20 / 43
第一章【光と闇・そして崩壊】
山吹猿
しおりを挟む出発の朝。
昨日霧がかっていた世界も、今朝は遠くまで見渡せる程に良好である。
食料と僅かな荷物を携え、いざ出発。
目指すはプラムベリー。
「よし、行くぞ!」
燕が一歩踏み出すと、眩しい太陽の光に照らされた。
体は動くし頭も冴えてる。昨日の後遺症は殆ど無いと言っていい。恐らくパティークの能力が、驚異的な生還を遂げさせたのだろう。
パティーク、燕、徳の隊列で並び、一同はプラムベリーを目指した。
パティークの話では、ここから約四時間は歩かなければならないらしい。またしても長旅となるが、燕はなんとしてもプラムベリーに行かなければならなかった。
険しい道を、暫く歩いた道中────
パティークが何かに気づき、後ろを歩く二人を止めた。
「どうしたの? パティ子ちゃん」
「パティークだ。それはそうとして、前を見てみろ」
パティークに促され、燕が前を覗き込むと、目の前の土が大きく凹んでいるのが分かった。
直径にして三メートル程か。
そして、更によく見ると、その窪みは他にも多数存在していて、周りの木々がなぎ倒された様な形跡も見受けられる。
「な、なに……これ……」
「足跡だ」
「足跡!? こんな大きな窪みが……?」
「恐らく【山吹猿】だろう。その名の通り、山を吹き飛ばす程の大きな猿、という意味だ」
「そんな大きな猿が……」
燕と徳は、その足跡の大きさから山吹猿の姿を想像し震えた。
「ど、どうしようか……」
「多分、まだこの近くにいるだろう。進んでも引き返しても、遭遇する確率は五分と五分。ならば進むしかあるまい」
「もし遭遇しちゃったら?」
「山吹猿は非常に獰猛な生き物だ。今の私たちでは勝てないだろうな。つまり────」
「つまり……?」
「全力で逃げるんだな」
「そんなぁ……パティ子ちゃんは能力があるけど、私達はなんにも出来ないんだよ!?」
「だから全力で逃げるのだろう? 準備だけはしておくように」
未知の生物の影に怯えながら、辺りに最新の注意を払いながら進んでいく。
極力物音を立てないように、慎重に足場を選びながら────
「ヴモオオァォォォォォォ────ッ!!」
その時、辺り一面に、とてつもない唸り声が響き渡った。
お腹を押さえつけるような重低音。
つま先から頭の先まで電気が流れたように鳥肌が立ち、体が本能的に危険だと知らせてきた。
あまりの恐怖に、燕と徳はその場に立ち尽くしてしまったが、パティークはそんな二人に動けと指示を飛ばした。
「走れっ!真っ直ぐだっ! 急げっ!」
反射的に体が動き出す。
パティークに言われた通りに真っ直ぐ森を駆け抜けていく。
が、後方から迫り来る大きな影に、最後方の徳が飲み込まれそうである。
影はどんどん伸びて、既に燕の真上まで来ていた。
その恐怖に恐る恐る空を見上げた燕────
見上げるほどの大きな猿が木々をなぎ倒しながら迫っていた。その大きさと敏捷性の高さから、あっという間に距離を詰められた燕達。
山吹猿の大きな手が、二人を捕まえようと伸びてきた。これに掴まれたら命は無いだろう────
「【希望の花】ッ!!」
あと少しで山吹猿の手が届くといったところで間一髪、燕と徳はその手に免れた。
パティークの能力のおかげで、自分でも信じられない程に、体が動いた。
跳躍力、走る速度、腕力が三倍近くまで跳ね上がった。
「ありがとうパティ子ちゃん! これなら逃げ切れそう」
「パティ子、ありがとう! 複数人にかけられるようになったんだね!」
二人はお礼を言いながら、パティークの側までやって来た。
依然として山吹猿は三人を睨みつけ、次に襲いかかるタイミングを見計らっている。
「光度が上がったからな。二人まで状態強化を引き起こすことができる。だから、こっから先は止まらず走って逃げろ。振り向く暇があったらとにかく走れ。私の能力が届かなくなる所まで、全力で逃げるんだ。いいな」
「えっ……パティ子ちゃんは……?」
「言っただろ? 状態強化は二人までだ。徳達が囮になってくれれば、私も自ずと助かる。──よし、行けっ!!」
パティークは山吹猿が動き出すより早く二人の背中を押して、前に進むよう仕向けた。
「分かった! じゃあ後で絶対に合流しようね!」
「パティ子、僕達が極力惹き付けるから、その間に絶対に逃げるんだよ!」
パティークの言葉を信じて二人は山吹猿の気を引くように一気に前に出て、全力で森を駆け抜けた。
「よしっ、これで山吹猿が着いてくればっ────えっ……」
二人は作戦通りに動いた。だが、作戦通りに動かなかったのはパティークだった。
パティークは逃げる二人から、自分の方へと注意を引き付けるように、山吹猿に向かって大声で叫んだ。
「おあああぁぁぁぁぁ! こっちだ! 山吹猿っ! かかってこいっ!」
何故そんなことをするのか?
