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清嶺地 エル(セイレイジ エル)
7:無責任と涙
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山のような課題、読者モデルのイベント、新作コスメや洋服のショッピング。
今か今かと楽しみにしていた夏休みが慌ただしく過ぎ去っていく。校長の話だと一分でも長いのに、興味のあることだと全く時間が足りない。高校生の夏は三回しかないから無駄にしたくないよね。
二学期の始業式。朝に登校すると昇降口で文仁くんが眠そうに靴を履き替えていた。しかも寝癖も付いているから櫛で梳かしてあげたくなる。
この日は文化祭の役員を決める行事があったので、そのことを彼に問いかけた。すると『去年に妹が迷子になったとき、助けてもらったから託児係を希望したい』と言う。子どもが苦手な私と違ってしっかりしているんだなぁ。
特別役員にこだわりがあるわけでもないので、文仁くんと同じ係に応募することにした。彼には『自分の意見をもて』と言われてしまったけど。
希望が通り託児係に決定し、翌日の放課に後委員会の打ち合わせをするため理科室に足を踏み入れた。引き戸を開くと薬品の匂いが鼻を刺激する。
文仁くんも同じ係になったけど彼はまだ来ていなかった。ホームルームが長引いているのかしら。でもその代わり関わりたくなかった女子が丸椅子に座っていた。越方しおんさん……
こっちが一方的に気まずくなりながらも、彼女は仲良くなろうとフレンドリーに話しかけてくる。一学期の終業式で彼女を目撃したとき、ポニーテールと銀縁メガネを着用していたのに、今はショートカットで裸眼になっていた。もしかしたらコンタクトレンズなのかもしれないけれど。正直に言ってしまえば垢抜けしていない以前と比べて、今の佇まいの方がずっと似合っていた。華やかさはまだ未熟だけど、化粧を上手く施せば字の如く化けると思う。
二組の幸倉志季さんは真っ赤な髪の毛と長身が特徴的な、活気溢れる女子だ。驚くことに生まれたときからこの髪色で、小中学のころ学校側に頭を下げ事情を話す両親の背中が忘れられないそうだ。
「だからね、肌や髪の色で人を判断しないよう、子どもに伝えられればと思って保育士を目指しているの。今回の係もその準備段階ってところかな」
「そうなんだ。何度も同じことを話してるだろうにゴメン」
「ううん。慣れてるから大丈夫。むしろ変な誤解されたら嫌でしょ?」
強い人だ。私も生まれつき青い虹彩と白い肌をしているから、興味本位で理由を尋ねる輩を鬱陶しく思っていた。でも彼女のように前向きに説明できれば息苦しくないんだろうな。考え方を見習おう。
三組の野瀬繕さんは私より少し高い身長で、茶色のミディアムロングヘアの女子だ。彼女の特徴は少年のような低めの声で、滑舌の良さが聞いてて心地よい。
名前の『繕』は人と人の関係がほころびてしまっても、それを繕っていけるような人間になってほしいという願いから付けられたらしい。
「両親揃って服のデザイナーだからさ、この名前ピッタリでしょ? 気に入っているんだよね。」
「めずらしいけどカッコいいね。どうしてこの係に?」
「なんか面白そうだから」
ざっくりな理由だけど、表裏のなさそうな性格に憧れるなぁ。私も素直に物事を考えたいものだ。
文仁くんを含めた何人かの生徒がまだこの場に来ていなかったけれど、予定時刻になったので話し合いを開始した。先輩の進行で軽く自己紹介したあと、当日やることを配られたプリントの内容と照らし合わせながら確認する。
十分ほど時間が経過したとき、廊下に反響する足音と共に勢いよく扉が開け放たれた。反射的に室内にいる全員がその方向に視線を移すと……金色の髪の毛と光る汗が眩しい私の初恋の人がそこにいた。
…
……
十月の半ばまで日中強い日差しを感じていたけど、大型の台風が通過した途端、夏という季節を丸ごと連れ去ったかのように気温がグンと下がる。文化祭当日になったころには、制服のカーディガンや上着を手放せなくなっていた。
迷子の保護のため担当された区間を巡回していると、体育館の外壁にピッタリと背中を付け、うずくまって泣いている女の子を発見した。茶色のツインテールで歳は5歳くらい。
周辺に親御さんらしき人はおらず、対応に自信なかったけど一先ず話しかけることにした。彼女のそばまで寄ると、目線が合うように腰を下ろす。
「こんにちは。迷子かな?」
なるべくゆっくり言葉をかけたつもりだったけど、彼女はただただ泣くばかりで無視された。どうにか気に入られるためにご機嫌を取ることにした。
「ねぇねぇ! 見て見て!」
少し声を張り上げ彼女の気を引く。するとチラリと一瞬私の顔を見た。これならいけるかもしれない。
「ツインテールかわいいね! 私も同じなんだよ!」
両方の髪の束を持つと自らのツインテールをアピールした。女の子は人との共通するものがあると喜ぶ生き物だから。
「お前じゃイヤ! あっち行け!」
彼女はそう言うとまたそっぽを向いてしまった。お前……? 人がせっかく頑張ってるのにさ、そんな言い方はないんじゃないの?
