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第三章 【誓】
混ぜると美味しい
しおりを挟む──第五セット──
【2-2】
桜の卓球は相手を惑わす卓球だ。
相手の得意を封じ、試合を優位に進める。
しかしその効果が永遠に続く訳ではない。
自力で劣るからこそ、いつかこの力関係は、再び必ず逆転してしまう。
だから────
──村雨選手の性格上、くいついてくるのは予想できた。あとは一気に決めに行くだけっ──
準々決勝。酒田夜宵のスーパープレイの前に屈した桜。
あと少し、ほんの少しで勝ちを拾う事が出来た──
同じ轍は踏まない。
『後悔は後から湧いてくるものだと思う。だからさ。あなた達には後悔して欲しくない』
──分かってます。翔子先輩。私、後悔だけはしないように、この試合、全力で戦います──
一方、立て直しを図る村雨こてつは、回転を抑えスマッシュ性のスピード勝負を挑み、ぎこちないながらも必死に食らいついてくる。
──先ずは一つずつや……頭ん中整理して、自分のスタイルを取り戻さんと……──
相手のアンチラバーを封じる、単純に速いショット──
桜がアンチラバー面で捉えた瞬間、村雨こてつの頭の中は二択になった。
──回転の少ないスマッシュを受けたんや。返ってくるんわ、無回転もしくは、弱い下回転。 "来る球が予測できる" それが自ら回転をかけられない、アンチラバーの弱点やで!──
来る球が分かっているなら、返される 危険を犯して無理にドライブで仕留めに行く必要はない。
コースを狙い再びスマッシュを打ち込むだけだ。
──タイミングばっちり! もろたで!──
迷う事なく振り抜いた打球は、村雨こてつの意に反し、低い弾道で飛びネットにかかった。
【4-3】
これが藤島桜の裏技──
アンチラバーから放たれる、ブチギレカット。
──回転かけられないんちゃうんか!?──
桜のラケットはラバーの下に柔らかいスポンジを用いた構造。
打球がスポンジに食い込む際にボールを摩り下ろす事によって生まれる下回転。
──強い……確かに強い。せやけど、今のでハッキリわかったで……溺れてるんは、藤島桜、アンタの方や!──
■■■■■■
念珠崎メンバーは仲良しである。
たまに部活が早く終わった日は、皆んなで時間を共にする事も少なくない。
この日も、部員全員で学校近くのファミレスに来てお茶をしていた。
このファミレスにはドリンクバーがあり、少ないお金で長居するにはもってこいの場所だった。
各々、オレンジジュースやコーラ、メロンソーダなどをコップに注ぎ席に着く中、一際目を引くドリンクが一つ。
「桜、またそれ飲んでるのか?」
「わかってないなぁまっひー。これが一番美味しいんだよ」
茶色い液体の中で、シュワシュワと泡が弾けている。ドリンクコーナーにこんな飲み物があっただろうか?
