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第三章 【誓】
ぶった斬る
しおりを挟む【2ー3】
村雨こてつのドライブ──
海香のそれとは毛色の違う、速く鋭いドライブ。
スマッシュの様なドライブに序盤こそ桜が耐えていたものの、徐々にその差が開き始めていた。
【3-6】
それでも桜も簡単な試合をさせるつもりは無い。
ドライブをアンチラバーで捉え、回転を殺す事なくそのまま相手に返す。
殺さず活かすアンチラバーの特権能力──
【4-6】
──あっしの回転がそのまま返って来るやないか! 回転が強ければ強い程力を発揮するラバー。逆に相手は回転を気にせず戦えるやなんて、ズルいんちゃうんか! まぁ、せやけどな、やりようはいくらでもあるんやで──
弾ける様な村雨こてつのカーブドライブ。ネット横をすり抜け、対角線に放たれた打球に、桜は触れる事すら出来ずに得点を許してしまう。
【4-8】
それは鶴岡琴女のロングチキータによく似た軌道とスピード。
──正直、アンチラバーには驚いたけどなぁ、元から持ってる性能がちゃうねん。触れる事すら出来ないアンタが、この先あっしに勝つ事なんて、到底無理な話やで──
【4-9】
村雨こてつの連続得点。
──裏面は裏ソフトやさかい、 それが切り札なんやろなぁ。せやけど、あっしのドライブを裏ソフトで受けたらどうなるか位、わかってはるやろ?──
桜のバック側を狙ったシュートドライブに、桜はバックハンドで辛うじてラケットに当てた。
その瞬間、ボールは真上に勢いよく跳ね上がった。
強烈なスピンに裏ソフトで取りに行ったが為に、打ち負けた。
安易に手を出せば、ラケットごとぶった斬る様なドライブボール。
【4-10】
──まぁそうなるやろな。逃げていくドライブとバックサイドを狙ったドライブを打ち分けとけば、安パイや。もう少し楽しませてくれる思たんやけどなぁ。正直期待はずれやで──
このセットを奪いに来た村雨こてつのカーブドライブ。
相手コートに返せればチャンスになる筈が、それすらさせて貰えない。
藤島桜と村雨こてつには、埋め難い実力というハッキリとした差があった。
【4-11】
ゲームカウント【0-1】
第一セットを落とした桜。
念珠崎ベンチから観ても、その力の差は歴然だった。しかしベンチが動く様子はなく、まだまだ焦ってはいない。
藤島桜が後半必ず巻き返す選手である事は、チームメイトであれば誰でも知っている事である。
「村雨さんのドライブ、やっぱり凄いですね……」
「バック側はラケット反転で対応できると思うけど、逃げていくフォア側に、あのスピードで打ち込まれるのはキツイよねー」
「勝てますよね」
「それをやってのけるのが藤島桜だと、私は思ってるよ」
──第2セット──
桜の頭の中では、強敵に勝つための策を巡らせていた。
相手より自分が優っている点は何か?
相手の弱点は?
癖はないか?
ラバーの使い分け。
緩急。
そして裏技。
第一セットは種を蒔く作業に徹するのは、桜の卓球スタイルである。
例え最初のセットを落としてでも、残りのセットを優位に進めようという考え──
──ここからは、もう好き勝手に卓球をやらせない──
バック側に来たドライブを、うまくラケットを反転させアンチラバー面で捉えた桜。
反撃の打球が村雨こてつへと帰っていく。
──今打ったんがシュート回転やから、あっしの手元に戻って来るんはぁぁああ──ッ
面倒いねん! これだから異質型は嫌やねん──
正解は村雨こてつの手元には同じくシュート回転のボールが戻って来る事になる。
才能やセンスの無さ、身体能力の低さをカバーする為にアンチラバーを使う事を決意した訳だが、この特殊なラバーを使いこなす、というのもかなりのセンスと頭の回転が必要とされる。
それは誰にでも簡単に出来る事ではない。
自分では気づかないかも知れないが、藤島桜もまた、隠れた才能の持ち主なのだ。
【3-4】
とにかく相手のペースを乱す、意表をつく、緩急をつける──
常に変化を与え、迷わせる──
気持ちよくプレーなんてさせやしない。
赤い面がアンチラバー。
黒い面が裏ソフト。
村雨こてつの脳裏に十分に植え付けられた記憶──
裏と表で全く性能の違うラバーは、普段はそれ程気にする事もない事まで気にせざるをえない。
幾ら気にしない様にしても、頭の片隅では気にしてしまうものなのだ。
裏か──
表か──
心理的に優位に立ったのは藤島桜。
ここからは桜の時間が続いて行く。
【5ー5】
甘く入ってきたスピードドライブに対し、思い切ったスマッシュで打ち返した桜。
その打球は極めて異質──
──やってもうた……これは逆回転になるさかい、バックスピン! こんな速いバックスピンの打球なんて見たことないわッ──
村雨こてつのレシーブに迷いが生じる。
【7-5】
『どの子と当たったとしても、うちの子達は楽しませてくれると思うよー?』
──おもろい……見たことのない卓球……おもろおやないか! せやけどな、勝つのは必ず、あっしの方やで!──
■■■■
──四ヶ月前──
事件は夏休みに起きた──
補習で遅れて部活にやって来た、キャプテン水沢夏は事態を飲み込めずに体育館の入り口に佇んでいた。
ざわつく部員達が取り囲むなか、見たことの無い女の子と一年生エースの池華花が試合をしている──?
