物だと思うようになった。赤目は自分が人間とは違う生き物なのだと、だから俺は人を殺しても悲しむことはないし、人の肉を食らいたいと思うと鷹里に告げた。すると鷹里は首を横にふって言った。
「あなたは化け物などではない。あなたは人です」
「お前は目が見えぬから」
俺は異形の赤い目をしている。鷹里はその姿が目で見えないから。
「だからこそいうのです」
そういうと、目が見えない鷹里という男は笑った。赤目は鷹里のいう意味がわからなかった。赤目は何人も殺して生き物の肉を食らってしまっている。
・・・・俺はお前も食らおうとしていた。今でも腹が減るとお前の血をすすりたくなる。それでもお前はそんな風にして笑えるのか?
「おかしなことをいう」と、いうと幼い赤目は眉にしわを寄せた。そんな赤目の頭を鷹里は撫でた。
「目が見えない私も・・・、あなたと大差ありませんよ。自分がかけている部分を補いたいとあなたはただ思っているだけです」
言って微笑む盲目の男を赤目は見上げた。
そう。
この狼はあの男に似ているのだ。
幼い自分は母親に疎まれて、殺されそうになっていた。小さなころには大男にも肉を食われて、殺されそうになった。
赤目は助けをもとめて手を伸ばす。
手を伸ばしたさきに一人の女がいた。
美しいあの女。
赤目がただひたすら求めていた女の姿はやがて香代の姿に代わった。
香代とであったときのことを思い出す。
赤目は追われて、小さな小さな国の友野の国にやってきた。
友野の里は帝の力も及ばない小さな国をきずいていた。その国の奥深くには赤い目の鬼が出るとされていた。里の者どもはたいそう怖がり、鬼を怒らすと、作物を取られると思い込み、赤目の元に一人の女の生贄を送り込んできた。
両手を縛られたその女。村人を恨むでもなく、何もかもどうでもよいというように膝を抱えてうずくまっていた。
その女は美しい顔立ちをしていたが、あまりに悲壮感漂わせる姿に性欲も萎え、千鬼は抱く気も起らなかった。
「おい、娘。お前をどうこうするつもりはない。戻りたければ村に戻れ」
娘を千鬼は村に帰そうと考えた。
「ねぇ、あなた化け物なのですか?」
「さぁな。妖怪も人間の肉も食うが」
「私も食おうとしているの?」
女が千鬼に自らを食らうかと、問いかける。村人に何を聞かされてこの女は千鬼の元に来たのか・・。
「生きている人間は食わない。生きている人間を食らうと何かとうるさいからな」
「・・・・死肉を食べるのですか?」
「そうだ」
赤目の言葉に何を思ったのか。娘は黙り込んで地面に指で絵を書いていた。
「お前の名前は?」
「・・・・」
何も答えず娘はずっと黙って地面だけをみていた。
正直女が邪魔だったが、死んだら肉にもなるし、携帯食としてかってやることにした。
適当に山菜や魚を採って娘にやっていると、突然娘は赤目に聞いてきた。
「私は香代。あなたの名前は?」
「名などない」
「ななし、あなたの顔は美男子なのですね」
「どういう意味だ?」
「あなたの顔立ちは整っているのかということですよ。良かった。あなたは殺人鬼というわけでは無さそうだし、私はあなたの嫁になろうと思います。よろしいですか?」
「嫁?」
赤目はその頃言葉の意味を習っていないので嫁という意味は知らなかった。
「あなたの傍にいる。そういう意味ですよ」
赤目の後をついてくる女はうっとうしかったが、いつの間にかそれが当たり前になっていった。
村人は赤い目をした赤目を恐ろしがった。赤目は自分が人間とは違う生き物なのだと女に告げた。
「あなたは化け物などではありません。あなたは普通の人です」
「おかしなことをいう」
香代との生活穏やかな生活が一月すぎたころ、村人はもう一人死にかけの子供をよこしてきた。
「かわいそうに」
香代は悲しそうな顔をして涙を流していた。
ほんの気まぐれに死にかけの子供に赤目は血を与え、雪と名付けた。
それがすべての災いとなった。
赤い目は禍々しい。化け物」
そんな声が小さな子供を追いかけていく。子供は必死に逃げた。
優しい女が遠くで手招きしている。
人ではない醜い爛れた手が、子供の顔の肉、腹の肉をもぎ取っていく。絶叫を上げる。意識が反転する瞬間、悲しげな女の顔がみえた。
そこで目を覚ました。いつもの悪夢だ。だがいつも悪夢に現れる悲しげな女の顔は誰だろう?
この寒いのに、悪夢で随分汗をかいた。横を見ると、白い犬と子供が寝ている。刀を引き寄せた。
赤目が目を覚ますと、そこには香代はいない。いるのは涎を垂らして寝ている鷹という白い犬だけだ。
そうだ。香代はもういない。香代は自らが助けようとした子供に殺された。
刀を腰にさしなおすと、一人赤目は歩き出した。
都に近づくと、この普通ではありえない赤い目を人に見られてはまずいため、両目を布で隠した。
日の光を感じて目を覚ますと、そこには赤目の姿はなかった。慌てて鷹は起き上がって赤目の匂いがする方に走った。
赤目の背後から鷹が駆け足で追いかけてきた。
待ってよ!赤目。どうしておいて行ってしまうの?
「去れ、もうお前は必要がない」
ところがいつまでも後ろから白い犬がついてくる。赤目は吐息をつくと、後ろを振り返った。
「何故ついてくる?」
問いかけても鷹は甲高い鳴き声をあげるだけで、何故ついてくるのかは答えない。
「俺についてくると死ぬぞ」
やはり答えず、鷹は黙って赤目の後をついて行った。
道の横にある林から刀を抜いた複数の男達が現れた。赤目を取り囲む殺気立つ気配に赤目は溜息をついた。
「野盗のたぐいか。懲りぬことだ」
赤目は刀を静かに抜いて言った。
「後が面倒だからな。殺させてもらう」
赤目は凄い速さで野盗の男達を切り伏せた。
鷹は感動した。自らは一族の中でも弱い狼だが、赤目は牙をもたないのに、強い。
でも同時に切られることを恐れてないから赤目が強いということには鷹はこのとききづいてなかった。
「待って!」
赤目は脇目もふらずに足早に鷹を置いて歩いていってしまう。慌てて鷹は赤目の後を追いかける。
「待ってよ、赤目。どこへ行くの?」
赤目は答えない。
歩くたび、土煙が空気に舞う。
寒さも相まって、鷹はくしゃみをする。
もう歩いて二時間以上たった。
何時の間にか日が落ち、青い月が昇っていた。
空気が凍てついて、毛皮がない狼の鼻先がひりひりいたくなった。
やっと歩くのをやめ、休む気になった赤目は木によりかかり、座って目を閉じた。
座った赤目の冷えた体を温めるように鷹は寄り添って横になった。
「お前は本当に狼なのか?」
どうして?
「肉食の獣には思えないな」
赤目は鷹が肉食の獣に見えないらしい。狼だということに疑問を持たれて鷹はむっと、する。
鷹は狼の中でも弱いし、女々しいと評され、よく馬鹿にされていた。
僕はほこり高い狼だ。
狼である鷹は胸を張ってそう言い張る。
「そう思っているのはお前だけかもしれないぞ。実は狼ではないかもしれんな」
赤目は意地悪だった。僕が狼だと信じようとしないらしい。
ウは、僕は狼だよ?牙もあるし、姿形も。
どう見たって鷹の姿は狼だ。何千何百の人間が見たってそういう。
「狼だと誰が言える?妖怪の中に一人人間がいて、そいつが人間だとどうわかる?」
赤目こそ、人間におもえないよ。
そうかと、赤目は笑う。
横になっている赤目を覆う狼のふさふさの毛並。
「鷹、お前は温かいな。何故温かいのか。切り裂いて腹の中をみればわかるのか」もう随分歩いた。人間よりも体力のある僕も疲れて、口から唾液が垂れた。
その日も野宿で終えた。
赤目は静かに目を開けると、目の前に見慣れた白い狼の顔が見えた。
「何故、俺を助けた?」
赤目の言葉に鷹は首をかしげた。
「今なら俺を食えるぞ」
赤目は血だまりのなかで寝ている。
鷹はなんとなく顔を赤目の顔に寄せた。
「お前は変な犬だ、鷹」
赤目は手を伸ばして狼の背中に触れた。鷹の背中に複数の矢が刺さっていた。鷹の流れ出す血が赤目を包んでいく。
「鷹、お前の血は温かいな」
これが妖怪の血だ。赤目はゆっくり目を閉じる。赤目の体が勝手に妖怪の血を吸収していく。
「俺の血を飲め」
白い犬にそっくりな狼は体を丸めたまま動かなかった。
「死ぬぞ」
「いいよ。だって少しでも赤目の血を飲んだら赤目の肉食べたくなっちゃうもん」
鷹にとって、赤目は強い憧れの存在だ。
物悲しげに見つめてくる狼の瞳に、赤目の遠い過去がよみがえりそうになる。
鷹の眼差し、この目を見たことがある。
「馬鹿な犬だな。今矢を抜いてやる」
一気に狼の背中に突き刺さった矢を引き抜くと、鷹は甲高いうめき声をあげた。犬の目に涙が浮かんでいるのに、赤目は笑った。
「さて、この辺りには俺は鬼と知られている。早く離れなければまずいな」
「動けないよ」
「動け、死ぬぞ」
「赤目の、いじわる」
白い狼は甲高い鳴き声をあげて顔を自分の前足に埋めた。
赤目の傍に手のひらくらいの大きさの子鬼が寄ってきて、赤目の肉を食らい始めた。赤目の代わりに鷹が威嚇して子鬼を追い払った。すると突然おかしなことに鷹は金縛りにあい、動けなくなった。
人の気配はまったくしなかったはずが、いつのまにか目の前に老人が立っていた。農民が着ている木の皮の服で、生きているのが不思議なほど生気を感じない老人だった。
「お主ら珍しいの。狼なんぞ五十年ぶりに見る」
すぐさま赤目は刀を抜いて、その老人に向けた。
「お前は誰だ?」
「人に化けた狐じゃ。大野と申す。赤い目のなぜお主は子鬼に食われておる。実体などない子鬼が肉を食らうなどあり得ぬことだが」
