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真黒 燈(マクロ アカシ)

1:勝ち組と叫び

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ーーー【男 モテないようにする方法】

 自室のノートパソコン。有名会社の検索エンジンにワードを打ち込んだ後、ボックス内で点滅するカーソルをしばし眺める。
 分厚い濃緑のカーテンを閉め切ったせいで、薄暗くジメジメとした室内。それによりモニターから漏れる冷たい光が俺の両腕を包み込んだ。

 何やっているんだ俺は……

 俺は数秒前の行動を恥じ、わずらわしい蠅のように動き回るマウスポインターを見つけ出すと、バツ印に合わせウィンドウを閉じた。
 画面右上のデジタル時計を見ると七時十五分を示している。

 行くか……

 俺は学習椅子から重い腰を上げると、壁のハンガーフックに吊るされている学生服を手に取った。


 今日も退屈でヘドの出る一日になりそうだ。




……


 午前八時。彫刻された銘板を尻目に校門を潜り抜ける。

真黒まくろくんおはよう!」
「真黒っち、おはよう!」

 革靴を脱いで昇降口のスノコに足を踏み入れると、名前を把握していないクラスメイトから、俺に向かって声をかけられる。でもなんとなく接していればどうとでもなるのでその場をやり過ごすことにする。

「うん。おはよう」

 表情筋がわずかな悲鳴を堪え、笑顔の形にすると周りの女子どもは黄色い声を出し騒ぐ。……っていうか『真黒っち』ってなんだよ。
 朝から不快な思いを抑えつつ、革靴を脱ぎ下駄箱から上履きを取り出すとその中に封筒が一通。

 またか……

「よっ! おはよーさん」

 声をかけられ振り向くとクラスメイトの奏介そうすけがニヤニヤとした笑顔を浮かべながら立っていた。こいつとは入学以降何かとウマが合い持ちつ持たれつの関係だ。

「おはよ」
「おや?  またラブレターですか? 入学してから何回目でしょうねぇ、アカシくん?」

 奏介は自分の右腕を俺の肩に回しながら茶化す。でもこういう馴れ馴れしいところも嫌いじゃないんだよな。

「うーん、忘れちまった」
「うわ、モテる男発言ムカつくわー」
「お前だってしょっちゅう告られてんだろうが」

 俺の肩に回された奏介の腕を掴み睨みつける。なんでもこの学校始まって以来のイケメンコンビだと女子たちが噂しているらしいが、『百二十五年もずっといたのかよ』と突っ込みたくなる。
 そんな俺の思いと裏腹に、奏介は両手で頭を組みながら飄々と屈託のない笑顔で答える。

「俺は一途なの。惚れた人にしか興味ないっていうか。まぁ、女子の黄色い声はいつでも大歓迎だけど」
「なんだよ、それ」
「それよりさ、とっとと教室入ろうぜ。昨日買ったバスケ雑誌読みたいんだよ」

 奏介はカバンの中から雑誌を取り出し俺に見せつけてくる。こいつはどこまでも平和だな……

「バスケ、本当に好きなんだな」
「おう。俺の生きがい!」

 生きがいねぇ……俺の生きがいとは何だろう。
 どんなに泣けると言われた映画を観ても、所詮作り物だと判断してシラけてしまうし、名曲と謳われた音楽も響かない。絶品と評された料理も味を感じる前に胃の中に収めてしまう。『良い匂い』『人の温もり』なんてものはとっくの昔に忘れてしまった。
 誤って紙で指を切ってしまったときも、痛がる反応はすれどそれはほんの一瞬のことで、流れる血をただただ見つめていた。
 俺の脳にフィルターがかかっているのか? それとももう既に壊れているのか……
 こんな腹黒の男と話したって周りは傷つくだけだ。だから自分を押し殺して機嫌を損ねない方がずっと良い。
 全員の不幸にならないよう笑顔を保てるよう俺は今日も仮面を被る。そして『文武両道、容姿端麗、教師生徒から頼りにされる学級委員』として過ごす。