「これはまた、どういう状況っすか?」
状況を確認する為、近くにいた部員を捕まえ尋ねてみると──
「あ、部長! あの、いきなりやって来たあの子が、この部で強い人と片っ端から試合をしてて、今はもう最後の華ちゃんと試合してまして……」
「なんすかそれ? 今時道場破りっすか? 夏になると変な奴が現れるってのは都市伝説じゃなかったんすね」
話を聞くと、水沢夏はその輪に加わり戦況を見守った。
────っ
【4-6】
「華っちが負けてる……んすか? この辺でこんなに強い選手なんてそうそう……ましてやこれだけの選手が無名だなんて」
ワンゲーム7点先取マッチ。
噂を頭の中で纏めても、少なく見積もってもこれが五試合目。
それを卓球エリート池花華相手にマッチポイント。
甘芽中は全中で全国に行く程の強豪校、それを五人抜きとは恐れ入る。
そして疲れを感じさせない村雨こてつの、目の覚める様なスピードドライブ──
ラケットに触れた瞬間、上後方に大きく跳ね上がり勝負あり。
【4ー7】
「よっしゃよっしゃ! なかなかおもろかったで!」
首筋から流れ落ちる汗を拭い、笑顔を見せた村雨こてつ。
「関西人っすか?」
「おっ、そこのアンタ、強いやろ? わかるわーっ! あっしの感は大体当たんねん! どや? 大サービスでもう一試合やったろか?」
目が合うなり試合を申し込まれた水沢夏だったが、それをのらりと断った。
水沢夏の卓球は、相手を陥れる卓球。
相手の情報もないまま、自分の手の内を見せる事は出来ない。
もしかしたら次の新人戦で当たるかもしれないのだから──
「なんや、つまらんなぁ。まぁええわ。ちゅう事で。今日からあっしがここのエースやな! 一番強い奴がエース、問題ないやろ?」
「え、ちょっと待って欲しいっす……ここのエースって……」
──────ッ
「「明日からこの学校に通うぅぅ!?」」
村雨こてつは、その圧倒的な力で、転校初日に強豪校のエースの座を奪い取った。
■■■■■■
「あっしは強い──、小細工は所詮小細工やで! 力でねじ伏せ、ぶった切ったるわっ!」
アンチラバー──
無回転ナックル──
意表をつくドライブ──
──どんなボールだろうと関係あらへん! 考えるだけ無駄や、その労力を回転力に変えて、全ての打球を上書きしたるわ!」
迷いの無い踏み込み。
力強いスイング。
桜の積み重ねてきた物、それら全てを帳消しにする、村雨こてつのスピードドライブ。
まるで真剣を振り抜いたかの様な鋭い打球。
反応の遅れた桜のラケットを弾き、勢いそのままに駆け抜けた。
【7-6】
──確かに多少のやりにくさはあるけどな、遊びは終わりやで! スピード、回転力、反射神経、どれを取ってもあっしが上や。負けるはずあらへん──
【7-7】
村雨こてつの勢いが止まらない。
【7-8】
弱者の頑張りを無にする、無慈悲な強ドライブ──
【7-9】
芽吹き始めた桜の枝は──
【7ー10】
その振り上げられた振り上げた刀で──
【7ー11】
切って落とされた。
ゲームカウント【0-2】
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