ラブイズホラー ~痛めて菜抽子さん~

風浦らの

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嘘で掴み取る恋

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 メールの内容はこうだ。

『瑠二、落ち着いて聞いて下さい。伊奈絵が病院の窓から飛び降りました。かなりの重体で、命の危険があります。すぐに病院に来て下さい』

 つまりは、伊奈絵が精神を乱し自殺したのだ。これでは瑠二君を脅している弱みが無くなった事になってしまう。そして今の瑠二君がこの事を知れば、私の事を彼は許さないだろう。
    なにより『妹が自殺するんじゃないか』を口実に動画で脅しを取っている。その効果がなくなるのは痛手でしかない。


 ──非常にまずいわ……なんとかしなくちゃ!!

 思いがけないピンチに私の頭の中は些かパニックだ。
    もう少し時間があると思っていた。しかし、伊奈絵の自殺未遂により状況が一変したのだ。この状況で病院に駆けつけなかったら、親はどう思うだろうか?    流石に言い訳が苦しくなってくるのは、火を見るよりも明らかで、もう悠長な事は言っていられなくなった。

 一気に焦りが押し寄せてくる。
    頭が上手く機能せず、ゴチャゴチャしている。
    それでも天才的な私は一つの案が思い浮かんだ。

 思いつくなり部屋の中の引き出しを片っ端から開けていく。どこかにあると信じて──、



 無い、無い、無いッ!


 まさか、持っていないの!?


 そんな……



 必死に探し回り諦めかけたその時。




 ──ッあった!!



 銀行の通帳や印鑑が入った引き出しの中から出てきた一つの茶封筒。その中から姿を現したのは──、


「やっと見つけた……パスポート!」


 私の頭の中には『海外逃亡』という選択肢が思い浮かんでいた。そんな事考えたことも無かったが、果たして上手くいくものなのか?拙い知識を集めてみれば、
    インターポール?
    犯罪人引渡し条約?
    国際指名手配?
    言葉は知っていても、その内容はよく分からない。ただ、潜伏先はタイがいいと聞いたことがある。現に何年も逃亡生活の末、捕まったというニュースが頻繁にあるのだ。そう易々と捕まるものでも無いとも踏んでいた。それに私の犯した罪はそれ程大事件という訳でもない。


 ──海外に瑠二君と駆け落ちする事が出来れば──


 お金はある。語学も英語、スペイン語、中国語、韓国語、ベトナム語とある程度は出来るし、情報だってネットで調べれば幾らでも出てくる。そして何より瑠二君が一緒に居る。それだけで生きて行ける気がしていた。

 パスポートを握りしめ、ご機嫌取り用の漫画を紙袋に詰め込むと、私は瑠二君の家を出た。

 足がつく前に一刻も早く彼と海外に逃亡したい。

   早く、早く、早く!


 ■■■■


 自宅に戻った私は早速瑠二君の部屋に向かった。
    扉を開けると、瑠二君が捨てられた子猫の様に顔を上げて「おかえり」と言ってくれた。
    退屈が過ぎたのか、私の事を待っていたのか、ご機嫌取りなのかは分からないが、その言葉に胸がキュンとした。 "私の恋は間違っていなかった"  そう再確認させるには充分だった。

「瑠二君。これ、持ってきてあげたわ」

 持ってきた漫画を差し出すと、彼の顔が僅かに緩んだような気がした。もしかしたら、2人の心の距離が縮まりつつあるのかも知れない。

「他にも欲しいものがあるなら、遠慮なく言って頂戴」
「…………ありがとう」
「えっ」

 確かに今、彼の口から感謝の言葉が出た。この1週間、まともに会話もしてくれなかった瑠二君に、お礼を言われるなんて──、


 確実に心に変化が起きている。切り出すなら今しかない。そう思った。


「あのね、瑠二君。私から一つお願いがあるの」
「……なんですか。この状況の俺に対してお願いなんて。出来ることなんて何も無いですよ」

 今の自分を皮肉っているのか、ツンケンしながらも会話には乗ってきた。

「私が瑠二君の事を大好きなのは知っているわよね?」
「ええ、かなり歪んでて間違ってますけどね」
「でも受け入れてくれないのよね……」
「そうですね」

 こんな事本当は言いたくない。例え嘘だとしても。でも──


「わかったわ。そこまで言われたら仕方が無いわね。私、瑠二君の事をキッパリと諦めて、妹さんの動画も綺麗さっぱり消すわ」
「え?」

 思わぬ言葉に、思わず声が漏れた瑠二君。信じられないと言った表情で、目は今までに見た事が無いほどに開かれていた。

「ただ、一つだけお願いがあるの」
「な、なんですか?    俺にできる事ですか!?」

 今までに無いほどの食いつきようだ。    
    少し物悲しさも感じるが、実に悪くない反応だ。これなら──

「最後の思い出に、私と海外旅行に行ってほしいの。2泊3日でいいわ。その後は動画も消すし、警察にも自首するわ」
「か、海外って……」
「自分の犯した罪の重さは分かっているつもり。本当に瑠二君が大好きなの。最後に思い出くらい作らせて……」
「ほ、本当に自首するんですか?」
「本当よ。これからは瑠二君との思い出と共に、刑務所で生きていくわ」

 勿論嘘だ。嘘だが、人間時には愛する人にさえ嘘をつかなければならない時がある。それが今なのだ。嘘で掴み取る愛だってある。

 目を伏せ暫く考え込む瑠二君。流石に疑心暗鬼になっているのか、おいそれと返事は返ってこない。
    私はここはもう一押し必要だとみるや、続け様に条件を提示してみた。

「2泊3日でいいわ。そうね、タイに2泊3日。それが終われば自由になれるわ」

 本来ならば2ヶ月軟禁のところ、僅か3日で自由になれる。いつの世も、人間とは甘い誘い文句に弱いものだ。それは瑠二君とて例外ではない筈。

    そして彼の出した答えは──、

「……わかりました。行きましょう。約束ですからね」


「ありがとう!    ええ『約束』するわ」

    ──約束するわ──



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