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第一章【光と闇・そして崩壊】

犬飼徳

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 ──────。

 「────息をしてない、まずいな。
 私が状態強化で直接体に働きかけるから、徳は人工呼吸をしてくれ」
 「えっ人工呼吸?!」
 「そうだ、早くしろ! マスター燕が死んだら、この世界の全ての者達が困るんだ。絶対に死なせる訳にはいかない。
 お前だってマスター燕が死ぬのは嫌なのだろう?」
 「も、もちろんだ……!」
 「なら早くしろ、その一秒が生死を分けるぞ」

 徳は人工呼吸という行為に少し抵抗があったが、今はそんな事を言っている場合では無かった。
 子供の頃消防署で教わった経験を思い出し、顎を上げ軌道を確保しながら、見様見真似で燕の口から己の息を吹き込んだ。

    「徳、鼻を摘むんだ」
    「そ、そうか!」

   ─────だがなんの反応も無い。
   もしからしたら既に手遅れとなってしまったのだろうかと、最悪の結末が脳裏を過ぎる。
   
    「燕!   おいっしっかりしろ!    死ぬな!    戻って来いっ!   燕ぇ!」

    徳は人工呼吸の合間に必死に呼びかけた。パティークも能力を使って、心臓をや呼吸器を中心に燕の体を活性化している。が、燕の心臓は未だに活動を止めたままだ。

    必死の救援が続いた。
    初めは照れくささもあった徳も、今では燕に生きて欲しい一心で、何度も口から息を吹き込んだ。
    一般的には、呼吸停止から10分が過ぎると蘇生確率はほぼ見込めないという。
    燕が溺れてからこれまで何分が経っただろうか────

    「そうだ……心臓マッサージ……」

    徳は人工呼吸と心臓マッサージを繰り返す。
    何度も何度も思いの丈を叫びながら、必死に繰り返した。


   その結果──────


    「──────ッ、がはっげほっ…………」
    
    燕が苦しそうに咳き込み、口から水を吐き出した。
    その瞬間、徳の目に涙が溢れた。
    咳き込み続け、必死に空気を吸い込もうとする燕の姿を見てパティークもまた安堵している。

    「生きてる……燕が……生きてる……」

    一通り咳き込んだ燕が目を開けると、未だぼんやりとした意識の中で、徳の姿を捉えた。

    「あれ……犬飼いぬかい……なんでここに……あぁそうか……私……戻って来れたんだ…………よかった…………」
    「燕……まだ意識が……?」
    「私ね…………信じられないかもしれないけど……異世界に行ってたの…………」
    「え……」
    「そこではね…………私の感情がね…………世界に影響を及ぼしているの……それでね…………私の醜い心や……マイナスな感情がね……次第に大きくなっていってね…………いい心と悪い心がね……争いを始めちゃうの…………とっても……怖かった…………」

     その言葉を聞いた徳は、ここがゼルプストだと言い出す事が出来なかった。それと同時に、今日まで燕がこの世界で大変な目にあってきたのだと想像し、いたたまれない気持ちになり静かに目を閉じた。

    「燕…………」

    次第に意識と視点が定まってきた燕は、徳に支えられながらゆっくりと体を起こした。
    そして、自分の体が濡れていることに気がつくと、それを記憶と結びつけた。

    「あれ……私……」

    周りを見渡すと、薄暗く見覚えのある景色が広がっており、徳の隣には見知らぬ女の子が立っていた。

    「徳、その子は…………?」
    「パティークだ。はじめまして、マスター燕」

    パティークがスカートの裾を摘んで、挨拶をすると、燕は自分の今居る世界がどこなのかをハッキリと認識したと同時に、ある謎も湧き上がってきた。

    「犬飼……あんた、なんでここに…………!?      ここは────」
    「ここはゼルプスト。なんでここに居るかは僕にもわかんない。少しずつ情報を集めて回って、ようやくこの世界の事が分かってきた。んで、この子はパティ子。僕に良くしてくれてるカラクターで、ここまで一緒に旅をしてきた相棒だよ」

     燕は衝撃を受けた。
     この世界に来ていたのは自分だけではなかった。
     今日まで色々なカラクターにお世話になってきたが、心のどこかで自分だけが色物扱いを受けて来た気がしていた。それは燕にとっては孤独そのものだった。
    現実世界に帰って来れた訳ではなかったが、自分と同じ人間がここに居る。そう思うと実に心強かった。

    「犬飼……私……」
    「きっと大変な事があったんだね。でもこれからは僕も力を貸してあげるから。今、世界は良くない方向に向かっている。みんなで力を合わせてこの事態を乗り越えよう。
    僕はもう逃げたりしない。今度は必ず、守ってみせるから」

