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第1話 日常の崩壊
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「ですから、それじゃあ納得出来ません!」
苛立ちを滲ませた声が、学生でごった返すカフェテリアのど真ん中で響いた。
一体何事か、と興味本位に首を伸ばす学生も何人かいたが、それら野次馬の視線を一切気にすることなく、雪倉アンナは鼻息も荒く口角泡を飛ばした。
「確かにアルヴィーゼ・フランコは有名な作曲家ではありませんし、作品数も少ないですが、素性ははっきりしていますし、これはれっきとした直筆の楽譜ですよ!研究しないなんてもったいない!」
「雪倉さん、何度も言うわ。無名の作曲家、作品に価値があると思い込むのは危険よ」
「仰る通りです。でも……!」
「どれも、なんの面白みもない作品だわ。ヴェルディ、ワーグナーの影響が強すぎて、彼自身の個性が見えない。あなた、本当にこれで論文を書けるの?」
「この時代にヴェルディ、ワーグナーの影響を受けていない音楽家を探す方が難しいです。それに、私はとても面白い作品だと思います!」
アンナは漆のように黒い大粒の瞳に力を込めて、目の前に座る初老の女性を見つめた。
音楽学の権威として名高い浜田ゆり子女史は、研究者の卵にすらなっていないアンナとは違い、この作品の面白さを正しく理解しているはずなのだ。
しかし、なぜか卒業論文の題材にすることは許さない。
「論文の提出は来年の冬です。まだあと1年以上ありますから、研究をするにも十分な時間があります。やらせてください」
「……あなた、この作曲家について、本当に何も知らないみたいね」
はあ、と深いため息をつかれたことよりも、何も知らないと言われたことのほうが理解出来ず、アンナはポカンと口を開けた。
確かにメジャーな作曲家ではないため、情報は少なく、空白になっていることも多い。
しかし、一ヶ月前にローマの古本屋で出会ってから、アンナはアルヴィーゼ・フランコという作曲家について必死に調べあげた。
今では、アルヴィーゼ・フランコについてそれなりに知識があると自負しているくらいだ。
「この楽譜、預かっても良い?」
唐突な浜田の申し出に、アンナは首をかしげそうになった。
卒業論文の題材に相応しくないと反対しておきながら、なぜ楽譜を預かりたいのか、いまいち浜田の真意が見えない。
論文として成り立たない証拠を突き付けるべく研究するのかもしれないと予想し、若干ブルーな気分になりながらも、アンナは楽譜を渡した。
「あら、もう一冊は?」
「自宅に忘れてきてしまいました」
「そっちも預かりたいところだったけど、とりあえずはこれだけ預かるわね。明日には返すわ。午後の講義が終わったら図書館のミーティングルームに来て」
「わかりました。ありがとうございました」
力無く呟き、アンナは肩を落としたまま、その場を立ち去る浜田を見送った。
夏休みが空けて一週間が経つ。その間に二度、アルヴィーゼ・フランコの歌曲集を卒業論文の題材にしたいと浜田女史に直談判したが、色好い返事をもらえず今日に至った。
一体何がダメなのかわからず、アンナは苛立ちから深いため息をついた。
「相変わらず言葉がきついわね。あれじゃ、浜田先生じゃなくても反発したくなるわよ」
軽やかなソプラノボイスに多分に含まれている呆れを感じ、アンナは不機嫌さを隠すことなく振り向いた。
そこにいたのは、中学時代からの親友である美園明子だ。
肩で切り揃えられた玉虫色の艶やかな髪が風に揺れ、シャネルのチャンスが淡く香った。
ついさっきまで浜田が座っていた椅子に座り、心配そうに顔を覗き込んできたため、アンナは咄嗟に視線をさ迷わせた。
「だって納得出来ないんだもの」
「だからって大声で抗議しなくたっていいじゃない。こんな衆人環視の中で。相変わらず頭に血が上りやすいんだから」
「わかってるわよ……」
唇を尖らせ、カフェオレの残りを啜ると、ほとんど中身は残っていなかった。
ズズッと派手な音だけがむなしく響く。
