女神の末裔

Helena

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女神の末裔【番外編・後日談の後日談】 妹に許婚を奪略されたけど貴い人に愛されたので結果オーライ(2)

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さらにわたくしに追い打ちをかけたのは、母の死である。


この家の後継者として、まだまだ未熟な自分。もっと教わることがたくさんあった。しかし母は女神の怒りを買った妹の不始末の方を付けるため命がけの鎮めの祭りを行い、そのまま命を落としてしまった。わたくしに詫びながら。


残された父とわたくしは、歯を食いしばって今日までやってきた。
家族の不始末だ。誰を責めることもできない。


そして、わたくしができればもう少し避けていたかった話が舞い込んできた。縁談だ。


それは、いつもお世話になっている近隣の神社の神職さんからのお話。今回のことでは、大変な心配と迷惑をかけてしまった。だから無下に断ることもできない。


正直もう少し猶予がほしかった。許婚、婿、結婚といった話も文字もしばらく聞きたくないし、みたくない。だってひどい目に合ったのだ。幼いころからともに育ち、信頼もしていた相手だった。恋や愛というのは正直よくわからないけれど、労わりあい信頼し合うことができると努めてきたが自分ではどうにもならない理由で相手に疎まれた。その傷はいまだ癒えていない。またわたくしに誰かを信じることができるのだろうか。


しかしこの家を受け継いでいくためには未婚でいることは許されない。この家の娘はわたくししかいないのだ。


縁談の詳細を聞くため神社に赴いていた父が帰ってきた。わたくしの気持ちをよくわかってくれているため、神妙な顔して出かけていったのに、今は目元がゆるんでおり頬もわずかに紅潮している。こんな表情を見たのはいつぶりだろうと思う。



「佐保子や、たいへんなことになった。朗報だ!!」



「父様。随分興奮なされて。いいお話だったのですか?」



「お前の婿にきてくださるのは、宮様だ! 夕霞宮様だ」








夕霞宮。



美男で博識の宮様として国民にも人気が高い。



古代の詩歌の研究者としても有名であり、じつはわたくしもよく知る方だった。



研究成果の論文を発表した学会誌を取り寄せたり、新聞記事を切り抜き大切に保存したりと遠くから憧れていたのだ。



そんなお方が、この片田舎の、それも公家でも武家でもないしがない商家の、しかもひどい醜聞があったばかりの家に婿にくる?



そんな夢みたいな話があっていいはずがない。



何度も父に確認したが間違いないという。



なんでも、かの神社の神職が宮廷につかえるご友人にわが家のことをご相談してくださったのがきっかけでご縁づいたとのこと。信じきれないわたくしに神職さんはにこにこと柔らかくほほ笑みながら「この爺が保証します。佐保子様にぴったりな方ですよ」と胸を叩いた。頭の中の疑問符が増えただけだった。


その自信はどこからくるのかしら。そう思っていると



「まあ、宮様に会えばお分かりになりますよ」








妹に許婚を奪われた女であるわたくしには、ただの縁談でも荷が重いというのにあまりに過ぎた良縁。



毎日毎日、焦燥感にさいなまれた。考えることが多すぎてなにから考えていいのかわからない。しかも考えたところで答えのでる悩みではない。わたくしの立場では断ることも逃げることもできないのだ。ただ運命に身をまかせるしかない。わかってはいても、気が付くと緊張に手を強く握って身を固くしている自分がいた。


そうこうするうちに面談の日が決まった。



そうよ、宮様がお断りになるかもしれないのだし!



その可能性にようやく気付いたわたくしは少しだけ身体から力を抜くことができた。



しかし、直接会ってお話すると考えると先ほどとは別の種類の緊張が襲う。想像しただけで顔が火照る。幼いころから叩き込まれた礼法もすべて投げ捨てて、その辺に身を投げ出して足をじたばたしたいくらいだ。



やっぱりこんなわたくしでは、宮様にふさわしくない。きっと困惑されて、お断りになるわ。



毎日こんなことを脳内で繰り返し考えているうちに当日がきてしまった。



なにも考えられないわたくしに代わって、子どものころから世話をしてくれている使用人たちが万事用意してくれた。父もわたくしと同じくらい舞い上がっている。



宮様の乗った汽車が最寄りの駅に到着したとの一報が入る。一同、緊張感に包まれる。宮様は洋装でいらしたので洋間でおもてなしをと誰かが号令している。



ああ、もうやだ。気が遠くなりそう。助けて!



「宮様におかれましては……」



父様がご挨拶をする声が聞こえる。



「佐保子様、佐保子様、しっかりなさってください。もう宮様はご到着されましたわ」



女中に叱咤されて遠くなりかけていた気が戻ってきた。



しっかりしなければ。



ありがたいことに身体で覚えた行儀作法は多少気が動転していても自動でわたくしを運んでくれるようだ。




ほどよい距離をはかりつつ、顔を軽く伏せたまま進み出る。




深みのある黒いフロックコート。ピカピカ輝くオペラパンプス。




もうすぐそこに。



すると突然視界に美麗な顔が割り込んできた。わたくしの顔をのぞき込むまなざし。新聞の小さな写真で拝見するよりもさらにすてき。


あら、わたくし、まだ顔をあげていないのに???



なんと宮様がわたくしの前で跪いているではないか!



油断すると遠のきそうな気を叱咤激励し、混乱する頭でどのように対処すればいいか必死に考えるが、わたくしはそこにぼんやり立ち尽くして宮様の顔を眺めるしかできなかった。



でも不思議と怖くなかった。


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