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第一章【光と闇・そして崩壊】
メグワーグ
しおりを挟むメグと呼ばれた少女は、電車の入口からピョコッと飛び降り、燕達の前に姿を見せた。
「コチトラぁ、少し見なぃ間に、ずぃぶんと大きくなったじゃなぃ」
「触んなよ。その言葉をカラクターに使うかね」
頭を撫でられたコチトラが嫌そうにその手を払うと、少女はケタケタと笑った。
その二人の距離の近さはまるで姉弟である────
「ノイもヌーも久しぶりだねぇ。相変ゎらずヌーは小っちゃぃなぁ。ふっへへ」
そう言いながら少女がヌーを抱っこしようと両脇に手を差し込んだが、ヌーが嫌そうに暴れた為にそれを断念した。
「そんでぇ、こっちが噂の燕ちゃんだょねぇ。ぁたしはメグワーグ。カラクトカラーは【ジョーンミエル】煌度は15。ょろしくねぇ」
鼻声混じりのその声で、メグワーグは初対面の燕に自己紹介をした。
それに対し、燕も慌てて自己紹介を返した。
「噂のって、燕はもうそんなに噂になってんのか?」
「そりゃぁもぅ。一目見たぃと思ってぃる奴も多ぃんじゃなぃかなぁ」
メグワーグが喋ると同時に目線を上げたのにつられ、燕も上を見上げると、女の子が電車の窓からこちらを覗き込んでる居るのに気がついた。
「ぁとさぁ。これは忠告なんだけどさぁ。燕ちゃんあんまり連れ回さなぃ方がぃぃんじゃぁなぃのぉ?」
「どういう意味だよ」
「ぁるぇ。解るょねぇ? だって燕ちゃん、マスターだょ? 当然、快く思ってなぃ奴も居るし。その力を利用したぃって奴も居るょねぇ」
その話を聞いた燕の心がザワついた。
会った事も無い、見ず知らずの人に自分が嫌われている……狙われている……
そんな話が本人を置き去りに展開されていくのに我慢出来ず、燕は遂に口を割った────
「あの、メグワーグちゃん。そもそもマスターって何なんなの? どういう存在なの?」
「だょねぇ? 内緒にするょねぇ。当然と言ぇば当然だょねぇ。ふっへへ」
「皆……何かを隠してるのは分かるの。ねぇ、なんで教えてくれないの!?」
「それはねぇ。はっきり言うと、皆ぁ君の事が怖ぃのさぁ」
「────────えっ?」
そこまで話が進んだところで、痺れを切らしたノイが止めに入った。
「いい加減にしなメグワーグ。悪ノリが過ぎるよ。燕も今の話は真剣に捕えなくていいから」
「で、でも……」
そうは言われても、今の話は燕にとっては衝撃的過ぎた。些細な事から妄想が広がり、あることない事が頭の中を駆け巡った。
そんな燕の手をぎゅっと握る小さな手──────
隣に居たヌーが燕にピタリとひっついてきた。
「ヌーはマスターのこと全然怖くないよ! マスター大好きだよ!」
「ありがとうヌー。私も好きだよ」
燕にとってより信用ができるのがヌー達かメグワーグか等は考えるまでもない。
今だって、元の世界に帰る為にこうして力を貸してくれている。
秘密にされる理由は気になるが、きっとカラクター達にも事情があるのだろう。
「ぁれぁれぇ。余計なぉ世話だったみたぃだねぇ。まぁ好きにすればぃぃと思うけど、後悔はしなぃようにねぇ。特にコチトラぁ、君はねぇ」
「────っ、それこそ余計なお世話だっての……」
その時コチトラが明らかに動揺していたのを、燕は見逃さなかった。
メグワーグは一通り話終え満足したのか、散歩したくなったと言い残し、一人草原の彼方へと歩いて行った────
燕達も気持ちを切り替え、電車の中に居たカラクターに挨拶を済ませると、早速お目当てのライフラヴィーンへと向かう事にした。
「あの、さっきの……」
「メグはあんな感じだけど、悪いやつじゃねぇ。ちょっと掴みどころがねぇだけなんだ。あんまり悪く思わないでやってくれ」
「そうなんだ。わかった」
一番絡まれたコチトラがそう言っているのだから、きっとそうなのだと燕は思った。
吹き抜ける風を受け、コチトラに連れられて草原を横断する。
どこまでも続いているように見えた草原は、すぐそこで途切れており、その先は崖となっていた。
今度はこの五十メートルはある崖を縄梯子で降りるのだという。
足が竦むほどの高さと、風に当てられ梯子が揺れているのを見ると、どうしても一歩が踏み出せない。
「大丈夫。燕なら行ける」
「無理……私はコチトラみたいに勇気がある訳じゃないし……」
「勇気ならある。保証する。俺が持っているものは、燕もちゃんと持ってるから」
信用に値する目だ。
不思議だった。
コチトラの言葉は燕の心奥底にあるものを揺り動かす。
湧き上がってくる。