 トイレに行くと奏介に嘘をつき例の手紙を見る。差出人は同じクラスの……越方えつかた? そんなやついたか?
 放課後に体育館裏ね……なんともベタな。

 うん、どうでもいい。

 あまりのバカバカしさに手紙を握りつぶし、学生鞄の奥底に押し込んだ。トイレのゴミ箱に捨てなかったのは、誰かに発見されて面倒ごとに巻き込まれるのを防ぐためだ。
 恋だのなんだの煩わしい。俺にそんな暇はないんだ。



……


【今日のターゲット:◯◯県◯◯市の中学校で起きたいじめという名の傷害事件の容疑者三人】

 某掲示板にスマホでこう一文を書き起こすと、ドロドロとした心がクリアになっていく。
 ネットの記事によると先週月曜日、校舎の屋上から飛び降りたと思われる生徒の遺体を用務員が発見。学校側はいじめの事実を否定。
 ほうほう。臭いものに蓋をするというやつか。
 数分と経たないうちに学校が特定された。記事の画像にモザイクがかかっていてもわかるやつにはわかるんだよな。
 学校がわかればSNSで検索をかける。いくら大人に注意されようとも、こういうイキったバカは校名を登録している場合が多い上、フォロワーを増やすため鍵垢にしていない。

【◯◯中二年! 同中絡もうぜ!】

 いたいた。俺は顔を綻ばせタイムラインを流し見する。

【あいつ、マジ飛び降りやがった。ちょっと遊んでやっただけなのに。お前らもそう思うだろ?】

 お前らというのはフォロワーのことだろう。類は友を呼ぶという言葉通り、傷を舐め合うように擁護のコメントが相次いでいた。
 流石にペンネームだが本名が割れるのも時間の問題だ。これからジワジワと地獄に叩き落として……

「あんたまた……いい加減にしなさいよ!」

 ニヤリと笑みが溢れた瞬間、見慣れた自室に切り替わったときスマホを取り上げられたと気づくのにしばらくの時間を要した。座っていたベッドから目線を上げると、仁王立ちした姉が目を三角にしてそこにいた。見せつけるように舌打ちをする。

「……チッ。なんだよ。勝手に入ってくんなって言ってんだろ」
「ノックしてもいくら呼びかけても反応しないから、こうやってわざわざ来てやったんでしょうが!」

 姉の大声が頭に響く。これならクラスメイトの女の意味ない黄色い声の方がマシだと思う。

「つーか、返せよ」

 手を伸ばすと姉は背伸びをして持っていたスマホを高々と上に挙げた。身長171cmの俺と174cmの姉ではもう少しのところで手が届かない。結果はわかりきっていてバカらしくなったのでベッドに腰掛けた。

 デカ女……

 口に出すと火に油を注ぐようなものなので、喉まで来た言葉をかろうじて飲み込む。すると姉はいつの間にかガキのSNSを読んでいた。怒りに任せて無理矢理姉の手からスマホを奪い取った。

「だから返せって!」
「あんたねぇ……人助けのつもりでやってるんだろうけどやめなさいって何度言ったら……」
「ほっとけよ」

 姉が呆れ顔でため息混じりに言うので適当にあしらう。

「中身と身長以外は完璧なんだからさ、そろそろ彼女作って性格直したら?」
「男を取っ替え引っ替えしてる誰かさんのせいで作る気がしねーんだよ」
「取っ替え引っ替えって……あれは友だちなんだってば!」
「はいはい。で? 何の用だよ」

 どうにか怒りをクールダウンさせ本来の目的をパスしてやる。これが余裕ってやつなんだよ。ざまぁみろ。
 すると姉はハッとした顔をしながら俺と目線を交差させる。無駄にデカい目でムカつく……

「そうそう、あんた宛に宅急便。着払いだからお金持ってきてって」
「バカ! 早く言えよ!」

 受け取り日が今日だったことを思い出し、ドアの前にいる姉を振り切って玄関に向かう。
 
 何もかもが自分の思い通りにならない。大人が敷いたレールの上をいつまで走り続けなければいけないのだろう。
 なぁ、誰か助けてくれよ……

 やけに手汗に濡れた財布の皮の質感を生々しく感じた瞬間だった。
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