気づくと私は目の前にいる子どものように泣いていた。
今すぐにでも逃げ出したい衝動に駆られたが、このまま彼女を野放しにしたら誘拐などの恐れがある。三年の先輩は厳しく、会議中私語があると問答無用で雷を落とす人だから無下にできない。
私は緊急事態だと自分に言い訳し、支給されたインカムで文仁くんと連絡を取った。
数分後、彼の姿を見た途端に私は抱きついていた。やっぱり私にはコバンザメみたいに好きな人の行動に合わせられないようだ。
「女の子と話したいから離れてくれないかな……」
「イヤ! 怖いからそばにいて!」
顔を見なくとも彼の困った様子が伝わってくる。でも私をひとりにしないで……
この状況をどうにかしたかったのだろう。彼はインカムで誰かと通話をした。自分のことにいっぱいいっぱいだったから、あまり聞き取れなかったけど先輩だったら嫌だな。
さらに数分後、現れたのは……越方さんだった。
「ゴメン、遅れて!」
「いや、大丈夫。こっちこそ担当違うのに来てもらって申し訳ないよ」
「志季ちゃんに連絡したし、ちょっとだけなら平気だって」
私のことなんていない者みたいに自然と会話をするふたり。でも文仁くんが越方さんのことを好きかもしれないとこっちが知っているからか、なんとなく声がうわずっているような気がした。越方さんには彼と私が付き合っていると勘違いしてくれたらラッキーなんだけど。自分の腹黒さに少し引いた。
事態を把握した越方さんは女の子の対応を始めた。目線を合わせるために腰を下ろしたのは私と同じだが、言葉ひとつひとつを意識して話しかけていて驚いた。
「ゴメンねー。ちょっとその鞄見せてもらってもいいかな?」
すると女の子は嘘のようにコクリと首を縦に振った。同じ女が対応していたのにここまで違うのか。
彼女は鞄の被せに記載されていた親御さんの連絡先を確認し、落としてしまわないよう女の子に返した。
「私、越方しおんっていうの。『しおん』って呼んでね。これからお父さんお母さんに電話をするのに、別の場所まで行かなきゃいけないんだけど歩けるかな?」
「うん」
越方さんはそう言いながら、彼女を立ち上がらせると、優しく鞄を肩にかけた。
「このまま受付に連れてっちゃうね」
「本当にありがとう。助かったよ」
「いえいえ。じゃあ、またね」
文仁くんに別れを告げ、越方さんは女の子と手を取り合いながら去っていった。初めて話したとき、幸倉さんと一緒で保育士を目指していると言っていたから、子どもとどう接すればいいのかわかっていたのかもしれない。
「あのさ、いい加減離れてほしいんだけど」
文仁くんに声をかけられ、私は彼にまだ抱きついていたのを思い出した。名残惜しかったが、冷静になると周りの目線も気になったし素直に従うことにした。密着した身体を離して距離を取ると、困り果てた彼と目が合った。
「だから最初に言ったよね? 『きっと大変だぞ』って」
「でも隣にいたかったんだもん」
「ちゃんとやることをやってからそう言ってくれないかな。みんなに迷惑かかるし」
彼の正論にぐうの音も出なかった。こんな風に足手まといになるくらいなら別の仕事の方が良かったよね……
「まぁ、過ぎたことはしょうがないけどあとで謝りなよ? 彼女も自分の仕事あるのにわざわざ来てくれたんだから」