「黙れ。俺に食われたくなければ去れ」
人と老人を食うのは赤目の趣味ではない。
「ふむ?おかしな男じゃ。妖怪が妖怪をくうつもりか?ま、これも何かの縁じゃ。何か困りごとでもあったらわしを呼べばいい。妖怪の子供よ」
そういうと、老人の姿狐の姿にかわり、狐が走り去っていった。
目を閉じると、赤目は規則正しい寝息をたてはじめた。赤目はやはり疲労困憊だったらしい。鷹もほっとして、赤目の横で目を閉じた。
赤目は目を閉じるとあの男が思い浮かぶ。深い眠りの中で意識が沈み、遠い昔のことを考えていた。
目の見えない男。名前は鷹里。赤目が殺そうとした男。でも赤目は殺さなかった鷹里。いや、殺せなかったのか・・・。
村人や両親は赤い目をした赤目を恐ろしがった。いつしか赤目は自らが、人ではなく化け物だと思うようになった。赤目は自分が人間とは違う生き物なのだと、だから俺は人を殺しても悲しむことはないし、人の肉を食らいたいと思うと鷹里に告げた。すると鷹里は首を横にふって言った。
「あなたは化け物などではない。あなたは人です」
「お前は目が見えぬから」
俺は異形の赤い目をしている。鷹里はその姿が目で見えないから。
「だからこそいうのです」
そういうと、目が見えない鷹里という男は笑った。赤目は鷹里のいう意味がわからなかった。赤目は何人も殺して生き物の肉を食らってしまっている。
・・・・俺はお前も食らおうとしていた。今でも腹が減るとお前の血をすすりたくなる。それでもお前はそんな風にして笑えるのか?
「おかしなことをいう」と、いうと幼い赤目は眉にしわを寄せた。そんな赤目の頭を鷹里は撫でた。
「目が見えない私も・・・、あなたと大差ありませんよ。自分がかけている部分を補いたいとあなたはただ思っているだけです」
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そう。
この狼はあの男に似ているのだ。
幼い自分は母親に疎まれて、殺されそうになっていた。小さなころには大男にも肉を食われて、殺されそうになった。
赤目は助けをもとめて手を伸ばす。
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赤目がただひたすら求めていた女の姿はやがて香代の姿に代わった。
香代とであったときのことを思い出す。
赤目は追われて、小さな小さな国の友野の国にやってきた。
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両手を縛られたその女。村人を恨むでもなく、何もかもどうでもよいというように膝を抱えてうずくまっていた。
その女は美しい顔立ちをしていたが、あまりに悲壮感漂わせる姿に性欲も萎え、千鬼は抱く気も起らなかった。
「おい、娘。お前をどうこうするつもりはない。戻りたければ村に戻れ」
娘を千鬼は村に帰そうと考えた。
「ねぇ、あなた化け物なのですか?」
「さぁな。妖怪も人間の肉も食うが」
「私も食おうとしているの?」
女が千鬼に自らを食らうかと、問いかける。村人に何を聞かされてこの女は千鬼の元に来たのか・・。
「生きている人間は食わない。生きている人間を食らうと何かとうるさいからな」
「・・・・死肉を食べるのですか?」
「そうだ」
赤目の言葉に何を思ったのか。娘は黙り込んで地面に指で絵を書いていた。
「お前の名前は?」
「・・・・」
何も答えず娘はずっと黙って地面だけをみていた。
正直女が邪魔だったが、死んだら肉にもなるし、携帯食としてかってやることにした。
適当に山菜や魚を採って娘にやっていると、突然娘は赤目に聞いてきた。
「私は香代。あなたの名前は?」
「名などない」
「ななし、あなたの顔は美男子なのですね」
「どういう意味だ?」
「あなたの顔立ちは整っているのかということですよ。良かった。あなたは殺人鬼というわけでは無さそうだし、私はあなたの嫁になろうと思います。よろしいですか?」
「嫁?」
赤目はその頃言葉の意味を習っていないので嫁という意味は知らなかった。
「あなたの傍にいる。そういう意味ですよ」
赤目の後をついてくる女はうっとうしかったが、いつの間にかそれが当たり前になっていった。
村人は赤い目をした赤目を恐ろしがった。赤目は自分が人間とは違う生き物なのだと女に告げた。
「あなたは化け物などではありません。あなたは普通の人です」
「おかしなことをいう」
香代との生活穏やかな生活が一月すぎたころ、村人はもう一人死にかけの子供をよこしてきた。
「かわいそうに」
香代は悲しそうな顔をして涙を流していた。
ほんの気まぐれに死にかけの子供に赤目は血を与え、雪と名付けた。
それがすべての災いとなった。
赤い目は禍々しい。化け物」
そんな声が小さな子供を追いかけていく。子供は必死に逃げた。
優しい女が遠くで手招きしている。
人ではない醜い爛れた手が、子供の顔の肉、腹の肉をもぎ取っていく。絶叫を上げる。意識が反転する瞬間、悲しげな女の顔がみえた。
そこで目を覚ました。いつもの悪夢だ。だがいつも悪夢に現れる悲しげな女の顔は誰だろう?
