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第三章 【誓】
卓球バカ
しおりを挟む──第二セット──
セットが変わる事により、今までマッチアップしていた相手も変わる。
まひるの打球を受けるのは、カットマン小国真知。
このカットマンが中々の腕前であり、第二セットが始まってから、まひるは攻めあぐねていた。
深く下がり、拾う事を重視した相手に、得意のスマッシュは拾われ続けた。
【2-4】
対する和子はと言うと、緩いカットボールに対し失点する事こそ減ったが、決め手に欠きこちらも得点の気配が感じられない。
唯一朗報があるとすれば、和子のロビングが思いの外、早田穂笑に対し有効である事だ。
和子のロビングは、決め球の一つであるプッシュを防ぎ、尚且つ、まひるがスマッシュに対応するまでの時間も稼げる。
今の試合の状況を一言で表すならば、均衡状態といったところか。
この状況を一番面白く思っていないのがまひるである。
打っても打っても返ってくる打球にフラストレーションを溜め、イライラが募りだす。
──マジでカットマンってのは厄介な生き物だぜ。もっとスカッと向かってこれねぇのかよ……つくづく相性が悪りぃ──
逆を突いたはずの打球も、体制を立て直ししぶとく拾われる。
そうこうしているうちに、根負けしたかのようにミスをするのは、まひるのいつものパターンである。
【2-5】
──やっちまった……──
テーピングした腕をさするように、左手を充てがう興屋まひる。
和子の不安も一層高まる。
【3-6】
その後もラリーの末に点を奪われる展開も増えてきた。
【4-7】
このままでいいわけが無い。
今まで庇ってきてもらってきた分、今度は和子自身がまひるを支える番だ。
念珠崎が兄弟であるならば、一番末っ子は小岩川和子である。その末っ子に芽生え始める、責任感──
ペンホルダーを持つ手にも力がこもる。
──まっひー先輩の手、きっと痛むに違いない。私が得点できれば、きっと楽になる! いつまでもお荷物じゃ居られない。今変わらないでどうするの──
■■■■■■
全中後、新体制で動き始めた念珠崎。それから数週間がたったある日──
実力で劣る和子は、人知れず念珠崎メンバーの実験台にされていた。
ブッケンと練習すれば、逆回転チキータが飛んで来る。
「ブッケン今のなに? もしかして新技!?」
「まぁ、そんな感じ……かな。でも皆んなには絶対言っちゃダメだからね! こんな下手くそなの、まだ他の人には見せられないから……」
「それはどう言う意味かな……」
また、乃百合と練習すればこうだ。
「じゃあ乃百合ちゃん、行くよー。それっ」
「うおりゃぁぁぁ!」
乃百合のライジングを狙った打球は、ネットを越えることなく跳ね返され、転々と転がっている。
もうかれこれ、なん球もこんな感じが続いていて、まともに返って来た試しがなく、これでは和子の練習にならない。
「乃百合ちゃん、ちゃんとやってくれないなら、私別の人とやってくるね」
「わぁぁ待って待って! 次は、次こそはちゃんとやりますから!!」
「本当? じゃあ、行くよー。それっ!」
「うおりゃぁぁぁぁぁっ!」
「…………………」
いつも練習相手になってくれる興屋まひるでさえも──
「まっひー先輩、なんでペンホルダーの裏にラバー貼ってるんですか? 裏も使うんですか?」
「ん? 内緒だよ、内緒」
「なんですかそれー! もういいです。和子も貼りますから」
「えっ わっ子にはオススメしねぇからやめておけ」
「なんでですかもぅー!」
こんな風に皆んなヒソヒソと基本練習以外にも何かをやっているのは知っていた。桜もそう、海香もそうだった。
基本練習に追われている和子だけ、置いてけぼりにされている気持ちになっていた。
皆んなそれなりに上手いのに、更に上手くなろうとしている。
自分の卓球を手に入れようともがいている。
これ以上、差を広げられて──
お荷物のままでいてたまるか──
■■■■■■
小国真知のカットボールが飛んで来る。緩やかな弧を描き、速度も遅い。これならしっかりと回転を計算に入れて対応すれば、返すだけならそう難しい事ではない。
返すだけならば──
だが人間は攻撃したくなるものなのだ。甘い球を返せば、また同じようにカットボールが返ってくるだけだ。
より際どく、より得点の可能性のある選択肢をしようと。
しっかりと台下まで引き込み、自分の体勢を整えた和子は、思い切りよくラケットを振り上げだ。
それを受ける早田穂笑はロビングを警戒した。この試合、何度も繰り返されたこの光景。突如現れる打球を見逃さないように──
──また上か! 回転は? いや……違う、これは──
得点を欲した和子の選択肢は、ロビングではなくロビングを餌にした、ループドライブだった。
台下から打ち込むループドライブ。
これが悩み密かに練習した和子の裏技──
ループドライブとはいえ、ロビングに比べれば圧倒的に敵陣に到達するまでの時間が早く、上手く意表をつければ相手のミスを誘う事が出来る筈──
──お願いだよ、私のループドライブ!──
風切り音を立て相手コートに迫った白球は、重力の力を借り急激な落下曲線を描きながら襲いかかる。
「あのわっ子ちゃんが、まさかのループドライブ!」
「あの子も自分なりに考え努力をしていたって事か。まったく、揃いも揃って呆れる程の卓球バカだよね」
誰しもの意表を突いた、和子のループドライブ。決まれば流れを掴む事もできるかも知れない、起死回生の一発だが──、
【4-9】
──外した……──
和子のループドライブは相手コートまで届かなかった。
流れを変えるための、ここ一番でのループドライブだった。
大切な一点を失い、呆然とする和子。まひるに任せていれば、もしかしたら失点では無く得点になっていたかも知れない。
「だよなぁ……」
頭をくしゃりと掴み、しみじみと和子に話しかけたまひる。
「ごめんなさい……やっぱり私じゃ……」
「そうだよなぁ……やっぱ勝ちてぇよなぁ。出し惜しみしてる場合じゃあねぇよな。 俺もそう思うぜ」
「えっ?」
まひるは右手に巻かれたテーピングを歯で豪快に剥ぎ取り、更に左手でグルグルと解いた。そして手首の動きを確認してニヤリと笑うのだった。
「あぁスッキリした。アイドルなら全力勝負! ここからは、お仕置きタイムだぜッ!」
「はいっ!」
怪我の悪化を防ぐために巻いていた筈のテーピングを外したまひるを見た桜は、呆れを通り越して頭を抱えた。
「卓球バカの集まりだけど、その中でも一番の大馬鹿野郎だわ……」
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