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4.シトラス侯爵令嬢ジュリエット
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シトラス侯爵令嬢ジュリエットは、淑女として将来を嘱望された女性だった。
変人枠の「令嬢警視」であるわたしとは大違いの本物の令嬢だ。
王都郊外に広大な土地を所有する裕福な侯爵家の長女として生まれ、家族に愛され育った。とくに8歳年の離れた弟であるシトラス侯爵令息ジョージのこの姉に対する愛着は有名で「姉上と結婚する!」と毎日のように可愛いワガママを言っては周囲を苦笑させていた。しかし当然のその思いは実現することなく、ジュリエット一六歳のときに名門公爵家の継嗣で五歳年上で現在カクタス子爵を名乗る、アンドリューとの婚約が結ばれ、三年間の婚約期間を経て近く結婚する予定だった。
婚約者カクタス子爵アンドリューは、幼少の頃から王太子の側でともに育った側近中の側近で、王太子が即位したときには、その親政を支える重要人物と目されている。豪放磊落な性格でこの国を照らす太陽のような現国王のもとにあってはどうしても存在感が薄くなりがちな王太子を常に励ますカクタス子爵はこの国の将来に欠かせない人物とみられていた。
シトラス侯爵令嬢ジュリエットは、栗色の髪にグリーンの瞳をもつ美少女であったが、本人はそれを鼻にかけるでもなく、微笑みを絶やさない穏やかなふるまいで、男女問わず多くの若い貴族子女に人気があった。
わたしが知っているシトラス侯爵令嬢ジュリエットについての基本情報はこんなところだ。
面識のないわたしでもここまで知っているほど、影響力の大きな人物なのだ。
この令嬢の死が世間に知られたら、大騒ぎどころではないだろう。
「令嬢のご家族にはもうご連絡はついているのか?」
「ああ、巡査を走らせた。もう着いている頃だろう」
背後では、同僚たちがこの後の現実的な問題につてい話し合っている。
そこに白い影がもの凄い勢いで駆け込んできた。
そのあまりの勢いに一瞬出遅れたが、こう見えてわたしも警官の端くれ、同僚たちとともに影を取り押さえた。
「姉上、姉上!!」
その悲痛な叫びで影の正体がわかった。
美しく聡明な姉、ジュリエットを盲愛するシトラス侯爵令息ジョージであった。
─┘─┘─┘─┘─┘─┘─┘─┘─┘─┘
取り押さえられながら、寝台に横たわる姉の姿を見てしまった少年は目を見開き「ひぅぅ」と悲痛な叫びをもらした。みるみる涙をあふれさせ、全身にみなぎらせていた力が抜け、その場にへたり込んだ。
「あいつのせいだ……婚約なんてしなければ姉上は……」
わたしは少年の腕を取り押さえていた手を離し、少年の前にひざをつく。
「卿。わたくしは王立警察のヘレナ・ウィロウと申します。」
落ち着かせるように目をのぞきこんで
「失礼ながら、あなた様はシトラス侯爵ご令息でいらっしゃいますか」
少年は我に返り、自分の身分と場所柄を思い出したらしい。
「ああ、取り乱してすまなかった。私はシトラス侯爵長男のジョージだ。」
よろよろと立ち上がり、パンパンと叩いて衣服の乱れをなんとか整えようとするもその白い手は震えている。
「ジュリエットが、姉が事故に遭ったと聞き駆けつけたが、こ、殺されたと言っているのが聞こえ……」
「卿、一度この部屋を出ましょう。」
わたしは扉へ彼をうながす。
「しかし姉上が……」
「愛するご家族にあのお姿を見られることを姉上様はお望みになるでしょうか? きちんと清めてご家族のもとにお返しするとわたくしがお約束いたします。どうか同じ女性としてのわたしの願い、聞き入れていただけないでしょうか。」
「ああ、そうだな。きっと姉上はお怒りになるだろう。悪かった」
