しぇいく!

風浦らの

文字の大きさ
上 下
72 / 96
第三章 【誓】

桂馬

しおりを挟む

    控え室に帰ってきた乃百合達は、まひる達と合流し、練習場で起きた事を部員に伝えた。
    それを元に甘芽中のオーダーを予測し、入念な作戦を元にオーダーを完成させた。
    そしてそれを顧問の先生に手渡し、運営に提出。

    いよいよ、山形県庄内地区、団体戦の決勝戦が始まる────


     「よっしゃ!    行くぜぇ!    駆け上がるぞ──ッ!    念珠崎ぃぃ!」
    「「おおぉぉぉぉぉ!!」」

    円陣が解き放たれ、会場へと向かう念珠崎の選手達。
    相手は全中で一回戦でぶつかり、惜敗を喫した、この地区の絶対王者『甘芽中』──

    広い体育館に置かれた卓球台は僅かに二台。
    一つは男子の決勝戦用で、もう一つは女子の決勝戦用である。

    そして周りをぐるっと取り囲むギャラリー。二階にもスタンド席があり、関係者、保護者、負けていった選手達、応援団が詰めかけ、注目度はこれまでの試合とは比べ物にならない。

    万年弱小チームと呼ばれた念珠崎がこんな環境で試合をするのは初めてで、殆どの選手が経験のない事だった。

    足がすくむ。
    体の震えは自分では止められない。
    これは緊張からなのか武者震いなのか──

    二つのチームが向かい合い、挨拶を交わす。
    目の前に居る王者甘芽中の選手は流石の貫禄である。
    見た目は同じ中学生でありながら、不思議と『強さ』を感じ取れた。
    これがオーラというものなのだろうか。
    
    緊張を感じ取ってくれたのか、乃百合の手を海香がそっと握ってくれた。
    「大丈夫」「心配無いよ」「気持ちで負けるな」言葉にしなくてもわかる。そんな手だった。

    乃百合はもう片方の手でブッケンの手を握った。
    手の震えが治まっていくのがわかる。
    ブッケン、和子、まひる、桜と手が繋がっていく。
    私たちは一人じゃない。
    最高のメンバーだ。

    甘芽中にだって負けないッ──

    「これより、庄内地区新人戦大会、決勝戦を行います。念珠崎チーム対、甘芽チーム。お互い礼をして握手を交わしてください」

     「「宜しくお願いしますッ!!」」

    審判の試合開始の合図と共に、お互いの健闘を祈り握手を交わす。
    
    第一試合、甘芽中は全中大阪府大会、個人の部優勝者『村雨こてつ』
    夏に越してきて、そのまま強豪甘芽中のエースの座を奪い取った選手。

    第一試合直前──

    「大切な大切な第一試合、宜しくねー、桜ちゃん」
    「ちょっと海香、プレッシャーかけないでよね」
     「大丈夫だよー、桜ちゃんなら勝てるから。私が保証するよー」
     「まぁた適当な事言って。あの子が強いのは知ってるんだから。でも、ありがとう。当て馬だとしても、最後まで諦めないで戦ってくるね」
    「適当に言ってるんじゃないよー!」
    「はいはい、じゃあ、行ってくる」

     第一試合、藤島桜(二年)VS村雨こてつ(二年)

     ──村雨こてつ。名前は知っている。昔雑誌でこの名前を目にした覚えがある。私には遠い存在で、全く縁のない選手だと思っていたけど、まさか、こんな所で戦うことになるなんてね──

    お互いのラケットを確認しあい、握手を交わした後、互いのコートへと戻り向かい合う。

    ラケットを確認する際、村雨こてつが驚いた顔をしたのが印象的だった。
    村雨こてつ程のキャリアの持ち主であっても、アンチラバーの使い手と試合をするのは初めてか──

