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第一章【光と闇・そして崩壊】

収拾不能

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    闇を放つ黒き炎の火柱が辺り一面を闇で照らす────

    耳を塞ぎたくなるような、絶命の叫び声が響きわたる中、それを見る者たちもまた、喉が擦り切れんばかりの声を上げた。

    「燕ぇぇぇぇぇぇぇぇッ──!!」
    「マスター─────ッ!!」

    叫ぶ誰もがこの世の終わりを確信した。
    マスターである燕を失い、この先ゼルプストはどうなってしまうのか───

    だが次第に弱まる炎を前に、自体は思いもよらぬ方向へと傾いた。

    目の眩むような闇が次第に晴れ、そこに見えてきたのは膝をつき言葉を失ったまま動けないでいる燕の姿だった。
  
    燕は無事だったのだ。
    
    確かに黒豹の牙は燕を捉えたはずだった。それは誰の目から見ても明らかで、現に今もこうして炎が立ち上り、その中心では何かが焼かれている。

     燕が無事だと言うことは、今焼かれているのは────

    「コ…………コチ…………コチトラ…………」

    燕が力無く炎に向かって手を伸ばし、小さく漏らしたその声に周りのもの達も次第に気がついた。

    よく見れば、燕がへたりこんでいる場所は、先程まで燕が居た場所とは少し違う。厳密に言えば、コチトラが倒れていた場所に他ならなかった。
    そしてコチトラが焼かれている場所は先程まで燕が居た場所だった。
    まるで、一瞬にして二人の位置が入れ替わったかのような状況だった。

    「コチトラが……焼かれているの……か…………?」

    そうとしか思えない状況に、ノイを初めとした煌光のカラクター達はいっせいに膝を折った。
    
    
    「コチトラを……助けなきゃ…………私が…………マスター…………なんだから…………」

    燕が這うようにコチトラの元へ近づくと、炎はその勢いを弱めると同時にコチトラの体が顕になった。
    その姿は見るも無惨な姿だった。
    まるでデパートに並んでいるマネキンのような、人の形をした何かがゴロンと転がっていた。
   
    「コチ…………トラ…………?」

    燕はそのコチトラらしき物を抱き抱えると、それに向かって必死に話しかけた。

    「コチトラ……コチトラぁ!    返事を…………コチトラぁぁ!」

    無事ではないだろうというのは誰の目にも明らかだった。

    だがしかし、燕の必死の呼び掛けに応じるように、その口の部分だけが微かに動いた。

    「燕…………」

    その弱々しい言葉に燕はハッとしながらも、食いつくように応じた。

    「燕だよ!   コチトラ!    大丈夫!?」
    「そうか……目が…………見えねぇんだわ……わりぃ…………大丈夫な……ように…………見えんのかよ…………」
    「そんな事言わないでよ!」

    酷い姿のコチトラを抱きかかえながら、燕の目は涙で溢れた。

    そんな悲しみの最中、ココラージュの隣に居たジェノンが動いた。当然、敵も待ってはくれない。彼らは殺し合いに来ているのだから────

    「ココラージュ様、マスター諸共とどめを刺しましょうか?」
    「───いいえ、少し待つわ。手出しはしないでちょうだい」
    「え?   何故ですか?   今なら容易に殺す事もできましょう」
    「あなたは感じないの?    この湧き上がるような感覚を────」

    ココラージュは両手をお腹の前で広げ、嬉しさを隠しきれないような顔で笑った。

    「湧き上がるような…………た、確かに何か、体の内側から溢れてくるような…………こ、これは…………!」

    ジェノンは胸にしまってあった、自らのストーンを見て驚いた。
    弁財柄のジェノンのストーンは元々煌度16と非常にたかいものだったが、今はそれ以上だ。

    ────煌度17。

    ジェノンの弁財柄ストーンはこの一瞬でブライテスト・ストーンに至るまでその闇を深めていたのだ。

    「こ……これは……!?    俺が…………ブライテスト・ストーンに…………!?」
    「ここは磐石のものにするためにも、少し様子を見ましょう」
    「────、かしこまりました」

    ココラージュの考えはこうだ。
    ココラージュにも多少なりとも不安はある。例えば今、燕を殺したとして、その先ココラージュが本当にゼルプストの意思に選ばれるか────という事だ。

    最も煌度の高い者が選ばれるのか?
    はたまた、マスター不在で世界初回り続けるのか?
    暫し精査の時間があり、戦い勝ち残ったものの中から決まるのか────

