3 / 5
3.最初の事件
しおりを挟む
*閲覧注意* 残酷な描写があります。
事件のあらましはこうだ。
王都リンデンの郊外にある公園の遊歩道で散歩中の令嬢が突然倒れ、事切れたという。
死亡したのは、シトラス侯爵の長女ジュリエット。享年一八歳。
植物の観察を趣味としていた令嬢は大型の温室を備えたその公園にたびたび訪れていた。今日も午前十時ごろ侍女をひとり伴い、いつもと同じように遊歩道を歩いて温室に向かっていたが、途中で突然胸を押さえて苦しみだし、あっという間に意識を失い昏倒した。
侍女は悲鳴をあげ「姫さま! 姫さま!!」と呼びながら、崩れ落ちる令嬢の身体を支えるのが精一杯だった。
近くを通りがった紳士が悲鳴を聞いて公園の管理棟に走ったが、管理棟に駐在していた医師が駆けつけたときにはすでに令嬢の息はなかったという。
─┘─┘─┘─┘─┘─┘─┘─┘─┘─┘
わたしが現場に到着したとき、令嬢の遺体は公園の管理棟に運び込まれていた。
身分のある婦人の遺体をいつまでも屋外に置いておくわけにはいかない。「現場の保存」なんて概念はできたての王立警察にはないのである。あったとしても今の我が王立警察に微細な証拠を採取する手段もないのだから仕方がない。わたしは今できることをやるしかないのだ。
管理棟の医務室で診察用の寝台に横たわる遺体と対面した。
若さに輝いていたであろうその顔は、すでに土色になっている。
美しい白い昼用の衣装も一部土や草の汁で汚れていた。助けを待つ間に我に返った侍女が懸命に救命処置を施したのだという。細い首を覆うハイネックのレースや胸元の刺繍が一部乱れているのもそのためだという。
わたしは十分に時間をかけて仔細に遺体を観察した。
その様子に遺体に付き添っていた管理棟の医師は驚いていたが、同僚たちが慣れたものである。黙ってわたしの気の済むまで検分させてくれるのがありがたい。
目立つ外傷はない。
ただ口元にわずかに白い汚れがこびりついているのが気になった。
近づいて臭いをかぐ。特に口元は意識を集中して。
そうして隅でビクビクしている医師に向き直り声をかけた。
「わたくしは王立警察の警視、ヘレナ・ウィロウです。あなたが現場に最初に駆けつけた医師ですね?」
「は、はい、私が駆けつけました。この公園の医務室を預かっています医師のウォルシュです」
遺体を検分している間に同僚が、わたしが何者であるか説明してくれていたようだ。大方、「この人が、かの有名な”令嬢警視”だよ」などと言ったのだろう。しかし残念ながらそれが一番あますところなくわたしの立場とキャラクターを説明する言葉なのだ。令嬢警視なんて自称するのは恥ずかしいので、ここは同僚の口の軽さをありがたいと思っておくことにしよう。
「そうですか。では、あなたの見解を教えていただけませんか」
「……毒でしょうね」
わたしも同意見であった。
事件のあらましはこうだ。
王都リンデンの郊外にある公園の遊歩道で散歩中の令嬢が突然倒れ、事切れたという。
死亡したのは、シトラス侯爵の長女ジュリエット。享年一八歳。
植物の観察を趣味としていた令嬢は大型の温室を備えたその公園にたびたび訪れていた。今日も午前十時ごろ侍女をひとり伴い、いつもと同じように遊歩道を歩いて温室に向かっていたが、途中で突然胸を押さえて苦しみだし、あっという間に意識を失い昏倒した。
侍女は悲鳴をあげ「姫さま! 姫さま!!」と呼びながら、崩れ落ちる令嬢の身体を支えるのが精一杯だった。
近くを通りがった紳士が悲鳴を聞いて公園の管理棟に走ったが、管理棟に駐在していた医師が駆けつけたときにはすでに令嬢の息はなかったという。
─┘─┘─┘─┘─┘─┘─┘─┘─┘─┘
わたしが現場に到着したとき、令嬢の遺体は公園の管理棟に運び込まれていた。
身分のある婦人の遺体をいつまでも屋外に置いておくわけにはいかない。「現場の保存」なんて概念はできたての王立警察にはないのである。あったとしても今の我が王立警察に微細な証拠を採取する手段もないのだから仕方がない。わたしは今できることをやるしかないのだ。
管理棟の医務室で診察用の寝台に横たわる遺体と対面した。
若さに輝いていたであろうその顔は、すでに土色になっている。
美しい白い昼用の衣装も一部土や草の汁で汚れていた。助けを待つ間に我に返った侍女が懸命に救命処置を施したのだという。細い首を覆うハイネックのレースや胸元の刺繍が一部乱れているのもそのためだという。
わたしは十分に時間をかけて仔細に遺体を観察した。
その様子に遺体に付き添っていた管理棟の医師は驚いていたが、同僚たちが慣れたものである。黙ってわたしの気の済むまで検分させてくれるのがありがたい。
目立つ外傷はない。
ただ口元にわずかに白い汚れがこびりついているのが気になった。
近づいて臭いをかぐ。特に口元は意識を集中して。
そうして隅でビクビクしている医師に向き直り声をかけた。
「わたくしは王立警察の警視、ヘレナ・ウィロウです。あなたが現場に最初に駆けつけた医師ですね?」
「は、はい、私が駆けつけました。この公園の医務室を預かっています医師のウォルシュです」
遺体を検分している間に同僚が、わたしが何者であるか説明してくれていたようだ。大方、「この人が、かの有名な”令嬢警視”だよ」などと言ったのだろう。しかし残念ながらそれが一番あますところなくわたしの立場とキャラクターを説明する言葉なのだ。令嬢警視なんて自称するのは恥ずかしいので、ここは同僚の口の軽さをありがたいと思っておくことにしよう。
「そうですか。では、あなたの見解を教えていただけませんか」
「……毒でしょうね」
わたしも同意見であった。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m
君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる