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第三章 【誓】
桂馬
しおりを挟む控え室に帰ってきた乃百合達は、まひる達と合流し、練習場で起きた事を部員に伝えた。
それを元に甘芽中のオーダーを予測し、入念な作戦を元にオーダーを完成させた。
そしてそれを顧問の先生に手渡し、運営に提出。
いよいよ、山形県庄内地区、団体戦の決勝戦が始まる────
「よっしゃ! 行くぜぇ! 駆け上がるぞ──ッ! 念珠崎ぃぃ!」
「「おおぉぉぉぉぉ!!」」
円陣が解き放たれ、会場へと向かう念珠崎の選手達。
相手は全中で一回戦でぶつかり、惜敗を喫した、この地区の絶対王者『甘芽中』──
広い体育館に置かれた卓球台は僅かに二台。
一つは男子の決勝戦用で、もう一つは女子の決勝戦用である。
そして周りをぐるっと取り囲むギャラリー。二階にもスタンド席があり、関係者、保護者、負けていった選手達、応援団が詰めかけ、注目度はこれまでの試合とは比べ物にならない。
万年弱小チームと呼ばれた念珠崎がこんな環境で試合をするのは初めてで、殆どの選手が経験のない事だった。
足がすくむ。
体の震えは自分では止められない。
これは緊張からなのか武者震いなのか──
二つのチームが向かい合い、挨拶を交わす。
目の前に居る王者甘芽中の選手は流石の貫禄である。
見た目は同じ中学生でありながら、不思議と『強さ』を感じ取れた。
これがオーラというものなのだろうか。
緊張を感じ取ってくれたのか、乃百合の手を海香がそっと握ってくれた。
「大丈夫」「心配無いよ」「気持ちで負けるな」言葉にしなくてもわかる。そんな手だった。
乃百合はもう片方の手でブッケンの手を握った。
手の震えが治まっていくのがわかる。
ブッケン、和子、まひる、桜と手が繋がっていく。
私たちは一人じゃない。
最高のメンバーだ。
甘芽中にだって負けないッ──
「これより、庄内地区新人戦大会、決勝戦を行います。念珠崎チーム対、甘芽チーム。お互い礼をして握手を交わしてください」
「「宜しくお願いしますッ!!」」
審判の試合開始の合図と共に、お互いの健闘を祈り握手を交わす。
第一試合、甘芽中は全中大阪府大会、個人の部優勝者『村雨こてつ』
夏に越してきて、そのまま強豪甘芽中のエースの座を奪い取った選手。
第一試合直前──
「大切な大切な第一試合、宜しくねー、桜ちゃん」
「ちょっと海香、プレッシャーかけないでよね」
「大丈夫だよー、桜ちゃんなら勝てるから。私が保証するよー」
「まぁた適当な事言って。あの子が強いのは知ってるんだから。でも、ありがとう。当て馬だとしても、最後まで諦めないで戦ってくるね」
「適当に言ってるんじゃないよー!」
「はいはい、じゃあ、行ってくる」
第一試合、藤島桜(二年)VS村雨こてつ(二年)
──村雨こてつ。名前は知っている。昔雑誌でこの名前を目にした覚えがある。私には遠い存在で、全く縁のない選手だと思っていたけど、まさか、こんな所で戦うことになるなんてね──
お互いのラケットを確認しあい、握手を交わした後、互いのコートへと戻り向かい合う。
ラケットを確認する際、村雨こてつが驚いた顔をしたのが印象的だった。
村雨こてつ程のキャリアの持ち主であっても、アンチラバーの使い手と試合をするのは初めてか──
勝機があるとすればそこだろう。
あとはどこまで桜が村雨こてつのドライブを打ち返す事が出来るかどうか──
■■■■■■
──二ヶ月前──
「あぁぁぁぁぁっ! ラブゲームで負けたぁぁぁ!!」
【ラブゲーム】相手に一点も許すことなくゲームを制する事。一般的にはマナー違反とされている。
大きく大の字になって床に倒れ込んだ乃百合。見上げる先には涼しげな顔で覗き込んでくる、海香の姿が目に映る。
「乃百合ちゃん、床汚いよー?」
「だって海香先輩がぁぁ! マナー違反ですよ! ちょっとは手加減してください!」
「練習なんだからいいじゃーん。それに、ラブゲームを避けて手を抜く方がよっぽどマナー違反だと私は思うけどなー」
「うっ……確かに」
「あと今日は強引なドライブ多すぎだよー」
「それは……なんというか、秘密です……」
ムクリと起き上がり、ボールとラケットを拾った乃百合。
「でも海香先輩マジで強いです、強すぎです! 先輩に追いつきたくて必死に練習してるのに全く勝てる気がしませんッ!」
「あははーっ、まだまだ君達には負けないよ?」
例え練習であっても、海香に勝てる者は今の念珠崎には居ない。
海香の力はそれ程抜きんでていた。
「今ですね、誰が最初に海香先輩に勝つか! って部の中で競争しているんですよ」
「ええーっ、なにそれー? うーん、誰が一番最初に、かぁー。そうだね、私の予想は桜ちゃん、かなー?」
「えっ!? 桜先輩ですか? まっひー先輩じゃなくて?」
「あれ? 意外だったかな? 私が最初に負けるとしたら桜ちゃん。桜ちゃんは人を驚かせるのが好きなんだよねー。いつかきっと、人をアッと言わせるような、そんな大物食いもやってのけるかもねー」
「そうかぁ。桜先輩かぁ」
海香が桜の名前を挙げたのは、単に桜の性格の事だけを指しての事ではない。
VS海香を想定するならば、桜の卓球が天敵というのは、お世辞抜きでの発言だった。
■■■■■■
──新人戦大会第一試合──
「【ドライブマンキラー】。桜ちゃんはそうなる可能性のある選手だよー。第一試合に桜ちゃんを推薦したのは、理由が無いわけでも、ましてや当て馬だなんて思ってもないよー。桜ちゃんは、もしかしたら私よりも勝てる可能性を秘めた選手なんじゃないかなー?」
当て馬だなんてとんでもない。将棋に例えるならば、馬は馬でも桜は桂馬。
普段は目立たなくとも、盤上で思わぬタイミングでアッと言わせることの出来る、念珠崎のジョーカー的存在。
甘く見ていると、一気に強駒を落とせる、起死回生の一手になりうる存在。
第一試合。勝って流れを掴み、試合を優位に進めたいのは念珠崎も同じ。
エースに弱い駒を当てようだなんて、思ってはいない──
捨て駒なんて一つも無い。
全試合勝ちに行く。
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