    それらを鑑みて、ここは様子見が吉、とみた。
    燕の心が揺れ動き、今まさに煌闇のカラクターにとって都合のいい世界に変わろうとしているのだから────

    怒りと悲しみの入り交じった燕の姿を見ながら、何をするでもなく今はただそれを眺めていた。

    「燕…………ゼルプスト……を…………たんのだ……ぜ…………」
    「そんな……!   コチトラも一緒に!」

    コチトラの声は虫の息ほどに小さかったが、燕はその言葉を聴き逃すまいと必死に拾った。

    「…………俺は…………もう……無理だ……ゼルプストは……お前……が……守るんだ……最後の約束……だぜ…………?」
    「そんな事言わないでよッ!   私には無理だよ……私はコチトラみたいに強くもないし、勇敢じゃない!    世界を救うにはコチトラの力が必要なの……!    だから……そんな事……言わないでよ!」
    「…………ははっ…………厳しい事…………言うじゃねぇか…………燕、お前なら大丈夫…………お前は間違いなく……マスターだ…………俺が持ってるもんは……お前も持ってるだぜ……?   だから……大丈夫……」
     「わかんないよ……!    私は無力だ……!    ずっとみんなに守って貰ってばっかりだった……でも、でもね。力を合わせればなんとかなるかもって思うんだ……だから────、だから死なないでッ!   これからも力を貸してよッ!!」

    燕の必死の呼び掛けに対し、コチトラの最後の言葉はこうだった。

    「今度は……燕が皆を……守ってやって…………くれ…………な……」

    コチトラの胸から下げられたミストグリーンのストーンが、その終わりを告げるように砕けると、コチトラの体は灰となり崩れ落ち、燕の手からサラサラと流れ落ちていった。

    生意気な弟みたいだったコチトラ。
    うっとおしいまでにデリカシーが無く、そして時に頼りたくなるほど勇敢だった。
    その姿は勇気の石、ミストグリーンに恥じる事は無かった────

  
    「最後のお別れは済みましたか?」

    空気を読まないココラージュの言葉に、燕の怒りは爆発的に込み上げた。

    「ココラージュ…………ッ!!    ココラージュ────ッ!!」
    「あら。そんなに怒ってどうしたのかしら?」
    「絶対に許さないッ!!」
    「無能な貴女に何ができるのかしら?  何もできやしないわ。今だってそう。こんなこと言いたくは無いのだけれど、コチトラを殺したのは私はコチトラを狙った覚えはないのだけれど?」
    「…………………………ッ!!」
    「コチトラが自ら貴女の盾になったのか、それとも、もしかして貴女がコチトラを盾にしたのかしら?」
    「そんな事、する筈が無いでしょ────ッ!!!!」

    燕が叫んだ瞬間、周りで激しく異変が起きた。
    取り囲む煌闇のカラクター達のストーンの煌度が一気に上昇。そしてヴィーアの『ラヴ・ヴァント』の内側では、煌光のカラクター達が次々と識煌変化を起こしていった。

    数だけは五分五分だったカラクター達は、一瞬にして闇に染まった。このままでは、一気に全員煌闇のカラクターになってしまうだろう。
    
     「ラブ・ヴァントの内側まで……!?   まずいッ!   オプティ!    お願い燕を止めて!」

    ノイが咄嗟にオプティに指示を飛ばすと、オプティも瞬時にそれを察して能力を発動させた。

    「ココラージュの言葉を聞いちゃダメだ!    ココラージュの狙いは、燕の心を闇に染める事なんだ───!」

    オプティの能力『クワイエットエスパス』は、周りの音をシャットダウンする力だ。
    ありとあらゆる音を完全に遮ることの出来る力。これで強制的に燕の耳を塞ぐ事が出来る。
   これでこれ以上ココラージュの言葉を耳にする事は無い─────

    ───────っ!!

    「────っ能力が……発動しない……!?」
    
    オプティのクワイエットエスパスは不発に終わった。
    何故ならば、オプティの体は小学生程度まで縮んでおり、煌度が圧倒的に足りなくなってしまっていたからだ。

    「か……体が…………!」
    
    オプティだけでは無い。
    他のカラクター達も識煌変化を起こさないまでも、皆軒並み煌度を下げ子どもの姿に帰ってしまっていた。

    「これは……まずいぞ……非常にまずい…………」

    汗を滴らせ絶望の顔を見せたノイの近くでは、リーチアリスが三歳児位の大きさになり、指をくわえながら泣き喚いていた。
    もはや、煌闇のカラクターに対抗する術がないのは明らかだ。
   このままではここに居るカラクター達は一人残らず全滅するだろう─────

    収拾がつかないまでに、全てが滅茶苦茶になっていた。
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