「謝るって誰に?」
「決まってるでしょ。え、越方さんにだよ……」
彼が彼女の名前を呼ぶ際、一瞬言い淀み目が泳いだのを見逃さなかった。女子に囲まれてるから特別女に慣れていないというわけでもない。だからやっぱりあなたは……
「そうだね! 文仁くんもゴメン。いつか埋め合わせするよ」
「いいよ、そんなの。その代わり明日は真面目にやって」
「わかったわかった! あ、ひとつ聞きたいことがあるんだけど」
彼は『まだ何かあるの?』と面倒くさそうに私を見る。でもこれ以上明るく振る舞うのに疲れちゃったの。あなたの気持ちをはっきりと聞きたいから付き合ってほしいな。
「文仁くんって越方さんのこと好きなの?」
「え……」
「だって、文仁くんわかりやすいんだもん。で、どうなの?」
「うん。好きだよ」
わかりきっていたことだけど、実際に聞くとショックだった。でもこの事実は塗り替えられないし乗り越えなきゃいけない。
彼はいたたまれなくなったのか、頭を掻きむしりながらつぶやいた。
「ゴメン……」
「何で謝るのよ。あ、休みの日一緒に出かけたとき『好き』って言ったから? あれ、嘘よ」
「嘘……?」
「私は嘘つかないの。だから気にしないで。じゃあ、顔洗ってくるね」
私は彼の言葉を待たず、水道に向かい走った。上手くごまかせたかしら。私の世話に慣れている京野のようにポーカーフェイスにはなれないや。
私はひとつ嘘をついた。『嘘をつかない』ということが嘘。本当はあなたのことが好きでたまらない。あなたは鈍感だからきっと気づかないでしょう。
でももし生まれ変わってまた出会えたときは恋人同士になれたらいいな。
私は初めての失恋に今日二回目の涙を流した。
今か今かと楽しみにしていた夏休みが慌ただしく過ぎ去っていく。校長の話だと一分でも長いのに、興味のあることだと全く時間が足りない。高校生の夏は三回しかないから無駄にしたくないよね。
二学期の始業式。朝に登校すると昇降口で文仁くんが眠そうに靴を履き替えていた。しかも寝癖も付いているから櫛で梳かしてあげたくなる。
この日は文化祭の役員を決める行事があったので、そのことを彼に問いかけた。すると『去年に妹が迷子になったとき、助けてもらったから託児係を希望したい』と言う。子どもが苦手な私と違ってしっかりしているんだなぁ。
特別役員にこだわりがあるわけでもないので、文仁くんと同じ係に応募することにした。彼には『自分の意見をもて』と言われてしまったけど。
希望が通り託児係に決定し、翌日の放課に後委員会の打ち合わせをするため理科室に足を踏み入れた。引き戸を開くと薬品の匂いが鼻を刺激する。
文仁くんも同じ係になったけど彼はまだ来ていなかった。ホームルームが長引いているのかしら。でもその代わり関わりたくなかった女子が丸椅子に座っていた。越方しおんさん……
こっちが一方的に気まずくなりながらも、彼女は仲良くなろうとフレンドリーに話しかけてくる。一学期の終業式で彼女を目撃したとき、ポニーテールと銀縁メガネを着用していたのに、今はショートカットで裸眼になっていた。もしかしたらコンタクトレンズなのかもしれないけれど。正直に言ってしまえば垢抜けしていない以前と比べて、今の佇まいの方がずっと似合っていた。華やかさはまだ未熟だけど、化粧を上手く施せば字の如く化けると思う。
