18 / 24
嘘で掴み取る恋
しおりを挟む
メールの内容はこうだ。
『瑠二、落ち着いて聞いて下さい。伊奈絵が病院の窓から飛び降りました。かなりの重体で、命の危険があります。すぐに病院に来て下さい』
つまりは、伊奈絵が精神を乱し自殺したのだ。これでは瑠二君を脅している弱みが無くなった事になってしまう。そして今の瑠二君がこの事を知れば、私の事を彼は許さないだろう。
なにより『妹が自殺するんじゃないか』を口実に動画で脅しを取っている。その効果がなくなるのは痛手でしかない。
──非常にまずいわ……なんとかしなくちゃ!!
思いがけないピンチに私の頭の中は些かパニックだ。
もう少し時間があると思っていた。しかし、伊奈絵の自殺未遂により状況が一変したのだ。この状況で病院に駆けつけなかったら、親はどう思うだろうか? 流石に言い訳が苦しくなってくるのは、火を見るよりも明らかで、もう悠長な事は言っていられなくなった。
一気に焦りが押し寄せてくる。
頭が上手く機能せず、ゴチャゴチャしている。
それでも天才的な私は一つの案が思い浮かんだ。
思いつくなり部屋の中の引き出しを片っ端から開けていく。どこかにあると信じて──、
無い、無い、無いッ!
まさか、持っていないの!?
そんな……
必死に探し回り諦めかけたその時。
──ッあった!!
銀行の通帳や印鑑が入った引き出しの中から出てきた一つの茶封筒。その中から姿を現したのは──、
「やっと見つけた……パスポート!」
私の頭の中には『海外逃亡』という選択肢が思い浮かんでいた。そんな事考えたことも無かったが、果たして上手くいくものなのか?拙い知識を集めてみれば、
インターポール?
犯罪人引渡し条約?
国際指名手配?
言葉は知っていても、その内容はよく分からない。ただ、潜伏先はタイがいいと聞いたことがある。現に何年も逃亡生活の末、捕まったというニュースが頻繁にあるのだ。そう易々と捕まるものでも無いとも踏んでいた。それに私の犯した罪はそれ程大事件という訳でもない。
──海外に瑠二君と駆け落ちする事が出来れば──
お金はある。語学も英語、スペイン語、中国語、韓国語、ベトナム語とある程度は出来るし、情報だってネットで調べれば幾らでも出てくる。そして何より瑠二君が一緒に居る。それだけで生きて行ける気がしていた。
パスポートを握りしめ、ご機嫌取り用の漫画を紙袋に詰め込むと、私は瑠二君の家を出た。
足がつく前に一刻も早く彼と海外に逃亡したい。
早く、早く、早く!
■■■■
自宅に戻った私は早速瑠二君の部屋に向かった。
扉を開けると、瑠二君が捨てられた子猫の様に顔を上げて「おかえり」と言ってくれた。
退屈が過ぎたのか、私の事を待っていたのか、ご機嫌取りなのかは分からないが、その言葉に胸がキュンとした。 "私の恋は間違っていなかった" そう再確認させるには充分だった。
「瑠二君。これ、持ってきてあげたわ」
持ってきた漫画を差し出すと、彼の顔が僅かに緩んだような気がした。もしかしたら、2人の心の距離が縮まりつつあるのかも知れない。
「他にも欲しいものがあるなら、遠慮なく言って頂戴」
「…………ありがとう」
「えっ」
確かに今、彼の口から感謝の言葉が出た。この1週間、まともに会話もしてくれなかった瑠二君に、お礼を言われるなんて──、
確実に心に変化が起きている。切り出すなら今しかない。そう思った。
「あのね、瑠二君。私から一つお願いがあるの」
「……なんですか。この状況の俺に対してお願いなんて。出来ることなんて何も無いですよ」
今の自分を皮肉っているのか、ツンケンしながらも会話には乗ってきた。
「私が瑠二君の事を大好きなのは知っているわよね?」
「ええ、かなり歪んでて間違ってますけどね」
「でも受け入れてくれないのよね……」
「そうですね」
こんな事本当は言いたくない。例え嘘だとしても。でも──
「わかったわ。そこまで言われたら仕方が無いわね。私、瑠二君の事をキッパリと諦めて、妹さんの動画も綺麗さっぱり消すわ」