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赤目が目を覚ますと、そこには香代はいない。いるのは涎を垂らして寝ている鷹という白い犬だけだ。
そうだ。香代はもういない。香代は自らが助けようとした子供に殺された。
刀を腰にさしなおすと、一人赤目は歩き出した。
都に近づくと、この普通ではありえない赤い目を人に見られてはまずいため、両目を布で隠した。
日の光を感じて目を覚ますと、そこには赤目の姿はなかった。慌てて鷹は起き上がって赤目の匂いがする方に走った。
赤目の背後から鷹が駆け足で追いかけてきた。
待ってよ!赤目。どうしておいて行ってしまうの?
「去れ、もうお前は必要がない」
ところがいつまでも後ろから白い犬がついてくる。赤目は吐息をつくと、後ろを振り返った。
「何故ついてくる?」
問いかけても鷹は甲高い鳴き声をあげるだけで、何故ついてくるのかは答えない。
「俺についてくると死ぬぞ」
やはり答えず、鷹は黙って赤目の後をついて行った。
道の横にある林から刀を抜いた複数の男達が現れた。赤目を取り囲む殺気立つ気配に赤目は溜息をついた。
「野盗のたぐいか。懲りぬことだ」
赤目は刀を静かに抜いて言った。
「後が面倒だからな。殺させてもらう」
赤目は凄い速さで野盗の男達を切り伏せた。
鷹は感動した。自らは一族の中でも弱い狼だが、赤目は牙をもたないのに、強い。
でも同時に切られることを恐れてないから赤目が強いということには鷹はこのとききづいてなかった。
「待って!」
赤目は脇目もふらずに足早に鷹を置いて歩いていってしまう。慌てて鷹は赤目の後を追いかける。
「待ってよ、赤目。どこへ行くの?」
赤目は答えない。
歩くたび、土煙が空気に舞う。
寒さも相まって、鷹はくしゃみをする。
もう歩いて二時間以上たった。
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空気が凍てついて、毛皮がない狼の鼻先がひりひりいたくなった。
やっと歩くのをやめ、休む気になった赤目は木によりかかり、座って目を閉じた。
座った赤目の冷えた体を温めるように鷹は寄り添って横になった。
「お前は本当に狼なのか?」
どうして?
「肉食の獣には思えないな」
赤目は鷹が肉食の獣に見えないらしい。狼だということに疑問を持たれて鷹はむっと、する。
鷹は狼の中でも弱いし、女々しいと評され、よく馬鹿にされていた。
僕はほこり高い狼だ。
狼である鷹は胸を張ってそう言い張る。
「そう思っているのはお前だけかもしれないぞ。実は狼ではないかもしれんな」
赤目は意地悪だった。僕が狼だと信じようとしないらしい。
ウは、僕は狼だよ?牙もあるし、姿形も。
どう見たって鷹の姿は狼だ。何千何百の人間が見たってそういう。
「狼だと誰が言える?妖怪の中に一人人間がいて、そいつが人間だとどうわかる?」
赤目こそ、人間におもえないよ。
そうかと、赤目は笑う。
横になっている赤目を覆う狼のふさふさの毛並。
「鷹、お前は温かいな。何故温かいのか。切り裂いて腹の中をみればわかるのか」もう随分歩いた。人間よりも体力のある僕も疲れて、口から唾液が垂れた。
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