二組の幸倉志季さんは真っ赤な髪の毛と長身が特徴的な、活気溢れる女子だ。驚くことに生まれたときからこの髪色で、小中学のころ学校側に頭を下げ事情を話す両親の背中が忘れられないそうだ。
「だからね、肌や髪の色で人を判断しないよう、子どもに伝えられればと思って保育士を目指しているの。今回の係もその準備段階ってところかな」
「そうなんだ。何度も同じことを話してるだろうにゴメン」
「ううん。慣れてるから大丈夫。むしろ変な誤解されたら嫌でしょ?」
強い人だ。私も生まれつき青い虹彩と白い肌をしているから、興味本位で理由を尋ねる輩を鬱陶しく思っていた。でも彼女のように前向きに説明できれば息苦しくないんだろうな。考え方を見習おう。
三組の野瀬繕さんは私より少し高い身長で、茶色のミディアムロングヘアの女子だ。彼女の特徴は少年のような低めの声で、滑舌の良さが聞いてて心地よい。
名前の『繕』は人と人の関係がほころびてしまっても、それを繕っていけるような人間になってほしいという願いから付けられたらしい。
「両親揃って服のデザイナーだからさ、この名前ピッタリでしょ? 気に入っているんだよね。」
「めずらしいけどカッコいいね。どうしてこの係に?」
「なんか面白そうだから」
ざっくりな理由だけど、表裏のなさそうな性格に憧れるなぁ。私も素直に物事を考えたいものだ。
文仁くんを含めた何人かの生徒がまだこの場に来ていなかったけれど、予定時刻になったので話し合いを開始した。先輩の進行で軽く自己紹介したあと、当日やることを配られたプリントの内容と照らし合わせながら確認する。
十分ほど時間が経過したとき、廊下に反響する足音と共に勢いよく扉が開け放たれた。反射的に室内にいる全員がその方向に視線を移すと……金色の髪の毛と光る汗が眩しい私の初恋の人がそこにいた。
…
……
十月の半ばまで日中強い日差しを感じていたけど、大型の台風が通過した途端、夏という季節を丸ごと連れ去ったかのように気温がグンと下がる。文化祭当日になったころには、制服のカーディガンや上着を手放せなくなっていた。
迷子の保護のため担当された区間を巡回していると、体育館の外壁にピッタリと背中を付け、うずくまって泣いている女の子を発見した。茶色のツインテールで歳は5歳くらい。
周辺に親御さんらしき人はおらず、対応に自信なかったけど一先ず話しかけることにした。彼女のそばまで寄ると、目線が合うように腰を下ろす。
「こんにちは。迷子かな?」
なるべくゆっくり言葉をかけたつもりだったけど、彼女はただただ泣くばかりで無視された。どうにか気に入られるためにご機嫌を取ることにした。
「ねぇねぇ! 見て見て!」
少し声を張り上げ彼女の気を引く。するとチラリと一瞬私の顔を見た。これならいけるかもしれない。
「ツインテールかわいいね! 私も同じなんだよ!」
両方の髪の束を持つと自らのツインテールをアピールした。女の子は人との共通するものがあると喜ぶ生き物だから。
「お前じゃイヤ! あっち行け!」
彼女はそう言うとまたそっぽを向いてしまった。お前……? 人がせっかく頑張ってるのにさ、そんな言い方はないんじゃないの?