「え?」
思わぬ言葉に、思わず声が漏れた瑠二君。信じられないと言った表情で、目は今までに見た事が無いほどに開かれていた。
「ただ、一つだけお願いがあるの」
「な、なんですか? 俺にできる事ですか!?」
今までに無いほどの食いつきようだ。
少し物悲しさも感じるが、実に悪くない反応だ。これなら──
「最後の思い出に、私と海外旅行に行ってほしいの。2泊3日でいいわ。その後は動画も消すし、警察にも自首するわ」
「か、海外って……」
「自分の犯した罪の重さは分かっているつもり。本当に瑠二君が大好きなの。最後に思い出くらい作らせて……」
「ほ、本当に自首するんですか?」
「本当よ。これからは瑠二君との思い出と共に、刑務所で生きていくわ」
勿論嘘だ。嘘だが、人間時には愛する人にさえ嘘をつかなければならない時がある。それが今なのだ。嘘で掴み取る愛だってある。
目を伏せ暫く考え込む瑠二君。流石に疑心暗鬼になっているのか、おいそれと返事は返ってこない。
私はここはもう一押し必要だとみるや、続け様に条件を提示してみた。
「2泊3日でいいわ。そうね、タイに2泊3日。それが終われば自由になれるわ」
本来ならば2ヶ月軟禁のところ、僅か3日で自由になれる。いつの世も、人間とは甘い誘い文句に弱いものだ。それは瑠二君とて例外ではない筈。
そして彼の出した答えは──、
「……わかりました。行きましょう。約束ですからね」
「ありがとう! ええ『約束』するわ」
──約束するわ──
『瑠二、落ち着いて聞いて下さい。伊奈絵が病院の窓から飛び降りました。かなりの重体で、命の危険があります。すぐに病院に来て下さい』
つまりは、伊奈絵が精神を乱し自殺したのだ。これでは瑠二君を脅している弱みが無くなった事になってしまう。そして今の瑠二君がこの事を知れば、私の事を彼は許さないだろう。
なにより『妹が自殺するんじゃないか』を口実に動画で脅しを取っている。その効果がなくなるのは痛手でしかない。
──非常にまずいわ……なんとかしなくちゃ!!
思いがけないピンチに私の頭の中は些かパニックだ。
もう少し時間があると思っていた。しかし、伊奈絵の自殺未遂により状況が一変したのだ。この状況で病院に駆けつけなかったら、親はどう思うだろうか? 流石に言い訳が苦しくなってくるのは、火を見るよりも明らかで、もう悠長な事は言っていられなくなった。
一気に焦りが押し寄せてくる。
頭が上手く機能せず、ゴチャゴチャしている。
それでも天才的な私は一つの案が思い浮かんだ。
思いつくなり部屋の中の引き出しを片っ端から開けていく。どこかにあると信じて──、
無い、無い、無いッ!
まさか、持っていないの!?
そんな……
必死に探し回り諦めかけたその時。
──ッあった!!
銀行の通帳や印鑑が入った引き出しの中から出てきた一つの茶封筒。その中から姿を現したのは──、
「やっと見つけた……パスポート!」
私の頭の中には『海外逃亡』という選択肢が思い浮かんでいた。そんな事考えたことも無かったが、果たして上手くいくものなのか?拙い知識を集めてみれば、
インターポール?
犯罪人引渡し条約?
国際指名手配?
言葉は知っていても、その内容はよく分からない。ただ、潜伏先はタイがいいと聞いたことがある。現に何年も逃亡生活の末、捕まったというニュースが頻繁にあるのだ。そう易々と捕まるものでも無いとも踏んでいた。それに私の犯した罪はそれ程大事件という訳でもない。
──海外に瑠二君と駆け落ちする事が出来れば──
お金はある。語学も英語、スペイン語、中国語、韓国語、ベトナム語とある程度は出来るし、情報だってネットで調べれば幾らでも出てくる。そして何より瑠二君が一緒に居る。それだけで生きて行ける気がしていた。
パスポートを握りしめ、ご機嫌取り用の漫画を紙袋に詰め込むと、私は瑠二君の家を出た。
足がつく前に一刻も早く彼と海外に逃亡したい。
早く、早く、早く!