「確かに面白い作品集なんだけどねぇ。でも、参考文献が二冊しかないようじゃ、論文として成立させるのはほぼ無理じゃない?」
「日本には無いだけかもしれないじゃない。次の連休でまたイタリアに帰ろうかな」
「はいはい。そうだ、今日まゆり一緒に帰れないって」
「あ、そうなの?ならもう帰ろうよ。対位法の課題、まだやってなかったんだ」
「また?夜中に質問のLINEとか寄越さないでよね。ちゃんと日付が変わるまでには終わらせるのよ」
「はぁーい」
間延びした返事をすれば、本当にこいつはわかっているのか、と眉をひそめられる。
下に四人の妹がいるからか、明子は世話焼きであると同時に小言が絶えない性格である。
すらりと伸びた手足に、大人びたすっきりとした顔立ち、落ち着いた雰囲気からそれなりにモテる明子だが、圧倒的な隙のなさと小言の多さから、彼氏がいたことはない。
「そうそう、お土産のチーズとワイン、すっごく美味しかった」
「でしょ!?うちで仕入れてるペコリーノは天下一品だもん!今年の年末も、何も予定がないならうちにおいでよ。パパも会いたがってたし」
「毎年悪いよ。それに、ローマまでの飛行機代がね……」
不意に言葉が途切れた明子の視線の先を追い、アンナは顔をしかめた。
エントランスホールのど真ん中で、若い男が所在なさげにぼんやりと宙を見ている。
健康的に日焼けした肌に、サラサラの髪、目鼻立ちのはっきりとした顔は、一般的に容姿が整っている部類に入るだろう。
行き交う学生がチラチラと彼を盗み見ているが、見られることに慣れているのか、気にした風もない。
「……今日は裏門から帰ろう」
どうか気づかれませんように、と祈った矢先に、ボーッとしていたはずの彼は急に振り向いた。
真正面からバッチリ目が合ってしまい、アンナは思わず舌打ちした。
「アンナちゃん!」
飼い主を見つけたゴールデンレトリバーのごとく、人懐こい笑顔を浮かべ、彼は駆け寄ってきた。
回れ右をする間もなく距離を詰められ、不快感に顔をしかめるが、彼はまったく気にならないらしく、にこにこと笑っている。
「今から帰るところ?」
「明子、行こう」
自分に話しかけてくる男の存在は無かったことにして、アンナは明子の手を引いた。
夏休み前、アンナは人数が足りないと泣きつかれ、知り合いがセッティングした合コンに参加した。
そこで出会ったこの男は、なぜかアンナを気に入ったらしく、わざわざ他の大学から毎日欠かさずにアプローチしに来る。
しかしここ最近はアプローチという度合いを越えて、ほとんどストーカーと化しているため、アンナはうんざりしていた。
「週末に食事でもどう?そこの友達も一緒で良いからさ」
どことなく上から目線の誘いに青筋が浮きそうになるが、代わりにアンナは歩く速度を速めた。
その早さについていけないのか、手を握られている明子は足をもつれさせながらついていってる。
「無視しないでよ。どうせ彼氏いないんだから、相手してくれたっていいだろう?」
「は?誰に聞いたのよ、それ」
「丸山さん。なあ、試しに一日だけでいいから付き合ってよ」
合コンの幹事の親友である女子の名前が飛び出て、アンナは二度目の舌打ちをこらえるのに必死だった。
現在彼氏がいないのは事実である。
それどころか、今まで彼氏がいたことすらない。
しかしそれは、中学からの付き合いである明子とまゆりしか知らない秘密だ。
「好きでもない男と一日過ごすなんて、とんだ時間のムダだわ。だいたいあたし、あんたみたいなのは好みじゃないの」
「どういう男が好みなの?」
「身長は180cm以上、顔は俳優並みに整っていてギリシャ彫刻ばりの美しい肉体に、滑らかなバリトンボイス、頭脳明晰で運動神経良くてタバコ吸わなくて香水つけなくてムダ口を叩かない年収1億以上の年上男性じゃなきゃあたしには釣り合わないわ」
だからあんたじゃ無理、と畳み掛けて言い放つ。
精一杯、高飛車な嫌な女に見えるように強烈な言葉を並べたが、それらが板につくほど、アンナは飛び抜けた美貌の持ち主であった。
また、自分が絶世の美女であることを自覚していた。