「何ですかそれ? お茶ですか?」
「ふふふ、飲んでみる?」
興味津々に聞いてきた和子に、桜は掻き上げた髪を耳にかけながらコップを差し出した。
「わわわっ! 何ですかこれは!? すっごい美味しいです!」
「でしょ? オレンジジュース1、レモンジュース1、メロンソーダ1、コーラ0.5これが藤島桜のスペシャル黄金比だよ」
ドリンクコーナーにあるジュースを混ぜ合わせた、他に無いオリジナルのドリンク。桜らしいと言えばそうなのだが、見ているまひるの目は冷ややかだ。
「でも見た目がなぁ……」
「見た目以上に味だよまっひー。混ぜると美味しくなるんだよ」
「へぇ……じゃあこれも入れてみましょう!!」
横から乃百合がトクトクとコップに液体を注ぐと、スペシャルドリンクは見る見るうちにその色をドス黒いものへと変貌を遂げてしまった。
「ちょ、乃百合ちゃん! 何入れてるの!?」
「えっ? コーヒーですけど……」
ただでさえ不味そうな見た目が、飲み物とは思えない色に変わり果て、一同はそのコップを見つめたまま口をつぐんだ。
「な、なぁ。桜、飲んでみろよ? 混ぜると美味しいんだろ?」
「え……あ、うん……」
恐る恐る桜がドリンクを口にして一言。
「うぇ……まっずい……」
そんなある日の出来事。
■■■■■■
第五セットも終盤戦に差し掛かり、もうすぐこの二人が勝者と敗者に分かれる時が来る。
【6-5】
──藤島桜の弱点。それは基本下回転しかないっちゅう事や。あっしがカットでも打たない限り、十中八九下回転、もしくは無回転のボールが返ってくる。それ即ち、ドライブで返せるっちゅうことや。
そしてアンチラバー。全く回転の影響を受けないのかと思っとったら、そんな事はない。
下回転をかけた時は正直驚いたけどな。その時わかったんや。
それ以上の回転をそれ以上のスピードでぶつけたら、アンチラバーとて弾けるんや。
アンチラバーに頼るあまりに、それが通用しなくなった時、それが藤島桜の終わりの時やで──
村雨こてつのドライブ。
正面を突いたドライブは、桜のアンチラバーによってアッサリ返される。
しかしそんな事はおかまいなしに、下回転となって返ってきたボールを再びドライブで弾き返した。
──下回転ならドライブで返せるんやで! 更に回転を加えて倍返しやッ!──
何度弾き返されても、村雨こてつはしつこい迄にドライブで返し続けた。もうコースを狙う必要など無い。ど真ん中に、最大限の回転を乗せて打ち込む──
そして遂に──
アンチラバーで捉えたはずの打球は、その回転力に耐えきれず、大きく弾け飛んだ。
【6-6】
この瞬間、これまでの流れを見ていた者達が息を飲んだ。
アンチラバーは絶対では無い。
極限まで回転の影響を受けない加工を施されているとは言え、それはゼロでは無い。
今、村雨こてつのドライブが藤島桜のアンチラバーを超えた。
【7-9】
──どやっ! これがあっしのドライブやッ!──
【8-10】
相手が迷っているうちは良かった。
しかし今の村雨こてつには、一切の迷いや戸惑いは感じられない。
一つずつ、丁寧に積み重ねてきたトラップ。それが音を立てて崩れていくのがわかる。
そして遂に──
刀のように真っ直ぐで鋭いドライブの前に、藤島桜のラケットが競り負けた。
【8-11】
この瞬間、両者は明と暗にクッキリと別れた。
「ゲームセット! セットカウント【2-3】となり、勝者、村雨こてつ選手!」
追い詰めておきながら、最後の最後で逆転を許した桜。
藤島桜の新人戦団体戦は、2戦0勝で幕を下ろした。
──くぅ……最後の最後にコーヒーぶちまけちゃったかな……悔しいな……──
またしても勝てなかった。
幾ら相手が強いと言えども、これではただの善戦マンである。
大切な第一試合を落とし、当然足取りも重い。
「桜ちゃん、お疲れー。ご苦労様でしたー!」
「うん。ありがと海香。でも負けちゃった……」
「期待してたんだけどなー」
「うっ……私も最後まで勝てると思ってた。舐めてたのは、私の方だった」
海香は桜の肩をポンポンと叩き、頭をなでなでして励ました。
「まぁまぁ。勝てたら百点満点だったけど、第一試合としては及第点だったよー!」
「負けたのに?」
「あの子達見てごらんよー。それとあっちも」
海香の目線の先では、この試合を興奮状態で回顧している念珠崎の仲間たちが居た。それ程今回の試合は、他の選手達にとっても刺激的な一戦だった。
勝った甘芽中と比べてみても、テンションが高く、まるでどっちが勝ったのかわからない程だ。
「ね! この雰囲気を作れただけで、合格合格ー! ありがとう。後は私達に任せてね!」
はしゃぐ彼女達を見ていると、勝てなかったがチームの為に何かができた。そんな気がした。
「混ぜると美味しい……か」
ゲームカウント【0-1】
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