    そう言って差し出された徳の手。  
    徳は過去に燕を守ってあげられなかった事を後悔していた。

    「徳……ありがとう」
    「うん。一緒に頑張ろう。そして二人で元の世界に帰ろう」
    「そう……だよね!   うん、一緒に頑張ろう」

     自分のせいで世界が滅茶苦茶になり、可愛がっていたヌーやネオストラインが識煌変化。お世話になったリーヤ村は壊滅。頼りにしていたコチトラ達の生存も分からず、自分は何故かカラクター達に命を狙われている。
    そんな絶望的状況の中で、徳の存在は大きい。この出会いをきっかけに、折れかかっていた燕の心の中に、再び希望という小さな芽が育ち始めた────

    「徳達はこれからどうするつもりなの?    私は今……その……行く宛てとか、目的みたいなのを見失ってて……」
    「僕達は【プラムベリー】に行く途中だよ」
     「プラムベリー?」

    燕の知らないであろう反応を受け、カラクターであるパティークが説明を始めた。

    「プラムベリーとは、ゼルプストの中の町のひとつで、光煌のストーンを持つカラクターが集まる所だ。そこのリーダー【リーチアリス】は、人望が厚く、絶大な支持を集める事で知られている。この状況でカラクターが集まるとすればそこだろう」
    「この状況でカラクターが集まる……って事は、もしかしたらコチトラ達もそこに…………」
    「コチトラを知っているのか?   ならヴィーアやノイの事も?」
    「え、うん。この世界に来て初めて会ったのがコチトラ達で、とっても良くしてもらったの。でも、離れ離れになってしまって、それで……私が村に戻った時には誰も居なくなってて…………」
    「────そうか。でもまぁ、コチトラ達なら心配は無いと思うぞ。あの三人がやられるなんて、私には想像がつかんからな」
    「本当に?」
    「ああ、あいつらは歴代のブライテストストーン持ちだからな」

     パティークの言葉と、その表情には不思議と説得力があり、燕の心も一気に皆が無事であるという思いに傾いた。
    そうと分かれば、早速出発と行きたいところだ。早く皆に会って無事を確認したいと、燕が立ち上がった瞬間、体がグラつき、目の前が砂嵐に覆われた。

    倒れかかってきた体を、小さなパティークが支えると、厳しい口調で燕に忠告をした。

    「無理をするな!    さっきまでマスター燕は死んでたんだぞ?    はやる気持も分かるが、まずは食事と睡眠を取るべきだ。あと、体力を消耗するから濡れた服をちゃんと乾かすように。それとこの家の風呂を借りてしっかりと体を洗っておく事。その間、食事は私が用意しておく。いいな」
    「はい……」

    パティークに怒られしょんぼりする燕。だが言っていることは正論だった。急な立ちくらみに加え、手足に全く力が入らない。まだ溺れた影響が残っているのだろう。このまままた未知の世界に足を踏み入れるのは危険と言うものだ。


     部屋の灯りを全て灯すと、中は滅茶苦茶になってしまっていたが、お風呂も使えたし、蜂蜜の瓶は無かったが、食材もそれなりに揃ったままになっていた。  
    タンスには服が残っており、燕はメグワーグの服を乾くまでの間、借りることにした。
    
    お風呂に入りながら、燕は居なくなったメグワーグの事を考えていた。家も全然使えるままだったのに、蜂蜜だけ持って出ていってしまったのだろうか?
    一体どこに?    
   それ程の急用があったのだろうか?    
    もしかしたらメグワーグの身にも何かが起きているのか────

   「メグに今度また会ったら、お礼しなきゃな……」
    
    そんな事を考えながらお風呂に入っていると、なんだかとてもいい匂いがしてきた。
    パティークの作るご飯の匂いだ。
    その匂いにつられ、急いでお風呂から出てきた燕の目に飛び込んできたのは、いかにも美味しそうな料理だった。

    野菜をふんだんに使ったパスタの様な食べ物で、匂いも見た目も食欲を掻き立て、それだけで美味しいと確信できた。

    「来たかマスター燕。さぁ一緒に食べるぞ」
    「パティ子はこう見えて、料理が得意なんだ」
     「こう見えてって、徳に私はどう見えているのかな?」

     パティークが徳のお腹をフォークで刺して 攻撃している。そんな光景を見て、燕は思わず笑った。
    色々あったが、美味しい料理と心強い仲間のおかげで、少しだけ嫌な事が忘れられる時間を過ごす事ができた。

    「そう言えばパティ子、ちょっと成長したんじゃないか?」
    「ふふん。さすが徳、よく見てるじゃないか。女の子を落とすのにその洞察力は大切だぞ」

     そう言って胸元から取り出したパティークの【薄黄緑】のカラクターストーンは、以前にも増して強く光り輝いていた。
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