答えは、幾ら状態強化をした所で、二人は逃げ切る事は出来ない。そう判断したからである。
その結果、山吹猿が目をつけたのはパティークだった。
のしっと大きな体をひるがえし、パティークと睨み合う。その距離はもう手が届こうかという所まで詰められた。
「パティ子ちゃん!」
「パティ子っ!」
思わず急ブレーキをかけ、振り向いた二人に、パティークは怒りにも似た声で激を飛ばす。
「止まるなと言っただろうっ! 早く行くんだ! 私が何とかする!」
そうは言っても本当に何とかなるのだろうか?
燕と徳は半信半疑である。もし万が一、パティークに何かあれば──そう考えたら…………
山吹猿の大きな右手振り抜かれると、周りの木々が一斉になぎ倒された。
そしてそれに巻き込まれるように、パティークの体も弾け飛ばされる。
パティークは体を強く叩きつけられ、僅か一撃でぐったりとしてしまった。
そしてそのパティークを、まるでお人形で遊ぶ子供のように、山吹猿が雑に持ち上げた。
「や、やめろぉぉ!!」
その行為に、真っ先に飛びついたのが徳。状態強化された体で森を駆け抜け、あっという間に山吹猿の元まで来ると、地面を蹴り上げ、大きくジャンプした。
山吹猿の大きな手に握られたパティークを助けるために、必死の形相でその手にしがみつく。
「ど……徳…………なにやって…………だ…………やは…………逃げ………」
握る強さが強いのだろう。パティークはまともに喋る事すら出来ない。
パティークはこうなる事が分かっていたはずだ。なのに何故こんな事をしたのか。
何故命をかけてまで二人を逃がそうとしたのか────
「パティ子ぉぉ! このっ離せよぉ!!」
必死に山吹猿の右手目掛けて飛びかかる徳。だが、それを鬱陶しそうに振り払うのは山吹猿。
そして、とうとう山吹猿は頭に来たのか、徳を左手で勢いよく叩き落とした。
徳は推定十メートルはあろうかという高さから落下し、背中から地面に落っこちた。体が強化されているとはいえ、息が止まるほどの衝撃を全身に受け、身動きが取れなくなってしまった。
「犬飼っ!!」
燕もそんな二人を見捨てて逃げる訳にはいかなかった。このままでは二人とも殺されてしまう────
「マ…………マスター……燕……逃げる……だ…………はや……マスター…………は……この世界……の…………希望…………だから……」
呼吸器を圧迫され、苦しい中で絞り出したパティークの言葉。
燕はハッキリとそれを聞き取った。
自分のせいで戦争が起きたのは事実だが、パティークは燕の事を希望だと言ってくれた。
自分が世界を壊す事が出来るのだから、きっと自分が世界を治すことも出来る筈なのだ──
「お願い……離して……パティ子ちゃんを……離してよッ!!」
その時、燕の体が再びホワイトパールの光を放ち始めた。
眩いばかりの白い光──
『シークレット・ストーリア』
そして燕の脳裏に過ぎる、不思議な言葉。
「【秘密の物語】ッ!!」
その言葉を発した瞬間、燕の体を中心に爆発的な光が解き放たれた。
その光は全てを透過し、遮られること無くどこまでも進んで行った。
「……この…………光…………は……」
パティークも先日この光を見ている。だが、その性質は未だに分かっていない。このパールホワイトの光には、カラクターと同じく、何か特殊な力があるのだろうか──
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

とある元令嬢の選択
こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。


百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜
福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。
彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。
だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。
「お義姉さま!」 . .
「姉などと呼ばないでください、メリルさん」
しかし、今はまだ辛抱のとき。
セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。
──これは、20年前の断罪劇の続き。
喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。
※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。
旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』
※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。
※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる