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第三章 【誓】
啓翁桜
しおりを挟む──第三セット──
完全に試合の主導権を握った村雨こてつの前に、為すすべのない桜。
それを見守る乃百合も気が気ではない。
「アンチラバーも全然通用してないですね……やっぱりあの人、ただものじゃないです」
「まぁねー。大阪のチャンピオンが弱いわけ無いよねー」
【1-3】
「マズイですよ……タイムアウトをとってアドバイスをした方がいいんじゃないですか!?」
「アドバイス? 例えばどんな? 頑張って下さいとか?」
「うっそれは……」
【2-5】
「………………乃百合ちゃんはさー、桜ちゃんの癖、知ってるかなー?」
「癖……ですか?」
「そうそう、うちの桜ちゃん、人をびっくりさせるぞ!って時、必ず横髪を耳に掛けるんだよねー。みんなそれ知ってるから、もう騙されないんだよね。笑っちゃうよねー」
「は……はぁ」
【3-6】
「それに、大阪から引っ越してきたばかりの村雨さんは知らないんだよ──、」
「何をですか?」
「山形県の特産品、かなー」
試合も終盤、あと五点を奪われれば試合が終わるという状況。
そろそろ桜も手を打たないと、このまま試合が終わってしまうだろう。
だが、桜も賭けに出るのを、このタイミングになるまで躊躇っていた。それは桜にとっても、とても勇気のいる決断────
喉元に突きつけられた剣先が、下手に動こうものなら、一気に掻っ切ると、脅されているかのようだ。
試合数こそ少ないが、この大会、桜はまだ活躍らしい活躍をしていなかった。
チームの為に何か形として貢献したい──
──恐れるな。 やるしか無い。逃げるな、藤島桜。 今チームの為に出来る事は何? また後悔をしてもいいの? いい訳、ないよね……──
正面近くに来た強烈な打球に対し、桜はそっとラケットを差し出した。
打球はラケットに直撃し、再び村雨こてつの元へと帰っていく。
──なんやこの気の抜けた打球は? 勝負を捨てたんかいな? 拍子抜けやで……桜の散り際なんて、呆気ないもんなんやなぁ──
甘く入ってきた所を勢いよく振り抜くとどめの一撃。
だが、そこに待っていたのは桜のブロック。打球はショートカウンターとなって、村雨こてつの手の届かぬ所に転がった。
【4-6】
──しもた……コースが甘かったか……まぁ、せやけど次、決めたるわ──
続く村雨こてつのドライブに対して、またしても桜は緩い打球を選択した。
どこからどう見てもチャンスボール。
これに村雨こてつが喰いつかないわけがない。
──これで終いやでッ! 取れるもんなら取ってみぃ!──
村雨こてつの目には、既に勝負の行方が見えていた──が。
その打球は再び桜のブロックに阻まれた。
【5-6】
──なんやて……どないなっとんねん!? 取れるはずないねん……今までだってそうやってん。コイツがあっしの打球に追いつける筈ないねん!──
だが、三度繰り返される桜のブロック。
【6-6】
──どないなっとんねん……──
【6-7】
──さっきまでは確かにあっしの独壇場やった。 藤島桜も戦意喪失で、勝利は目の前やった。なのに、なんやこれ──
【8-7】
──なんやこの状況は!? 諦めたんちゃうんか! なんであっしが追い詰められとるんや!?──
【10-8】
──何を……しおったんや!?──
「なんか……急に桜先輩が押し返しました! 凄いです……」
「凄いねー、本当に逆転しちゃうんだもんねー」
「でも一体どうして……」
「乃百合ちゃんは【啓翁桜】って知ってるかなー?」
「えっ、はい。確か山形県の特産品ですよね? この前テレビでやってました」
「啓翁桜はね、冬に咲く桜なんだよ。他の桜とは違う。植物達が眠る、厳しい環境の中でも綺麗な花を咲かせる桜。まー、綺麗な花を咲かせる為には、それなりの準備が必要なんだけどねー。桜ちゃんはこんな悪条件の環境下でも、しっかり準備をして見事に美しい花を咲かせた。そんなところかなー」
村雨こてつのシュートドライブをバックハンドで捉えた桜。
ラケットを素早く反転させた、必殺のアンチラバー。
──ここでかいなっ!! やってもうた……──
自分のかけた回転をモロに受け、打球処理を見誤った村雨こてつ。大阪チャンピオンでありながら、片田舎の、それも無名の選手にセットを奪われた。
【11ー8】
セットカウント【1-2】
このセットが終わったところで、桜はタイムアウトを申告した。
クルックルっとラケットを反転させて、してやったりと御満悦な藤島桜。
ベンチへ戻ると、チームメイトに手荒く出迎えられた。
そして腰を下ろし思わず言葉を吐いた。
「あぁぁ。しんどい……ちょっと休憩させて」
アンチラバーを使用するにあたって、体力、知力共に多くの労力を要しているのだろう。
「桜先輩! 凄いです! この調子でこのゲームを取りましょう!」
「──ふぅ、簡単に言ってくれるわね──、でも」
──そのつもりだよ──
試合は第四セットへと続いて行く──
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