インフルエンス・ワールド

風浦らの

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第一章【光と闇・そして崩壊】

山吹猿

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    出発の朝。
    昨日霧がかっていた世界も、今朝は遠くまで見渡せる程に良好である。

    食料と僅かな荷物を携え、いざ出発。
    目指すはプラムベリー。

    「よし、行くぞ!」

    燕が一歩踏み出すと、眩しい太陽の光に照らされた。
    体は動くし頭も冴えてる。昨日の後遺症は殆ど無いと言っていい。恐らくパティークの能力が、驚異的な生還を遂げさせたのだろう。

    パティーク、燕、徳の隊列で並び、一同はプラムベリーを目指した。
    パティークの話では、ここから約四時間は歩かなければならないらしい。またしても長旅となるが、燕はなんとしてもプラムベリーに行かなければならなかった。

    険しい道を、暫く歩いた道中────

    パティークが何かに気づき、後ろを歩く二人を止めた。

    「どうしたの?   パティ子ちゃん」
    「パティークだ。それはそうとして、前を見てみろ」

    パティークに促され、燕が前を覗き込むと、目の前の土が大きく凹んでいるのが分かった。
    直径にして三メートル程か。
    そして、更によく見ると、その窪みは他にも多数存在していて、周りの木々がなぎ倒された様な形跡も見受けられる。

   「な、なに……これ……」
   「足跡だ」
   「足跡!?    こんな大きな窪みが……?」
    「恐らく【山吹猿やまぶきざる】だろう。その名の通り、山を吹き飛ばす程の大きな猿、という意味だ」
    「そんな大きな猿が……」

    燕と徳は、その足跡の大きさから山吹猿の姿を想像し震えた。

    「ど、どうしようか……」
    「多分、まだこの近くにいるだろう。進んでも引き返しても、遭遇する確率は五分と五分。ならば進むしかあるまい」
    「もし遭遇しちゃったら?」
    「山吹猿は非常に獰猛な生き物だ。今の私たちでは勝てないだろうな。つまり────」
    「つまり……?」
    「全力で逃げるんだな」
    「そんなぁ……パティ子ちゃんは能力があるけど、私達はなんにも出来ないんだよ!?」
    「だから全力で逃げるのだろう?   準備だけはしておくように」

    未知の生物の影に怯えながら、辺りに最新の注意を払いながら進んでいく。
   極力物音を立てないように、慎重に足場を選びながら────

    「ヴモオオァォォォォォォ────ッ!!」

    その時、辺り一面に、とてつもない唸り声が響き渡った。
    お腹を押さえつけるような重低音。
    つま先から頭の先まで電気が流れたように鳥肌が立ち、体が本能的に危険だと知らせてきた。

    あまりの恐怖に、燕と徳はその場に立ち尽くしてしまったが、パティークはそんな二人に動けと指示を飛ばした。

    「走れっ!真っ直ぐだっ!   急げっ!」

    反射的に体が動き出す。
    パティークに言われた通りに真っ直ぐ森を駆け抜けていく。
    が、後方から迫り来る大きな影に、最後方の徳が飲み込まれそうである。

    影はどんどん伸びて、既に燕の真上まで来ていた。
    その恐怖に恐る恐る空を見上げた燕────

    見上げるほどの大きな猿が木々をなぎ倒しながら迫っていた。その大きさと敏捷性の高さから、あっという間に距離を詰められた燕達。
    山吹猿の大きな手が、二人を捕まえようと伸びてきた。これに掴まれたら命は無いだろう────

    「【希望の花ホープ・フルール】ッ!!」

    あと少しで山吹猿の手が届くといったところで間一髪、燕と徳はその手に免れた。
    パティークの能力のおかげで、自分でも信じられない程に、体が動いた。
    跳躍力、走る速度、腕力が三倍近くまで跳ね上がった。

    「ありがとうパティ子ちゃん!   これなら逃げ切れそう」
    「パティ子、ありがとう!   複数人にかけられるようになったんだね!」

    二人はお礼を言いながら、パティークの側までやって来た。
   依然として山吹猿は三人を睨みつけ、次に襲いかかるタイミングを見計らっている。

    「光度が上がったからな。二人まで状態強化を引き起こすことができる。だから、こっから先は止まらず走って逃げろ。振り向く暇があったらとにかく走れ。私の能力が届かなくなる所まで、全力で逃げるんだ。いいな」
   「えっ……パティ子ちゃんは……?」
    「言っただろ?   状態強化は二人までだ。徳達が囮になってくれれば、私も自ずと助かる。──よし、行けっ!!」
    
