ある勘違い女の末路

Helena

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醜聞

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夏のある日、ある噂が首都の社交界を駆け巡った。


噂というよりは、もはや醜聞のたぐいである。


あのメーガンが勘違い女の真骨頂を発揮し、令嬢の中の令嬢と謳われる筆頭侯爵家の令嬢ビクトリアの婚約者を寝取ったというものであった。


皆が顔をしかめてメーガンを批判し、ビクトリア嬢の心配をする中、わたしはちょっとだけ安心してしまった。メーガンはウィリアムを諦めたのだとほっとしたのだ。

しかし、それを顔に出すことはできない。

なぜなら、ビクトリア嬢の婚約者は隣国の王族だったからだ。すなわち、これは国際問題に発展しないとも限らない大事件なのだ。非は明らかに「メーガン保有国」であるわが国である。隣国の王族=賓客にそのような下劣な女に近づけて、身の危険と醜聞に晒してしまったのである。



事のあらましはこうだ。


隣国の第四王子である、シャルル殿下は、暑い本国から避暑を兼ねて外交と婚約者のご機嫌うかがいを兼ねてひと月ほど、わが国に滞在することになった。滞在場所は警備の都合もあり、公爵家の施設ではなく王家の離宮とされた。

そうしてシャルル殿下が首都に到着してすぐに歓迎のレセプションが王宮で開催された。まだ学生であり、未婚のわたしは招待されなかったが、わたしの両親は出席した。婚約者ウィリアムも内務省の官僚として準備に関わっていた。いうなれば、年に何度かある国をあげての政治的な公式イベントだ。

しかし、なぜかそこにメーガンが来ていたのである。欠席した母の子爵夫人の代理として父の子爵とともに出席していたということらしく、入場を差し止められることはなかったらしい。


そして残念なことにその会場で勘違い女メーガンは“運命の相手との出会い”を果たしたのだ。


シャルル殿下は、いわゆる美少年である。神話に登場する太陽神のような豪奢な容姿をしているのだ。黄金色の巻毛を遊ばせ、透き通る空色の瞳はどこか遠くを見つめるような儚げな風情で、隣国では「天使様」と呼んで崇めるほどの熱狂的なファンもいるとか。

美しい黒髪とグレーの瞳を持つわが国の公爵令嬢との婚約が決まったときは「太陽神と月の女神の縁組」だと騒がれたと聞く。まあ、とにかくひときわ目立つ美しいお姿をしている。


その姿にメーガンは一目惚れをしたらしい。


それを聞いたとき、それまで執着していたウィリアムとは全然真逆な容姿ではないかとツッコミをせずにはいられなかったわたしを許してほしい。顔が良ければなんでもいいのか! きっとウィリアムの家族もわたしの家族も同じ気持ちだったはず。


まあ、とにかくこれが十七歳の乙女の淡い一目惚れで済めよかったのだけれど、超絶勘違い女のメーガンは一筋縄ではいかない。メーガンは殿下も自分と同じように「運命」を感じ、心と心が結び合わされたと当然のように強く強く思い込んだのだった。


その後王子が出席するあらゆる催しにメーガンはどうやったのか入り込み、公爵令嬢をエスコートする王子に猛烈アピール。ときにはわたしにしたように公爵令嬢に食ってかかることもあったらしい。

じつは公爵令嬢は王子より三つ年上の二十一歳。政略結婚ではその程度の年の差はよくあることだが、なにせ相手は天使様と呼ばれるほどの美少年。公爵令嬢は多少引け目を感じることもあったらしい。

一方、自分の容姿に周囲が恥ずかしくなるほど自信をもっているメーガンは遠慮なく王子に近づき、公爵令嬢に対しては年齢差や容姿を攻撃した。そして自分こそが王子の運命の恋人である、真に結ばれる相手であるとアピールしまくった。


その愛くるしい容姿もあり、隣国国王夫妻に溺愛され幼い頃から大切に育てられ、礼儀のなっていない人間にさらされる経験を持たないシャルル殿下は、そのある意味新鮮な体験にとにかく驚くばかりで、対処することはできなかった。しかし、公爵令嬢の切れ味するどいスルースキルを発揮し、優秀な両国の護衛の働きもありメーガンの突撃はその多くが空振りに終わり、メーガンの思いは届かず終わるはずだった。


そういった状況もあって、社交界の反応は楽観的なものが大勢を占めていた。メーガンの勘違い女ぶりはデビューして間もないが社交界の一部ではすでに知られており、国際問題を危ぶむ声も多少はあったが、
「またあの女がありもしないことを言っている」
「あんなものに絡まれて王子も公爵令嬢もお気の毒に」
「だれだ責任者、はやくどうにかしろよ」
程度のリアクションだったのだ。


しかし、その後、誰も予想しなかった展開を見せた。
街へのお忍びなど私的な遊びの場で、王子の側近くで侍っている姿をたびたび目撃されるようになったのだ。


どうやったのか、厳重な警備がされているはずの王家の離宮に忍び込み、王子の寝室まで入りこみ、既成事実を作り、念願の“恋人”の座につくこと成功したのだというものである。
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