大粒の涙をこぼしながら少年は必死に大人の態度をとろうと試みる。
「別室を用意いたします。そこでしばしお待ち下さい、卿」
変人枠の「令嬢警視」であるわたしとは大違いの本物の令嬢だ。
王都郊外に広大な土地を所有する裕福な侯爵家の長女として生まれ、家族に愛され育った。とくに8歳年の離れた弟であるシトラス侯爵令息ジョージのこの姉に対する愛着は有名で「姉上と結婚する!」と毎日のように可愛いワガママを言っては周囲を苦笑させていた。しかし当然のその思いは実現することなく、ジュリエット一六歳のときに名門公爵家の継嗣で五歳年上で現在カクタス子爵を名乗る、アンドリューとの婚約が結ばれ、三年間の婚約期間を経て近く結婚する予定だった。
婚約者カクタス子爵アンドリューは、幼少の頃から王太子の側でともに育った側近中の側近で、王太子が即位したときには、その親政を支える重要人物と目されている。豪放磊落な性格でこの国を照らす太陽のような現国王のもとにあってはどうしても存在感が薄くなりがちな王太子を常に励ますカクタス子爵はこの国の将来に欠かせない人物とみられていた。
シトラス侯爵令嬢ジュリエットは、栗色の髪にグリーンの瞳をもつ美少女であったが、本人はそれを鼻にかけるでもなく、微笑みを絶やさない穏やかなふるまいで、男女問わず多くの若い貴族子女に人気があった。
わたしが知っているシトラス侯爵令嬢ジュリエットについての基本情報はこんなところだ。
面識のないわたしでもここまで知っているほど、影響力の大きな人物なのだ。
この令嬢の死が世間に知られたら、大騒ぎどころではないだろう。
「令嬢のご家族にはもうご連絡はついているのか?」
「ああ、巡査を走らせた。もう着いている頃だろう」
背後では、同僚たちがこの後の現実的な問題につてい話し合っている。
そこに白い影がもの凄い勢いで駆け込んできた。
そのあまりの勢いに一瞬出遅れたが、こう見えてわたしも警官の端くれ、同僚たちとともに影を取り押さえた。
「姉上、姉上!!」
その悲痛な叫びで影の正体がわかった。
美しく聡明な姉、ジュリエットを盲愛するシトラス侯爵令息ジョージであった。
─┘─┘─┘─┘─┘─┘─┘─┘─┘─┘
取り押さえられながら、寝台に横たわる姉の姿を見てしまった少年は目を見開き「ひぅぅ」と悲痛な叫びをもらした。みるみる涙をあふれさせ、全身にみなぎらせていた力が抜け、その場にへたり込んだ。
「あいつのせいだ……婚約なんてしなければ姉上は……」
わたしは少年の腕を取り押さえていた手を離し、少年の前にひざをつく。
「卿。わたくしは王立警察のヘレナ・ウィロウと申します。」
落ち着かせるように目をのぞきこんで
「失礼ながら、あなた様はシトラス侯爵ご令息でいらっしゃいますか」
少年は我に返り、自分の身分と場所柄を思い出したらしい。
「ああ、取り乱してすまなかった。私はシトラス侯爵長男のジョージだ。」
よろよろと立ち上がり、パンパンと叩いて衣服の乱れをなんとか整えようとするもその白い手は震えている。
「ジュリエットが、姉が事故に遭ったと聞き駆けつけたが、こ、殺されたと言っているのが聞こえ……」
「卿、一度この部屋を出ましょう。」
わたしは扉へ彼をうながす。
「しかし姉上が……」
「愛するご家族にあのお姿を見られることを姉上様はお望みになるでしょうか? きちんと清めてご家族のもとにお返しするとわたくしがお約束いたします。どうか同じ女性としてのわたしの願い、聞き入れていただけないでしょうか。」
「ああ、そうだな。きっと姉上はお怒りになるだろう。悪かった」
大粒の涙をこぼしながら少年は必死に大人の態度をとろうと試みる。
「別室を用意いたします。そこでしばしお待ち下さい、卿」
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