毒婦  令嬢警視ヘレナ

Helena

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5. 婚約者にまつわる灰色のうわさ

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令息と入れ替わるように、王立警察の検視官が公園管理棟の医務室に到着した。

慌ただしく検視の準備が始まる。
とはいえ、この世界では解剖は許されていない。医師による目視とサンプルの採取のみがやっとだ。

口元の汚れについて検視官に耳打ちしてから、わたしは医務室を出て、令息が待つ応接室に向かう。


公園管理棟の質素な応接間の椅子に血の気のない顔をした少年が身体を沈ませるように座っていた。警備のため扉付近に立っていた経験に目で合図し、扉の外で待つよう伝える。

温かいお茶の一杯でも差し上げたいところだが、今は控えたほうがいいだろう。なにしろ毒の使用が疑われる事件の真っ只中にわたしたちはいるのだ。


ロード


わたしは簡易な礼をとり、令息に話しかける。


ロード、お待ちいただく間、少しお話をうかがってもよろしいでしょうか」


「ああ、あなたか。何を聞きたい?」


わたしはスカートの隠しから帳面と筆記具を取り出す。
残念ながら王立警察には女性警官の制服はないので、わたしはいつも黒と見間違えるほど濃い紺色のシンプルな外出着を着て現場に向かう。帳面に筆記具の他、わたしなりに考えた令嬢警視七つ道具を収納できる隠しを搭載した特注品である。長く真っ直ぐな濃い茶色の髪をひとつに結い上げているので、令嬢にしては目元がきりきりしている。


「先程、あなた様はおっしゃいました。『あいつのせいだ』と。」


令息はわたしの言葉にゆるく顔を上げた。


「その真意についてお聞かせいただけませんか」


一瞬、その白い顔に躊躇がよきったので畳み掛ける。


「ここにはわたしの他だれもおりません。他言するなと仰せであればわたしの胸だけ留めます」


─┘─┘─┘─┘─┘─┘─┘─┘─┘─┘


「……あなたはカクタス子爵に関する巷のうわさを聞いたことがあるだろうか?」


「……はい、おおまかなことは。カクタス子爵が婚約者ではない女性を連れ歩いているといううわさですね」


令息、ジョージ卿は苛立ちを押し隠しているのだろう。うつむいて床を睨みながら話を進めた。


「そのうわさは事実だ。相手はとある伯爵家の令嬢だ」


うわさ話を要約すると、カクタス子爵はそのとある伯爵家令嬢に籠絡され、王太子の側近として優秀といわれた頭脳をどこかに置き忘れたとしか思えないほどの愚行を繰り返すようになっていた。

お忍びよろしく庶民のカップルに扮して、昼間から市井の酒場で酒を飲みそのまま夜の街に消えたとか、取り巻きを引き連れて歌劇場で大騒ぎをおこした姿が目撃されている。他にも保養地の公爵所有の別荘にこもって自堕落に過ごしているなどとうわさされていた。事実であるなら、若気の至りで片付けるにはあまりにも目に余る事態だ。

ただ相手の女性については、うわさでは特定されておらず、新興商家の娘だとか、有名な遊女であるとか、はたまた貴族の未亡人であるとかさまざまな憶測が飛び交っていた。


「伯爵家の令嬢……。シトラス侯爵家で調査なされたのですね?」


「ああ、そうだ。父上は結婚前の火遊び程度ならば見逃すつもりだったそうだ。私は納得いかないが。」


ジョージ卿は顔を上げると怒りに満ちた目で私を見て続けた。


「しかし、相手が貴族令嬢ならば話は変わってくる。あの男を呼び出し、どういうつもりなのか問い質すとうわさはすべて事実と認めた。笑って、事もなげに、だ。そしてあの伯爵家の令嬢は自分の運命の相手なのだと」


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