いつしか無くした、勇気という名の感情はこんな感じだったか─────
「……………………うん。行くよ」
「よしきた。ヌーとノイはここでお留守番だな」
「えええええぇ!? ノイとヌーは行かないの??」
「行って戻ってくるだけだ。行く必要はねぇだろ」
「そうかもしれないけど……」
コチトラが先に降り始め、続いて燕が縄梯子に足をかける。
降り始めてすぐに、ノイとヌーが笑顔で手を振っているのが見えた。
「にゃろう……」
手を滑らせる事はおろか、足をかけ違えただけでも命に関わる高さ。
二人は、慎重にゆっくりと、確実に梯子を降りて行く。
コチトラは途中燕を気遣って何度も声をかけた。
下にコチトラが居ると分かると安心感が全然違う。例え落ちたとしても、コチトラなら支えてくれそうだ。
「おい燕、なに笑ってんだよ」
「なんでもないよ」
地面が近づくにつれて、心にも余裕が出てきた。
ゴールまではあと少し────
────と、いったところで燕は梯子を掴み損ねてしまった。
なんとか手を伸ばし再び手にしようと試みるも、梯子はどんどんと遠ざかっていく。
体が垂直に傾き、地面まで真っ逆さま──────
もしもここが高さ十メートルもあったならば死んでいたかもしれない。
燕は先に着いていたコチトラにお姫様抱っこをされる形でゴールを迎えた。
「なにやってんだよ! 危ねぇだろ!」
「あとちょっとと思ったら急に緊張感が……ごめん……」
谷間を流れる川を挟んで広がる草原。
すね辺りまで伸びた柔らかい草の感触がくすぐったい。
草と草の間、どころ所でぼんやりと光りが見えた。
「ここが────?」
「全てのカラクターが生まれる渓谷、ライフラヴィーン」
「綺麗…………」
水は澄み渡り、草花はこれまで旅して来たどこよりも色濃い。風が優しい音楽を奏で、空気が輝いて見えるのも、きっと気のせいではない。
自生する草花の間で光っていたのは、周りの植物達よりも大きな花の蕾だ。
「お、新しい蕾だな。もうすぐここからカラクターが生まれてくるんだぜ?」
「えっ、カラクターってこのお花から生まれるの!? 妖精さんみたい」
「まぁな。俺達にとっちゃ普通の事だけど、燕が驚くと俺も戸惑っちまうよ」
そう言ってコチトラは、花の蕾を優しく撫でながら笑ってみせた。
「どうだ燕、何か分かったことや感じた事はあるか? その為にこうして遥々やってきたんだからな」
「あ、えと……綺麗だなぁ不思議だなぁって事くらいかな」
「まぁそんなに都合よく解決したりしねぇか。でも燕にここの景色を見せられただけでも良かったぜ? どうだ、綺麗だろ?」
少し大人びたコチトラは周りの景色と相まってとても絵になる。
「あのな燕。取り決めで全部は教えてやれねぇんだけど、これだけは教えておいてやる」
「なに?」
「これから生まれてくるカラクターも、今居るカラクターも、全員がお前の味方だ。この世界には敵なんて居ないんだよ。でも、今世界は変わろうとしている。燕には、この世界がぶっ壊れてしまわねぇように、しっかりと護る義務がある」
「私が…………この世界を────、守る」
急にそんな事を言われてもピンと来ない。燕はこの世界に来たばかりで、何も知らないし、実際何も出来ないのだから。
「戸惑うのも分かる。だから俺達が力になってやる。すぐにとは言わねえ。今は、心のどこかに留めて置いてくれたらそれでいい」
「…………うん。わかった。ところで、さっきから気になってきたんだけど、アレは何?」
燕の指さす方向には、小動物のぬいぐるみが山積みになっていて、その一角だけが異彩を放っていた。
「ああ……あれはな」
コチトラがそのぬいぐるみの山に近づいて行ったので、燕もその後を追った。
そして、それを近くで目にした時、燕は驚いた────
ぬいぐるみと思われたそれらは、一つ一つがちゃんと生きていて、スヤスヤと寝息を立てて眠っていたのだ。
呼吸をする度に膨れ上がるモフモフの体は、なんとも形容し難い愛くるしさに溢れている。
「なにこれぇ! かっわいいー!」
「おい起きろブラティポ、持ち回りの時間じゃねぇのか」
コチトラが丁寧に小動物をどかしていくと、その下から体を丸めてスヤスヤと眠る女の子が出てきた。
「ええっ!?」
「ブラディポ、ブラディポってば」
コチトラが体を揺すると、女の子はゆっくりと目を覚まし瞼を擦った。
「あえ……コチトラ……もう交代の時間かえ?」
いよいよファンタジーらしくなってきた、獣耳少女のお目覚めだった────
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