    パティークは山吹猿が動き出すより早く二人の背中を押して、前に進むよう仕向けた。

    「分かった!   じゃあ後で絶対に合流しようね!」
    「パティ子、僕達が極力惹き付けるから、その間に絶対に逃げるんだよ!」

    パティークの言葉を信じて二人は山吹猿の気を引くように一気に前に出て、全力で森を駆け抜けた。
    
    「よしっ、これで山吹猿が着いてくればっ────えっ……」

     二人は作戦通りに動いた。だが、作戦通りに動かなかったのはパティークだった。
    パティークは逃げる二人から、自分の方へと注意を引き付けるように、山吹猿に向かって大声で叫んだ。

    「おあああぁぁぁぁぁ!  こっちだ!    山吹猿っ!    かかってこいっ!」

     何故そんなことをするのか?
     答えは、幾ら状態強化をした所で、二人は逃げ切る事は出来ない。そう判断したからである。
     その結果、山吹猿が目をつけたのはパティークだった。
    のしっと大きな体をひるがえし、パティークと睨み合う。その距離はもう手が届こうかという所まで詰められた。

    「パティ子ちゃん!」
    「パティ子っ!」

    思わず急ブレーキをかけ、振り向いた二人に、パティークは怒りにも似た声で激を飛ばす。

    「止まるなと言っただろうっ!   早く行くんだ!    私が何とかする!」

     そうは言っても本当に何とかなるのだろうか? 
     燕と徳は半信半疑である。もし万が一、パティークに何かあれば──そう考えたら…………

    山吹猿の大きな右手振り抜かれると、周りの木々が一斉になぎ倒された。
    そしてそれに巻き込まれるように、パティークの体も弾け飛ばされる。

    パティークは体を強く叩きつけられ、僅か一撃でぐったりとしてしまった。
    そしてそのパティークを、まるでお人形で遊ぶ子供のように、山吹猿が雑に持ち上げた。

    「や、やめろぉぉ!!」

    その行為に、真っ先に飛びついたのが徳。状態強化された体で森を駆け抜け、あっという間に山吹猿の元まで来ると、地面を蹴り上げ、大きくジャンプした。

     山吹猿の大きな手に握られたパティークを助けるために、必死の形相でその手にしがみつく。

    「ど……徳…………なにやって…………だ…………やは…………逃げ………」

    握る強さが強いのだろう。パティークはまともに喋る事すら出来ない。
    パティークはこうなる事が分かっていたはずだ。なのに何故こんな事をしたのか。
    何故命をかけてまで二人を逃がそうとしたのか────

    「パティ子ぉぉ!    このっ離せよぉ!!」

    必死に山吹猿の右手目掛けて飛びかかる徳。だが、それを鬱陶しそうに振り払うのは山吹猿。
    そして、とうとう山吹猿は頭に来たのか、徳を左手で勢いよく叩き落とした。
    徳は推定十メートルはあろうかという高さから落下し、背中から地面に落っこちた。体が強化されているとはいえ、息が止まるほどの衝撃を全身に受け、身動きが取れなくなってしまった。

    「犬飼っ!!」

     燕もそんな二人を見捨てて逃げる訳にはいかなかった。このままでは二人とも殺されてしまう────

    「マ…………マスター……燕……逃げる……だ…………はや……マスター…………は……この世界……の…………希望…………だから……」

     呼吸器を圧迫され、苦しい中で絞り出したパティークの言葉。
    燕はハッキリとそれを聞き取った。
    自分のせいで戦争が起きたのは事実だが、パティークは燕の事を希望だと言ってくれた。
    自分が世界を壊す事が出来るのだから、きっと自分が世界を治すことも出来る筈なのだ──

    「お願い……離して……パティ子ちゃんを……離してよッ!!」

     その時、燕の体が再びホワイトパールの光を放ち始めた。
     眩いばかりの白い光──

    『シークレット・ストーリア』

     そして燕の脳裏に過ぎる、不思議な言葉。

    「【秘密の物語シークレット・ストーリア】ッ!!」

    その言葉を発した瞬間、燕の体を中心に爆発的な光が解き放たれた。
    その光は全てを透過し、遮られること無くどこまでも進んで行った。
 
   「……この…………光…………は……」

    パティークも先日この光を見ている。だが、その性質は未だに分かっていない。このパールホワイトの光には、カラクターと同じく、何か特殊な力があるのだろうか──

   
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