「……へえ」
笑顔がひきつったところで、とどめを刺すべく、アンナは低い声で吐き捨てた。
「あたしは理想の男以外は相手にしないの。わかったらとっとと消えてちょうだい。ウザいわ」
意気消沈する男をさっさと視界から消し、アンナは明子を引っ張って颯爽と駅へ向かった。
言いたいことはすべて言ったため、少しは溜飲が下がったが、不快感がゼロになったわけではない。
眉間にシワを寄せながら、少々乱暴に定期をかざす。
「いやぁ、大迫力だったわ。やっぱり美女が高飛車な態度取るとカッコつくわね」
「他人事だと思って!」
「さっきのあれ、実はけっこう本音入ってた?」
悪戯っぽく目を輝かせる明子に、アンナは真顔で否定した。
「そんな完璧超人、いたら気持ち悪いわよ。あの男、自分に自信があるみたいだったから、こっちも考えうる限りのハイスペックをもりもりにしただけ。あ、タバコと香水は本音だけどね」
「タバコも香水もしていない男はたくさんいるのに、なんで彼氏がいないんだか……あ、電話鳴ってるよ」
咄嗟にiPhoneケースを開くと、着信画面になっていた。
浜田ゆり子と表示されていたため、慌てて電車に乗っている旨をLINEで打つが、送信する前に着信は切れた。
「誰から?」
「浜田先生。帰ったら折り返し電話しなくちゃ」
電車に乗っていたため電話に出られなかったとLINEで送ったが、一向に既読はつかない。
明子と別れ、急いで帰宅し、折り返し電話をするも、電話が繋がることはなかった。
その日の夜、アンナのiPhoneには見慣れぬナンバーから電話がかかっていた。
そして翌朝、もう一件の着信が入っていた。
そちらは聖ソフィア女子大学、アンナの通う大学の学生課からの電話であった。
朝の7時から10回以上の着信があり、起床してiPhoneケースを開いたアンナは一体何事かと慌てた。
11回目の電話がかかってきたため、通話ボタンを押すと、ほとんど悲鳴に近い叫びがアンナの耳に飛び込んだ。
「雪倉さん、学生課の西野です!」
「おはようございます。あの、一体どうしたんですか?」
「いい?落ち着いて聞いてね。浜田先生が、お亡くなりになったの」
苛立ちを滲ませた声が、学生でごった返すカフェテリアのど真ん中で響いた。
一体何事か、と興味本位に首を伸ばす学生も何人かいたが、それら野次馬の視線を一切気にすることなく、雪倉アンナは鼻息も荒く口角泡を飛ばした。
「確かにアルヴィーゼ・フランコは有名な作曲家ではありませんし、作品数も少ないですが、素性ははっきりしていますし、これはれっきとした直筆の楽譜ですよ!研究しないなんてもったいない!」
「雪倉さん、何度も言うわ。無名の作曲家、作品に価値があると思い込むのは危険よ」
「仰る通りです。でも……!」
「どれも、なんの面白みもない作品だわ。ヴェルディ、ワーグナーの影響が強すぎて、彼自身の個性が見えない。あなた、本当にこれで論文を書けるの?」
「この時代にヴェルディ、ワーグナーの影響を受けていない音楽家を探す方が難しいです。それに、私はとても面白い作品だと思います!」
アンナは漆のように黒い大粒の瞳に力を込めて、目の前に座る初老の女性を見つめた。
音楽学の権威として名高い浜田ゆり子女史は、研究者の卵にすらなっていないアンナとは違い、この作品の面白さを正しく理解しているはずなのだ。
しかし、なぜか卒業論文の題材にすることは許さない。
「論文の提出は来年の冬です。まだあと1年以上ありますから、研究をするにも十分な時間があります。やらせてください」
「……あなた、この作曲家について、本当に何も知らないみたいね」
はあ、と深いため息をつかれたことよりも、何も知らないと言われたことのほうが理解出来ず、アンナはポカンと口を開けた。
確かにメジャーな作曲家ではないため、情報は少なく、空白になっていることも多い。
しかし、一ヶ月前にローマの古本屋で出会ってから、アンナはアルヴィーゼ・フランコという作曲家について必死に調べあげた。
今では、アルヴィーゼ・フランコについてそれなりに知識があると自負しているくらいだ。
「この楽譜、預かっても良い?」
