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第三章 【誓】
逃げるなよ
しおりを挟む先に王手をかけたのは甘芽中の池花華。苦しみながらも自分を貫き、得点を重ねた末のセットカウント1-2。
この結果を受けて、甘芽中のベンチは幾らか安堵の色が濃くなった。
「先にリーチをかけたのはデカイっすね」
「せやなぁ。決勝戦の第5試合、次のセットを落とせば負けが決まるやなんて、考えただけでも胃が痛いっちゅうもんやで……」
村雨こてつは胃を抑えながら、自分の事の様に相手の立場を語ってみせた。
まさにその通り。
この極限状態は、プレイしている本人にプレッシャーとして重くのしかかってくる。
押され気味だった試合展開に加えて、この重圧。
念珠崎ベンチも当然わかっているため、乃百合を見つめる目も尊い。
「こっからは苦しくなるな……」
「でも頑張るしかないよ。私達は信じて応援しよう」
第四セット開始早々に、乃百合に試練が訪れる。
なんとしても奪いたかった筈の序盤のリード。
そんな乃百合の思惑とは反対に、連続失点で幕を開けた。
【0-2】
──やばい……このセットを落としたら、負けちゃうんだ──
第三セット終盤から、乃百合はバック側を狙われ続けていた。
フォアで打てる所まで回り込んで、強引に得意な形で攻めていたのだが、ここにきてそれが機能しなくなっており、そこを池花華に徹底的に狙われていた。
【1-3】
疲労からか脚が付いてこない。
集中力が落ちているのか、ライジングで打てない。
無駄な失点を避けるために、危険な駆け引きはしたくない──
乃百合の心は、勝ちたいから負けられないに変わっていった。
【2-5】
読み勝ちフォアに回り込み、そこからドライブを打ち込む──が
それはもうライジングと呼べる代物ではなかった。
リスクを避けた、ただのスピードドライブ。
これでは池花華を抜く事は容易ではない。逆にバックに送られ、万事休す──
【2-6】
──どうしたら……どうしたらいいのかわかんないよ……このままじゃ皆んなの期待を裏切る事になる──
とにかくミスを減らして、反撃の糸口を探す。
このままでいいはずが無い。
前陣に張り続ける乃百合の弱点は、守りの弱さだろう。リードを許した状態では分が悪い。
という誰もが池花華圧倒的有利に思えるこの状況。
実はそうでもない。
戦っている池花華本人もまた、いっぱいいっぱいでプレイを続けてきていた。
歳も乃百合と同じ、ついこの前までは小学生だった。
先の全中でも、精神面で関翔子に追い詰められているように、普通の女の子。人知れずプレッシャーと戦っていた。
しかしそんな素振りは見せはしない。絶対に相手に悟られてはならない。弱みを見せたら付け込まれる可能性が少なからずある事を、池花は知っていた。
そんな心を落ち着かせ、盤石の試合運びをする為に、ここに来て池花華は自らタイムアウトを取った。
この時試合は【4-8】
幸か不幸か取られたタイムアウト。
乃百合がチームの元に帰ってくるとあって、念珠崎ベンチは一斉に立ち上がった。
「私に、乃百合ちゃんの背中を押させて下さい」
ブッケンがそう皆んなにお願いすると、誰もそれに反対する事は無かった。
ブッケンは帰ってくる乃百合を待ちきれずに、一、二歩前に出ると、乃百合に激しく詰め寄った。
「なんだそれっ! 逃げるな! 常葉乃百合っ! しっかりしろよ! 攻めないでどうするんだよ!?」
「な────っ。そんな事言っても……フォアハンドじゃあ、もう……」
「回り込めなきゃライジングが打てない? ふざけんな。そんなのいくらでも方法があるでしょ!? 私の憧れた常葉乃百合は、なんでも出来る! いつも涼しい顔で、平然とやってのけるんだ ! 私はそんな乃百合ちゃんに憧れて来たんだ。幻滅させるな!」
「私は……」
「ミスが怖い? 皆んな怖いよ! どんなに練習してもミスはするよ! でもチャレンジしなかったら意味ないよ! 勝てないよ! 乃百合ちゃんがいつも私に教えてくれてた事だよ!? 嘘だったの? ノリで言ってただけだったの!?」
「それは……違う……」
「だったら証明してきてよ。カッコイイところ見せてよ。引いて守るなんて、そんなの私の憧れた乃百合ちゃんじゃないよ」
「失敗するかも」
「乃百合ちゃんは器用貧乏だから大丈夫だよ」
「────っなにそれ」
そしてここでタイムアウトの終わりが宣告された。
最後にブッケンは乃百合の背中を押して送り出した。
「もっと言ってやりたかったんですけど、ちゃんと背中を押してあげられたでしょうか?」
「いやぁ……どうだろう」
「ブッケン、凄い怖かったよ……」
「背中を押したってより、後ろから飛び蹴りかましたって感じだったよー?」
「崖っぷちの乃百合を崖から突き落としたのか。流石親友だぜ……」
「えっ!?」
テンションが上がりすぎたブッケンは、自分がそんな風に周りから見えていた事に驚いた。
「でもよぉ。いくらでもやりようがあるって言ったってよ、実際どうすんだよ?」
「簡単ですよ。ライジングでバックドライブを打てばいいんですよ」
「あのなぁ言葉にするのは簡単だけど、実際やるとなったら、なぁ?」
「でもやるしかないです。そして乃百合ちゃんなら出来ると思います。乃百合ちゃんは、凄いんですから」
ボロボロでギリギリの状態でも、ブッケンの目には乃百合の姿がヒーローに見えている。
子供の頃から憧れた、無敵のヒーロー。
乃百合ならやってくれると信じて疑わない────
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