ラブイズホラー ~痛めて菜抽子さん~

風浦らの

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これだけは言わせて

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 言われた通り、静まり返ったその部屋で、1歩2歩と2人が前に出る。そしてそれを守るように数人の男達が付き添った。

「来るのは2人だけよ。下がりなさい」

 顔を合わせて言われるがままに下がる男達。下がったその先を見れば、入口付近には人だかりが出来ていた。
    タダならる事態だと言うことは、最早周りには知れ渡っている様だ。


「な、菜抽子さん……なんで……こんな事……」


 呆れる。
    こんなに頑張ってもまだ分からないのか。
    何の為に今まで頑張ったと思っているのか。
    本当に瑠二君は分かっていないのか──、


「どうしてっ!    どうして分かってくれないの!?    私がどれだけ貴方を愛しているのか、分からないの!?    全ては貴方の為なのよ!   」
「だとしても、こんなやり方間違っています!」


 オダマキ、お前ならわかる筈だ。どんな事をしてでも手に入れたい、その気持ちが。

「他に方法が無いの!    何度、もう何度ふられたか分からないのッ。努力はもう十分にしたの!    それでもダメだったの!」


 私は答えを求め瑠二君を見詰めた。
    だが今更この状況で好きだと言われてももう遅い。
    どうせ妹を助けるための嘘になる。
    それに──


 気づけば、辺りはパトカーのサイレンに包まれていた。
    本格的に逃げることは不可能だろう。


「瑠二君、最後に聞かせて頂戴。──、何故私ではダメなの?」
「………………それは」


 それは?    
    それはなんだとういのか。
    その答えをどれだけ望んだことか。
    それが今──、


「それは菜抽子さんが一番よく分かってる筈です」


 ──えッ?


 どういう事だ……こんなにも知りたかった答えが私の中にあるとでも言いたいのか。

    その言葉に困惑した私は、僅かに包丁を持つ手を震わせた。


「ど、どういう意味かしら」
「俺には──、ずっと好きな人がいます。とても大切な人です」



 ──好きな人が居る──



「えぇ!?    そ、そんな事一言も──、」
「言ったらどうなりましたか?    きっとその娘の身にも危険が及んだんじゃないですか?」
「ち、違……そ、それはっ!」
「貴女ならわかる筈です。愛する人だけの物になりたいという気持ちが。俺も同じです。これは1歩も譲る気はありません」


 この期に及んでなんて揺るぎない目をしているのか。
    これが男という生き物なのか。


「なんで……なんでなんでなんで分かってくれないのよぉぉ!!   こんなにも好きなのにッ!    そんなの酷いわ……うっ……う……あぁぁぁッ」


 想いは涙となって目から溢れ出した。

 私はまるで子供のように泣きじゃくった。大人になってこんな大勢の前で泣くなんて……
    でも私はもう引き下がれない。

 濡れた目を袖口で擦りあげ、包丁を瑠二君突き立てる。

「お、お願い、最後にわだじの、物になっで……」

 グスリと鼻水を啜り、覚束無い足取りで瑠二君に近づいた。
    瑠二君はその場を1歩も動かず、そんな私が来るのを待ってくれた。
    涙は相変わらず零れてくる。



 逃げないのね。ありがとう。そして──、



「さよう、なら……」



 私は、全ての想いを乗せて包丁を振り抜いた。





 ──ッ!





 カランカランッ……




 包丁は瑠二君には刺さらず、私の手から弾き落とされた。



 弾き落としたのは、勿論──、

    またお前かッ!



 オダマキィィィィッッッ!!



「今だッ!    取り抑えろぉぉッ!!」


 その光景を見ていた男達が、一斉に私を取り押さえに来た。

 ヤバイッ!    このままじゃ……

 私は包丁を拾えないと判断するや、部屋の奥へと逃げ込んだ。そして、開いていた窓枠に腰を下ろす。


「来ないでぇぇッ!    それ以上近づいたら飛び降りるわッ!」

 ここは3階。頭から落ちれば十分に死ねる高さだ。

「ま、待て!   死ぬ気かッ」

 すんでのところで追ってきた男達の足が止まったが、再び瑠二君が私の目の前に現れた。

「菜抽子さん、落ち着いて」
「瑠二君、今までごべんね。私、酷い事沢山しちゃった……でも、もう終わりにする、から。貴方が、他の女と幸せになる世界なんて、私耐えられそうに、ないんだ……」
「自首してやり直せばいいじゃないですか!    死んで償うだなんて、そんな事、俺には見届けられません!    菜抽子さんなら絶対にやり直せますから!」


 どこまでも優しいのね。
    でもね。
    女はその優しさにつけ込んで来るのよ。


「ダメな女に、引っかからないでね。本当に心配しちゃうんだから。」
「だったら──、」


「今までありがとう。同棲生活、嘘でも確かに幸せ、だったわ」
「菜抽子さんッ!」
「さようなら。愛してるわ。私の瑠二君──、」


 私は窓枠から手を離し、そのまま後ろに身を倒した。  
    最後に、笑顔で心からの『愛してる』が言えた。私の心は間違っていなかった。

    体が外に落ちる直前、瑠二君が手を伸ばしているのが見えた。

 その手があと数週間、いや、あとほんの数日でも早く差し伸べられていたならば、こんな結果になっていなかったのかも知れない。

 ふわりと体が宙に舞う感覚に襲われる。
    不思議と周りの景色がスローモーションになった。

 死ぬ間際って本当にこうなるのね。思えば色々あったわ。初めて瑠二君の家に忍び込んだ時、興奮したわ。思わず下着の匂いを嗅いだっけ。

 オダマキは刺されても仕方ないわよね。みんなあんな風に誘惑しているのかしら。

 伊奈絵ちゃんには悪い事をしたと思っているわ。最後も意識が無いのに人質にまでしちゃって。私ってばお姉ちゃん失格よね。

 でも最後にこれだけは言わせて。


 本当に、心から貴方を──





     ──愛していたの──










 ドサッ。








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