唐突な浜田の申し出に、アンナは首をかしげそうになった。
卒業論文の題材に相応しくないと反対しておきながら、なぜ楽譜を預かりたいのか、いまいち浜田の真意が見えない。
論文として成り立たない証拠を突き付けるべく研究するのかもしれないと予想し、若干ブルーな気分になりながらも、アンナは楽譜を渡した。
「あら、もう一冊は?」
「自宅に忘れてきてしまいました」
「そっちも預かりたいところだったけど、とりあえずはこれだけ預かるわね。明日には返すわ。午後の講義が終わったら図書館のミーティングルームに来て」
「わかりました。ありがとうございました」
力無く呟き、アンナは肩を落としたまま、その場を立ち去る浜田を見送った。
夏休みが空けて一週間が経つ。その間に二度、アルヴィーゼ・フランコの歌曲集を卒業論文の題材にしたいと浜田女史に直談判したが、色好い返事をもらえず今日に至った。
一体何がダメなのかわからず、アンナは苛立ちから深いため息をついた。
「相変わらず言葉がきついわね。あれじゃ、浜田先生じゃなくても反発したくなるわよ」
軽やかなソプラノボイスに多分に含まれている呆れを感じ、アンナは不機嫌さを隠すことなく振り向いた。
そこにいたのは、中学時代からの親友である美園明子だ。
肩で切り揃えられた玉虫色の艶やかな髪が風に揺れ、シャネルのチャンスが淡く香った。
ついさっきまで浜田が座っていた椅子に座り、心配そうに顔を覗き込んできたため、アンナは咄嗟に視線をさ迷わせた。
「だって納得出来ないんだもの」
「だからって大声で抗議しなくたっていいじゃない。こんな衆人環視の中で。相変わらず頭に血が上りやすいんだから」
「わかってるわよ……」
唇を尖らせ、カフェオレの残りを啜ると、ほとんど中身は残っていなかった。
ズズッと派手な音だけがむなしく響く。
「確かに面白い作品集なんだけどねぇ。でも、参考文献が二冊しかないようじゃ、論文として成立させるのはほぼ無理じゃない?」
「日本には無いだけかもしれないじゃない。次の連休でまたイタリアに帰ろうかな」
「はいはい。そうだ、今日まゆり一緒に帰れないって」
「あ、そうなの?ならもう帰ろうよ。対位法の課題、まだやってなかったんだ」
「また?夜中に質問のLINEとか寄越さないでよね。ちゃんと日付が変わるまでには終わらせるのよ」
「はぁーい」
間延びした返事をすれば、本当にこいつはわかっているのか、と眉をひそめられる。
下に四人の妹がいるからか、明子は世話焼きであると同時に小言が絶えない性格である。
すらりと伸びた手足に、大人びたすっきりとした顔立ち、落ち着いた雰囲気からそれなりにモテる明子だが、圧倒的な隙のなさと小言の多さから、彼氏がいたことはない。
「そうそう、お土産のチーズとワイン、すっごく美味しかった」
「でしょ!?うちで仕入れてるペコリーノは天下一品だもん!今年の年末も、何も予定がないならうちにおいでよ。パパも会いたがってたし」
「毎年悪いよ。それに、ローマまでの飛行機代がね……」
不意に言葉が途切れた明子の視線の先を追い、アンナは顔をしかめた。
エントランスホールのど真ん中で、若い男が所在なさげにぼんやりと宙を見ている。
健康的に日焼けした肌に、サラサラの髪、目鼻立ちのはっきりとした顔は、一般的に容姿が整っている部類に入るだろう。
行き交う学生がチラチラと彼を盗み見ているが、見られることに慣れているのか、気にした風もない。
「……今日は裏門から帰ろう」
どうか気づかれませんように、と祈った矢先に、ボーッとしていたはずの彼は急に振り向いた。
真正面からバッチリ目が合ってしまい、アンナは思わず舌打ちした。
「アンナちゃん!」
飼い主を見つけたゴールデンレトリバーのごとく、人懐こい笑顔を浮かべ、彼は駆け寄ってきた。
回れ右をする間もなく距離を詰められ、不快感に顔をしかめるが、彼はまったく気にならないらしく、にこにこと笑っている。
「今から帰るところ?」
「明子、行こう」
自分に話しかけてくる男の存在は無かったことにして、アンナは明子の手を引いた。
