ある勘違い女の末路

Helena

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毒薬夫人

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弁護人グラント氏はなんとか気力を振り絞って尋問を続けているように見えるが、どこまでそれが持つだろう。

この裁判で名を上げる計画はもう跡形もなく崩れたはず。

おそらく依頼人から話を聞き、検察側の証人の供述にも何度も目を通したグラント氏は、テイラー子爵はあくまで娘可愛さに、シャルル王子にアプローチをかける機会を作ろうとしていただけ、この事故は実行犯のドープレが暴走して、薬物を使って、娘をけしかけ王子を襲わせたという筋書きを立てたのだ。なんなら薬物もドープレが持ち込んだくらいのことを匂わせることができるのはと。

気持ちはわかる。私も頭のおかしい元同級生が高貴な人に対して、盛大な勘違いでもって盛って襲ったあげく国際問題になったという程度の認識だったから。いや、それだけでも私が立ち会った人生最大の修羅場なんだけどね。歴史に残るような犯罪者まで登場するなんて想定外どころじゃない。想像もつかない世界だよ。

そんなことになるとは思いもせず、自分が成り上がる千載一遇のチャンスと考え底しれぬ事件に自ら首をつっこんだ弁護士、それがグラント氏なのだ。

裁判冒頭での振る舞いから察するに大変自信家なグラント氏は、上流階級から身を持ち崩して渡世人なんてなった男ならいくらでも自分の弁で翻弄して、思う通りに話をすすめることができると思っていたのだろう。

しかし、冒頭の司法取引やヴァロア王国の証拠持ち込みなど、想定外の飛び道具にグラント氏の心は折れかけているのだろう。

いまさら計画の立て直しもできず、グラント氏はなかばヤケクソ気味に先程と似たような質問をした。


「その薬物、実はあなたが手配したのではありませんか?」


「ぷはっ、弁護士先生はなんにもわかってないんですね。あんなたちの悪いクスリの出どころなんてたったひとつでしょ」


ドープレは昨日今日通じて一番の笑顔でこう言った。


「あれは”かの毒薬夫人”のお手製ですよ!」



毒薬夫人!!!!!



それは二十年ちかく前にヴァロア王国で悪名をとどろかせた凶悪犯の二つ名だ。

毒薬夫人こと、本名カトリーヌ・アーブはヴァロア王国の貴族の娘として生まれ、首都マリーで育った。十代前半から放蕩の限りを尽くし、犯罪に手を染めたとされている。ポワゾン伯爵アンリと結婚しポアゾン伯爵夫人となったあとも遊ぶ金欲しさにあらゆる手段を使ってを他人の財産や命を奪ったのだ。

カトリーヌは生来の美貌と奔放さ、そして幼い頃から持っていた異常なほどの薬物への興味を犯罪のスキルとして用いていた。とくに薬物への執着は激しく、結果として「遅効性の毒」という犯罪者にとっては奇跡の逸品までを完成させたといわれている。

しかし、いかに策を弄してもカトリーヌはやりすぎた。

それは実父の死がきっかけだった。資産家だった父は、カトリーヌと弟妹三人に多額の遺産を残したのだ。実の父親の死をきっかけに身近な死が自分に金を運んでくると気づいたカトリーヌは、自分の弟妹をはじめ親族、そして金を持っている新興貴族や富裕な商人たちを獲物と定め、次々と毒牙にかけていったのだ。

不自然な死が立て続けに起こったことを知ったヴァロア王家は事態を深刻にとらえ、大規模な捜査を行い、ついには逮捕秒読みとなったときに、厳しい監視を逃れてカトリーヌは姿を消した。


「毒薬夫人……」


私は明らかに挙動が不審な被告席のテイラー子爵夫人を見た。


これってもしかして! いや、確実にそうだ!!

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