女神の末裔

Helena

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女神の末裔【番外編・後日談の後日談】 妹に許婚を奪略されたけど貴い人に愛されたので結果オーライ(1)

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わたくしには妹と許婚がいた。

過去形なのは、ふたりとも去ってしまったから。





妹の多津子は、わたくしの許婚であった男と通じ、子までを成し、それに怒ったわが家の家神である女神の制裁で”忌み人”と呼ばれる存在に堕ちてしまった。

わたくしが言うと身内びいきと言われそうだが、女神の罰が当たる前の妹はそれはそれは美しい少女だった。

自分の感情を抑えるあまり茫洋としてみえるわたくしと違い、感情表現が豊かな妹はいつだってその漆黒の瞳を感情のままに煌めかせ、色白の頬を鮮やかに紅く染め、思うことを躊躇なくその赤いくちびるに乗せていた。

ほしいものをほしいと叫ぶことができる彼女は、わたくしにとって憧れの存在であり、ある意味妬ましい存在であった。わたくしが多津子を甘やかす一方で、彼女が本当に欲しがっていたものは一切与えなかったのは、家の後継の義務でもあり、わたくしの精一杯の意趣返しでもあった。


そう、わたくしには、背負うものがあった。わが家の来歴、かの女神との契約……幼いころから母に教えを受けてきた。跡取り娘として得たもののすべて、妹がほしいならすべて譲れるものならば譲ってしまいたかった。知れば知るほど後継なんて重荷でしかないのに、無邪気に欲しがる妹が憎かった。


でも、妬む一方でわたくしは妹を心の底から愛しく思っていたのも事実なのだ。


わが三久間家は、基本的に代々女が家を継いできた女系の一族だ。

御一新ののち、公家や武家だけでなく、庶民の家も男が家長を継いでいく家父長制を強いられるようになった。その世論に押されて、わが家でも母の代からは書類上は婿の父が家長なり、実質は母のものという形式で家の伝統を守ってきた。

なぜそこまで長女相続するかというと、わが家にはいくら官府の命令でも軽々と従えない大事な掟があった。それがわが家の始祖とされる女神の言葉だった。


「この地を守る家の主は、みずから産んだ子を次代にすること」


つまり、家主はみずから産める=女でなければならなかった。


これを守ることでわが家だけならずこの地域は繁栄を約束され、逆に約束を違えると厳しい罰が下るといわれてきた。


わが家はひたむきにその約束を守ってきた。妹が暴走するまでは。



わたくしの立場を欲しった妹は、わたくしの許婚を寝取って子を成し、女神と女神の約定を侮辱する行為を行い、その結果言い伝えの通り、罰を受けることになった。

女神の加護を受けている当家の人間は、男女問わず容貌が優れている。自分で言うのもおかしいがおそらくわたくしも人並み以上容姿をしているのだろう。妹が受けた罰は、その加護を取り上げられること。加護をなくし”忌み人”となった妹はその存在意義でもあった鮮やかな美貌を失い、二目と見れない醜い姿になってしまった。

そうして妹は、その醜さゆえ、神から呪われた存在ということが一目瞭然であったため誰からも目をかけられることもなく、放逐されて数カ月後に野垂れ死にしているところを発見された。


それを聞いたときには、わたくしは数日の間眠ることもできず、食事も喉を通らず落ち込んだ。心配してくれる周囲の人との会話もままならないほど落ち込んだ。


家長であるわたくしなら妹を助けれらたかもしれない。けれど、女神を裏切った妹を擁護することでこの家に累が及んだら……それを思うとわたくしはなにもできなかったのだ。







そしてわたくしの元を去ったもう一人の人、許婚であった祥吾はある晩に自ら自死を選び遂げてしまった。

幼いころから助け合って生きるために幼馴染として育てられた祥吾がわたくしを裏切った理由。

それは極めてシンプルなものだった。祥吾は許婚と定められたわたくしが好きではなかったらしい。ご維新ののち定められた家父長制。しかし、わが家では女のわたくしが実質の家督を継ぐことが決まっている。自分はあくまでも書類上だけの家長でしかない。女の風下に立たされるのは、忸怩たる思いがあったようだ。

わたくしも祥吾がなにかしら、わたくしに言うことができないもやもやとした想いをもっているのは知っていた。でもそれは、長女だからというだけで重荷を背負うことを余儀なくされたわたくしも同じである。互いにそういうものを抱えて押し隠しながら、支え合い生きていくものだと思っていた。

しかし祥吾にとってはそうではなかったらしい。彼には、自称姉の風下に立たされているかわいそうな妹、多津子がいたのだ。それぞれの不満や劣等感について、遠慮なく話せて分かり合える仲となり、わたくしの存在が疎ましくなっていった妹と許婚。

わたくしにとっては畏怖の対象であった女神の存在も、人権だ、個人の自由だと舶来の思想にかぶれた彼らにとっては単なる迷信と割り切ってしまえば、怖いものなどない。

わたくしはこの家を継ぐ女として、彼らの負の感情も受け止め、なんとか制御しなければならない立場にいたが、時代の変化がどんどん裏切り者二人に力と理屈を与え、わたくしには成すすべはなかった。


二人は、自分の思い通りに行動したがその行先は破滅だった。


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