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たら

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回想

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 高校一年生のとき。当時の僕は部活やクラスに友人がいなかった。
 常に人を見下していたし、何でも思い通りにならないと気が済まない性格だったからだろう。
 この日、演劇部の地区発表会で上演する台本を外部から取り寄せるか自分たちで手掛けるか、という会議のときだった。僕は舞台に立つより、台本や脚本を書くのが好きだった。僕の作品を上演させる為にここに入部したようなものだったので、自分の作品を読んだ部員の反応がイマイチだったのはプライドが傷付けられたも同然だった。完全無欠な作品が出来たとは思っていなかったが、ここまで否定的な雰囲気に包まれるなんて予想もしていない。
「この台本が気に入らないならはっきり言ってください。あと、これからも採用する気がないなら部活続ける意味ないので辞めます。」
 苛立ちを隠しきれず、部員に対して言い放つ。
 すると、舞台の端っこに座っていた鳴海が立ち上がって僕に歩み寄る。
「全体を通して何が主張したいのかわからない、テンポも悪いしセリフ回しもイマイチだな。登場人物のキャラはすっげえ魅力あるんだけど。……でも一番不味いのはお前の態度だよ。役者、裏方、監督の皆で芝居作るのに、独りよがりな作家サンはどんなにいいもん書いても使ってもらえないぞ」
 部長である鳴海の言葉に周りの部員たちはよくぞ言ったという尊敬の眼差しを彼に注ぐ。
 僕は裸を見られて、さらにディスられる気分だった。鳴海の指摘に顔が熱くなる。誰の目も見れずに足元に視線を落としていると、腹に台本を押し当てられる。それを受取ろうとするとサッと躱された。
「部活辞めてもいいよ。だけどお前が書いたやつ面白くて好きだから、新しいの出来たら持って来い。今回のは俺が貰うわ」
 普段より優しい声音だった。鳴海が僕を見てにっと笑う。
 はじめて自分の作品を面白いと、次も読みたいと言ってくれた。この言葉に僕がどれほど救われたか、きっとこの人は知らない。
 こんな些細なきっかけだったけど、部活に取り組む姿勢が変わった。鳴海がやるように、よく周りを観察し自分の立場を弁えて行動するようになった。僕が変われば他人の態度も驚くほど変わった。僕が困っていたときあれだけ冷たかった部員たちが、今では手を差し伸べ助けてくれる。教室でも、雑談するような間柄の友人が出来てきた。周りが悪いのではなくて、僕の方に問題があったのだと、あの時の鳴海の言葉がなければ気づかなかっただろう。
 鳴海のことを偉そうに威張ってるだけの奴だという見方もなくなった。彼の厳しさは部員に対する愛情そのもので、それを知らなかったのは僕だけだったというオチだ。

 さて、僕は高校を卒業して専門学校へ入学しそこで鳴海に再会する。これは偶然だった。
 高校時代に数か月だけ付き合っていた子が事故で亡くなってから、不安定で享楽じみた生活を送っていたのだが、鳴海が卒業したあとのことだったので彼は知る由もなかった。
 鳴海はそんな僕のことを気にかけてくれ、より深いプライベートのことも話すような仲になった。そんなある時、鳴海が心の内を漏らした。
「俺も最近付き合ってた奴に浮気されたんだよね」
 聞くと、付き合っていた相手は男でいわゆるメンクイだったらしく、簡単に他所のイケメンに乗り換えたらしい。それよりバイセクシャルだとカミングアウトされたことには驚いた。彼にそこまで興味はなかったのでそれ以上を追究することはなかったが。しばらく恋愛は必要ないなんて本音を聞いて、僕はとある提案をする。
「なら、遊びませんか。体だけの関係って楽ですよ。」
 遊んでいるうちにまた恋愛に前向きになれるかもなどと適当なことを宣い、その気にさせた。鳴海の顔さえあれば女の子を捕まえるなんて簡単だ、彼の隣に突っ立っているだけで僕もそれとなくモテるということは高校時代に経験済みである。これを使わない手はない。

「あー俺は、その、お前でいいから」

 なんだか妙なことになった。

 鳴海は遊ぶなら気心知れた僕がいいというが、僕は鳴海に対してそういう欲求が全くない。一度は断ったものの言い出した僕に責任があるとかなんとか言われ、僕と鳴海とゲストの女の子という謎の組み合わせが出来上がった。素人の女の子は大体僕たちのプレイを見てドン引きし逃げるか鳴海に関する痴情の縺れでうまくいかず、結局のところ風俗を頼ることになったので、僕としては彼を引き入れたことを失敗に思っていた。そんな惰性で続いていたこの関係も、ようやく終わるらしい。

 一番初めに、鳴海にケツは貸さないと伝えてあったが、用心深い僕は台本を書く練習としてプレイを脚色したいと申し出た。鳴海は面倒見のいいところがあるので、そういうことならと了承してくれた。鳴海を信用していないわけではなかったが、鳴海が女の子と共謀し僕が支配される側になるというハプニングがないように、台本に沿うことは絶対というルールまで作った。