夏休み前、アンナは人数が足りないと泣きつかれ、知り合いがセッティングした合コンに参加した。
そこで出会ったこの男は、なぜかアンナを気に入ったらしく、わざわざ他の大学から毎日欠かさずにアプローチしに来る。
しかしここ最近はアプローチという度合いを越えて、ほとんどストーカーと化しているため、アンナはうんざりしていた。
「週末に食事でもどう?そこの友達も一緒で良いからさ」
どことなく上から目線の誘いに青筋が浮きそうになるが、代わりにアンナは歩く速度を速めた。
その早さについていけないのか、手を握られている明子は足をもつれさせながらついていってる。
「無視しないでよ。どうせ彼氏いないんだから、相手してくれたっていいだろう?」
「は?誰に聞いたのよ、それ」
「丸山さん。なあ、試しに一日だけでいいから付き合ってよ」
合コンの幹事の親友である女子の名前が飛び出て、アンナは二度目の舌打ちをこらえるのに必死だった。
現在彼氏がいないのは事実である。
それどころか、今まで彼氏がいたことすらない。
しかしそれは、中学からの付き合いである明子とまゆりしか知らない秘密だ。
「好きでもない男と一日過ごすなんて、とんだ時間のムダだわ。だいたいあたし、あんたみたいなのは好みじゃないの」
「どういう男が好みなの?」
「身長は180cm以上、顔は俳優並みに整っていてギリシャ彫刻ばりの美しい肉体に、滑らかなバリトンボイス、頭脳明晰で運動神経良くてタバコ吸わなくて香水つけなくてムダ口を叩かない年収1億以上の年上男性じゃなきゃあたしには釣り合わないわ」
だからあんたじゃ無理、と畳み掛けて言い放つ。
精一杯、高飛車な嫌な女に見えるように強烈な言葉を並べたが、それらが板につくほど、アンナは飛び抜けた美貌の持ち主であった。
また、自分が絶世の美女であることを自覚していた。
「……へえ」
笑顔がひきつったところで、とどめを刺すべく、アンナは低い声で吐き捨てた。
「あたしは理想の男以外は相手にしないの。わかったらとっとと消えてちょうだい。ウザいわ」
意気消沈する男をさっさと視界から消し、アンナは明子を引っ張って颯爽と駅へ向かった。
言いたいことはすべて言ったため、少しは溜飲が下がったが、不快感がゼロになったわけではない。
眉間にシワを寄せながら、少々乱暴に定期をかざす。
「いやぁ、大迫力だったわ。やっぱり美女が高飛車な態度取るとカッコつくわね」
「他人事だと思って!」
「さっきのあれ、実はけっこう本音入ってた?」
悪戯っぽく目を輝かせる明子に、アンナは真顔で否定した。
「そんな完璧超人、いたら気持ち悪いわよ。あの男、自分に自信があるみたいだったから、こっちも考えうる限りのハイスペックをもりもりにしただけ。あ、タバコと香水は本音だけどね」
「タバコも香水もしていない男はたくさんいるのに、なんで彼氏がいないんだか……あ、電話鳴ってるよ」
咄嗟にiPhoneケースを開くと、着信画面になっていた。
浜田ゆり子と表示されていたため、慌てて電車に乗っている旨をLINEで打つが、送信する前に着信は切れた。
「誰から?」
「浜田先生。帰ったら折り返し電話しなくちゃ」
電車に乗っていたため電話に出られなかったとLINEで送ったが、一向に既読はつかない。
明子と別れ、急いで帰宅し、折り返し電話をするも、電話が繋がることはなかった。
その日の夜、アンナのiPhoneには見慣れぬナンバーから電話がかかっていた。
そして翌朝、もう一件の着信が入っていた。
そちらは聖ソフィア女子大学、アンナの通う大学の学生課からの電話であった。
朝の7時から10回以上の着信があり、起床してiPhoneケースを開いたアンナは一体何事かと慌てた。
11回目の電話がかかってきたため、通話ボタンを押すと、ほとんど悲鳴に近い叫びがアンナの耳に飛び込んだ。
「雪倉さん、学生課の西野です!」
「おはようございます。あの、一体どうしたんですか?」
「いい?落ち着いて聞いてね。浜田先生が、お亡くなりになったの」
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