ラブイズホラー ~痛めて菜抽子さん~

風浦らの

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胃袋を掴むとは

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    ■■■■

    次の日の朝。
    私は例の如く早起きをしてお弁当を作っていた。
    空いた隙間に真っ赤なタコさんウインナーを載せ、最後に市販の型抜きキットを使って文字を乗せていく。

『だいすき♡』

「これでよしっと。──えぇ!?    もうこんな時間!?    いけない、ついつい夢中になりすぎちゃったわ!」

    慌ててお弁当を包み、化粧台の前に座り込む。今日は久しぶりに瑠二君と会うのだ。当然お化粧にも気合を入れなければならない。

    今日の化粧ノリは最高だ。ナチュラルを意識しつつも、自分のポテンシャルを最大限に引き出した最高の出来。
    服は少し落ち着きのあるロングスカートを選んだ。今日はお弁当を渡す、気遣い上手なお姉さんなのだ。エロは要らない。上は白のブラウスで行こう。清潔感が大切だから。

    よし!    今日も私は可愛いんだ。きっと上手くいく。大丈夫!    待ってて瑠二君。今、お弁当を届けに行くからね。


    ■■■■

    家を出て、毎日瑠二君が通る道で待ち伏せをした。
    ここは丁度曲がり角になっている所に電柱が立っていて、私はその影に身を潜め、まだかまだかと瑠二君を待った。

    ──待つ事五分──

    遂に瑠二君が現れた。
    私は瑠二君が目の前を通り過ぎた瞬間、背後から声をかける。

「待って瑠二君!」

    急に呼ばれて驚いたのか、声にもならぬ声を上げ驚いた表情を見せた瑠二君。

    もう本当に可愛すぎるわ。このまま家に連れて帰りたいくらい。

「ま。またあなたですか。確か……菜抽子さん、でしたっけ?」
「そう、そうそうそうよ!    私の名前は菜抽子!    覚えてくれたのね!    とっても嬉しいわ!」

    瑠二君が私の名前を覚えていてくれた!    顔も覚えて、名前まで。これはもう知り合い以上の存在になった事は間違いない!

「……もう俺の前に現れないで下さいって言いましたよね?    で、今日は何の用ですか?    愛の告白でもするんなら無駄ですからね」

    その言葉に私は俯いた。やはりまだ彼の気持ちはこっちには向いていない。でも、それも今日までの話。このお弁当で──、

    私は持っていたお弁当をギュッと握りしめ、勇気を出して彼にお弁当を差し出した。

「今日は違うの。これを渡したくて……あの、私、どうしても瑠二君の力になりたくて」
「え?    これは、お弁当ですか?    もしかして俺の為にわざわざ作ったんですか?」

    コクリと頷くので精一杯だった。瑠二君の前では何故か上手く言葉がでてこなかった。男の人にお弁当を渡す事が初めての事だった、というのも多少はあっただろうか。

「でも、申し訳ないけど受け取れませんよ。知らない人からお弁当だなんて。本当にすみません」

     そう言うと瑠二君は深々と頭を下げた。彼のその礼儀正しい姿に誠実さを感じた。が、なぜ?
    なぜ受け取ってくれないのだろうか?    そんなに私に興味が無いのか?  
    こんなにもあなたを愛していると言うのに──、

    私は感情を抑えるように、キュッと唇を噛み締める。ゴリっと音がし、唾液とは違う液体で口の中が満たされた。更にその赤い液体は口元から溢れ滴り落ちる。
    少し、強く噛みすぎたようだ。

「わかったわ。それじゃこれは持ち帰って捨てる事にするわ。こんな無駄な物で時間を浪費させてしまって……ごめんなさいね」
「ちょ、ちょっと、そのお弁当捨てるんですか!?    自分で食べればいいじゃないですか?    そして血!    口から血が出てますよ!?    だ、大丈夫ですか!?    何やってるんですか!」