 それなのに。















「鳴海くんのこと考えてるの?」

 隣に寝そべる美紅ちゃんが欠伸を漏らしながら言った。
 僕が黙り込んでいたせいで退屈させていたらしい。


「ヤツの話はやめてください」
 美紅ちゃんの唇を口で塞いだ。そのまま舌先を絡めたり舐め合ったりして、甘い時間を過ごす。この子と二人で会うことが増えた。もちろん僕が買っているわけだけど。
 あれから鳴海とは一か月くらい連絡を取っていない。彼からメッセージや着信は来ていたが、生きているという意味で既読だけ付けて無視していた。直接会って謝罪したいとのことだったが、僕にそんな気力はまだない。なので、鳴海が強引に僕の家を訪ねてこないことは有難かった。
「ミナトくん、鳴海くんのこと好きなんでしょ。私の時と全然違うからわかるよ」
「だからその話は…………、いまなんて?」
「まさか、無自覚だったの?」
 美紅ちゃんが目を瞬かせる。
「はは、あり得ないっすよ。あの人で勃起したことな…………」
 鳴海の家でのことがフラッシュバックした。
 吐き気を催してトイレに向かう途中でも、美紅ちゃんの追及は止まらない。
「それは嘘。いつも誤魔化してるだけでしょ、うちらを使って」
 美紅ちゃんの言葉が胸に刺さる。トイレの扉の前で立ち止まった。
「女の子がいないと興奮できない。女の子がいるから鳴海くんとセックスできる。僕は女の子が好きだって不自然なくらい言うんだもん。さっきだってそう、鳴海くんのこと考えてたでしょ、違う?」
 黙らせたくなったので美紅ちゃんの元へ戻る。
「美紅ちゃんのことを考えてたんすよ、かわいいなって」
 強引に後頭部を引き寄せ、キスしてやろうとしたが頬をやんわり叩かれた。
「はいはい、そういうのいいから。けどセフレから始まる恋ってどーなの。マンネリしそう」
 女の子ってこういう話好きだよなあ。仕方ないので付き合うことにする。
「セフレといっても僕らあんまり素でセックスしてませんからね、イメクラみたいなのばかりで」
「あ、なるほど。でもやっぱり私はマンネリするの早いと思うんだよね、どう思う?」
「いやそもそも恋じゃないんで。僕は美紅ちゃんみたいな子がす」
「てゆーか、勃起を判断基準にするのナイわ。あり得ない」
 僕を遮って、美紅ちゃんがジト目を向けてくる。
「……体は正直ってことわざが」
「ことわざじゃねえよ。外野がとやかく言うことではないけどさ、ミナトくん自分で気づいてないだけでかなり落ち込んでるみたいだったから。鳴海くんとの喧嘩の理由は知らないけど、ウジウジ悩むくらいなら一回ガツンとぶつかってきなよ。ミナトくんがこれだと鳴海くんも相当落ち込んでそうで心配だな。」
 彼女は本当にいい子だ。性格も顔もいい、非の打ちどころがない。こういう子がなぜ僕みたいな男を気に入ってくれるのだろうか。
「美紅ちゃんはどうして僕らのことをそこまで気にかけてくれるんです?」
「そりゃ、大事なお客様ですもの」
 美紅ちゃんに偽りの笑顔を向けられる。本心が分からないような顔は好きでなかった。
「そうですか。……まあ、鳴海サンにはそのうち連絡しますよ。」
 曖昧にして流そうとしたとき、美紅ちゃんが僕の胸をたたく。
「はい! ここで問題です」
「急ですね、なんでしょうかー」
 クイズ番組の真似事か、僕も調子を合わせる。
「私の好きな食べ物は?」
「……えーと、オムライスかな?」
「違いますー。さっき話してたこと聞いてない証拠ですな」
 なぜか、ニヤニヤと笑う美紅ちゃん。
 僕が鳴海のことを考えていたときに何か話していたのか、申し訳ない気持ちになった。
「ごめん、正解は?」
 尋ねると同時に、美紅ちゃんの携帯からメロディが流れる。
「おっと、ここで延長料金が発生します。コンティニューして正解を聞きますか?」
 彼女のおふざけに思わず笑った。狙ってはいないだろうが絶妙なタイミングだったな。
 美紅ちゃんが望んでいるであろう返答を選んだ。
「しません。」
 僕の言葉に美紅ちゃんは嬉しそうな、それでいてどこか悲しそうな笑みを浮かべた。
「頑張って、応援してるからね」
「……ありがとうございます。」
 美紅ちゃんの方から別れを惜しむような、濃厚なキスをされた。








 美紅ちゃんと別れたあと、僕は鳴海に電話を掛ける。
 彼に電話するのは初めてだ、緊張してないはずなのに手汗が滲んでくる。
 暫くして、向こう側から鳴海の短い声が聞こえた。






「もしもし鳴海サンすか。明日の夜、僕の家に来てください。待ってます」


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