気づくと私は目の前にいる子どものように泣いていた。
今すぐにでも逃げ出したい衝動に駆られたが、このまま彼女を野放しにしたら誘拐などの恐れがある。三年の先輩は厳しく、会議中私語があると問答無用で雷を落とす人だから無下にできない。
私は緊急事態だと自分に言い訳し、支給されたインカムで文仁くんと連絡を取った。
数分後、彼の姿を見た途端に私は抱きついていた。やっぱり私にはコバンザメみたいに好きな人の行動に合わせられないようだ。
「女の子と話したいから離れてくれないかな……」
「イヤ! 怖いからそばにいて!」
顔を見なくとも彼の困った様子が伝わってくる。でも私をひとりにしないで……
この状況をどうにかしたかったのだろう。彼はインカムで誰かと通話をした。自分のことにいっぱいいっぱいだったから、あまり聞き取れなかったけど先輩だったら嫌だな。
さらに数分後、現れたのは……越方さんだった。
「ゴメン、遅れて!」
「いや、大丈夫。こっちこそ担当違うのに来てもらって申し訳ないよ」
「志季ちゃんに連絡したし、ちょっとだけなら平気だって」
私のことなんていない者みたいに自然と会話をするふたり。でも文仁くんが越方さんのことを好きかもしれないとこっちが知っているからか、なんとなく声がうわずっているような気がした。越方さんには彼と私が付き合っていると勘違いしてくれたらラッキーなんだけど。自分の腹黒さに少し引いた。
事態を把握した越方さんは女の子の対応を始めた。目線を合わせるために腰を下ろしたのは私と同じだが、言葉ひとつひとつを意識して話しかけていて驚いた。
「ゴメンねー。ちょっとその鞄見せてもらってもいいかな?」
すると女の子は嘘のようにコクリと首を縦に振った。同じ女が対応していたのにここまで違うのか。
彼女は鞄の被せに記載されていた親御さんの連絡先を確認し、落としてしまわないよう女の子に返した。
「私、越方しおんっていうの。『しおん』って呼んでね。これからお父さんお母さんに電話をするのに、別の場所まで行かなきゃいけないんだけど歩けるかな?」
「うん」
越方さんはそう言いながら、彼女を立ち上がらせると、優しく鞄を肩にかけた。
「このまま受付に連れてっちゃうね」
「本当にありがとう。助かったよ」
「いえいえ。じゃあ、またね」
文仁くんに別れを告げ、越方さんは女の子と手を取り合いながら去っていった。初めて話したとき、幸倉さんと一緒で保育士を目指していると言っていたから、子どもとどう接すればいいのかわかっていたのかもしれない。
「あのさ、いい加減離れてほしいんだけど」
文仁くんに声をかけられ、私は彼にまだ抱きついていたのを思い出した。名残惜しかったが、冷静になると周りの目線も気になったし素直に従うことにした。密着した身体を離して距離を取ると、困り果てた彼と目が合った。
「だから最初に言ったよね? 『きっと大変だぞ』って」
「でも隣にいたかったんだもん」
「ちゃんとやることをやってからそう言ってくれないかな。みんなに迷惑かかるし」
彼の正論にぐうの音も出なかった。こんな風に足手まといになるくらいなら別の仕事の方が良かったよね……
「まぁ、過ぎたことはしょうがないけどあとで謝りなよ? 彼女も自分の仕事あるのにわざわざ来てくれたんだから」
「謝るって誰に?」
「決まってるでしょ。え、越方さんにだよ……」
彼が彼女の名前を呼ぶ際、一瞬言い淀み目が泳いだのを見逃さなかった。女子に囲まれてるから特別女に慣れていないというわけでもない。だからやっぱりあなたは……
「そうだね! 文仁くんもゴメン。いつか埋め合わせするよ」
「いいよ、そんなの。その代わり明日は真面目にやって」
「わかったわかった! あ、ひとつ聞きたいことがあるんだけど」
彼は『まだ何かあるの?』と面倒くさそうに私を見る。でもこれ以上明るく振る舞うのに疲れちゃったの。あなたの気持ちをはっきりと聞きたいから付き合ってほしいな。
「文仁くんって越方さんのこと好きなの?」
「え……」
「だって、文仁くんわかりやすいんだもん。で、どうなの?」
「うん。好きだよ」
わかりきっていたことだけど、実際に聞くとショックだった。でもこの事実は塗り替えられないし乗り越えなきゃいけない。
彼はいたたまれなくなったのか、頭を掻きむしりながらつぶやいた。
「ゴメン……」
「何で謝るのよ。あ、休みの日一緒に出かけたとき『好き』って言ったから? あれ、嘘よ」
「嘘……?」
「私は嘘つかないの。だから気にしないで。じゃあ、顔洗ってくるね」
私は彼の言葉を待たず、水道に向かい走った。上手くごまかせたかしら。私の世話に慣れている京野のようにポーカーフェイスにはなれないや。
私はひとつ嘘をついた。『嘘をつかない』ということが嘘。本当はあなたのことが好きでたまらない。あなたは鈍感だからきっと気づかないでしょう。
でももし生まれ変わってまた出会えたときは恋人同士になれたらいいな。
私は初めての失恋に今日二回目の涙を流した。
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