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第三章 【誓】
なにもできないからこそ
しおりを挟む──第五セット──
ルールにのっとり、このセットも引き続き【促進ルール】で行われ続ける。
※試合の中で促進ルールに入った場合、そのゲームが終わるまで促進ルールが適用される。
「ブッケンがやった……やったやった! やってくれましたよ! 見ましたか! 流石ブッケン!」
「あぁ見てたぜ、よくもまぁあんなに泥臭く。敵に回したら怖ぇな」
「精神論なんて古いって言われるけど、精神的な強さは技術にも勝るよね」
土壇場での逆転劇に息を吹き返した念珠崎ベンチ。応援する熱にも一層力がこもる。
ブッケンからのサーブ。
サービス側から見れば、13球目で決めなければならない攻撃ターン。
水沢夏の頭の整理もだいぶ追いついて来た第五セット。13球に囚われず、今まで通りに勝負球を捌けばいいだけの話。
その3球目、ブッケンの一番の大技逆回転チキータが炸裂する。
──また3球目、強引すぎやしないっすか!?──
分かっていても驚きを隠せない数字のトリック。保守派の水沢夏にとっては意外でも、元々前陣速攻型を基盤としていたブッケンにとっては当たり前の選択肢。決められた回数で決めなければいけないのならば、ガンガン前に出る方が得という考え。
サーブ権が交代したらしたで、持ち前の粘り強さで必死に守る。
どんなに打たれても決して諦めようとはしない。
【4-5】
攻めるしかない水沢夏の得意の緩急スマッシュも、振り抜くのを我慢できるブッケンの前に不発に終わる事も少なくない。決め球を封じられ、精神的なカウンターとなって混乱を呼び起こす。
そしていつしか立場は完全に逆転。
【6-6】
ここまで綿密に試合を運んできた水沢夏の僅かな綻び。それに乗じて増していくのはブッケンの集中力──
【8-7】
ついに奪った終盤でのリード。
ここをものに出来なければ、この先どっちに転ぶかまだ分からない。
──集中力! 相手が混乱してる時こそ冷静に──
ブッケンのバックハンドスマッシュ。
右か左か──
否、相手の真正面を突く強烈なミドルへのショット。
──馬鹿なんすかっ!? 敢えて真正面!?──
迷った水沢夏のレシーブミスを誘い、更に得点を積み上げた。
【9-7】
続く水沢夏の攻撃ターンも、しぶとく最後まで粘りきって得点すると、いつの間にか訪れたブッケンのゲームポイント。
【10-7】
やっとここまで来た。
長い長い試合の終わりに、最高の形で手が届いた。
あとはその手を、離さないように引き寄せるだけ──
ブッケンの攻撃。
様子を見るようなカット攻撃。
1球、3球、5球と積み上げる。
7球、9球、11球と隙を伺う。
そして勝負するしかない13球目、ブッケンは大きくラケットを振り抜いた──
弧を描くように相手陣地へと深く入っていくボールに、水沢夏の反応が遅れる。それは頭のどこにもなかったボール。
いや、つい何秒か前までは確かにあった。
このタイミングだからこそ消え去った選択肢。
それはカットボール──
慌ててそのボールを打ちに行った水沢夏の頭の中は最早パニック。自分でもラケットの表裏の把握が出来ないほどに相手の術中にハマってしまった。
ただ相手コートに返すだけでよかった打球は、低い弾道で撃ち放たれ、ネットを直撃して再び自分の元へと転がり帰ってきた──
【11-7】
───────ッ
「ゲームセット! セットカウント【3-2】として、勝者、六条選手!」
この瞬間、死闘を制したブッケンの勝利が確定──
全てを出し尽くしたブッケンは、その場に膝を落とすと、小さくガッツポーズをし喜びを噛み締めた。
長く続いたゲームが終わり、再び握手をする際水沢夏はブッケンの検討を称え言葉をかけてきた。
「「ありがとうございました」」
「六条さん、可愛い顔して策士っすか? それならそうと言ってくれなきゃこっちもビビるっすよ。まぁ、次は負けない自信はあるっすけどね」
「あ……えっと……無我夢中で……水沢選手も強かったです。その……なんで勝てたかわかんないんですけど、ありがとうございました」
「はぁ……無意識っすか。とんだ変態っすね。まぁ、またいつか戦えるといいっすね。じゃあ、そういう事で」
「は、はい! ありがとうございました」
甘芽中のキャプテンを倒すという金星を携えたブッケンがベンチに戻ると、チームメイトがもみくちゃにして出迎えた。
誰しもが一度は諦めかけた状況を大逆転で締めくくった立役者に一同のテンションは最高潮に達していた。
「やりやがったなこいつ!」
「ブッケン、凄かったね! いつから思い描いてたの? 私より悪女じゃない」
「もうダメかと思った! やっぱり練習は嘘をつかないんだね! 和子ももっと練習するよ!」
「カッコよかったよー! また卓球の面白さを見せつけられたよー! 本当に最高っ!」
大人しく引っ込み思案なところのあるブッケンは、あまりの歓迎ぶりに照れくさくなってしまい、助けを求めるように乃百合の裾を握りしめた。
「やったよ乃百合ちゃん。今度は乃百合ちゃんの番だよ」
「うん。ちゃんと見てた。ブッケンが沢山詰まった、いい試合だったよ。
ブッケンはいつも、私の事をなんでもできるって羨ましがるけど、何にもできないと思ってたからこそ、ここまで来れたんだと思う。そんな自分だからこそ誰よりも努力して来たんだよね。本当、尊敬する。
次は私の番だね。勝って帰ってくるから、ちゃんと見ててね」
「約束?」
「うん。約束」
再び交わされた二人の約束──
格上相手に立ち向かい、半年間の全てをぶつける時が来た。
泣いても笑っても最終戦。
これに勝てば遂に掴み取ることが出来る、念願の『優勝』の二文字。
「まっひー先輩、海香先輩、桜先輩、わっ子、ブッケン。行ってきます」
「おう」
「任せたー」
「頑張ってね」
「乃百合ちゃんならきっと勝てます」
「私達が付いてるよ」
ラケットを握りしめ、向かうは決勝戦の第五試合。
皆が繋いでくれた最高の舞台へ。
いざ────
対するは王者甘芽中の池花華(一年生)
一年生ながら、先の全中にてレギュラーを張り、全国大会でも戦い経験も豊富。
ラケットは表ソフトに裏ソフト、戦型はオールラウンダー。
なんでもこなし、弱点らしい弱点は無いという、王道を突き進むお手本のような選手である。
審判に促されるように二人は向き合い、互いに握手を交わす。
「「宜しくお願いします!」」
お互い負けられない戦いが始まろうとしている。
王者のメンツにかけて──
弱小チームの悲願をかけて──
「これより第五試合を始めます。常葉選手VS池花選手。サービス常葉選手、0-0」
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