    慌てふためいた瑠二君は、ポケットに手を入れ何かを探し始めた。

    私の事を心配してくれるの?    本当、なんだかんだ優しいのよね。もしかしてツンデレさんなのかしら?    それとも私を更にのめり込ませる為の罠なのかしら?    流石ね。それじゃあ私も負けていられないわね。

「もういいの。コレはあなたに食べてもらうために、早起きして一生懸命作ったの。私が食べる物じゃないのよ。帰ってゴミ箱に叩き込んでおくわ。今日が生ゴミの日で本当に助かったわ……」
「ちょ、分かりました、分かりましたよ!    食べます!    せっかく作ったんですから俺にそのお弁当を下さい」


──く、食いついてきたァァァァッッ──


「ほ、本当?    ちゃんと食べてくれるの?」
「は、はい。食べますから。せっかく作ったのを捨てるだなんて、しちゃだめですよ?」

    私はニッコリ笑って、瑠二君の気持ちが変わる前にお弁当を手渡した。そして、大学に向かう彼に手を振り見送った。その姿はまさに、理想の────


    彼女ォォッッッ!!!


    きた……遂にここまで来たわ。長かったけど、彼の気持ちは確実に私に傾いているはず。これは大きく前進したに違いないわ。


    ■■■■

    私は大学の出口で瑠二を待っていた。お弁当箱を回収するためだ。お弁当を返してもらうのを口実に、また瑠二君と会話が出来ると、気持ちがウキウキしていた。まさに一石二鳥の大作戦。


    ──そして6時間後──


    学校から出てきた瑠二君にを見つけるやいなや、すかさず駆け寄った。

「瑠二く~ん」
「菜抽子さん?    もしかして待ってたんですか!?」
「そうよ。お弁当箱返すのに困ると思って。で、お弁当のお味はどうでしたか?旦那様」
「え、えと……まず旦那じゃないと否定しますね。味は良かったですよ。完璧でした。本当に美味しかったです、ご馳走様でした。ただ──、」
「ただ?」
「中を開けたら『あいしてる♡』の文字がめちゃくちゃ恥ずかしかったんですよ!    そのせいでどれだけ友達に冷やかされた事か……」

    お弁当を受け取りながらそんな会話を楽しんだ。そして、これは大チャンス。私の耳は『美味しかった』を聞き逃しはしなかった。

「いいじゃない、本当の事なんだから。それで、あの……も、もし良かったら私と付き合ってください!」
「ごめんなさい。気持ちは嬉しいんですけど、俺は菜抽子さんとは付き合えません。お弁当ももう無理して作ってくれなくても大丈夫ですから」

    その言葉に私は絶句した。瑠二君は確かに美味しかったと言ってくれた。では何故断られたのか?    
    『胃袋を掴む』とは一体なんだったのか?    
    都市伝説だとでも言うのか?   
    はたまた馬鹿な女子の間で流行った、ただの流行語だったのか。

    そこまで考えたところで私の頭は真っ白になり、足にも力が入らぬままフラフラと家に帰った。

    ■■■■

    正直本当に自分の足で帰ってきたのかさえ覚えていなかった。気づけば家のベッドでシーツにくるまり、いつものようにシクシクと涙を流していた。

    それでも暫く泣いたら少しスッキリし気持ちが落ち着いてきた。私の想いは変わっていない。しっかり瑠二君を愛していると確認できた。振られる前より更に──、

    ところで瑠二君、お弁当ちゃんと食べてくれたのかな?

    私は持ち帰ったお弁当の包を解いて中を確認してみた。もしかしたら胃袋を掴めていなかっただけだったのかも知れない。
    ──、結果は全て残さず綺麗に食べられていた。

「瑠二君……」

    そしてもう一つ気になったのが箸箱だ。私は箸箱から箸を取り出すと、それを自分の口に運びおしゃぶりの様にしゃぶってみた。

    瑠二君の味がする……口の傷に染みるわ……


     次はどうやって彼の気をひこうか。

     瑠二君。必ず私の物にしてあげるからね。もう少しだけ──、


    待ってて。


   ちゅぱちゅぱちゅぱ……
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