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第三章 【誓】
グングニル
しおりを挟む左右に揺さぶり、相手のペースを乱そうと試みるも、池花華のレシーブ力が光る。
そう簡単には崩れてれくれない。
「うわぁ。凄い打球領域だねー」
「レシーブのバリエーションってのも大事なんだなぁ」
念珠崎のツートップが舌を巻くほどの、池花華のレシーブ技術。
だが、乃百合にとってはそんな事は折り込み済みだ。
ここぞとばかりに、勢いよく踏み出した一歩は、力強く床を踏みしめた。
タイミングバッチリに振り抜いた、乃百合のライジングドライブである。
この強固な守りを崩すのに必要なのは、乱打でも巧打でも無い──
今の乃百合にとってはこれしか無い。
尖らせた個性の一点突破。
低く、速く、鋭い。
それは硬い壁を貫く、唯一無二の研ぎ澄まされた槍────ッ
【11-10】
「うはぁ、こっちもスッゲぇな……」
「射損なう事無き魔槍、まるでグングニルだねー」
このままセットを奪おうかと思った矢先、試合をひっくり返された池花華だったが、頭の中はまだ冷静だった。
──そんな型破りな戦型、いつまでも続くとは思わない。ライジングドライブなんて、諸刃の剣もいいところ。戦術としては、既に破綻している──
安心安全、王道を目指した池花華とは対極とも言える、前陣、ライジング一点に重きを置いた乃百合の卓球。
池花華にとっては常識外。そう何度も都合よく決められる訳は────
「行けッ!」
「乃百合ちゃん!」
「かましたれぇ!」
乃百合の振り抜いた打球は、仲間の思いを乗せたかの様に、ネットすれすれを通り越し、鋭く急降下した後、スピードを上げて池花華の横を駆け抜けた──
【12-10】
セットカウント【1-1】
シーソーゲームを制した念珠崎は喜びを爆発させ、落とした甘芽中は一連の乃百合のプレイに、信じられないとばかりに頭を抱えた。
──第三セット──
常葉乃百合という人間は、好不調の波のある選手だ。
立て直せな程、簡単なミスを連発するときもあれば、集中力が研ぎ澄まされて、信じられない様なプレイを見せる事もある。
そして今は、その後者である──
【2-0】
【4-1】
【6-2】
ストレート、クロスに打ち分け、面白い様に決まるライジングドライブは手がつけられない。
来るとわかっていても、身体の反応以上の速度で打ち込まれてはお手上げである。
──常葉選手、完全にノッてる……悔しいけど、今はキッチリ耐えるしか無い。耐える事もまた戦い。楽に取らせてたまるか──
【8-4】
攻めさせたら爆発的な攻撃力を誇る乃百合。
池花華を突き放し、一気にこのセットを奪いにかかった。
「おいおいおいおいっ! なっちはん、ホンマに大丈夫かいな!? 押されとるやんけッ!」
「いやぁ。流石にこれ程とは想像以上っすね……あの変態的ライジングは天性のもの。常葉乃百合は間違いなく県内トップクラスの選手っす。
────だけど。
勝つのはうちの華っちっすよ」
「その信頼と自信はどこからくんねん……」
「こてっちゃんは、このまま試合が終わると思ってるんすか? それは無いっすよ。近い時間帯、この差は一気に縮まると思うっすよ」
「なんやて? どういうこっちゃ」
セットの終盤。
池花華が魅せる──
この試合絶好調の乃百合のライジングに合わせる様に、斜め後ろへとバックステップで対応した池花。
速い打球に対し自らも下がる事で対応する時間を作って見せた。
──下がればいいとかいう問題じゃ無い。常葉選手は下がれば下がった分だけ攻めてくる。そういう選手。このライジングを早いタイミングで返してこそ、この選手を止める事が出来る。
下がるのは、この一瞬だけ!──
下がりながらも合わせる様にラケットを差し出し、当たると同時に押し込んだ。
それはライジングに対してのプッシュカウンター。
池花の狙いは見事にハマり、体制の整いきれていない乃百合の横を駆け抜けた──
【8-5】
この試合、初めてと言っていい程完璧に返された乃百合のライジング。
だが、まだたったの一球。
「そんな事もある。たまたまタイミングとコースが合っちまったんだ。気にしねぇでどんどん攻めろ!」
「そうだといいんだけど」
ポジティブな発言をしたまひるとは反対に、桜の発言はネガティブである。
「なんだよ桜。なんか心配事でもあるのか? こんなに押せ押せじゃねぇか」
「心配事っていうか。もう出始めてるよ」
「だから、それを言えっての!」
「落ちてるんだよ。運動量と集中力が」
「──────っ」
【8-6】
「乃百合ちゃんの調子が落ち始めてる。だから今のもあっさり取られた。まっひーだって、見てて感じたんじゃ無いの?」
「そりゃ……」
「前半戦、ほぼオールフォアでしかもライジングを狙ってたんだ。回り込む為の脚、ドライブをかけるためのスイング、ギリギリを狙う精神力。色々な物を擦り減らして来たのは間違いないよ。
方や池花選手。彼女の卓球にはまるで無駄が無い。最小限の動きで、最大限の効果。ここに来てもパフォーマンスが下がる気配が全く無い。
二人の差は完全に縮まってるよ。
というよりも…………」
【8-8】
────四連続失点。
突如乱れてきた乃百合。
外す気がしない時のライジングは驚異的な効果を発揮するが、入る気のしなくなったライジングは……
【9-11】
悪い流れを呼び込んだ乃百合は、立て直す事なくこのセットを落とした。
セットカウント【1-2】
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