■■■■
自宅に戻った私は早速瑠二君の部屋に向かった。
扉を開けると、瑠二君が捨てられた子猫の様に顔を上げて「おかえり」と言ってくれた。
退屈が過ぎたのか、私の事を待っていたのか、ご機嫌取りなのかは分からないが、その言葉に胸がキュンとした。 "私の恋は間違っていなかった" そう再確認させるには充分だった。
「瑠二君。これ、持ってきてあげたわ」
持ってきた漫画を差し出すと、彼の顔が僅かに緩んだような気がした。もしかしたら、2人の心の距離が縮まりつつあるのかも知れない。
「他にも欲しいものがあるなら、遠慮なく言って頂戴」
「…………ありがとう」
「えっ」
確かに今、彼の口から感謝の言葉が出た。この1週間、まともに会話もしてくれなかった瑠二君に、お礼を言われるなんて──、
確実に心に変化が起きている。切り出すなら今しかない。そう思った。
「あのね、瑠二君。私から一つお願いがあるの」
「……なんですか。この状況の俺に対してお願いなんて。出来ることなんて何も無いですよ」
今の自分を皮肉っているのか、ツンケンしながらも会話には乗ってきた。
「私が瑠二君の事を大好きなのは知っているわよね?」
「ええ、かなり歪んでて間違ってますけどね」
「でも受け入れてくれないのよね……」
「そうですね」
こんな事本当は言いたくない。例え嘘だとしても。でも──
「わかったわ。そこまで言われたら仕方が無いわね。私、瑠二君の事をキッパリと諦めて、妹さんの動画も綺麗さっぱり消すわ」
「え?」
思わぬ言葉に、思わず声が漏れた瑠二君。信じられないと言った表情で、目は今までに見た事が無いほどに開かれていた。
「ただ、一つだけお願いがあるの」
「な、なんですか? 俺にできる事ですか!?」
今までに無いほどの食いつきようだ。
少し物悲しさも感じるが、実に悪くない反応だ。これなら──
「最後の思い出に、私と海外旅行に行ってほしいの。2泊3日でいいわ。その後は動画も消すし、警察にも自首するわ」
「か、海外って……」
「自分の犯した罪の重さは分かっているつもり。本当に瑠二君が大好きなの。最後に思い出くらい作らせて……」
「ほ、本当に自首するんですか?」
「本当よ。これからは瑠二君との思い出と共に、刑務所で生きていくわ」
勿論嘘だ。嘘だが、人間時には愛する人にさえ嘘をつかなければならない時がある。それが今なのだ。嘘で掴み取る愛だってある。
目を伏せ暫く考え込む瑠二君。流石に疑心暗鬼になっているのか、おいそれと返事は返ってこない。
私はここはもう一押し必要だとみるや、続け様に条件を提示してみた。
「2泊3日でいいわ。そうね、タイに2泊3日。それが終われば自由になれるわ」
本来ならば2ヶ月軟禁のところ、僅か3日で自由になれる。いつの世も、人間とは甘い誘い文句に弱いものだ。それは瑠二君とて例外ではない筈。
そして彼の出した答えは──、
「……わかりました。行きましょう。約束ですからね」
「ありがとう! ええ『約束』するわ」
──約束するわ──
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説


ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
氷の騎士様は実は太陽の騎士様です。
りつ
恋愛
イリスの婚約者は幼馴染のラファエルである。彼と結婚するまで遠い修道院の寄宿学校で過ごしていたが、十八歳になり、王都へ戻って来た彼女は彼と結婚できる事実に胸をときめかせていた。しかし両親はラファエル以外の男性にも目を向けるよう言い出し、イリスは戸惑ってしまう。
王女殿下や王太子殿下とも知り合い、ラファエルが「氷の騎士」と呼ばれていることを知ったイリス。離れている間の知らなかったラファエルのことを令嬢たちの口から聞かされるが、イリスは次第に違和感を抱き始めて……
※他サイトにも掲載しています
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる