ある勘違い女の末路

Helena

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ドープレの正体とその仕事

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ドープレの証言に被告席も傍聴席も大騒ぎとなったが、裁判長の気合いの入った咳払いが廷内に響きどよめきは鎮まる。

裁判長は被告席を睨みつけながら、苛立つ気持ちを押さえて先を促す。



「ウィリアム君、続けてくれ!」



「はい、裁判長」



ウィリアムは再びドープレに向き合う。



「ドープレさん、あなたはヴァロア王国で子爵からこの仕事にスカウトされたんですか? それとも仲介者がいたのですか?」



「正確に言えば、仲介者はいました。でも、まあ、仲介者は金を積めばなんでも情報を渡すのやからですから。仲介者がなにかしら意図をもって私を紹介したわけではないと思います」



「現時点ではあなたの言葉を信じて話を進めましょう」



ウィリアムは一旦言葉を切った。



「とにかくあなたはテイラー子爵の要望にこたえる存在として選ばれ、仲介者により引き合わされ、子爵の仕事を請け負ったということで間違いないですね?」



「その通りです」



ドープレは再び堅気のような雰囲気に戻りにこやかに答える。



「子爵の要望とはなんだったのですか?」



法廷中がごくりと息をのむ。



「それは上流社会出身に融け込むスキルです。つまり上流階級に近いところで育った私の経歴です。名前は言えませんが、私はマリーにあった大きな商家の跡取りに生まれて、ご大層な教育を受けたんです。そのときにある程度の教養と語学、そして社交術も身につけました。……しかし家が取り潰される憂き目にあいまして……世間知らずのお坊ちゃんの末路は汚れ仕事を喜んで引き受ける渡世人です」



ドープレはまたあの感じの悪い笑顔になった。



「もともと上流社会にいた経験を生かして、王家所有の離宮の使用人となったということなのですね」



「そうですね。いくら教養があっても私は現実にはマリーの街をたむろするプー太郎でしたから、幼いころからテイラー子爵家に仕えた従僕という偽の経歴を与えられました。しかし新興子爵家のテイラー家の紹介状だけでは、王家使用人の面接では用をなさなくて、いくつもの貴族家を経由して紹介状ロンダリングをしなければなりませんでした。子爵はたくさんの金を使い、私はなんとかヴァロア王国の王子様の滞在に間に合うよう潜り込んだんです。まあ、王宮もヴァロア語の堪能な使用人が欲しかったんでしょうね」



「そうして、まんまとあなたはテイラー家の令嬢を離宮滞在中の王子の寝室に誘導した。これであなたの仕事は完了ですか?」



「まさか!」


ドープレはウィリアムの言葉に吹き出す。



「一国の王子がそんな簡単にハニートラップにはかかりませんよ。本人も周囲も警戒していますし、メーガン嬢の技術では王子は全く陥落しませんでした。そこで私は薬を渡されたのです。そう、媚薬の類です。」



再び廷内は息をのむ音で満たされた。



「あなたはシャルル殿下に毒をもったんですか?」



「ああ、毒といわれれば毒ですね!」



ドープレは堪えきれないとばかりに「ははは」っと笑い声をもらして続ける。



「しばらくの間、理性を手放し目の前の欲望に忠実になるような薬を与えておき、そこにメーガン嬢を放り込みました。でもその薬は意識や記憶を失わせることはないので、薬の言いなりになってメーガン嬢をむさぼってしまった後で殿下は罪悪感に押しつぶされそうになっていましたね」



わたしは反射的にヴァロア王国の王太子殿下の姿を貴賓席に探した。さすが王族、表情そのものは変わらない。しかし心が怒りに満ちていのは感じる。わたしだって自分の兄弟がそんな目に合ったらどうするだろう。考えただけで悲しくなる。



「薬を盛ったのはその一度だけですか?」



「いいえ、正確に七度にわたり行いました。殿下が罪悪感を放棄するまで必要だと子爵に念押しされたからでもありますし、なによりメーガン嬢が強く望んだのです。私は殿下の健康に支障がでては困ると思っていたのですが、しらふのシャルル殿下はメーガン嬢をかたくなに拒んだため、男女の関係になるにはどうしても薬が必要でした」




「シャルル殿下は拒んでいた?」



「しらふの時にはね」



「なんとも痛ましいことですね」



「正直、メーガン嬢には子爵が言うような女としての手練手管などなにもないのです。容姿は多少整っているかもしれませんが、ただそれだけ。男が我を忘れて愛するような女の魅力はない。ただ押しが強くて押しが強い。意味不明な自分の思い込みを押し付けてくる女」



「……よくわかります」



このときのウォリアムは自分の公的な立場を忘れて、ドープレの言葉に共感していたと思う。



「私の父もその薬の犠牲者ですからね」



ぼそりと小さくつぶやいたドープレの言葉は法廷内のどよめきにかき消されてしまった。聞いていたのは対面していたウィリアムだけだっただろう。



「テイラー子爵は自分の娘は若く美しく、女としての手練手管を幼いころから仕込まれた、この方面におけるエリートであるから万事うまくいく、おまえは王子の部屋に誘導するだけでいいのだと言ったのですがそれは間違いでした」



「しかし、最終的に子爵の計画は成功したのですね?」



「ふむ、どうでしょうね? 薬が効いている間、殿下は確かにメーガン嬢の夢の王子様でした。 立場上関係を持っている間もふたりのそば近くにいて一部始終を聞いていたのですが、メーガン嬢は殿下に次々と自分の妄想を押し付けていました。自分を『愛しい恋人』と呼ばせたり、殿下を敬称なしでファーストネームで呼ぶ許可を得たり。そういった意味では成功なのかもしれませんね」






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