    勝機があるとすればそこだろう。
    あとはどこまで桜が村雨こてつのドライブを打ち返す事が出来るかどうか──


    ■■■■■■


    ──二ヶ月前──

     「あぁぁぁぁぁっ!     ラブゲームで負けたぁぁぁ!!」

     【ラブゲーム】相手に一点も許すことなくゲームを制する事。一般的にはマナー違反とされている。

    大きく大の字になって床に倒れ込んだ乃百合。見上げる先には涼しげな顔で覗き込んでくる、海香の姿が目に映る。

    「乃百合ちゃん、床汚いよー?」
    「だって海香先輩がぁぁ!    マナー違反ですよ!    ちょっとは手加減してください!」
    「練習なんだからいいじゃーん。それに、ラブゲームを避けて手を抜く方がよっぽどマナー違反だと私は思うけどなー」
     「うっ……確かに」
     「あと今日は強引なドライブ多すぎだよー」
     「それは……なんというか、秘密です……」

     ムクリと起き上がり、ボールとラケットを拾った乃百合。

    「でも海香先輩マジで強いです、強すぎです!    先輩に追いつきたくて必死に練習してるのに全く勝てる気がしませんッ!」
     「あははーっ、まだまだ君達には負けないよ?」

     例え練習であっても、海香に勝てる者は今の念珠崎には居ない。
     海香の力はそれ程抜きんでていた。

    「今ですね、誰が最初に海香先輩に勝つか!    って部の中で競争しているんですよ」
     「ええーっ、なにそれー?    うーん、誰が一番最初に、かぁー。そうだね、私の予想は桜ちゃん、かなー?」 
     「えっ!?    桜先輩ですか?    まっひー先輩じゃなくて?」
     「あれ?    意外だったかな?     私が最初に負けるとしたら桜ちゃん。桜ちゃんは人を驚かせるのが好きなんだよねー。いつかきっと、人をアッと言わせるような、そんな大物食いもやってのけるかもねー」
      「そうかぁ。桜先輩かぁ」

     海香が桜の名前を挙げたのは、単に桜の性格の事だけを指しての事ではない。
    VS海香を想定するならば、桜の卓球が天敵というのは、お世辞抜きでの発言だった。


     ■■■■■■


     ──新人戦大会第一試合──


     「【ドライブマンキラー】。桜ちゃんはそうなる可能性のある選手だよー。第一試合に桜ちゃんを推薦したのは、理由が無いわけでも、ましてや当て馬だなんて思ってもないよー。桜ちゃんは、もしかしたら私よりも勝てる可能性を秘めた選手なんじゃないかなー?」

     当て馬だなんてとんでもない。将棋に例えるならば、馬は馬でも桜は桂馬。
    普段は目立たなくとも、盤上で思わぬタイミングでアッと言わせることの出来る、念珠崎のジョーカー的存在。
     甘く見ていると、一気に強駒を落とせる、起死回生の一手になりうる存在。

     第一試合。勝って流れを掴み、試合を優位に進めたいのは念珠崎も同じ。
    エースに弱い駒を当てようだなんて、思ってはいない──
    捨て駒なんて一つも無い。
    全試合勝ちに行く。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

へたくそ

MO
青春
野球が大好きなのに“へたくそ”な主人公、児玉良太。 チームメイトで野球センス抜群なキャッチャー、松島健介。 後輩マネージャーで児玉に想いを寄せる、町村早苗。 3人の視点から物語は進行していきます。 チームメイトたちとの友情と衝突。 それぞれの想い。 主人公の高校入学から卒業までの陵成高校野球部の姿を描いた物語。 この作品は https://mo-magazines.com/(登場人物一覧も掲載しています) 小説家になろう/カクヨム/エブリスタ/NOVEL DAYS にも掲載しています。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

一人暮らしだけど一人暮らしじゃない

ツヨシ
ライト文芸
心霊スポットから女の子が憑いてきた。

人生負け組のスローライフ

雪那 由多
青春
バアちゃんが体調を悪くした! 俺は長男だからバアちゃんの面倒みなくては!! ある日オヤジの叫びと共に突如引越しが決まって隣の家まで車で十分以上、ライフラインはあれどメインは湧水、ぼっとん便所に鍵のない家。 じゃあバアちゃんを頼むなと言って一人単身赴任で東京に帰るオヤジと新しいパート見つけたから実家から通うけど高校受験をすててまで来た俺に高校生なら一人でも大丈夫よね?と言って育児拒否をするオフクロ。  ほぼ病院生活となったバアちゃんが他界してから築百年以上の古民家で一人引きこもる俺の日常。 ―――――――――――――――――――――― 第12回ドリーム小説大賞 読者賞を頂きました! 皆様の応援ありがとうございます! ――――――――――――――――――――――

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

【受賞】約束のクローバー ~僕が自ら歩く理由~

朱村びすりん
ライト文芸
【第6回ほっこり・じんわり大賞】にて《涙じんわり賞》を受賞しました! 応援してくださった全ての方に心より御礼申し上げます。 ~あらすじ~  小学五年生のコウキは、軽度の脳性麻痺によって生まれつき身体の一部が不自由である。とくに右脚の麻痺が強く、筋肉が強張ってしまう。ロフストランド杖と装具がなければ、自力で歩くことさえ困難だった。  ほとんどの知人や友人はコウキの身体について理解してくれているが、中には意地悪くするクラスメイトもいた。  町を歩けば見ず知らずの人に不思議な目で見られることもある。  それでもコウキは、日々前向きに生きていた。 「手術を受けてみない?」  ある日、母の一言がきっかけでコウキは【選択的脊髄後根遮断術(SDR)】という手術の存在を知る。  病院で詳しい話を聞くと、その手術は想像以上に大がかりで、入院が二カ月以上も必要とのこと。   しかし術後のリハビリをこなしていけば、今よりも歩行が安定する可能性があるのだという。  十歳である今でも、大人の付き添いがなければ基本的に外を出歩けないコウキは、ひとつの希望として手術を受けることにした。  保育園の時から付き合いがある幼なじみのユナにその話をすると、彼女はあるものをコウキに手渡す。それは、ひとつ葉のクローバーを手に持ちながら、力強く二本脚で立つ猫のキーホルダーだった。  ひとつ葉のクローバーの花言葉は『困難に打ち勝つ』。  コウキの手術が成功するよう、願いが込められたお守りである。  コウキとユナは、いつか自由気ままに二人で町の中を散歩しようと約束を交わしたのだった。  果たしてコウキは、自らの脚で不自由なく歩くことができるのだろうか──  かけがえのない友との出会い、親子の絆、少年少女の成長を描いた、ヒューマンストーリー。 ※この物語は実話を基にしたフィクションです。  登場する一部の人物や施設は実在するものをモデルにしていますが、設定や名称等ストーリーの大部分を脚色しています。  また、物語上で行われる手術「選択的脊髄後根遮断術(SDR)」を受ける推奨年齢は平均五歳前後とされております。医師の意見や見解、該当者の年齢、障害の重さや特徴等によって、検査やリハビリ治療の内容に個人差があります。  物語に登場する主人公の私生活等は、全ての脳性麻痺の方に当てはまるわけではありませんのでご理解ください。 ◆2023年8月16日完結しました。 ・素敵な表紙絵をちゅるぎ様に描いていただきました!

小さなパン屋の恋物語

あさの紅茶
ライト文芸
住宅地にひっそりと佇む小さなパン屋さん。 毎日美味しいパンを心を込めて焼いている。 一人でお店を切り盛りしてがむしゃらに働いている、そんな毎日に何の疑問も感じていなかった。 いつもの日常。 いつものルーチンワーク。 ◆小さなパン屋minamiのオーナー◆ 南部琴葉(ナンブコトハ) 25 早瀬設計事務所の御曹司にして若き副社長。 自分の仕事に誇りを持ち、建築士としてもバリバリ働く。 この先もずっと仕事人間なんだろう。 別にそれで構わない。 そんな風に思っていた。 ◆早瀬設計事務所 副社長◆ 早瀬雄大(ハヤセユウダイ) 27 二人の出会いはたったひとつのパンだった。 ********** 作中に出てきます三浦杏奈のスピンオフ【そんな恋もありかなって。】もどうぞよろしくお願い致します。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

処理中です...